表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/16

第十話 救出


「――ふッ!」


「誰だ――がッ!?」


 また1人、男が床に沈む。

 その首は本来曲がるはずのない方向へと曲がっており、既にこと切れていることは明らかだ。


 それを見届けた少女――レイは、小さく嘆息した。

 エルがオークション会場に向かっている間、彼女は建物中を高速で走り回って、建物内にいる救出対象を探しつつ、見つけ次第、解放しているところだった。


「なんだ、てめ――グッ!?」


 ……目についた犯罪組織の人間を、片っ端から始末しながら。



 ――時は、1時間ほど遡る。



「エル……本当に大丈夫なのですか?」

「もう、ひどいです! いくら何でも、信用がなさすぎですよぅ!」

 レイの懐疑的な言葉に、頬を膨らませたエルが可愛らしく抗議する。

 人によっては痛々しい仕草だが、エルには、そういう子どもっぽい言動が、不思議とよく似合っていた。


「ですが、その……」

「……? なんです?」


 エルには、両足がない。

 しかも、彼女の車椅子は、トラックに乗せられる前に捨てられてしまっている。

 今のエルには、彼女の足の代わりになるものが必要だ。


 ただ、本人に「どうやって1人でオークション会場まで移動するつもりなんですか」などと聞くことは憚られる。

 決してエルのことを一方的に憐れんでいるわけではないが、歩けない彼女をこの場に放置していくのも、何だかレイの胸が痛むようだ。


 キョトンとした顔で尋ねるエルに、どうやって伝えるべきか悩んだ末、レイは言葉を濁すことにした。


「会場までは距離がありますし……私がエルを連れて行きましょうか?」

「ああ、そう言うことですか! ……そんなこと、気にしなくて良いですよ♪」


 決まり悪そうなレイを見て、エルはようやく彼女が何を言わんとしているのか分かったようだ。むしろ彼女は、あっけらかんとした態度で返した。


 エルは、どうするつもりだろう。

 レイの疑問に対する解答は、目の前のエルからもたらされた。


「……ほら、ね♪」


 エルが指揮者のようにちょいちょいと手を動かすと、床に横たわっていた男たちの死体が、むくりと起き上がった。

 へし曲がっていた頭部が、ゴリュン! と言う気味の悪い音とともに、強引に元の位置へと戻された。どろりと濁った眼球を除けば、外見上は生きているようにも見える。


 思わずギョッとした視線を送るレイを見て、エルは楽しそうに笑った。


「ふふ……完成です! ……私の《加工処理(スローター)》は、こんなこともできるのですよ♪」


 悪戯っぽく笑うエルに、レイは思わず言葉を失った。

「笑い事じゃないです」と言う言葉が喉元まで出かけたのを、無理やり飲み込んだのだ。

 エルの【心理能力】は、《加工処理(スローター)》。

 どこか不気味な印象を受ける響きに違わず、その能力は非常に凶悪だ。

 その能力を一言で表すなら、「有機物の操作」。

 生物の体細胞に直接干渉し、自在に加工できるのだ。


 ――例えそれが、人間の身体であっても。


 つまり、彼女にとって、人間を含めたありとあらゆる生物は、粘土でできた人形(オモチャ)のようなもの。頭を吹き飛ばすも、四肢を捥ぎとるも、全てはエルの思うがまま。


 通常、【心理能力者】の肉体に対しては、直接【心理能力】で干渉することは難しい。

 よほど隔絶した実力差がない限り、相手の心理防壁(心理能力への防衛機構)に阻まれてしまうからだ。


 だが、彼女の《加工処理(スローター)》は、それを完全に無視して発動する。

 つまり、ひとたびエルの【心理能力】が発動して仕舞えば、ほぼ100%の確率で彼女の勝利が確定する。

 弱点は彼女の【心理能力】の届かない超遠距離からの攻撃だが、エルもそれをよく分かっており、不意打ちを一度だけ防ぐ効果を持つ【護符】を常に複数身につけている。


 レイが彼女の【心理能力】について教えてもらったのは、実はつい最近のことだ。

 その時のエルの口ぶりから、レイは「生きている身体」にしか《加工処理(スローター)》は使えないと思い込んでいたわけだが、実際には死体であっても操作できる、と言うことだろう。


 戦慄を隠せないレイをよそに、エルは器用に死体を操って、2人を運んできたワゴンを取りに向かわせた。「彼ら」に自分を運ばせるつもりなのだろう。


 死体がギクシャクとした足取りで歩き出す。

 まるでB級ホラー映画みたいな絵面である。

 これだけで神聖皇国の神官たちが大挙して殴りかかってきそうな光景だが、エルには、全く気にしたような素振りはない。平然とした顔で死体を動かしている。


 それを見て、「だからこの人は怖いんだ」と、レイは心の中で独りごちた。


 エルは物腰も柔らかく、口調も丁寧なので、一見すると優しく穏やかな人物に見える。

 実際、レイ自身も、特にエルには気にかけてもらっている自覚はあった。


 だが、あくまでそれは表面的なものに過ぎないことを、レイはここ数ヶ月にわたる付き合いの中で、よく知っていた。

 狂ったように高笑いしながら、盗賊たちを皆殺しにするエルの恐ろしい姿を見て、ドン引きしたのは記憶に新しい。

 それ以降、レイは絶対にエルを怒らせないようにしよう、と固く心に誓っていた。


 ちなみにレイの中で、「怒らせたら何をされるか分からない人物ランキング」の筆頭が彼女である。(エルの他にもいくつも候補者の顔が浮かんでくるが、それ以上考えると怖くなってくるので、レイは、頭を振って「彼女たち」の顔を脳内から追い出した)


 元より、エルは【死神】の一員である。

 この部隊に配属されたということは、当然、彼女もまた死刑囚だということだ。

 そういう人間は、大抵の場合、人格面あるいは精神面に大きな欠陥を抱えているか、健常とは言い難いような狂った性癖や価値観を持っていることが多い。

 まともな倫理観など、そもそも期待する方が間違っているとも言える。


 ――他人事みたいに考えているレイも、その狂った集団の一員なのだが……。

 彼女は都合よく、そのことを思考の端へと追いやっていた。


 レイがそんなことを考えていると、エルが期待したような視線を送ってきていることに気がついた。


「……なんですか?」


 少し緊張しながら聞いてみると、エルはニコニコと笑いながら言った。


「レイ、抱っこ♪」


「え」


 先ほどとは異なる理由で、絶句するレイ。

 そんな彼女の様子を見て、エルは嬉しそうに笑った。


「ほら、ワゴンに乗せてくださいな♪ ……優しく、してくださいね?」


 レイは脱力した。

 こういう姿を見せられると、エルが恐ろしい存在だということを、つい忘れそうになる。

 狙ってやっているなら、それはそれで怖いが。


 こうして、レイはなんとも言えない顔をしながら、エルを送り出したのだった。


***


「助けて下さって……ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 解放された女性の1人が、レイに向かって、大きく頭を下げた。

 それに合わせて、他の女性たちも口々にお礼の言葉を述べてくる。


「……いえ。仕事ですから」


 感謝の言葉を受け取ったレイの反応は、そっけないものだった。

 お世辞にも感じの良い態度とは言えなかったが、助けてもらった側からしてみれば、些細なことなのだろう。

 最初にレイに頭を下げた女性が、じっとレイの目を見ながら、改めて言った。


「それでも、感謝させてください。貴女は命の恩人なのですから」

「……そうですか」


 それを聞いたレイは、ふいっと目を逸らした後、黙って肩をすくめた。


 もちろんお分かりとは思うが、レイは別に怒っているわけではない。

 感謝されるというシチュエーションに慣れていない彼女は、単純に照れ臭かっただけである。レイのクールビューティな見た目からは想像もつかないが、不器用な子なのだ。

 それゆえに、誤解もされやすいのだが……。


「……ほら、行きますよ。次は地下に囚われている人を助けなければなりませんから」


 レイは気恥ずかしさを隠すように、顔を背けながら早口でそう言った。

 さっきの女性は、それを見ても嫌な顔をせず、にこにこと笑っている。


 ……少なくとも1人は、レイのことを誤解せず、きちんと分かってくれたようである。




 地下への道は、すぐに見つかった。

 とは言え、重厚な扉の両脇に銃を持った男が4人も立っていれば、レイでなくても見つけられたかもしれないが。鉄格子のついたその鋼鉄製の扉は、明らかに分厚く造ってあることが傍目にもよく分かる。

 同時に、レイの優れた感覚も、扉の向こうにそれなりに広い空間が広がっていると訴えかけてきていた。間違いなく、あれが地下牢への入り口だ。


「……すぐに、ころ……倒してきます。皆さまは、ここにいてください」

「レイさん……だ、大丈夫なのですか……?」

 冷静に言うレイに対し、先ほどレイにお礼を言っていた女性――彼女は亜麻川(あまがわ)クミと名乗った――が、心配そうに言う。

 ちなみに、「レイ」という名前は、彼女自身が名乗ったのではない。亜麻川が、あまりにも熱心にレイの名前を尋ねてくるので教えた、というのが正解である。


 とは言っても、レイにも多少の考えはあった。


 教えたところで不都合もないだろうし、どうせ本名でもない。

 それに、指示を出したり、互いにコミュニケーションをとったりするにあたって、名前を知っていて損をするということはないだろう。

 そういう合理的な判断で、レイは同じ部屋に囚われていた彼女たちに、【死神】としてのコードネームを教えたのだった。


 ……断じて、コミュニケーション能力に不安があるレイが、鼻息も荒く迫ってくる亜麻川の勢いに押し切られて、ついポロッと漏らしてしまった訳ではない。

 誰が何と言おうと、断じて、そんなことはないのである。



 ちなみにレイたちは今、長い廊下の端、すなわち曲がり角から、見張りの男たちの様子を伺っている。

 直線距離にして10m以上はある。しかも遮蔽物もない。

 のこのこと顔を出して走りだせば、すぐに見つかってしまうだろう。

 それに、遠目に見たかぎり、男たちは銃で武装しているようだ。

 遮蔽物もない、一直線の廊下。「さぁ撃ってください」と言わんばかりである。

 亜麻川が心配するのも無理はなかった。


 だが、レイとて【死神】の端くれである。

 まだまだ「研修生」とはいえ、この程度のことなら、それほど難しいことではない。


「大丈夫です、亜麻川さん。それに、他の皆さんも。……ちょっと、行ってきます」

「ちょ……!」


 まるで散歩にでも出かけるかのような軽い足取りで、隠れていた階段から軽やかに出ていったレイを見て、亜麻川が焦ったような声を上げた。


 実際に、見張りの男たちは直ぐにレイに気がついた。

 そして当然だが、いきなり現れた彼女に対し、即座に銃を向けた。

 だが、銃弾は発射されなかった。


 刹那の後、レイは既に、男たちの目の前にいたのである。


 さっきまで十m以上遠くにいたレイが、次の瞬間には一瞬でその距離を詰め、目の前まで接近している。そのことに気がついた男たちは、皆一様に目を剥いた。


「――何!?」

「は、速……!」


 慌てて銃の照準を彼女に合わせようとするが、もう遅い。


「ぐッ!?」

「馬鹿な……ぎゃッ」


 レイの手刀が一番近くにいた不幸な男の首筋に叩き込まれ、骨の折れる鈍い音が響く。

 そのまま身を翻すと、今度はまた別の男の顎に鋭いつま先蹴りが叩き込まれる。あまりの威力に、男の首は曲がってはいけない方向へと曲がった。いずれも即死だ。


 残った敵は、あと2人。


 2人の男を即殺したレイに、残った男たちが恐怖と憎悪の入り混じった表情を向ける。


「オラァ!」


 銃を捨て、腰に差した大ぶりのナイフを手に襲いかかってくる敵の腕をへし折り、横合いに投げ捨てる。

 悲鳴をあげる男を無視して、視線を残る1人へと向ければ、最後の男がレイに向かって銃を構えているところだった。

 そいつは勝利を確信したのか、ニヤニヤと笑いながら、レイに向かって引き金を引いた。


「――死ねッ!」


 今度こそ、銃弾は発射された。

 だが今度も、レイにとっては無意味な反撃だった。


 彼女は興味なさそうに、飛来した銃弾を難なく片腕で弾き飛ばした。

 そして、高速で距離を詰めると、そのまま男の首を万力のような力で締め上げる。


「ば……」


 紡ごうとした言葉は、バカな、だろうか。それとも化け物、だろうか。

 しかし男は遺言さえ満足に残せず、そのままレイによってくびり殺される。


 最後に、腕をへし折られた痛みに地面を転げ回っている男の側に向かっていくと、仕上げとばかりにその首を踏み抜いて息の根を止めた。


 こうして彼らは、悲鳴さえも満足に上げられないまま、骸となって床に沈んだ。


連投失礼いたしました。

これからしばらく毎日投稿していきます。

宜しくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ