6話 ヴァンパイアハンター ②
しばらく歩いて、廃工場の外に出る。
そこには紫月のバイクが停められていた。
紫月から、私用のヘルメットを渡される。
「ちょっと待って、紫月、運転大丈夫?」
「は? 前にも乗ったことあるだろ」
「いや、だって、肩……」
紫月があまりにも平然としているから忘れかけていたが、肩を撃たれていたはずだ。
「もうなんともねーよ。ヴァンパイアは頑丈なんだ」
そうだとしても、さすがに実弾を受けておいてまったく痛まないわけはないと思う。
けれど免許もないのにバイクの運転を代わるわけにもいかないし、私はここがどこかもわかっていない。
「……本当に平気?」
「平気だって。早く乗れよ、置いてくぞ」
心苦しさは拭えないが、紫月に甘えることにした。
後ろのシートに座り、紫月に抱きつく。
「……いいか? 動くからな」
確か、バイクに掴まるところがあるって聞いたけど。
今は、これでいい。こうしたいんだ。
私は紫月のからだに回した腕に力をこめて、よりいっそう強く抱きしめた。
◆
紫月の背中にしがみついていると、安心する。
ーー紫月のこと、もっと知りたいな。
私に出会う前、それよりも昔、紫月はどんな風だったんだろう。
私の知らない紫月の過去に思いを馳せる。
樹莉ちゃんとは、いつから知り合いなんだろう。
そういえば、蒼生って誰なのかな。
紫月に訊きたいことを考えていると、突然、バイクから異音がした。
道端にバイクを停め、紫月が原因を探る。
「……ダメだ、なんか細工されてる」
一度停めたバイクは、もうエンジンがかからなくなってしまったらしい。
陸君たちの仕業だろうか。
なんにしても、もうバイクに乗っていくことはできない。
紫月は、バイクをとりあえずこの場に置いていくことを決めた。
私は紫月に抱きつく口実がなくなって、少しだけ残念に思う。
すると、紫月に手を握られた。
「仕方ねぇから、歩いてくぞ」
当然のように指を絡められて、繋いだ手を引かれて歩く。
……こ、恋人繋ぎってやつじゃない?
さっきの残念な気持ちなんてすぐになくなって、代わりにどうしようもない照れくささに支配された。
◆
「……ね、蒼生って、誰?」
繋いだ手の温もりにも慣れた頃、さっき考えていたことを思わず訊ねてしまった。
紫月は一瞬立ち止まり、それからまたすぐに歩き出す。
私に合わせてくれていた歩幅が、少しだけ広がった気がした。
「い、言いたくなければ、いいの、全然!」
「……いや、話す。もう隠しごとはしない」
きっと、あんまり話したいことではないのだろう。
それでも紫月が教えてくれるというのなら、私は受け止めるだけだ。
紫月の手のひらを、強く握る。
せめて、どんなことがあっても大丈夫だと示してあげたかった。
「蒼生は俺の弟。樹莉の同級生だった」
弟? でも紫月は、家族なんていないって言ってた。
それに、マスターも樹莉ちゃんも、紫月は一人だって。
そうなると、考えられるのはひとつ。
蒼生君は、今はもうーー。
「……そんな顔すんなよ。何も死んだわけじゃねーよ」
「えっ、あ、そっか……」
私、顔に出てた?
でも、蒼生君がいなくなったわけじゃなくてよかった。
「蒼生は、もうヴァンパイアじゃないだけだ」
「え……それってーー」
ヴァンパイアが、ヴァンパイアじゃなくなった。
それはつまり、銀の弾丸で撃たれたということになる。
それか、水瀬いわくヴァンパイアは18歳まで血を飲まなければ人間になるらしいけどーー蒼生君が樹莉ちゃんの同級生なら私より年下だから、そういうわけじゃないだろう。
「……ハンターに、やられたの?」
紫月は頷いた。
「樹莉の目の前でな」
……樹莉ちゃんが言ってた『あの時』って、このことだったのかな。
「……両親と姉も、ハンターに撃たれた。だから家族はいないって言ったんだ」
「……そ、んな……」
ハンターにやられたということは、紫月の家族はみんな記憶をなくしてしまったということだ。
私は自分の家族が嫌いだけど、紫月はきっとそうじゃない。
いなくなってもいい家族だったら、そんな辛そうな顔をしないはずだ。
「……ま、昔の話だし、今はどっかで元気にやってるだろ」
「でもっ……でも、そんなの……」
簡単に飲み込める話じゃない。
きっと紫月にとって大切な家族だった。
お父さんとお母さんと、お姉さんと、弟の蒼生くん。
四人も失って、最後の王族になって。
紫月は、ずっと孤独だったのかもしれない。
紫月の家族は、どんな人だったのかな、なんて。
そんなことを考えたら、ふと、思い出した。
「……私、見た……」
「見たって、なにを」
「夢で、四人が撃たれるところ……」
前に、五人家族が私の父親に撃たれる夢をみた。
たったひとり、男の子だけがのこされて、そこで目が覚めたんだ。
もしかするとあれは紫月の家族で、のこされた男の子が紫月だったのかもしれない。
「私、紫月のカプセルを持ったまま寝たから、紫月の記憶をみちゃったのかもしれない。……紫月の家族を撃ったの、私の父親だった……!」
「……俺の家族を撃ったのは一人じゃない。本当に俺の記憶をみたんだとしても、夢でみたのが全部真実かはわからないだろ。……お前の深層心理かなんかが反映されたんじゃねぇの。お前からすればハンターといえば自分の父親ってことだろ」
やったのが父親じゃないとしても、ハンターであることは事実だ。
手が震えて、力が入らない。
するりと抜け落ちそうな私の手を、紫月はぎゅっと強く握りしめた。
「陽奈が気にすることじゃない」
「……でも、」
「お前、もう家を出たんだろ。それにハンターになるつもりだってないんだろ? それならお前とハンターは無関係だ」
……紫月は、優しい。
これ以上うじうじ悩んでも、紫月を困らせるだけだ。
わかっているけどーー一度湧きあがった罪悪感は、簡単には拭えない。
「……ほら、他に訊きたいことないのかよ。今なら何でも答えてやるから」
……紫月に訊きたいことは、たくさんあったはずだけど。
これ以上、私から進んで詮索したくはない。
答えあぐねていると、紫月が先に口を開いた。
「ないなら俺が訊くけど、なんでカプセル持ってたんだよ」
想定外の質問に、これ以上ないほど動揺してしまった。
「えっ! こ、これは、なんかほら、お守り代わりっていうか……実際、役に立ったでしょ?」
紫月のことが好きだから血液を持っていたかったとか、本人に言えるわけがない。
「俺の血がお守り代わり? へぇ、お前、俺のこと好きなの」
……わざわざ言わなくても、バレバレだったみたい。
「ーーっ、だ、だから、す、好きだって……」
「ふっ、素直じゃん」
「……いじわる」
紫月が頬を緩めた顔を見ると、安心する。
……紫月が、私の横でそうしてくれるなら。
過ぎたことばかり気にするんじゃなくて、前を向こう。
紫月の隣で、胸を張れるように。
そんな決意をして、少しだけ気分が上を向いたとき。
視界に捉えたものによって、一気に私の心に不安が満ちることとなった。
「っ、な、なにーー?」




