第3章〜運命の人があなたならいいのに 現実はうまくいかない〜⑥
「葉月、あの中で、ナニか欲しいものはあるか?」
急に幼なじみから話しを振られた上坂部は、驚いたように「えっ……」と口にしたあと、遠慮がちに、
「じゃあ、あのクマのぬいぐるみ、かな……」
と、体長15センチ程の大きさのぬいぐるみを指差した。
その口調と仕草は、控えめで謙虚なモノだったが、指定したブツは、かなりの大物だ。
ぬいぐるみ自体の重さや重心にもよるが、コルク弾で撃ち落とせるのかは、ハッキリ言って、かなり微妙なところだと言って良い。
「なかなかの大物だな。面白いじゃねぇか」
最初の弾を銃口に込めた久々知は、この屋台で許されるギリギリのラインまで腕を伸ばし、引き金を引く。
パンッ
という音とともに弾き出されたコルク弾は、見事に的に的中したが――――――。
その重量を動かすためには、空気銃から放たれるコルク弾では、威力が小さすぎるのだろう。クマのぬいぐるみは、微かに動くだけで、棚から落ちる気配は微塵もない。
やっぱり、あの大きさと重さじゃ無理だろう……。
と、考えるが、クラスメートは、諦めることなく、次弾を銃口に込めて的に狙いを定める。
パンッ
今度もコルク弾は見事に的中し、ぬいぐるみの頭部が少しだけ揺れるように動いた。
「あっ、惜しい!」
上坂部が声を上げるが、残念ながら、あの程度の威力では、棚から、お宝を落とすことは出来ないだろう。
その様子を見て、オレは三発目の弾を込めようとするクラス委員に声をかける。
「久々知、コルクの弾は、銃のレバーを引いた後に詰めた方が良いぞ。より多くの空気が入って、弾に強い圧力をかけることができるから、威力も増すぞ」
「そうなのか? そんじゃ、試してみるか」
オレのアドバイスを素直に聞き入れた久々知は、銃口に込めようとしていたコルク弾を握りなおし、空気銃のレバーを引いてから、弾を込め直す。
そして、二発目までと同じ様に狙いを定めて、引き金を引くと――――――。
パンッ!
先ほどまでより、心なしか大きな音を立てて発射されたコルク弾は、同じ様にぬいぐるみの頭部にヒットし、グラリと、傾きかけた。
「あっ! あと、ちょっと!」
声を上げる上坂部の発言は、今度は的確に状況を捉えている。
的となるクマのぬいぐるみは、二発目までよりも、明らかに大きく動いている。
「ヨシッ! あと、二発か……」
久々知は、そう言って、空気銃のレバーを引いてから、コルク弾を二つ握ってから、そのうちの一発を銃口に込め、狙いを定めて引き金を引く。
パンッ!
四発目の弾も、ぬいぐるみにヒットしたのを確認すると、久々知は即座にレバーを引き、銃口に最後のコルク弾を込めて、タイミングを図るように、狙いを定めて引き金を引く。
パンッ!!
という、これまでよりさらに大きな音を立てて銃口から放たれたコルク弾は、今度もぬいぐるみを的確にとらえた!そして、前弾の命中のあとに動きを止めていなかったぬいぐるみは、大きくグラグラと揺れて――――――。
ついには、最上段の棚から後ろに転がり落ちていった。
「ヨシッ! 仕留めた!」
久々知が、小さくガッツポーズを作ると、彼の幼なじみが声を上げて、腕に抱きつく。
「やった〜! さすが、大成! スゴい、スゴい!」
「へぇ〜、やるじゃん、大成くん」
「久々知先輩、スゴいです!」
上坂部だけでなく、上級生や下級生からも賞賛の声を受けた久々知は、照れたように、鼻をかきながら、
「いや、立花のアドバイスがあったおかげだ。レバーを引いてから弾を込めるようになってから、威力が段違いになったからな。立花、あんなウラ技なんで知ってたんだ?」
と、こちらに向かって問いかけてきた。それに対して、オレは、手短に返答する。
「あ〜、こういうお祭り好きの親戚がいてさ……子どもの頃から、金魚すくいとか射的の攻略法を教えてもらったんだ」
言うまでもないが、「お祭り好きの親戚」というのは、実生活ではあまり役に立つことが無い様々な知識を授けてくれたワカ姉のことだ。
「へぇ〜、そうなのか……」
と、感心するようにつぶやく久々知に対して、オレは、彼のパフォーマンスを素直に称える。
「いや、スゴいのは、やっぱり、久々知だよ。ぬいぐるみの動きを見ながら、最後の一発で仕留めるなんて、マンガみたいな展開だと思った」
実際のところ、五発目のコルク弾がグラついているぬいぐるみにヒットし、ゆっくりと揺れながら棚から落ちていく様子を眺めていたオレは、
(これが、主人公補正ってヤツか……)
と、久々知大成の勝負強さに感心していた。
学内でも指折りの容姿を持つ彼女と交際しながら、自分に想いを寄せている幼なじみのリクエストに応えるなんてシチュエーションは、何回、人生のリセットを繰り返せば到達できるんだろう?
(ゲームなら、攻略サイトを見ながらのフラグ管理が大変そうだ)
クラスメートのチートぶりに苦笑しながらも、屋台のおっちゃんから銃を受け取り、自身の射撃準備に入る。絶対的な強者の主人公に抗おうとする周囲のキャラクターは、こんな心境なのかと感じつつ、オレは、コルク弾の選定をはじめた。




