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2話 銀の弾丸 ①


目が覚めて、一瞬、ここはどこだろうと思った。

――ああ、私、家出したんだった。


昨日までは、知らなかったベッド。

……間宵紫月の、ベッド。


わきあがってきた恥ずかしさを吹き飛ばすように、カーテンを勢いよく開けた。


もうとっくに日が昇っていたようだ。


どれだけ眠っていたのだろう。

あんなにだるかった体も、すっかり癒えている。


換気しようと窓を開けて――すぐに、自分の間抜けさを思い知る。


「よう人間、歓迎してくれるのか?」


そう言いながら部屋に飛び込んできたのは、知らない男。

薄く笑う口には牙が覗いている。


――ヴァンパイアだ。


けど、なんでこんなところに?

確かにここはヴァンパイア居住区だけど、まさか日光を嫌うヴァンパイアが、こんな快晴の元をうろついているなんて。


「ふっ、ふほうしんにゅ……」


とっさに間宵紫月の名も呼べず、男に体を押さえつけられてしまう。


「黙りな、一口でいいんだ。味見だけさせてくれよ」


男に手のひらで口を覆われて、声を出せない。


お願い、気づいて、助けて――!

そう、祈ったとき。


「ふざけんな、泥棒」


いつの間にかドアを開けて、間宵紫月が立っていた。


不法侵入男がその存在を観測しきる前に、間宵紫月は男を蹴り飛ばす。

私から離れて転がった男が顔を上げて何か言おうとしたとき、間宵紫月はまるで叩き込むように手のひらを男の口に当てた。


間宵紫月が男の喉元を確認しているのを見て、また何かを飲ませたんだとわかった。

きっと、倉庫のときのヴァンパイア男と同じだ。


「……今後、一生こいつに触るなよ」


低い声は、冷静だけど威圧感たっぷり。

ひどく焦ったような様子の男は、こくこくとうなずく。


間宵紫月が手を離すと、男は窓から慌てて出ていった。


「ねえ! さっきの何――」


間宵紫月が近づいてきて、私の頭を小突く。


「何、じゃねぇよ。お前こそ何なんだ。ヴァンパイアにとって自分は極上のエサなの、自覚しろ!」


「ご、ごめんなさい……」


彼の怒りは当然だ。

何も考えずに窓を開けたりした私が悪い。


「ただでさえこんなところにいる奴は人の血に飢えてるってのに……」


ヴァンパイア居住区にいるヴァンパイアは、ハンター嫌いが故に人間社会に馴染めず、つまり人との接触が少ない、はず。

飢えている、というのも納得だ。


「本当に、ごめん……」


「……もうやるなよ」


「うん……それで、さっきの! どうやったの? 何したの!?」


「お前、本当に反省してる?」


してるけど、初めて会ったときからずっと気になってるんだから仕方ない。

あんなヴァンパイアの撃退方法、知りたいに決まってる。


「だって、なんか飲ませればいいんでしょ?」


「……よく見てんな」


そう言うと間宵紫月がポケットから取り出したのは、よくあるカプセル薬だった。

カプセルの中には、限りなく黒に近い赤色の液体が入っているようだ。


「なにこれ、薬?」


「俺の血」


「えっ……あなたの?」


「王族の血を取り込んだヴァンパイアは、王族に逆らえなくなる。つまりこのカプセルさえ飲ませれば、なんでも言うことを聞かせることができる」


……王様の血、すごすぎ。あと怖すぎ。


「そのカプセル、いつも持ち歩いてるの?」


さっき、間宵紫月は部屋着であるにも関わらず、カプセルを出した。

答えによっては、彼がとんでもない悪人にも思えてくる。

いつでもなんでも、思い通りにしたい、とか。


「……昨日の質問の答え、訂正させてもらうけど。俺がヴァンパイアハンターよりも嫌いなのは、わざと吸血依存症にさせたり、みっともなく人間を襲う同族。そういうバカ共がいるから、持ち歩いてんの」


……心の中で、こっそり謝った。

そんな真っ当な理由だなんて。


なんだか間宵紫月って、実はめちゃめちゃいい人なんじゃない?


「なるほど……あと、さっきは、ありがとう」


「じゃ、吸っていい?」


聞いたくせに返事も待たずに、私の首筋に噛みついた。


すごくいい人だとしても、その半ば強引な行為だけはあんまり褒められたものではないと思う。


けど、何も言い返せず抵抗すらしない私だって、我ながらちょっと、どうかしている。



間宵紫月から解放されてリビングに向かうと、昨日はなかった洗濯物が窓際に干されていた。

一人暮らしは大変だよね、なんて思いながら何気なく眺める。


そこに、私が昨日着ていた制服。

それから、下着。


「わーっ!」


「うるせぇな」


「下着っ! なっ、なんで!」


「そりゃ、洗ったら干すだろ」


そうだった、私が洗濯機に入れたんだ。

まさか間宵紫月が干してくれるなんて考えていなかった。


「見ないで!」


「はっ、今さら」


私が慌てて下着を回収して隠す場所を探す間に、彼は着替えてきたようだった。

バケットハット、サングラス、マスクにコートを身にまとう彼は、まるでマスコミ避けの芸能人だ。


「じゃ、出かける」


「えっ!? 待って! 置いてくの!?」


家に一人なんて、心細い。


「さびしがりか?」


「だって、また他のヴァンパイアが来るかも!」


「来るかもって、家の中にまで――」


ついさっき、来たばっかりなんですけど!

間宵紫月もそれに気づいたのか、少し考える素振りを見せる。


「……もしかしたら昨日、お前がこの家に入るところを見られたのかもな」


「それならやっぱり危ないよね? 行かないでよ!」


ワガママを言っているのはわかってるけど、怖いものは怖い。


「行かないでって……何も買ってこなくていいのかよ」


「え?」


「この家には、お前の服も食べ物もないんだけど」


……もしかして、私のために買い物してくれようとしてたの?


「そっ、それじゃ、私も一緒に行く! だってほら、私が何食べるかとか、わかんないでしょ?」


「お前は出かけるための服がないだろ」


確かに、制服はまだ乾いていない。

なんなら靴も。あとなにより下着も! 


「でも、下着だって欲しいし……」


それを言うと、間宵紫月は黙った。

数秒の後、口を開く。


「……仕方ねぇから連れてってやるよ。せめてもう少し、まともなもんに着替えろよ」


「ありがとっ!」


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