5話 稀血 ③
「だっ、ダメ!」
陸君は紫月に気を取られていたのか、私を拘束していた手をゆるめた。
その隙を見て、私は陸君に思い切り体当たりする。
けれど、陸君は少し体勢を崩しただけで、丸腰の私にはこれ以上止められそうにもなかった。
なにか辺りに武器になるようなものはないかと見回すも、そう都合よく見つからない。
焦る私の前に、陸君がゆらりと迫る。
陸君はいつの間にか、手錠を持っていた。
「……悪い子は捕まえちゃうよ?」
私の右手は、近くにあった鉄の柱に手錠で繋がれてしまった。
「陸君、お願いだからやめて……!」
「やーだ。……おとなしく見てなよ。王様が消えて、俺たちヴァンパイアが自由に近づく瞬間をさ」
陸君は改めて紫月の方に向き直り、ピストルを向けた。
「くっ、陸君! あの人たち、仲間なんじゃないの? 撃ったりしたら危ないよ!」
「……じゃあ、もっと近くで撃とうかな」
撃つのを止めたくて言った苦し紛れの指摘は、あっさりと論破されてしまう。
「でもなー、近づいて牙剥かれたら嫌だし。やっぱここから撃っちゃお。俺エイム上手いからだいじょーぶ。なー、みんな?」
紫月を拘束してる三人は、みんな頷いた。
陸君を信用しているんだ。
打つ手が浮かばない。
紫月が記憶をなくすなんて嫌だ。
一緒にいたのも忘れちゃうなんて嫌だ。
「やだよぉ……やめてよ……!」
「やめねーってば。ーーじゃーね、王様!」
ーーパァン!
広い空間に、銃声が鳴り響いた。
銃声が聞こえたと共に、紫月の肩から血しぶきが飛ぶ。
「紫月っ!」
紫月は目を細めて、声もあげずに痛みに耐えている。
今すぐ駆け寄りたいのに、手錠のせいで叶わない。
紫月の肩から血が滴る。
……けど、どうしてーー?
銀の弾丸はヴァンパイアを傷つけないはずだ。
記憶を消して、人間に変えてしまうだけのはず。
だったらどうして、紫月は怪我を負ったのだろう。
「ーーっ、はぁ!?」
私が疑問を口に出すよりも先に、陸君が言った。
陸君は取り乱した様子で、自らの手にあるピストルを見る。
「おかしい、なんでだよ」
そしてまた銃口を紫月に向けるが、先ほどとは違って、その手は震えていた。
「お、おい! 待てよ陸!」
陸君の様子を見てか、仲間の一人が慌てて止める。
しかし陸君はピストルを下げようとせず、引き金に指を置いた。
「やめとけって……!」
一人が紫月から離れて、陸君の方へ駆け寄る。
それでも止まらなかった陸君は、引き金を引いた。
ーー弾は、仲間の足に当たってしまった。
苦しそうな声をあげてうずくまるその男の元に、血が流れる。
「……実弾……?」
思わず、呟いた。
きっと、この場の誰もが理解したと思う。
ピストルに込められているのは、銀の弾丸なんかじゃない。
いきものを殺すための、実弾だ。
「おい、やべーって……」
「陸、とにかくピストル置けよ!」
紫月を押さえている二人がうろたえる。
その隙を、紫月は見逃さなかった。
突然しゃがみ、二人の手が紫月から離れた瞬間、片方に蹴りを入れる。
その衝撃で男のマスクが外れた。
男が起き上がったとき、紫月は撃たれた方の肩を男の顔に打ちつけた。
「俺を解放しろ!」
紫月が言うと、男はハッとしたような表情で、慌てて紫月を拘束していたロープをほどく。
もう一人の男が焦った様子で止めるが、まったく耳に入っていないようだ。
ーー紫月の血を飲んだんだ。
「お前は、どうする? 仲間同士でやりあうか?」
「いや、俺は……」
三人組のうち一人は負傷、一人は紫月の言いなり。
追い詰められた男は指示を仰ぐように陸君を見た。
「……ちゃんと押さえとけよ、次は当てるから」
ーー陸君、ピストルが実弾ってわかっても紫月を撃つつもりなの?
「陸……殺すってのか?」
「当然。せっかくのチャンスなんだから」
「……俺は、そこまで……」
男は、迷っている。
その間に紫月が、血を飲ませた男に指示をする。
「おい、仲間を連れてここから消えろ」
言いなりの男は、負傷した仲間を背負う。
もう一人は迷っていた様子だったが、仲間の元へ向かい、手伝い始めた。
「陸……さすがに付き合いきれねーよ。殺しはやらないって言ってたろ。しかも仲間にこんな大怪我させてまで……」
「……ふーん、あっそう。いーよ、別に。俺一人でやるからさ、安全なとこで待ってたら?」
「……悪いけど、そうさせてもらう」
「ははっ、腰抜けかよ。ここまで来たらやるでしょ、普通」
仲間と話した陸君はさっきと比べるとずいぶん落ち着いた様子で、それが逆に恐ろしく思えた。
冷静になってなお、紫月のことを撃とうとしている。
「じゃー、もう一回、練習させてもらうね。次は足がいいかなぁ。そこ、動くなよ? わかってると思うけど」
陸君は、私を一瞥する。
私がいることで、紫月への牽制になってしまう。
「紫月! 私はいいから、もう逃げて!」
「……お前が決めんなよ。陽奈、俺は、お前をーー」
「ちょっと待ちなさいよ!」
突如響いた、甲高い声。
その直後、陸君を日光が照らした。




