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行く先

 大学に進学し静岡市に引っ越しをした私は、大学から徒歩10分の場所にあるマンションで暮らし始めた。目的は二つ、この先誰の手も借りることなく生きるための力を確実なものにすることと、彼を――トモくんを探すことだった。彼が以前話していた喫茶店や東海道線、駅構内を巡った。巡る先々で彼の欠片を拾い集めた。


始めの一年は慣れることに精一杯だった。青森とは違う気候と季節感と香り。そのどれもが私を辟易させたが、しだいに慣れた。順応することは前々からやってきたことだった。


学友も出来たし、なにより彼の跡を辿ることは楽しかった。まるで偉人の訪れた場所に行って想いを馳せるような感覚だった。出先で見つけたバイトも始めたし、これまで一方向に直進していた私にとってはどれもが新鮮だった。自分の見ていた世界がどれほど小さいものだったか、思い知らされた気がした。


 そんな思いも影響してか、二年、三年は見ていた世界を広げるようになっていた。彼の存在も矮小なものとなり……大切ではあるけれど、そればかり見ていられなくなった。飽きたのとは違う、ただ彼が過去のものとなってしまっていたのだ。


スリープモードのスマホに一人呟く癖もなくなったし、第一彼の過ごしてきた跡を追うのも限界があった。彼が話していた場所を、覚えている全て巡ってしまっていた。彼に対する言葉や表面では無い、なにか神秘的で秘密めいたものの輝きは失われてしまっていた。


 そんな時、私は瀬辺地周辺に似た場所を見つけた。静岡駅からバスに乗って40分ほどの場所だった。吉田町と呼ばれる町にある公園に行ったときだ。その町はよく風が吹く。実は瀬辺地駅の近くにある蟹田駅は、あの太宰治が風の町と言うほど、心地の良い風が吹いている。時に厳しく、時に穏やかに。


冬場のからっ風が吹くなか町を歩いているとき、私は瀬辺地に帰ったのだと錯覚した。あれから瀬辺地には帰っていないし、立ち寄ったこともない。しかしそう錯覚した時、やはり私の根源はあの場所にあるのだと思った。……だから、私は静岡の、瀬辺地によく似たこの町に住もうと思った。


その時はざっくりとした考えだったが、大学を卒業し引っ越しを余儀なくされたとき、私は吉田町に腰を据える覚悟を持った。いや、覚悟というより、それが本望だった。それから彼のことを探さなくなった。


ただ集めた欠片たちとあの日までの彼との時間と、想い。これらを大切にしまって生きよう。自然とそんな考えになった。その時私は初めて、明確な諦めを持った。彼に対する諦めだ。


彼がどうこうではなく私が、そう感じたのだ。だってもう、私は自立し自由と責任を持つ大人になったのだから。大人に、なってしまったのだから。




           ***




 国道150号を走る。秋でもそこまで紅葉に恵まれないこの地は、揺らぎや変化を恐れてしまう私にとって好都合だ。窓を開けて風を感じる。少しだけ冷たい、海と秋の匂い。町を歩く老人は厚着をしているが、部活終わりの中学生はだいぶ薄着だ。季節の変わり目はこんなふうに、みな違った装いをする。


 自身が運転する自動車のスピーカーからは、小さく冬の音楽が流れている。昔、私が高校生のときに流行ったものだ。これを聴いていると、冬特有の寂しさや人恋しさに酔いしれることができる。彼を思い出した私が、意図的にかけた音楽だった。


「……まさか、この歳になって夢や音楽に心を揺らされるとは」


 本当にそうだ。どうしてたかが夢のもののためにここまで心を揺さぶられているのか、不思議でならなかった。故郷にいる両親や友達が夢に出てきても、少しセンチメンタルになるだけでここまで心は動かなかった。自身で音楽を変えるほどには。


しかしそうする理由も、分かってしまう。どれほど割り切ろうとも、諦めが付いていようと。過去に残されてしまった私の魂の一部は変えられないからだ。すでに彼との恋は、私の一部なのだ。こればかりは、やはり確かなものだ。


 再確認しつつ、秋空の夕焼けを見る。途切れとぎれの雲が西陽に照らされて、まるで絵の具だった。情熱が染み込んでいるのか、私の目に止まった時、情熱は雲を越えて私に入り込んできた。ハンドルを握る力が強くなる。


 少しだけスピードを上げ、本来曲がるはずの道を無視した。その先には私の住んでいるマンションが見えていたが、そこから目を逸らし、私は海に向かう方面の道を走り続けた。そこでハッと我に帰る。


「私、どうして……いや、今日は遠回りして帰ろう」


 無意識でおこなっていたことに、ようやく理性が追いつく。そして納得する。理由なんて、自分がよく分かっているはずだ。今日はどうも、過去の私がひょっこり大人の私を操っているらしい。


 空気を切り裂き、太平洋が望める場所へ急いだ。必要なのは、ただ行きたいと思う想いだけなんだ。今日はなんだか、考えることで逃げてきたこの残酷で美しい世界を、真正面から見ることが出来そうだった。アスファルトの先にある、私の過去と未来を。

次は明日、12/5の21時に更新です。よろしく〜

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