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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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第九話 蹂躙


「――それでは、続きと参りましょう♪」


 言うが早いが、沼倉の私兵のうち1人が、見えない力によって摘み上げられる。

 哀れな獲物は足をばたつかせて必死に逃げようとするが、無意味だった。

 直後、ぐしゃりと言う果実を潰したような音がして、男は握り潰されて死んだ。


 客たちは、再び大パニックに陥った。その反応は先ほどまでの比ではない。

 エルから逃げるどころか、彼女を殺すこともできない。銃すら効かないのだ。

 生存さえ絶望的であると言うことも、もはや確定的だった。

 中には、地面に頭を擦り付けて許しを乞うたり、泣きながら神に祈ったりしている者もいる。


 このオークション会場にいるような人間は、いずれも、違法な人身売買に関わっていたようなクズどもである。そのほとんどが女性をモノとして扱った挙句、時にはゴミのように捨ててきた男たちだ。

 それが今、1人の女によって、逆に蹂躙されている。

 おもちゃのように弄ばれて殺される今の姿は、あまりに哀れだった。これまで女性に対してやってきたことが、自分に返ってきただけと言えなくもないが。



 ある意味、エルは平等だった。

 客も、私兵も、その他のチンピラも、その全てを等しく殺していった。

 ――無慈悲に、かつ、とびきり残酷に。


「ふふ……あはは、あはははは♪」


 大混乱に陥った客たちの反応を楽しむかのように、エルは声をあげて笑う。

 その姿は、無邪気で、可愛らしく――そして、とてつもなく邪悪だった。


「はあぁぁぁぁ……♪ 気持ち良いぃぃぃぃ……♡」


 エルは、紅く上気した頬に両手を添えながら、熱い吐息を吐き出した。

 甘くうっとりとした表情は、まさに恋する乙女のそれだった。

 興奮のあまり、膝までしかない足を、忙しなくばたつかせている。


 エルは、もはや彼女自身の持つ狂気を剥き出しにしていた。


 彼女は普段、清楚で、お淑やかな人物に見える。

 だがそれは、人間の世界で生きていくために作られた、精巧な仮面にすぎない。


 だが、一度(ひとたび)それを脱ぎ捨てた彼女は、まさに狂人そのもの。

 一見そうは見えずとも、彼女もまた【死神】の一員なのだ。


 タガが外れたのか、これまで以上に凄まじいペースで人が死んでいく。

 あまりに圧倒的かつ一方的なそれは、もはや「戦い」とは呼べない。

 それどころか、エル自身はこれを「殺人」とも「狩り」とも考えていなかった。

 敢えて言うなら、幼い子どもが昆虫の足をむしって遊ぶような、純粋で、残酷な「遊び」に近い。



 立て続けざまに5人が死んだあと、また1人、エルの前に哀れな犠牲者が引き摺り出された。

 恐怖のあまり歯をガチガチと鳴らしているその人物は、エルを「裸にして、犬のように散歩させろ」と命じた、あの司会者の男だった。


 それに気付いたエルは、ねっとりとした、甘い笑みを浮かべた。


「あは……♡」


「ひ……ひぃぃぃぃぃっ」


 司会者の男は、悲鳴さえ満足に上げられないほど怯えていた。

 無理もない。この惨劇を引き起こしている張本人が、目の前にいるのだから。


 しかも彼は、パフォーマンスとはいえ、散々エルのことをバカにしていたのだ。

 この後にどんな目に遭うのかを想像しただけで、男の身体には震えが走るようだった。


「私の足ぃ、そんなに変ですかぁ?」


 エルは男に問いかけた。

 言葉に反して、その口調は、むしろ優しかった。

 ――だが、今は、その優しさがただただ恐ろしい。


「ひぃ……! い、いいえ! いいえっっ!! 」


 司会の男は、必死に首を横に振った。

 下手なことを言えば、何をされるか分かったものではない。


 だが、目の前にいるエルが、何か良いことでも思いついたかのように笑顔を浮かべるのを見て、男は自身の迎える末路を悟った。

 このオークション会場にいた時点で、男の運命は、どのみち決まっていたのだ。


 とうとう司会者の男は、声を上げて泣き出し始めた。

 その姿を眺めながら、エルは、子守唄でも歌うかのように言った。


「私とお揃い〜♪」


 ぶちん! という、肉を引きちぎる音。


 司会者の男は、呆然と自分の右足を見た。

 否、さっきまで、自分の右足があったところを見た。


「ぎぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 司会者の男が、足を失った痛みに、ジタバタとのたうち回る。


「あらぁ? これでは、左右のバランスが悪いですね?」


「や……」


 やめてくれ、と懇願する暇すら与えられなかった。


「もう一本、えいっ♪」


 ぶちん。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 男の苦痛に満ちた悲鳴に耳を傾けながら、楽しそうに身体を揺らすエルは、まるで美しい音楽でも聞いているかのようだった。


 エルは、笑顔で男に尋ねた。


「ほら……ごめんなさいは?」


「ぎょ……ご、ぎょめんなしゃいっ!! しゅみましぇんでひたっ!!」


「ふふ……♪」


「ぎょめんなしゃいっ!! しゅみましぇんっ! おひゅるしくだひゃいっ!!」


「許して、欲しいですかぁ?」


「お……っ! おねぎゃいでひゅっ!! ゆるして……っ! ゆるしてくだしゃいっ!!」


「ふふ、ふふふふ……っ♪ ……許すか、ぶあぁぁぁぁか♡」


 無様に許しを乞う男を嘲笑うかのように、エルが狂ったように供笑する。

 それに合わせて、宙に吊り下げられていた男の身体に、さらなる異変が生じ始めた。

 男の皮膚の至る所が、ぼこぼこと動き出したのだ。


 そして、まるで見えない釣り針によって引っ張られているかのように、徐々にあちこちの皮膚が引き伸ばされ、まるでゴムのようにピンと張り詰める。


 強引に、男の身体が引き伸ばされていく。

 関節が外れ、骨が砕ける。

 筋肉や腱も、とうとう耐えきれなくなって、ぶちぶちと音を立てながら千切れた。

 ゆっくりと、しかし確実に、男の身体が伸長していく。



「があぁぁぁぁぁぁっ!! い、いだいぃぃぃぃぃぃぃっ!」


 司会者の男が身を捩って絶叫するが、エルには一向に止める気配がない。

 それどころか、荒く息を吐きながら、その様子をうっとりとした表情で見つめている。

 まるで男の苦痛と恐怖を、じっくりと味わうかのように。


「たしゅけてっ! いやだ、いやだ、い――――ぎゃッ!!」


 エルが軽く手を動かした次の瞬間、男の悲鳴が、強制的に止んだ。

 ビリリッ! と言う、濡れた雑巾を引き裂いたような音が響く。


 生きたまま男が八つ裂きになったのだ。

 彼の血と肉片が、盛大に周囲に飛び散る。


「〜〜〜〜ッ♡」


 男が無惨な死を迎えると同時に、エルの眼球がグルリと裏返った。

 白目を剥きながら、華奢な身体を両腕でかき抱き、ビクビクと幾度も痙攣する。

 口の端から唾液が糸を引いて垂れているが、それにすら気がついていない様子だった。


「ああ……最っ高ぉぉ……♡ これぇぇ、やめられないぃぃぃぃ……♡」


 陶然とする彼女の表情は、どこか官能的でもあったが、それ以上の狂気に満ちていた。


 しばらく暗い快感の余韻に浸っていたエルだったが、会場を見回して、まだ何人も獲物が残っているのを見つけると、嬉しそうに笑った。

 子どものような、無邪気な顔で。


「……ふふ♡ まだまだ、楽しませてくださいねぇ……♪」



 沼倉龍一は呆然としながら、眼下で逃げ惑う男たちを鏖殺している女を眺めていた。


 彼には、今ここで自分が破滅するのだ、と言うことは、もはや確定的だった。

 部下の屈強な男たちも、既にいなくなっている。

 逃げ出そうとして死んだか、あるいは下で逃げ惑っている哀れな群衆の中に混ざっているのだろう。もはや確認のしようもなかったし、するつもりもなかったが。

 確かに、闇オークションなどを開催していたのは自分の自業自得かもしれないが、その分、多くの人々の幸福に貢献してきた、とも思っている。

 いくら何でも、こんな最後はあんまりだ。


 その時、ふと舞台の上に目をやった沼倉は、そこにいる女と目が合った。

 彼女も目があったことに気付いたのだろう。

 女は沼倉の方を見上げると、ニッコリと笑った。


 彼女の笑顔を見た沼倉は、その瞬間、背筋を這い上がるような戦慄を覚えた。


 彼にはその笑顔が、何か人間ではない生き物のように見えたのだ。まるで、人ならざるモノが、擬態のために「笑顔」と言う仮面を被っているかのような――。


 三日月のように細められた目。

 そこからわずかに除く眼球は、夜の闇に塗りつぶされているかのように、暗く、黒く、淀んでいる。

 頬が裂けんばかりに広角が釣り上がった口元は、まるで仮面に生じた亀裂のようだ。


 そこにいるのは、断じて1人の人間などではなかった。

 その瞬間、彼は幻視していた。

 ――美しい女の皮を被った、悍ましい怪物の姿を。


 それを認識した瞬間、沼倉は失禁していた。

 周囲に異臭が漂うが、そんなことを気に留めているような余裕は、もはや彼には残っていなかった。

 沼倉にとってエルの存在は、まさしく【死神】そのものだったのだ。

 恐怖に耐えきれなかった彼の精神は、あっさりと意識を手放した。

 沼倉の視界は、そのままブラックアウトしていった。


 だが、彼は幸運だったのかもしれない。

 これ以上、恐怖も絶望も味わうことはなかったのだから。



 その後もしばらくの間、オークション会場に、悲鳴と絶叫、そして人体が破壊される音が、重なり合って木霊していた。





【死神】に加入するにあたって、メンバーにはそれぞれコードネームが与えられる。

 そうやって自身の元の名を捨てて、彼女たちは一度死ぬ。

 そうして新しい名前を得ることで、新たな存在……すなわち【死神】として生まれ変わる、と言うわけだ。


 ただし、そのコードネームは、自分では自由に選べない。

 実はコードネームとは、危険度指数の高い犯罪者にのみ与えられる悪名(バッド・ネーム)の一部をもじったものなのである。


 彼女のコードネームは「エル」。

 そして、かつて彼女に与えられた悪名(バッド・ネーム)は――。



 神聖歴1784年12月25日。

 北西部にある小さな田舎街で、皇国の犯罪史に残るほどの凄惨な事件が発生した。

 10年前のその日は、女帝陛下が即位した記念日であり、神聖皇国全体で盛大に祝うのが慣例だった。その小さな街でも、ささやかながら祝賀祭が催され、人々の活気や笑い声が、狭いメインストリートに溢れていた。


 だが、人々の幸福に満ちた歓声は、直後、悲鳴と絶叫へと変わった。


 通報を受けて駆けつけた【銀】の隊員たちが目にしたのは、バラバラに引き裂かれて原型を失った肉片と、降り積もった雪を真っ赤に染め上げる、夥しい量の血。

 その時点でおよそ100人以上が既に亡くなっていたが、この後も犠牲者は増え続けることとなった。


 そこで起こった出来事は、後に「祝賀祭事件」もしくは「血の祝賀祭」などと呼ばれることになる。

 それは、過去に類を見ないほどおぞましい、大量殺人事件。

 正式な人数は不明だが、死者は確認されているだけで民間人118名、治安を維持する役割を担う【銀】の隊員21名、対人戦闘のプロである【蒼】の隊員2名。

 重症者を合わせれば、その3倍以上の人間が彼女の犠牲になったと考えられている。

 なお、死者の正確な人数が不明なのは、遺体はいずれも原型を留めていなかったためだ。

 これだけでも十分以上に凄惨かつ異様な事件であるが、もう一つ特異な点を挙げるとすれば、【蒼】の2名を除き、死亡者は全て男性だったことだろう。


【死神】の中でも随一の実力を誇るメンバー、コードネーム「エル」は、この凶悪な事件を引き起こした張本人である。この時、彼女はまだ10歳になったばかりだった。


 犠牲者の血肉を全身に浴びながら、楽しそうに笑い声をあげる幼い少女の姿は、生き残った人々に圧倒的な恐怖とトラウマを刻みつけた。

 やがて僅かな生き残りは、蔑みと恐怖を込めて、彼女のことをこう呼んだ。


 ――【残虐姫(クルーエル)】と。


 犯した罪の重さ、そして奪われた人命の数を考慮すれば、彼女には問答無用で極刑が言い渡されるはずだった。

 しかし、そのあまりに強力な【心理能力】は、処分してしまうにはあまりにも惜しい。

 取引の結果、“エル”と名付けられた少女は、条件付きで第二の人生を歩むことになったのである。





 狂ったように笑いながら殺戮を続けていたエルが落ち着きを取り戻した時、オークション会場には既に、声を上げる者は1人もいなくなっていた。



 “仕事”を終えたエルは、いつもの笑顔を浮かべ、うーんと可愛らしく伸びをする。


 そして、少しだけ悲しそうに言った。


「うう……。コートに、血の匂いがついてしまいました……。お気に入りだったのに」


 ――いつも通りの、呑気で、おっとりとした口調で。


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