6話 ヴァンパイアハンター ①
少しの間、ただ寄り添って過ごした。
離れていたのはほんの少しの時間だったけど、その分を取り戻すように。
「……紫月、あのねーー」
そうしているうちに決心がついて、私は、自分の家のことを正直に話した。
紫月は、私が暁家の娘だということを、名前を知ったときから確信していたらしい。
「……それなら、どうして私のこと助けてくれたの? ほら、スパイとか、そういうのかもしれないのに」
「スパイなんかできるほど器用か? お前。そんなんじゃねぇって見ればわかるよ」
けなされてるんだか褒められてるんだかわからない。
「……お前を助けたのは、あのヴァンパイアが気に入らなかっただけ。で、もう正直に言うけど。お前を拾ったのは、ちょっといじめてやろうと思ったからだ」
「いっ……いじめ? 稀血だからとかじゃなくて?」
本気で言ってるんだとしたら、紫月にいじめられるなんて想像するのも恐ろしい。
けど、紫月がそんなことをするとは到底思えないのも事実だ。
「……俺はヴァンパイアだ。前も言ったけど、ハンターは嫌いなんだよ。それに稀血なんてどうでもいい」
紫月は、はじめから私をエサとして見てはいなかったんだ。
「……でも、私のことおいしそうとか言ってた」
「……だから、いじめてやろうと思ってたんだって。悪かったよ」
紫月は、私が稀血とわかっていて、輸血を含む治療を受けさせてくれた。
だから本当に、私が稀血であるということは重要じゃなかったのだろう。
……そういえば、さっきまではそれどころじゃなくて忘れかけていたけれど。
私は自分が稀血だと知ったとき、頭の片隅に思い浮かんだものがある。
それは、私の家族はそのことを知っていたのだろうか、という疑問。
もし知っていたのだとすれば、あれだけ私にハンターになれとうるさかったのは、私を守るためだったのかもしれない。
ーー我ながら、ずいぶん都合のいい仮説だと思う。
でも、もしそれが本当だとしたら。
……本当だとしても、今さら家に帰るつもりなんてまったくないけど。
けど、ほんの少しだけ、ちゃんと家族に向き合って話をしてもいいんじゃないかと思えた。
「……おい、大丈夫か」
「……えっ?」
「急に黙りこむなよ。……無理もねぇけど。こんなところに長居したくないし、そろそろ帰るか」
「あ、うん、そうだね」
紫月に聞きたいことはまだあるけど、帰り道にでも話せばいいや。
ソファから立ち上がったとき、陸君のピストルが目に入った。
「これ、どうしよ?」
「持ってく。陸が後で取りに来たらうぜーし」
一理ある。陸君じゃなくても誰かの手に渡ったら大変だ。
何しろピストルにはまだ実弾がこめられている。
「……陸君、これ、どこで手に入れたのかな」
「そのへんのハンターから奪ったんじゃねぇの?」
ピストルは確かにそうかもしれない。
けれど、普通のハンターは実弾なんて持ち歩かない。
そう思ったとき、私がよく知る普通じゃないハンターの顔が脳裏をかすめる。
……まさか、そんなわけ、ないよね。
「おい、顔色悪いぞ。どこか辛いか?」
「ううん、なんでもない……」
「そういえばお前、家にあったピストルーー」
心臓がドキリと大きく鳴る。
正直に話せばいいだけなのに、変に焦ってしまう。
「あっ、あれは、無理やり持たされたの! 本当に、ピストルを使う気なんて全然なかったからね?」
「……まぁそうだろうな、中身、空だったし」
「え?」
あのピストルの中身が空だった?
てっきり、銀の弾丸がこめられていると思ってた。
「あれ、どこやったんだよ」
「あれは、返した、けど……」
なにか、引っかかる。
だってあれは、水瀬に渡されたんだ。
水瀬が、弾丸を忘れるなんてミスをするはずない。
それに水瀬は、私のことが心配だからと言って、あのピストルを持たせてきたんだ。
空っぽのピストルで身を守れるわけがない。
水瀬は一体どういうつもりだったのだろう。
「返したって、会ったのか? ハンターだろ?」
「う、うん」
「お前、家に連れ戻されてたかもしれないのにーー……」
紫月は言いかけて、口をつぐむ。
「……いや、すぐ追いかけなかった俺が悪い」
「そんなーーずっと隠しごとしてた私が悪いんだよ」
「それは俺だって同じだろ……じゃ、もう終わりな」
「な、なにが?」
「謝るの」
謝りたいことはたくさんある。
けれどもしかしたら、紫月も同じ気持ちなのかもしれない。
私からすれば、紫月が謝ることなんて思いつかないけど。
とにかく、お互い謝っていても話が堂々巡りするだけだ。
「……うん。わかった」
「じゃ、行くぞ」
がらんとした工場内は、私たち以外もう誰もいない。
紫月の背中を見つめていると、紫月は突然振り返って手を差しのべた。
「足元、危ねぇから」
手を取って、紫月の体温に直に触れる。
これからも紫月と一緒に歩けることが、うれしかった。




