3話 ヴァンパイア ①
――あれからずっと、樹莉ちゃんの言葉が、心にトゲのように刺さって抜けない。
今、紫月と暮らす日々は、楽しいと思う。
でも、ふいに無力感に襲われる。
私はあの日、銀の弾丸がヴァンパイアの記憶を消してしまうことを知った。
それから、ヴァンパイアハンターがやっていることは正しいとは思えなくなった。
……それを、家族に伝えなくてもいいのかな。
私は家を出て、家族と向き合うことから逃げた。
それで今は成り行きで、前よりもずっと幸せな暮らしを手に入れた。
……でも、本当に私、それでいい?
せっかくヴァンパイアのことを知ったのに。
せっかくハンターの一族に産まれたのに。
なんにもしないのって、なんか――
「……かっこわるい……」
「は?」
思わず漏れた心の声が、紫月に聞こえてしまったようだ。
「急にケンカ売ってる?」
「ち、ちがっ――紫月のことじゃなくて!」
彼は店の掃除をしていた手を止めて、私に迫ってきた。
「じゃ、何の話だよ。お前が最近なんか悩んでることか?」
「いや、別に……」
「嘘だな。前にハンターを見かけたときから、ずっとおかしい」
さすが、私のことなんてお見通しだ。
「……だって私、ハンターがそんなひどいことしてるなんて――」
私が言いかけたときだった。
突然、紫月がふらついて、テーブルにもたれる。
「えっ、大丈夫!?」
「……ちょっと、立ちくらみしただけ――」
言い終わらないうちに、紫月はずるずると床に崩れ落ちる。
「ちょ、ちょっと! どうしたの!」
私の声が聞こえたのか、マスターが裏から来てくれた。
「紫月君! 顔色が悪いね、こっちに座れる?」
「……大丈夫っす、少し休めば……」
「もちろんここで休んでいってもいいけど、そんなにすぐ治るものでもなさそうだね。帰れるならすぐに帰ってもらってもいいんだけど……」
「私、連れて帰ります!」
「は? いいって……」
「大丈夫だから!」
私は強引に、紫月を連れて帰ることにした。
◆
紫月に肩を貸しながら、なんとか家にたどり着いた。
やっぱり、筋トレしといてよかった。
とはいえ、昼間だったからヴァンパイアが辺りをうろついていなかったのが救いだった。
帰ってからずっとベッドで休んでいる紫月に、冷やしたタオルとお粥を持っていく。
「紫月……寝てる?」
返事がない彼の顔を覗き込む。
紫月が目を閉じているのをいいことに、見とれてしまった。
改めて、すごく綺麗な顔だと思った。
……紫月が苦しそうなときに、そんなことを考えるなんて不謹慎だ。
彼の目にかかる前髪を何気なく払う。
すると、おもむろに紫月の瞼が開いた。
「あ、ごめん、起こしちゃって……」
紫月は返事もせずに、ベッドに私を引きずり込む。
「ちょっと、あの……紫月?」
私は布団の中で、無言の紫月に強く抱き締められている。
背中に感じる彼の体温をとても熱いと感じるのは、状況のせいもあるかもしれない。
紫月は、私のうなじに顔を埋め、それから何度も甘噛みをしながら首筋を噛む。
そのとき、感じたことのない鋭い痛みが走った。
「いたっ」
私が思わず声を漏らすと、彼はすぐに口を離す。
「……悪い。今、無理だ俺。近寄んないで」
「無理って……ほんとに大丈夫? 病院とか――」
「こっち見んな」
紫月に、顔を手のひらで覆われた。
私はすぐにそれを無理やり引き剥がす。
「なんでよ、心配なの」
「……お前を見てると耐えらんねぇって言ってんだよ」
そんな言葉の後、紫月からもらったのはデコピン。
「いぃったぁ……」
さっき噛まれたときよりこっちの方がずっと痛い。
「寝てれば治るから、ほっとけよ」
「わ、わかった……」
ここはおとなしく引き下がろう。
無理に留まれば、貧血待ったなしかもしれないし、デコピンくらいじゃ済まないかもしれない。
私が部屋を出ようとしたとき。
「おい、それは置いてけ」
「……お粥? 食べてくれるの?」
同居生活の中で、紫月が好むのは濃くて刺激のある味だとわかった。
だから、お粥なんてやさしい食べ物は拒否されるかもしれないと思ってた。
「お前が作ったんだろ、食う」
「あ、ありがと」
「……なんでお前が礼を言うんだよ」
そんなの、うれしいからに決まってる。
こんなときなのに、私は紫月になにもしてあげられていない――そんな風に思ってた。
体調が悪いなんて、全然気づかなかったし。
でもちょっとくらいは、役に立てたのかな。