6話 ヴァンパイアハンター ④
ーー水瀬が、どうしてここに?
私が言おうとしたとき、紫月が私の前に出る。
「……お前が水瀬か。随分マナーのなってねぇお客様だな」
「それは申し訳ない。ヴァンパイアのマナーなんて知りたくもないからさ」
「……俺に何の用だよ」
「何の用って、聞くまでもないだろ? 僕はハンターで、君はヴァンパイアなんだから」
「だったらピストルを使えよ。陽奈に当たったらどうするつもりだった?」
「そうだな……そうなっても、僕は別に構わないよ。もちろん陽奈ちゃんは僕にとって大切だけど、なければそれはそれでどうにかするし」
やっぱり水瀬は、私を人質にするつもりすらなかった。
「事情があって、君に銀の弾丸は使えないんだ。みんなに渡したピストルにも銀の弾丸は入っていなかっただろ?」
私が受け取ったピストルが空だったのは、やっぱり故意だったんだ。
ーーけど、みんなに渡したって?
心当たりは、紫月が今も隠し持っている陸君のピストル。
実弾がこめられていて、普通のハンターの仕業ではないと思っていたけれど……まさか、これもーー?
「……水瀬、どういうこと?」
「んー、何を聞きたいのかな? 陽奈ちゃん、何もわかってないと思うし、一から全部話そうか?」
わからなくて当たり前だ、水瀬の考えなんか。
知りたいのは、銀の弾丸を使わせたくないと言いながら、私にピストルを渡した理由。それが空だった理由。
それから私の勘が当たっているとしたら、陸君に実弾入りのピストルを渡した理由。そもそも陸君と繋がってた理由。
それから、一番聞きたいことーーそれは、紫月が訊ねてくれた。
「お前の目的を言え」
「……言ったら、お話は終わりだけどいい?」
背筋がぞくりとした。
それを言えば、水瀬は動き出すということだ。
紫月か、私か、それとも両方。
絶対に危害を加えてくる。
水瀬がおとなしく帰るわけがない。
「ど、どういうつもりで私にピストルを渡したの?」
……せめて、時間を稼ごう。
紫月が体勢を立て直して、水瀬から逃げる作戦でも考えてくれるくらいの時間を。
「時間稼ぎかな? 賢いねぇ、陽奈ちゃん。お望み通り教えてあげるよ、僕たち許嫁だもんね?」
一気に、空気がぴりついたのを肌で感じる。
紫月の顔がこわばった。
「……あれ、その反応。間宵君、聞いてなかったの?」
「しっ、紫月、あのね、これはーー」
「それじゃあ僕たちがどんなことしたかも聞いてないよね。もちろんキスくらいはしてるけど、どんなキスだったか想像できる?」
私に言い訳をする暇も与えてくれず、水瀬が追撃する。
本当に最悪な性格してる。
焦る私の頭の上に、紫月が優しく手のひらを置いた。
「……煽ったつもりか? お前が陽奈と何をしてたとしても、どうせお前の独りよがりだろ。初対面でも余裕でわかる。お前、陽奈に嫌われてるだろ?」
「ーーふふ、ご名答。一筋縄ではいかないねぇ。そのぶん陽奈ちゃんは簡単だったのに。……あぁ、ピストルを渡した理由が聞きたいんだっけ?」
紫月の答えに、救われたような気持ちだった。
その反面、水瀬は私をとことん見下しているのが伝わってくる。
「この際ぜーんぶ教えてあげるけどさ。僕はね、陽奈ちゃんがどう動いてくれてもよかったんだ。僕のところに帰ってきてくれても、間宵君と仲良くなってくれてもね。陽奈ちゃんが僕を選べば僕は暁家に婿入りできる。間宵君を選べば、陽奈ちゃんは間宵君の弱点となってくれるからね。実際、そうだろ?」
水瀬が、懐から取り出したナイフの切っ先を私に向ける。
紫月は、私を庇うように前に立った。
「ほらね?」
心底おかしそうに、水瀬は笑う。
水瀬にとって、私は駒でしかなかった。
そんなこと、わかってた。
けど、私が何をしてもそれが水瀬の手のひらの上だったということが、すごく悔しい。
「ーーで、そんな陽奈ちゃんにピストルを渡したら面白そうだと思ったんだ。間宵君は、陽奈ちゃんなんかのことを信じきれるのかなって。陽奈ちゃんが一人で僕のところに来たときは、かわいそうだと思ったよ。間宵君に見放されちゃったんだって。でも、そうじゃなかったみたいでよかったね」
「……なんでも知ってるんだね、水瀬」
「そりゃあ、君の肩に盗聴器と発信器がついてるからね」
ーーあの時だ。
水瀬にピストルを返しに行ったときの、去り際。
確かに、水瀬に肩を掴まれたのを覚えている。
どこまでも迂闊な自分に嫌気がさす。
私が肩を左手で払っていると、下げたままの右手に何かが当たった。
ちらりと見ると、触れていたのは陸君のピストル。
紫月は水瀬から目を逸らさないまま、後ろ手で私にピストルを差し出している。
持っていろ、ということだろう。
水瀬にバレないよう、素早く受け取ってポケットに差し込んだ。
でも、いざピストルを使わないといけない時が来たらーー私は、撃てるかな。
人を撃つ、なんて、そんな勇気のいることできるかな。
ふいに陸君のことを思い出す。
陸君はためらいもせずに、紫月のことを撃っていた。
それはきっと、陸君に覚悟があったからだ。
理由こそ褒められたものじゃないとは思うけど、陸君が目的のために覚悟を持っていたのは事実だ。
……じゃあ、私の目的は?
今ここで、私は何をしたくて、何をするべきだろう。
ゆっくり考える時間なんてあるはずもなく、水瀬は否応なしに話を続ける。
「最後だし、気になってるだろうから話すけどね、陸とかいう頭の悪そうなヴァンパイアがいたでしょ。彼、利用させてもらったんだ。間宵君を少し弱らせてもらおうと思って。そしたら想像以上に陸は使えなかったよ。間宵君、まだ元気そうだよね? 僕、自分が痛いのは嫌なんだけどなぁ」
水瀬はわざとらしくため息をつく。
水瀬が言葉に出さないその続きを、私は知っている。
水瀬は自分が痛いのは嫌だけど、『傷つけるのは好き』だと知っている。
……ため息なんて、白々しい。
爛々とした目の輝きは、紫月と戦うことを心待ちにしていたという証拠に違いないのに。
紫月は水瀬の言葉を聞いて、呆れたように笑った。
「お前は、まわりのもの全部自分の駒とでも思ってんのか?」
「……あぁ、うん、そうかもね? どうも、他人のことを自分と同等って思えなくてさ」
「随分むなしい人生おくってるんだな」
「そう? 君とどう違うのかな。ヴァンパイアの王様はもう何年もひとりぼっちって聞いてるよ」
水瀬は人の嫌がることを言うのが本当にうまい。
口をつぐんだ紫月に、水瀬は嘲笑まじりで言った。
「ーーさて。もう僕ばっかり話すのも飽きたし、そろそろ始めようか?」
水瀬がそう言った瞬間、紫月が先に動いた。
紫月は咄嗟に傘を掴むと、水瀬がいるリビングへ突撃する。
しかし水瀬は迫る傘の先をひらりとかわし、一直線に私の方へと踏み込んだ。
「陽奈っ!」
逃げなきゃーー私がそう思うと同時に、紫月が叫ぶ。
しかし、水瀬の狙いは私じゃなかった。




