第十四話 魔女
敵の銃弾を完璧に防ぎ切る障壁も、そして、黄色く染まった凶悪な瞳も。
これら全てが、彼女の能力。
その非常に特異かつ強力な能力の名称は《魔女》。
覚醒に至ったレイに発現した、唯一無二の【心理能力】である。
レイの《魔女》が有する能力は、大きく分けて2つ。
〈魔術〉と〈狂化〉である。
〈魔術〉を操るといっても、実際に魔法を使えるようになるわけではない。
むしろ、起こっている現象だけ見れば、非常に単純な能力だと言える。
端的に言えば、〈魔術〉とは、レイにしか扱えない不可視のエネルギーを生成し、自在に操作できるようになる能力だ。
このエネルギーは目には見えないし、レイにしかその存在を感じ取ることはできない。
【心理能力】を発動すると自在に生成・操作できるようになるこのエネルギーのことを、レイは便宜上〈魔力〉と呼んでいた。
実のところ、エネルギーを生成したり、操作したりする【心理能力】そのものは、それほど珍しいものではない。むしろ、変質系統に代表される【心理能力】などは、自身の心力を熱エネルギーや運動エネルギー、電気エネルギーなどに変換して放つタイプが多いため、ある意味ではありふれた【心理能力】だとさえ言えるだろう。
しかし、レイの生成する〈魔力〉の異質性は、このエネルギーの特性にこそある。
この〈魔力〉は、どんな手段を用いたとしても、外部からは一切、観測できないのだ。
普通ならば、どんなエネルギーであっても、それが現実に干渉する以上、何らかの形でその存在を確認できるはずだ。
例えば、《炎》を発現させる【心理能力】ならば熱エネルギーが生じるし、《盾》を張る【心理能力】ならば物理的に触れることができる。
しかし、レイの生み出す〈魔力〉は、どんな手段を用いても観測できない。
無色透明であるため視覚で認識することもできず、決まった形状を持たないゆえに手で触れることすら叶わない。
〈魔力〉には熱もなく、磁力を帯びているわけでもない。
そもそも物体でさえないため、物理的には一切干渉することができない。
つまり〈魔力〉は、科学的には「存在しない」はずのエネルギーなのである。
しかし、レイだけは、その存在を感じ取ることができる。
更にレイの手に掛かれば、物理的な干渉力を持たないはずの〈魔力〉に、物理的な殺傷力を付与させることすら可能だった。
先ほど男の頭を吹き飛ばしたのも、この能力によるものだ。指を鳴らすことをトリガーにして、生成した〈魔力〉を圧縮し、弾丸のように発射したのである。
彼女の弾丸のイメージが付与された〈魔力〉は、実際の銃弾と同等以上の威力を発揮することが可能だ。その結果が、敵の頭部が爆発するという、何とも凄惨な現象である。
ちなみに、レイはこの技を〈ゆびぱっちん〉と呼んでいる。
……レイは非凡な少女であったが、ネーミングセンスに関しては、残念ながら彼女には備わっていなかった。(エルも「可愛い響きですね♪」などと言っていたので、実は似た者同士なのかもしれない)
《魔女》によって生み出された〈魔力〉は、攻撃だけでなく防御にも使用できるため、非常に応用が効く能力でもある。先ほど銃弾を防いだのも、レイが《魔女》によって作り出した「盾」だ。
(レイは〈ばりあー〉と呼んでいる。……やはり、彼女にセンスはないのだった)
練り上げた心力を自身の周囲に展開し、半自動的に敵の攻撃を防ぐ技で、銃弾程度なら容易く弾くほどの強度がある。
遠距離から即死級の衝撃波を連写しつつ、自身への攻撃は強固な盾で防ぐ。
加えて、本人単体の近接戦闘能力も高い。
手加減なしに《魔女》を扱うレイは、まさに歩く戦術兵器そのものである。
しかし、そんなレイも決して無敵ではない。彼女の場合は少々特殊な事情があって、この【心理能力】を多用することができないのだ。
覚醒した【心理能力】は非常に強力であるが、強力すぎるがゆえに、時に使用者の精神や肉体を蝕むこともある。
例えばエルは、常に男性への過剰な攻撃衝動を抱えており、定期的に【心理能力】を使用して“欲求”を発散し続けなければ発狂してしまうというリスクを抱えている。
レイの場合は、ある意味エルと真逆。
彼女は【心理能力】を使用しすぎると、徐々に肉体そのものを蝕まれ、それに連れて理性と人格をも失っていくのだ。
そして、高まる殺戮への渇望を抑えきれなくなり、最終的には獰猛な獣のように、見境なく暴れまわるようになってしまう。彼女の目が獣のような濁った黄色に変色したのも、この影響によるものだ。これを指して、レイは〈狂化〉と呼んでいた。
間隔を置いて短時間のみ使用するぐらいなら、やや好戦的になるぐらいで済む。しかし、あまり長時間【心理能力】に頼りすぎると、“戻って来られなくなる”危険性すらある。
強力かつ便利だが、同時に非常にリスキーな能力でもあるのだ。
彼女の《魔女》は、未だ謎の多い能力である。
実のところ、レイ自身さえも、正確に理解できているわけではない。
不可視のエネルギーの生成・操作、身体の変化や狂化するというリスク。
未だ不明な点も多いが、凶悪な外見に変貌し、一見すると魔法でも使っているかのような現象が発生することから、これら全てを総合し、レイの【心理能力】は《魔女》と呼ばれていた。
レイが普段の戦闘で《魔女》をあまり使わないのは、決して彼女が手を抜いている訳ではない。単純に、自分自身をコントロールできなくなってしまうことを恐れているのだ。
実際、彼女が【死神】に加入することになったのは、《魔女》の歪な特性が原因だった。
しかし、レイ自身の戦闘能力が高いため、あまり【心理能力】に頼らずに済んでいるのは、彼女にとっては僥倖だと言えるだろう。
ちなみに、レイの異常なほど高い身体能力は、信じ難いことに自前のものである。
彼女は一種の特異体質で、あらゆる身体機能が桁外れに高い。瞬間移動じみた速度で走るのも、鋼鉄製の扉を素手で引き剥がしたのも、【心理能力】の補正を受けている訳ではない。あれが素なのだ。
エルが「本当に人間かしら……」などと考えていたのも、この辺りに理由がある。
【心理能力】で身体能力を上昇させるタイプの能力者は珍しくない。
(実際、【死神】のメンバーの中にも、こういうタイプの子が在籍している)
だが、【心理能力】を抜きにして、これほど常軌を逸したパワーを発揮できるような者は、長い神聖皇国の歴史を遡ってみても一人として存在しない。
ある意味、レイは曲者揃いの【死神】の中でも、特にイレギュラーな存在だと言えた。【心理能力】を使うことを避けて素手での戦闘ばかり行っていたためか、レイはむしろ近接戦の方が得意である。
池崎が「近接タイプだ」と早合点したのも無理はないだろう。
それは決して間違いではない。むしろ、ほとんど事実だと言っても良いぐらいだ。
彼の(文字通り)致命的だった誤算は、レイが近接戦闘にも遠距離戦にも長けていたことだろう。
しかし、そんなことは、今なお蹂躙され続けている悪党どもにとって、全く何の救いにもなっていなかった。
「ひぃ……っ!」
「来るな! 来るなあッ!」
警備兵たちは、仲間が次々に無惨に死んでいくのを見て、恐慌状態に陥った。
彼らは単なるチンピラではない。
確かにマフィアや山賊といった悪党上がりの者も多いが、その後は【水端】で雇われ、兵士としての戦い方を学んだ、いわば戦闘のプロだ。
実戦経験も豊富で、単に粗暴なだけのチンピラなどとは違い、「殺す」ための技術を身につけている。
だからこそ、警部兵たちは目の前の少女を恐れた。
女性は【心理能力】を扱えるが、銃に対抗できるような能力を持つ者など、ほんの一握りだ。ましてや、反撃してくるものなど、そうはいない。
指先一つで容易く歴戦の兵士を屠り去るレイの存在は、男たちにとって、まさに【死神】そのものだった。
加えて、不気味な燐光を宿した獣のように変化した彼女の瞳が、彼らの恐怖をいっそう煽りたてていた。
レイが指を鳴らすたびに、誰かが死ぬ。
そして、なんとか銃弾を打ち込んでも、その全てが平然と防がれる。
男たちがパニックを起こすのも、無理のない話だった。
中には銃を放り捨てて降参したり、逃げ出そうとしたりする者もいたが、レイはそんな相手にも容赦しなかった。レイからすれば、人身売買に携わっていた悪人をわざわざ助けてやる必要がないのだ。それに、ここで見逃せば、解放された女性に危害を加えるかもしれない。あるいは堅気でない以上、生き延びて山賊になったり、別の犯罪組織に再加入したりする可能性もあった。そうなれば、今後、また別の人々が苦しむことになる。
見逃してやるような温情をかける必要もない。ならば結論は一つ。
逃げ出そうが、向かってこようが、全員この場で殺すだけだ。
そこかしこで血飛沫が上がり、飛び散った肉片が壁にへばりつく。
深紅に染まった廊下と、そこに折り重なる無数の死体。
そんな悪夢を生み出したのは、ゆっくりと近づいてくる、世にも美しく恐ろしい1人の少女。
規格外の戦闘力に加え、見る者に不吉な印象を与える、黒い軍服。
そして彼女は、自分自身の所属を【黒】と名乗った――。
ふと池咲の脳裏を、酔っ払った同僚から聞いた、ある与太話がよぎった。
――曰く、皇国には、死刑囚ばかりを集めた、イカれた集団がいるらしい。
そのしつこさは猟犬の如く、その苛烈さは悪鬼の如く。
一度でも目をつけられれば、文字通り死ぬまで付き纏われることになる。
その名は――。
「……【死神】」
思わず池咲は呻いた。
彼は、ようやく侵入者の正体を悟ったのだ。
【銀】の戦闘員か、他の犯罪組織の鉄砲玉。
もしくは、凶悪犯やマフィアの捕縛を専門とする【蒼】の戦闘員。
せいぜいがその程度だとタカを括っていたのに、現れたのは、とんだ怪物だった。
まさか神聖皇国の鬼札が、こんな場所までわざわざ出張ってくるとは。
こうなれば……。
池咲は、隣で倒れたままの少女へと目をやった。
目の前の少女が本物の【死神】なら、池咲たちに勝ち目は無い。
奴らは人間の姿をした怪物だ。
ならば人質をとって、一時的にでもこの場から逃げ出すしかない。
幸い、この人質が有効なのは先ほども確認済みだ。
素早く頭の中で計算を終えた池咲は、隣で倒れている幼い少女へと手を伸ばし――。
――ぱちん。
「――ぐ、があぁぁぁぁぁぁぁッ!」
伸ばしかけていた腕が半ばから吹き飛ばされ、池咲は悲鳴を上げた。
あまりの激痛に立っていることすら出来ず、無様に石造の床に倒れ込む。
失った右腕を庇いながら、思わず池咲は歯を食いしばった。
凄まじい苦痛が彼を苛んでいたが、それと同じくらい恐ろしかった。
池咲の腕を吹き飛ばしたのは、間違いなく【死神】の少女だろう。
だが、彼女が狙ったのは腕。
その気になれば、頭を吹き飛ばすこともできたはず。
だが、そうしなかった。
何か聞き出したいことでもあるのか、あるいは捕縛するつもりなのかは分からないが、池咲は明らかに手加減されていた。
結局のところ、あの少女にとっては、池咲などいつでも殺すことができる存在でしか無いのだろう。自分は「敵」とさえ認識されていないのだという事実は、彼から抵抗の意思を少しずつ奪っていった。
痛みに漂白され、薄れゆく意識の中。
池咲は、思わず声を漏らした。
「……ば……化け物め……!」
――ぱちん。
だがレイは、池咲の恨み言など聞いてはいなかった。
無表情の中に静かな怒りを燃やしながら、無慈悲に悪党どもを血祭りに上げ続ける。
――ぱちん。ぱちん。ぱちん。
――ぱちん。ぱちん。ぱちん。
彼女の攻撃はいっそう苛烈さを増していき、狭い廊下に男たちの絶叫が木霊した。




