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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第十二話 人質


 まだ囚われている人がいるのだという話を聞かされて、このまま帰ることなどできない。レイは亜麻川たちに後のことを任せて、地下牢を飛び出した。


 そういうわけで今、レイは周囲の気配を辿りながら、建物内を走り回っているというわけだった。

 囚われていた女性たちだけを地下牢に残してきてしまったことが若干の気掛かりではあったが、おそらく大丈夫だろう、とレイは思っていた。


 多少は戦闘訓練を受けたことがあるという亜麻川に現場を任せてきたし(「私も連れて行ってください!」としつこくお願いされたが、最終的には折れてもらった)、念のため、男たちから取り上げた銃火器も渡してある。

 仮に男たちがやってきたとしても、階段を降りてきたところを狙い撃てば、レイが駆けつけるまでくらいは時間を稼げるはずだ。

 それに、この建物の中にいる男たちの数も、着実に減ってきている。(レイが減らしているのだが)そうそう危険な目に遭うことはないだろう。


 とは言え、万が一ということもある。

 レイが素早く全員を解放できるに越したことはない。


 既に10人以上は囚われていた女性を解放しており、またその倍は敵の構成員と接触しているが(接触と言っても一瞬のことだが)あの子の姿はどこにも見えなかった。


 ちなみに、解放した女性たちには、部屋の中で隠れてもらっている。一緒に連れていくにしても、レイの移動速度についてこられないからだ。仕方のないことなのだが、部屋の中に放置してきてしまった彼女たちの存在も、レイは気がかりだった。


(急がなくては……!)


 レイは、外見上そうは見えなかったが、確実に焦っていた。


 そんな時である。


「いたぞ! 撃てッ!」


「――ッ!」


 猛スピードで廊下を駆け抜けていたレイが曲がり角に差し掛かった時だった。

 その向こう側で待ち構えていた男たちが、レイ目掛けて一斉に発砲してきたのだ。

 それを見たレイは、慌てて身を翻して、曲がり角の陰に身を潜めた。


 どうやら、敵組織側も侵入者がいることにようやく気がついたらしい。

 バラバラに反撃してくるのではなく、まとめた戦力でレイを迎撃することに決めたようだ。まぁ、あれだけ敵を始末して回っていれば、当たり前かもしれないが。


 流石のレイも、これほど高密度な弾幕の中を、これまでのように何の策もなく通り抜けることはできない。

 ましてや、今はいつもの軍服ではなく、潜入のため購入した私服のままである。

 今の服装は間違いなく軽装に分類されるだろうし、当然ながら防弾性など皆無だろう。


 どうしたものか……と僅かに思案していると、廊下の向こうで合図が出されたのか、銃撃の斉射がピタッと止んだ。


 恐る恐る廊下の端から顔を出して様子を伺うと、20名以上の男たちが隊列を組んで、こちらを狙っているのが見えた。これまで倒してきたチンピラたちのようなだらしない服装ではなく、同じデザインの戦闘服で統一されている。

 この建物を守るための常備兵みたいなものかな、とレイは当たりをつけた。

 もし本当にそうなら少し厄介だ。当然チンピラよりも手強いだろうし、何より連携が取れている。これまでのようにはいかない。


 そして、その常備兵たちの奥でタバコをふかしている男に、レイは見覚えがあった。

 それは、ついさっき【水端】で見たばかりの顔だった。

【銀】の【水端】支部で副長を務める、池咲始に間違いない。

 レイとエルをトラックに乗せる際、周囲のチンピラたちに指示を出していたのは記憶に新しい。最後に見たのは【水端】の裏路地だったが、どうやら、この建物にも足を運んでいたようだ。


「……殺そう」


 加えて、池咲が自分のことを「鉄仮面」と呼んでいたことも、レイはしっかりと覚えていた。「次にあったら殺しますリスト」の中にある彼の名前が、レイの脳内でチカチカと点滅する。意外と、こういうのは根に持つレイなのであった。


 いつもなら強引に突破するか、一旦引き返して距離をとってから、改めて奇襲をかけるところだ。


 だが、今回に限っては、そう簡単にはいかないらしい。

 なぜなら……。


「誰だか知らんが、おい、そこに隠れているオマエ。今なら殺さねぇでおいてやる。とっとと諦めて出てこい。……さもねぇと、コイツが可哀想なことになるぜ?」


「――い、痛い! 許してください! ごめんなさい!」


 ……池咲の隣には、先ほどまでレイが探していた、あの少女がいたからだ。

 彼女の小さな身体は、池咲に手荒く髪を引っ張られ、床を引き摺られていた。

 乱暴に扱われた少女は、恐怖と苦痛に涙を流しながら、必死に謝罪をくり返している。


 おそらく、池咲はレイが殺したチンピラたちの死体を見て、侵入者の存在に気づいただけでなく、その戦闘力についても、おおよその見当をつけたのだろう。

 そして、まともに戦っては被害が大きいと考えた。

 侵入者の目的を「囚われた女性の救出」にあると踏んだ池咲は、レイとの直接的な戦闘を避けるために、こうして手近にいた少女を連れてきたに違いない。

 つまり、目の前で痛めつけられている少女は、レイに対する人質というわけだ。


 実に非道で……そして、実に合理的だった。


「ほらぁ、早く出てきないと、この子の顔が穴だらけになっちゃうよ〜」

「いやぁ! ご、ごめんなさいっ!」


 池咲はニヤニヤ笑いながら、咥えていたタバコを少女の顔にゆっくりと近づけた。

 それを見た少女は、いっそう恐怖に目を見開きながら、必死にタバコの火から顔を遠ざけようともがく。だが、まだ幼い少女の細腕では、大の男である池咲に抵抗できるはずもない。


 池咲の卑劣なやり口に、レイは思わずその端正な顔を歪めた。

 あの子を人質に取れば抵抗などできない、とタカを括っているのだろう。

 そして腹立たしいことに、その読みは間違ってはいなかった。

 レイの“同僚”の中には、人質など一切気にせず突進するような人格破綻者もいる。

 だが、レイは比較的(あくまで比較的だが)まともな性格だ。

 悪人をいくら殺しても平気なレイであったが、少なくとも、視線の先で痛めつけられている少女を見殺しにできない程度には、人間的な感性が備わっていた。


 現状、レイの選択肢は極端に制限されてしまっている。

 無理やり突っ込んでいけば、少女を巻き添えにしかねない。

 かといって撤退すれば、その間、少女は池咲になぶられ続けることになるだろう。


 ……レイに選択肢などなかった。


 彼女はため息を一つ吐くと、その場で立ち上がった。

 そして、両手を挙げながら、大人しく歩き出し、廊下の端から姿を見せる。


 一斉に男たちが銃を構えたが、池咲の指示が出ていないからか、まだ発砲はしてこない。


「……あ? お前、さっきのコミュ障か? チッ、無理やり今夜のオークションに出品させなきゃよかったぜ。商品の中に、とんだ毒婦が混じってたもんだ」


「……」


 池咲はレイの顔を見ると、意外そうな顔をしつつも心底忌々しそうに舌打ちした。

 彼もまた、レイのことをよく覚えていた。

 何せ、つい数時間ほど前に、レイをトラックに乗せるようチンピラたちに命じたのは彼自身である。

 加えて、レイは控えめに言っても非常に美しい少女だ。

 池咲はこれまで何人もの女性を捕らえて売り払ってきたが、これほど美しい“商品”は他になかった。忘れる方が難しい。

 だからこそ、急ぎ今夜のオークションに出品させたわけだが……完全に裏目だった。

 まさか、輸送した直後に逃げ出して、構成員たちを殺して回るとは。

 あの時点では、こんなことになると想像できるはずもなかったが、池咲は自分の迂闊さにため息を吐きたくなる。

 ボスから受けるであろう叱責を想像するだけで暗澹たる気分だった。

(そのボスである男は、現在、エルと対峙して震え上がっているのであるが……それは池咲には分からないことである)

 だがまずは、好き勝手やってくれた目の前の女をどうするか、考えなくてはなるまい。

 最終的に殺すことは確定しているが、見せしめに辱めてやるのもいい。

 ただその前に、この女が何処の回し者なのか、聞き出す必要があるだろう。

 壊してしまってからでは遅い。まともな思考回路が残っているうちに尋問し、後顧の憂いを絶っておきたいところだ。

 池咲は頭の中で今後の動き方について簡単に考えをまとめると、廊下を歩きながら近づいてくるレイに対し、立ち止まるよう警告を発した。


「オイ、そこで止まれ。別棟では派手に暴れてくれたみてぇだな。……死体を見たぜ。どれも一撃で首をへし折られていた。大した腕だな。どれも素手によるコロシだった」


 レイは一瞬「ん?」と思ったが、黙っていた。

 この建物の構造は何となく把握していたが、彼女は別棟には行っていないはずだった。

 エルはオークション会場にいるはずだし、彼女が犯人なら、現場はもっと悲惨なことになっていたはずだ。つまり、別棟の死体は、彼女たちとは関係ない。


 だが、レイの困惑には気づかなかったようで、池咲は得意げに言葉を続けた。


「武器を使わないってことは、お前、【閉鎖型】だろう。身体を強化するタイプだな。近接戦には強いが、それだけだ。銃にゃあ敵わねえだろうが?」


「……」


 無言のままのレイを見て、心の底から忌々しそうな顔をした池咲は、今度は蛇のような冷たい目で、彼女のことを見つめた。


「ここまで舐められた以上、お前は見せしめのために殺すって決めてる。裸に剥いて、ここにいる全員で愉しんだ後、ジワジワとなぶり殺しにしてやる。そのお綺麗な顔がどんなふうに歪むのか、今から楽しみだぜ」


「……」


「だが、こっちの質問に正直に答えるなら、半殺しぐらいで済ませといてやる。まぁ、ペットとしてなら、生かしてやってもいい。ボスもそのぐらいなら許してくれるさ」


「……」


「は、ダンマリかよ。……で? 一応聞くが、なんだ、お前は? また他所の【銀】が首を突っ込んできたってわけか? それとも、とうとう【蒼】のお出ましか?」


 池咲が名前を出した二つの組織は、いずれも皇国の治安維持を目的とした部隊である。

【銀】は街の警邏や守護を担う存在で、比較的数が多い。強力な【心理能力】を使う女性だけでなく、男性が多く所属しているのも特徴だ。入隊においては厳しい訓練が課せられることに加え、暴力沙汰が起こったら力技で止めに入ることが求められるだけあって、それなりに腕が立つ者も多い。かく言う池咲も【銀】の幹部である。この街の【銀】は、池咲が実質的な部分を掌握しており、この人身売買オークションについても、これまで上手くもみ消すことができていた。

 先月は、隣街の【銀】の亜麻川とかいう女が潜り込んでいたが、既にこちらの手中にあった。今晩、どこか別の場所に売り払ってやれば、証拠も残らない。


 一方、【蒼】は【銀】などとは比較にならないほど小規模だが、それ以上に精鋭が揃っている。【蒼】はその全てが女性で構成されており、特に対人戦に優れた【心理能力】を有する者たちを集めた部隊だ。普段、彼女たちが相手にしているのは危険等級の高い心理能力犯罪者や大規模な犯罪組織といった、【銀】の手に余るような相手であり、【銀】の要請もなく彼女たちが出張ってくることなど滅多にない。

 だが、仮に首を突っ込んできているとしたら厄介なことになる。

【蒼】の持つ権限は【銀】よりも上だ。いきなり強行捜査でもされれば、池咲にはそれを止めることなどできない。

 だからこそ池咲は、今ここで確実に相手の所属を確認しておく必要があった。

 流石に最初から本当のことを喋るとは思ってはいないが、反応を見ることぐらいはできる。


 だが、目の前の少女が答えた部隊名は、池咲の想定していた、どちらの名前でもなかった。


「……どちらでもありません。私の所属は【黒】です」


【黒】?【黒】だと?

 聞いたこともない部隊名だ。

 レイの返事を聞いた池咲は、今度ははっきりとした苛立ちをその顔に浮かべた。


「……ハァ? 適当コイてんじゃねえぞ、鉄仮面女。 そんな名前の部隊なんざ聞いたこともねえ。吐くならもっとマシな嘘にしときな」


「事実です」


 真顔で言い切ったレイを見て、池咲はスッと目を細くする。


「ふざけてんのか? ……正直に喋んねえつもりなら……」


「――あぐッ」


 バシッ、という肉を打つ鈍い音。

 続けて、少女のくぐもった悲鳴が響く。


 それは、池咲が少女を思い切り殴り飛ばした音だった。

 少女は受け身も取れず、地面に倒れ込む。

 頭を強く打ち付けたためか、ぐったりと動かない。


 そんな少女の頭を、池咲は革靴でぐりぐりと踏みつけながら言った。


「……こいつ、殺しちゃうぜ?」


 そんな池咲を、レイは無表情で見ていた。


 彼女は無言だった。

 ただ、その静寂は、まるで肉食獣が闇の中から獲物に忍び寄っていく時を思わせるような、そんな獰猛な危うさを漂わせていた。


 そう、周りからはそんな風に見えずとも、レイは怒っていた。

 彼女は過去の経験から、無垢な人間が理不尽な苦痛や死に晒されることを極端に恐れている。

 そして同時に、そういった理不尽を強いる存在を、激しく憎むようになっていた。

 レイの目の前で子どもを傷付けるような真似は、すなわち、彼女の逆鱗に触れる行為。


 ただ、警備兵の後ろで少女を甚振る池咲は、そんなことは知らない。

 黙ったままのレイの様子を見た池咲は、つまらなそうな表情を浮かべながら言った。


「……そうかよ。答える気がねえなら、仕方ねぇ。……おい、お前」


 池咲は吐き捨てるようにそう言うと、今度は近くに控えていた別の男に命じる。


「そのガキを適当に痛ぶってやれ。鉄仮面女が素直になるまでな。目以外なら、何を潰してもいい。だが殺すなよ。まだ使い道はある。……そうだな、まず手始めに、両手の指を、先端から少しずつ削いでいけ」


 池咲の言葉を聞いた男が、少女の痩せた指を、床に広げるようにして押し付けた。

 そして、腰に差した大振りのナイフを引き抜くと、少女の指のそばまで持っていく。


 少女はまだ意識が朦朧としているのか、ナイフを見ても抵抗する素振りを見せなかった。あるいは、もはやそんな気力もないのかもしれない。



 その時である。

 目を閉じたレイが、スッと両手を挙げた。

 手のひらをこちらに向けながら、何も持っていないことを示す姿勢は、皇国では一般的に相手への恭順を表している。池咲もそう思ったのだろう。


 だが、彼はいかにも底意地の悪い表情を浮かべていた。

 こちらが甘くはないと言うことを、少しは教えてやる必要があると考えたためだ。

 そんな池咲は、目を閉じながら両手を上げているレイの姿を見ながら、小馬鹿にしたように嘲笑う。


「……とうとう降参ってわけかい? だが、時間がかかりすぎたな。このガキの小指は先払いでもらうぜ。次の質問には、素直に答えるんだな。……やれ」


 池咲の指示を聞いた男は、その手に持った鋭い刃を、まだ小さい少女の手のひらへと思い切り振り下ろした。

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