第3章〜運命の人があなたならいいのに 現実はうまくいかない〜②
市内の南部を東西に横断する私鉄電車の阪神浜崎駅は、この街で最大の繁華街だ。駅の西側には、高架になっている線路と並行するように商店街のアーケードが伸びていて、この日の目的地である、えびす神社は、その途上にある。
オレが生まれる遥か前の昭和の雰囲気が色濃く残る商店街周辺は、お祭りや縁日には、ぴったりの風景だ。
自分にとって、色々な意味で夏休み前の最大のイベントと言える夏越の祭りの参拝を目前に控えた午後五時前――――――。
駅前公園が広がる浜崎駅の北側出口で、オレは、しばし固まっていた。
前日までのグループLANEのメッセージのやり取りからは、想像もできない光景が繰り広げられたからだ。
自宅から、自転車で半時間ほどかけて、浜崎駅前に着いたオレを迎えてくれたのは、集合時間の30分前には、この場所に到着していたという小田先輩だった。
「おつかれ〜、立花くん! 集合時間より15分も早く到着するなんて感心だな」
「お待たせしました。先輩こそ、めっちゃ早い集合じゃないですか? 他の人達は、まだですか?」
「あぁ、さつきを誘ったんだけどな……『準備があるから、先に行ってて!』って、フラれちまった。さっき、LANEで連絡があって、浦風と上坂部と久々知も、同じバスで来るらしいぞ」
自転車を漕いでいたので、気付かなかったが、先輩の言葉で、すぐにスマホを確認すると、たしかに、グループLANEにメッセージが入っていた。
長洲先輩に同行を断られたことが寂しかったのか、少し苦笑しながら答えてくれた小田先輩は、白を基調としたジャケットを羽織り、夏っぽい明るい印象の服装だ。ただ、パンツとインナーは黒で揃えられていて、少し落ち着かせたコーデになっている。
インナーはタンクトップ1枚で涼しげでもあり、なにより、バトミントン部で筋トレをして鍛えられているという上半身は、細マッチョという言葉がピッタリと当てはまる感じだ。
首元にはさりげなくシルバーのネックレス、パンツにはウォレットチェーンが付けれていて、やり過ぎでない工夫が、先輩の普段の雰囲気に合っていた。
さりげないオシャレ感を出している同性の先輩の姿を見て、Tシャツにジーンズに普段履きのスニーカーという自分の服装が、急に恥ずかしくなってきてしまった。
(ひょっとして、オレは場違いなヤツなのか……?)
そんな不安を感じながら、大きな噴水を眺めつつ、木陰で他のメンバーを待っていると、程なくして駅前のロータリーにバスが到着した。
「どうやら、さつき達が着いたみたいだ」
小田先輩の言葉どおり、にじバスと呼ばれるオレンジと黄緑色のラインカラーが印象的なバスの車内から、長洲先輩やクラスメートたちが降りてきて、こちらに向かってくる。
その姿に、オレは、「えっ!?」と言葉を発したあと、絶句する。
男子の久々知も含めて、バスを降りたった四人全員が浴衣姿だったからだ。
「なんだ、そう言うことだったのか……」
微笑を浮かべて、納得するようにほおを緩ませる小田先輩。
「あの、昨日までの流れだと、女子は浴衣を着てこない……みたいなノリでしたよね?」
「そう思ってたのは、オレと立花くんだけだったみたいだな」
先輩が、苦笑しながらオレにささやく。
あらためて、こちらに歩いて来る四人に目を向けると、まず、目を引いたのは、白地に赤い花柄の浴衣姿の長洲先輩。女子としては、やや身長が高めな彼女には、大きな花がらと赤い帯の浴衣がマッチしている。高級感のある生成地いっぱいに描かれた丸みのある真っ赤な椿の柄が存在感抜群なで、「これぞ浴衣!」というレトロな印象だ。
赤い帯は、大人っぽさを感じさせ、浴衣全体をパッと明るく華やかに演出している。普段の制服姿とは異なる女性らしさが感じられて、ひときわ、印象的だ。
その隣の上坂部は、白地に青い鳥の羽のような柄が印象的な浴衣姿だ。こちらは、夏らしい涼し気な雰囲気で、さわやかな「清涼感」という言葉がピッタリと当てはまる。帯も白と水色を基調としたカラーで、落ち着いた印象の中にも可愛らしさがあり、普段の彼女のイメージを損なうことなく、バッチリと似合っている。
上坂部の隣を歩くのは、同じくクラスメートの久々知大成。幼なじみの女子と合わせたわけではないかも知れないが、こちらも、青系統の色柄の浴衣姿だ。明るめの藍色が爽やかな印象を与え、若々しさと深みのある風合いを表現している。その浴衣姿にマッチしている下駄を履き、扇子を軽く仰ぐ姿からは祭りに慣れているような印象を感じさせる。
バスから最後に降りてきたのは、一年の浦風さん。やや小柄な彼女は、白地に薄い黄色の小さな花柄が特徴的な浴衣姿だ。柔らかくて可愛いパステルカラーに、線画タッチで描かれた花びらが、少しだけ古風なイメージを漂わせている。可愛らしさの中に、クラシカルな印象もあって、おっとりとした彼女の雰囲気に、ピッタリと合っているように感じられた。
そんな彼女たちやクラスメートの男子の姿に目を向けながら、オレは、ますます場違い感を感じ、今日は、なるべく存在感を消しておこうと、心に誓うのだった。




