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2話 銀の弾丸 ④


――朝、窓から入るまぶしい日差しを浴びて、目が覚めた。

私は今日からやると決めたことがある。

コップ一杯の水を飲んで、さっそく取りかかった。


「……朝からなにしてんの、お前」


「筋トレ、でしょ、どう見ても!」


水を入れたペットボトルを両手に持ちながらスクワット中の私を、紫月はバカにしているような目で見た。


「へぇ、ご苦労さん」


「見てないであっち行ってよ!」


「……なんで急に、筋トレ?」


「強くなりたいから!」


そう、私は強くなりたい。

ヴァンパイアに襲われても身を守れるように。


それと、紫月を助けられるように。


……正直、私が紫月を助けるなんてシーンは具体的にイメージできないけど、とりあえず強くなるに越したことはないはずだ。


「じゃ、これ飲む?」


そう言って紫月が出したのは、例のカプセル。


「……紫月の血でしょ? 飲んでどうなるの」 


確か、ヴァンパイアに飲ませれば言いなりにできるらしいけど。

私は紛れもなく人間だ。


「人間が飲めば、ヴァンパイアになれる」


「のっ、飲むわけないでしょ!」


やっぱ、王族の血、怖すぎ。


「ヴァンパイアは人より強いだろ」


「それはそうだけど! 嫌だよ!」


確かにヴァンパイアは人間より身体能力が高いけれど、だからって自ら進んでそうなりたくはない。


「じゃ、筋トレとかやめとけ」


「なんでよ?」


「中途半端に強くなった気でいる方が危ねーから」


「それは……そりゃあ、筋トレくらいでヴァンパイアを倒せるなんて思わないけど……でもほら、弱いヴァンパイアなら!」


「そんな弱い奴は、そもそも俺といるお前を襲わねぇよ」


それは、そうだけど。

でも、とにかく私は、なにかしていたかった。

自分にできることを見つけないと、不安になる。


「……でも、守られるだけとか、嫌だし」


「だけ、じゃねえよ」


紫月はそう言うと、部屋を出ていってしまった。

守る対価に私の血を飲んでるとでも言いたかったのかな。


私はまた、ひとり筋トレを再開した。

……とりあえず、腹筋6つに割ってやる。



ともりのバイトも少し慣れてきた頃、会いたくないお客さんが来店した。


無言で射殺すような視線を私に向けるあの子は、確か樹莉ちゃんという名前だったはず。

相変わらず勝手に隅っこの席に座る。


こんなときに限ってマスターは奥で寝てるし、紫月は裏で作業中だ。


「……紫月は?」


樹莉ちゃんは、いかにも不本意そうな冷たい声色で問いかけてきた。


「いっ、今、呼んできます――」


私が駆け出そうとしたとき、外で乾いた音が響いた。


銃声だと、すぐに理解した。

家の訓練で、散々聞いた音だ。


窓に駆け寄ると、外でヴァンパイアらしき男が倒れている。

その前に立っているのは、銀色のピストルを手にした男。


きっと、ヴァンパイアハンターだ。

あのピストルは、ヴァンパイアハンターの仕事道具。

対ヴァンパイア用の、銀の弾丸がこめられているはずだ。


目の前で、ハンターの仕事を見るのは初めてだった。

話はしつこいほど聞かされてきたが、実際に見ると、やっぱり怖いと思ってしまう。


「……あーあ、間抜けがひとり死んじゃった」


樹莉ちゃんは、心底呆れたようにため息をつく。


「し、死ぬわけじゃないよ」


「は?」


「あの銀の弾丸は、傷つけるんじゃなくて、ヴァンパイアを人間に変えるだけだって――」


そう、父親から教わった。


現に、外で倒れているヴァンパイアらしき男は、一滴の血も流していない。

きっと目を覚ましたら人間に変わっているはずだ。


「嘘だな、それは」


背後から聞こえたのは、紫月の声だった。


「嘘、って……?」


「人間に変えるってのは合ってるが、それだけじゃない」


「紫月の言う通り。死ぬようなものよ、あんなの」


「人間になる他に、何が起きるの……?」


死ぬことに値するなにかなんて、想像がつかない。


「それまでの記憶が消える」


……そんなの、聞いてない。

たしかにそれじゃ、生まれ変わるようなもので、すなわち死ぬのと同じかもしれない。


私は、ヴァンパイアハンターが嫌いだった。


でもそれは、私の人生を勝手に決める家族のせいだ。

ハンターの仕事が、ヴァンパイアにそこまでひどい仕打ちを与えることだったなんて知らなかった。


紫月は外に倒れていた男を店内に運び、マスターと共に介抱する。


「……私、ハンターとかいう、正義を振りかざすクズ大っ嫌い」


樹莉ちゃんの言葉に、心が痛む。


「あんたみたいな人間にはわからないでしょ? 私たちヴァンパイアの気持ちなんか」


……私が人間だって、知ってたんだ。

それに樹莉ちゃんは、薄々感じてはいたけどやっぱりヴァンパイアだった。


「……本当の意味ではわからないかもしれないけど、でも――わかりたいとは、思うよ」


さっきのヴァンパイアハンターは知らない人だったけど、私の家族だって同じことをしてるんだ。

私だって、あの日逃げ出さなかったら、ハンターになっていたかもしれない。


そもそもハンターがヴァンパイアを狩っているのは、ヴァンパイアが人間を吸血依存症にさせてしまうからだ。

けれどそれだって、すべてのヴァンパイアが人間をそうさせるわけじゃない。

その事実は、ハンターとしての英才教育を不本意ながらも受けさせられた私でも、紫月に会うまで知らなかった。


それなら、他のハンターだってきっと知らないはずだ。

ハンターたちは、すべてのヴァンパイアを人間にとっての悪だと信じて、狩り尽くしてしまおうとしている。


「……わかろうと思う? 今さらわかったとしても、失ったものは戻らないんだよ」


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