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第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜⑦

 ハルさんが、すべての楽曲を歌い終わり、ステージ(?)の片付け作業をしているのを確認しながら……。

 オレと浦風さんは、ペデストリアン・デッキから、川沿いの文化施設やホテルが立ち並ぶ景色を眺める。


 夕暮れの陽射しが反射した高層ホテルは、オレンジ色を中心とした暖色のグラデーションに染まり、隣に立つ茶系統のクラシカルな外観を持つ総合文化センターの建物や、周囲のメタセコイアの木々の緑と相まって、幻想的な光景を作り出していた。


(ウチの街にも、こんなキレイな風景があったのか……)


 そんなことを考えていると、隣でペデストリアン・デッキの欄干に肘をつき、その腕に形の整った顔をチョコンと乗せた下級生がつぶやいた。


「私、ハルさんの歌で、気持ちが楽になった気がするんです」


 ポツリと吐き出された言葉に、オレは、だまってうなずく。

 そして、彼女は、さっき聞いたばかりの楽曲のもっとも耳に残るフレーズを口ずさんだ。


 たった一度、聞いただけのオレの耳にも残る印象的なフレーズが、彼女の口から紡がれることで、さらに、意味が深いモノになった気がした。

 サビの部分を歌い終わり、浦風(うらかぜ)さんは、オレの方に視線を向けないまま語る。


「この歌詞を聞いたとき、自分のことを歌ってもらってるみたいだ、って思ったんです……」


「小田先輩のことは、大好きだったけど、長洲(ながす)先輩もスゴく優しくてイイ先輩だから……彼女のことを好きだと想う小田先輩には、その気持ちを大事にしてほしかった……」


「でも、やっぱり、小田先輩に振り向いてもらいたかった気持ちもあって……」


「だけど、自分の気持ちに区切りを付けなきゃ、と思ってたときに、この歌が偶然、耳に入ってきたから……」


 彼女は、川沿いの風景に目を向けながら、独り言のように、そう語ったあと、


「なんだか、運命的なモノを感じちゃったんですよね――――――」


ハルさんが歌った歌について、そう締めくくった。

 そんな浦風さんの独白に、オレは、「そっか……」と、短く応じてうなずく。

 自分の想いに区切りをつけるのも、彼女なりの決断のひとつだ。どこか、自嘲気味に、それでも、なにかを吹っ切ったような下級生の横顔は、夕暮れに映えて、ひときわ美しく見えた。


 浦風さんは、きっと、これから恋愛の充電期間『失恋クールダウン』に入る。

 これは、青年誌連載にもかかわらず、「JKのバイブル」とまで呼ばれた大ヒット・ラブコメ漫画『神楽さまは告らせたい』にも描かれていたことだが、「寂しいからと妥協して新たな恋に飛びつく前に、何のための失恋だったのかを自分の中で整理する時間」のことらしい。


 そして、それは、より良い相手に出会う前の重要なステップなのかも知れない。


「『人生』は、戦闘に勝ったときじゃなくてね、負けたときにこそ、経験値が入るのよ」


 ワカ(ねえ)に見透かされていた、オレの推しキャラの一人である木南蒼(きなみあおい)は、作中でそんなことを語っていた。


「はいあがろう『負けたことがある』というのが いつか大きな財産になる」


 説明するまでもないだろうが、オレがクラスメートたちとのカラオケで劇場版の主題歌を歌った、あの国民的バスケ漫画の超有名なセリフだ。

 浦風さんの横顔をそっと眺めながら、そのふたつのセリフが頭に浮かんだ。

 彼女の決断を肯定したいという想いから、うろ覚えながらも、ハルさんが歌っていた歌詞の最後の部分を引用する。


「イイ歌だもんね……たしか、最後に『いつか両想いに出会うため どんな恋をしても 自分にファイトもちたいの』って歌ってたし……」


 オレが、そう言うと、浦風さんは、川沿いの風景に向けていた視線をこちらに向けてから、


「はい!」


と、大きな声でうなずく。さらに、彼女は、少しだけバツが悪そうな表情になり、


「実は……立花先輩なら、そう言ってくれるんじゃないかと、密かに期待していたんです。だれかに……いまの自分の気持ちをわかってほしくて……立花先輩の優しさに甘えてしまって……私の自分勝手な想いに付き合わせてしまって、ゴメンナサイ!」


そう言って、オレに向かって、頭をさげる。

 そんな健気な下級生の行動に、オレは少しだけ恐縮しつつ、気にしていないという意味を込めて、小さく首をヨコに振ってから、彼女をうながす。


「それより、ハルさんの片付けが終わったみたいだから、お礼を言いに行こう」


 機材の片付け作業を終えたハルさんも、オレたちに気づいたようで、こちらに向かって手を振ってくれた。


「ふたりとも、ありがとう! 自分より年下の若いお客さんが来てくれるのは、ホントに嬉しいよ!」


 アイドルという職業からだけではないだろう、満面の笑みで語る彼女に対して、オレは、素晴らしい歌を聞かせてもらったお礼の言葉とともに、気になっていた聞いてみる。


「いや、ホントに素敵な歌を聞かせてもらって、ありがとうございました! ところで、ハルさんに聞きたいことがあるんですけど……」


「ん? なにかな?」


「最初に歌ってくれた『ガールズファイト』っていう歌は、ハルさんのオリジナル曲なんですか?」


「ん〜……フフフ……私にも、あれくらいの作詞スキルがあれば良いんだけどね……残念ながら、私は歌う専門だから……あの歌は、ウチのマネージャーが教えてくれた曲で、30年くらい前に発売されたモノらしいよ」


 そんなに古い曲だったのか……30年前というと、ワカ(ねえ)ですら、まだ生まれる前だ。

 それだけの年月が経っているにもかかわらず、現役高校生の心を打つ歌詞であることに感心していると、今度は、ハルさんが、オレにたずねてきた。


「ところで、私も、さっきから気になっていることを聞きたいんだけど、良いかな?」

 

「なんですか?」


「キミは、男子にフラレた女の子に近づくことができる特殊能力でも持ってるの?」


 まるで、意味のわからない質問である上に、浦風さんの前でデリケートな内容に触れる相手に対して、若干の憤りを覚えながら、返答する。


「ハァ? なに言ってるんですか? だいたい、フラレた女子って……」


「えっ!? だって、この前も()()()()()()、号泣している同級生を慰めてくれたじゃない」


「へっ?」

 

 と、間の抜けた声を上げながらも、彼女の一言で、つい、ひと月ほど前のヨネダ珈琲・武甲之荘店での出来事を思い出す。


「あっ! いつも行ってるヨネダ珈琲の店員さん!」


 そう、ローカル・アイドルであるハルさんの正体は、あの日まで、ほとんど話したことのなかった上坂部葉月(かみさかべはづき)の修羅場の後始末という無茶振りをしてきた喫茶店の店員さんだったのだ。


「やっと、気づいてくれたか〜。まあ、私は、仕事柄、ファンの人たちとか、お客さんの顔を覚えるのが得意なんだけどね。ヨネダ珈琲のバイトと並行して、市内の色んな場所で路上ライブもやってるから、これからもヨロシクね!」


 親指と人差し指、そして、小指を立てて、「シャイ☆!」と、決めポーズを作ったハルさんは、オレに対してアイドルという職業を全面に押し出した笑顔を向けてくる。

 この場に誘ってくれた下級生をよそに、ローカル・アイドルと二人で話し込んでいることに申し訳なさを覚えつつ、オレは、頭を抱えるよりほかはなかった。

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