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紋黒蝶は月夜に舞う〜元死刑囚のお仕事は、超能力で悪人を裁くことです〜  作者: 少林 拳


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プロローグ

 

 それは、遠い、遠い昔のこと。

 かつて世界がまだ一つではなかった頃のことだ。


 人々は互いに争い、反目し、殺し合っていた。

 土地、資源、思想、金銭、侵略、報復。

 きっかけは時代や場所によって様々だったが、理由がなんであろうと、人間は戦い続けることを選んだ。

 ほんの一時に限定すれば、平穏な期間もあった。

 しかし、それも所詮は次の戦争に向けた準備期間に過ぎなかった。

 人間同士の不毛な争いは、数千年にもわたって続いた。



 いつ終わるともしれない戦争と殺し合いの歴史は、ある日、突然幕を下ろすことになる。


 ――世界に現れた【魔】の出現によって。


 “それら”は一体どこから来たのか。

 あるいは、どうやって生まれたのか。

 それは誰にも分からない。

 ただ、 “それら”が世界の、人類の敵であることは明らかだった。

 ある者は“それ”を神の使者と呼び、またある者は悪魔と呼んだ。


【魔】は、群れを成して人々を襲った。

 規格外の身体能力と、超自然的な力を持つそれらは、容赦無く人々を殺し、甚ぶり、辱めた。

 個で劣り、質で劣り、近代兵器さえ効かぬ敵に対して、はなから人類に勝ち目など無かった。

 共通の敵を得たことで、人々が団結するようになったという皮肉な収穫もあったものの、この未曾有の危機に直面した世界にとっては、それすらも焼石に水に過ぎなかった。

 とめどなく続く【魔】の猛攻に、瞬く間に人類はその数を減らしていった。


 とうとう世界の人口が最盛期の1%を割り、人々が人類という種の存続さえ諦め始めた時、ついに奇跡は成った。


 人類の中から、救世主が現れたのだ。


 彼女は、世界を救うべく、神に遣わされた神子(みこ)だった。

 彼女は奇跡を行使し、瞬く間に世界から【魔】を駆逐していった。


 そして、神子のもたらした奇跡は一つだけではなかった。

 溢れんばかりの恩寵は、彼女に付き従う者たちにも、新たな力を目覚めさせた。


 その力は神子の行使する奇跡とは比べ物にならないほど微々たるものであったが、近代兵器の効かない【魔】に対抗できる、新たなる人類の武器となった。


 自らの心を現実に投影する力――。

 すなわち、今日(こんにち)でいうところの【心理能力(マインド・スキル)】である。



 こうして、人類の【魔】に対する反撃が始まった。

 神子に導かれた人類は、破竹の勢いで勝利を重ねていった。

 やがて、世界の端まで追いやられていた人類は、数百年ぶりに祖先の生まれ育った大地を踏むことができるまでに至った。


 しかし、数々の奇跡を起こし、幾度となく人類を救ってきた神子にも、とうとう限界が来ようとしていた。


 寿命である。


 人々を導いて世界のために戦った彼女の前にも、とうとう【死神】が姿を現そうとしていたのだ。


 彼女は多くの【魔】を打ち払い、滅ぼし、追い払ったが、無限に湧き出してくる“それら”を全て消し去ることはできなかった。


 そこで、神子は最期の力を振り絞って、人々を守ろうと考えた。

 彼女はまず、【森】を切り開き、【砂】を吹き飛ばし、【山】を砕いて、【海】を乾かした。

 そうして造った新たな土地を、高く頑丈な【壁】によって区切り、一つの国を造った。彼女は最後に、残された人々が困らぬようにと、自らの一部を子孫に継承し、人々を導く力を与えた。


 人々を“外”の【魔】から守るための砦にして、最後の楽園。


 それが「神聖皇国」の始まりである。


 ――神聖皇国における最も古い記録を、平易な表現で書き起こしたもの


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