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7話 きみのためなら ①


ーーどこまでも暗い海の底に落ちていくような、夢。

怖いはずなのにあたたかさを感じるような、闇。

光をたどる気力も失って、ただ波に揺られる心地よさに身を委ねていた。

ここが天国でもかまわない。


……だいじなものは、なくなっちゃったから。


だからどうか、このままでーー……そんな淡い願いは、目を刺すような眩しさによって叶わなかったと知らされる。


雀の鳴き声すら、忌々(いまいま)しい。

世界のすべてを呪ってしまいたいような、最悪の目覚めだった。


ーーあの後、何があったのか、はっきりと思い出せない。

ただ、私は紫月を撃って、家族に連れられて、今こうして自室の布団に潜っていることだけは確かだ。

……それから、紫月の記憶が消えてしまったであろうことも、確かだ。


ふいに部屋のドアがノックされた。

悲しみに沈む間も与えられず、私はハンターとしての訓練を受けさせられる。


……もう、何も考えたくない。


私はただ無心で、家族みんなの言うことだけを聞いた。

そうしているのが、今は一番楽だった。



ーーあれから、何日が経っただろう。

父親は従順になった私を見て、満足そうに言った。


「ようやく、ハンターとしての自覚が芽生えたな」


……違うよ、そんな自覚ないよ。

ただ、自分の頭で考えるのがいやになっただけ。

そんな本心を口に出すこともなく、私はただゆっくりと頷いた。


日中は心を殺して家族と共に過ごしているが、夜になって自室にこもっていると、紫月のことを思い出さずにはいられない。

枕元に置いた小さなランプが、ぼんやりと部屋を照らす。

私は紫月と離れてから、また暗いところが苦手になってしまった。


……紫月は、今、どうしてるかな?

またひとりぼっちで、寂しい思いをしてるかな。

目覚めたら人間になってて、ヴァンパイアだったこともわからなくて、私のことも忘れちゃったよね。


「会いたいよ……」


ーー何度も、家を抜け出して紫月を探しに行こうと思った。

けれど、家族がずっと私を監視している。

前の家出のときは私に大した興味もなかったくせに、今となったら、私がまた家を出たりすれば裏切り者として罰するつもりなのだろう。


布団に入るも、紫月と過ごした日々の記憶がぐるぐると脳内を巡り、とても眠れそうにない。

外の空気を吸いに、縁側に出て窓を開ける。

そこで私は、紫月のことをよりいっそう思い起こしてしまうことになった。


目に飛び込んできたのは、大きな満月。

手を伸ばせば届きそうに思えるのに、その距離は遠く、触れることなんて叶うはずもない。


満月の晩に、紫月の腕の中で夜空を駆けたのを思い出す。


……会いたい。

会いたいよ。

私のこと、忘れててもいいよ。

また一緒に、ただ一緒に、ふたりでいたいだけなのに。


思わずしゃがみこんだとき、首から下げたお守り袋が手に触れた。

中にあるのは紫月の血液が入ったカプセル。

これだけは家族に没収されないように、どうにか隠し持っていた。


見れば見るほど、考えれば考えるほど頭を巡る思い出の中で、ひとつ、引っかかった。

それ(・・)に気づいたとき、頭が冴え渡るような感覚をおぼえる。


……ねぇ、紫月、力を貸して。


私はヴァンパイアのことが怖くて嫌いだったけど、紫月と過ごして、その考えは変わったよ。

人間だって、ヴァンパイアだって、いい人もいて、悪い人もいて、いいところもあって、悪いところもあって、それはみんなおんなじだった。


だから今は、ヴァンパイアを怖いと思わない。

私、怖くないよ。


ーー紫月(きみ)のためなら、ヴァンパイアになるのだって、怖くない。


私はお守り袋の中からカプセルをひとつ取り出して、一思いに飲み込んだ。


ーー心臓が大きく跳ねたのを感じた。


口の中に、違和感。牙が口内に当たる。

筋肉の動かし方が変わったような、不思議な感覚。


以前、私が強くなりたいと願った日、これを飲むかとカプセルを差し出してきた紫月に教えてもらった。


『人間が飲めば、ヴァンパイアになれる』


ーー紫月の言葉通り、私は、ヴァンパイアになれたんだ。


ヴァンパイアは、人間より身体能力が優れている。

訓練を積んだ私の家族だって、まさか出来損ないの私が、突然自分より動けるようになったなんて思っていないはずだ。


これならきっと、ここを出ていける。

今すぐに塀の周りを見張っている叔父をかわして、外へ逃げることだって容易(たやす)いはずだ。


……でも、それをするには、ひとつ心残りがある。


ーー父親は、いや、父親だけじゃなく家族みんな、銀の弾丸がヴァンパイアの記憶を消してしまうことを知っていた。

私にだけ教えてこなかったのは、私がヴァンパイアを人間扱いしているから、と聞かされた。

知っていてなおひどいやり方を続けるなんて、そんなの見過ごしたくない。


水瀬が言うには、銀の弾丸を製造しているのはうちだけで、おそらくそれは地下室で行われている。

つまりそこをどうにかすれば、これから先、銀の弾丸はこの世に生まれなくなるはずだ。


……記憶を消してしまうなんてやり方、絶対に正しくなんかない。

私が、どうにかしないとならない。

とはいえ今すべての銀の弾丸を消すのは無理かもしれないーーしかし、幼少期の記憶にヒントを見つけた。


『陽奈、大きくなったら、これを受け継ぐんだ』


ーー幼い頃、私が無知ゆえにまだ優しかった父親と、地下室に入ったことがあるのを思い出す。


『誰にも話しちゃいけないよ。悪者をやっつける武器の作り方は、家族だけの秘密なんだ』


地下室は不快な匂いと、むせかえるような煙に満ちていた。

そこにあったのは、小さな金庫。

父親は私の目の前でそれを開けて、古びた紙の束を取り出した。

父親の言葉を思い返すと、紙の束にはきっと、銀の弾丸の製造法が記されていたのだろうと思う。


ーーせめて、それを奪ってしまおう。


私は、急いで地下室に向かった。

地下に通じる重厚な扉を開き、階段を駆け下りる。


……あった。


記憶通り、そこには小さな金庫が置かれたままだ。

ダイヤルを回す。

父親が金庫を開けるところを見たのは何年も前のことだけど、その番号は覚えている。

こういうのを覚えるのは、昔からずっと得意だったんだ。


ーー私の誕生日を、逆さまから。

それが、金庫の鍵の番号だ。


金庫が開くと、やはり紙の束があった。

ざっと目を通すと、思った通り、銀の弾丸の製法が記されているようだ。


後はこれを、捨ててしまえばいい。


そう思ったとき、扉が開く音が聞こえた。


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