6話 ヴァンパイアハンター ③
そこには道端に転がる、人ーーきっと彼は、ヴァンパイア。
その証拠に、日差しから隠れるように身をよじっている。
しかしひどい怪我で、動けないようだ。
一体何があったのだろう。
紫月は私に下がってろと言い残して、男の人に駆け寄った。
「おい、どうした?」
「ーーは、ハンターに、やられた」
息をするのもつらそうなその男の人は、震える手で建物の陰を指さす。
「向こうにも、俺のツレが……」
男の人は言い残すと、意識を失ってしまったようだ。
……ハンターにやられたというが、それならどうして記憶を失っていないのだろう。
紫月の後をついて、男の人が示した先を見に行った。
するとそこには、男の人よりも重傷と思われる人が二人倒れている。
その傍で、比較的軽傷に見える女の人が二人を介抱していた。
「なっ、何があったんですか……?」
思わず声をかけると、女の人は私の方を見て驚いたように固まった。
「えっ、あなた人間?」
ここはもうヴァンパイア居住区内で、普通の人間は近づかない。
だから女の人が言ったのはヴァンパイアからすれば当然の疑問だけど、紫月は私を背に隠し、答えさせてくれない。
「ハンターに襲われたって聞いた。どんな奴らだ」
「……奴らじゃなくて、一人だったの」
女の人も含めて四人のヴァンパイアを、一人で相手にしたなんて。
それも、痛めつけただけで、銀の弾丸を使っていない。
……ハンターの目的は、ヴァンパイアに銀の弾丸を撃ち込んで人間に変えてしまうことだ。
そうなると、女の人たちに危害を加えた何者かはハンターじゃない可能性が浮かぶ。
でも、ハンターでもないのにヴァンパイア相手にここまでやる一般人もなかなかいないだろう。
そこまで考えたとき、ふと思い浮かんだ。
ヴァンパイアをただ痛めつけるだけなんてひどいことをしそうなハンターを、私は知っているじゃないか。
私が悪い想像をしている間に、紫月は日向に倒れた男の人をみんなの元に運んできた。
「ありがとう。私だけじゃ連れてくるのも大変で……」
「そのハンター、何が目的だった?」
「うーん、どこかに向かう途中みたいだったけど……あとは、ヴァンパイアが嫌いとは言ってたわ」
「……ハンターだしヴァンパイアは嫌いだろうな」
「そうなんだけど、ちょっと異常っていうか……見下してる感じーーゴミを見るような目とでも言えば伝わるかな」
「……へぇ」
……異常なヴァンパイア嫌いの、ハンター。
私の悪い想像が、現実味を帯びていく。
「ーーそれじゃあ、手伝ってくれて本当に助かったわ。もう日も暮れるし、あとは自分たちでどうにかするから大丈夫。人間がこんなところにいたら危ないから、あなたたちも気をつけて」
女の人と別れ、不安な気持ちを抑えながら歩く。
「……どうかしたか。さっきから手と足同時に前に出てるぞ」
「えっ!? えっと、えっとね……」
水瀬のことを、話すときが来たのかもしれない。
どうせいつかは話そうと思ってたんだ。
でも、どこから話したらいいのか、なにから話せばいいのか、なかなか考えがまとまらない。
「心当たりでもあるのか、さっきの奴」
「……うん。そのうち話さなきゃって思ってたんだけど、実はねーー」
水瀬のことを、正直に言った。
遠い親戚だということ、ヴァンパイアに抱く思いが異常だということ、身体能力が優れていて優秀なハンターだということ。
それから、私にピストルを持たせたのが水瀬であることも。
「……その水瀬って奴が、病室に来たんだな?」
「そうだよ」
「あの時、お前の様子が変だと思ってた。そいつのせいか」
「そっ、そうだね。びっくりしちゃって!」
正直に話そうと思ってはいたがーーキスされたことなんて言えないし、許嫁だなんてことを言う覚悟もまだなかった。
「で、もしかしたらそいつがこの辺をうろついてるかもしれないってことか」
「そう、そうなの。水瀬は本当に危険だと思うからーー」
気をつけて、と言いかけて。
私はヴァンパイアの王様に何を言おうとしているんだろう、と思い直す。
気をつけるなら、自分の方だ。
樹莉ちゃんのときも、陸君のときも、私を守ろうとしなければ紫月は怪我だってしなかったはず。
「だから、気をつけるね」
「は、お前が?」
「そ、そうだよ! せめてもう足を引っ張らないようにするから」
「そりゃいい心がけだな」
実際のところ、水瀬がどう動くか予想できない。
私のことなんて人質にすらしないかもしれない。
いつの間にか、紫月の家にたどり着いた。
結構歩いたとは思っていたが、その感覚は正しかったみたい。
玄関を開けると、ほっと安心する。
水瀬に会わずに帰れてよかった。
そう思ったとき、水瀬にまつわる話で紫月に言い忘れたことを思い出した。
リビングのドアを開けようとする紫月に、声をかける。
「そういえば、水瀬は元ヴァンパイアだってーー」
言いかけたとき、衝撃を受けると共に視界がぐらついた。
私は紫月に抱えられて床に伏せたことを数秒後に理解する。
紫月の腕の隙間から見上げると、壁に小さなナイフが突き刺さっていた。
もし伏せていなければ、紫月か私のどちらかが血を流していたことだろう。
「残念、惜しかったな」
リビングから足音と共に、楽しそうな声が聞こえる。
聞き覚えのあるその声を発した人影が、私たちにゆらりと近づいた。
「みな、せ……」
「やぁ。おかえり、僕らのお姫様。そして、はじめまして。ヴァンパイアの王様」




