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5話 稀血 ②


陸君の見開かれた目は、赤色を宿している。

ひどいことーーそれが何かはわからないが、私は何かしらを失うことになりそうだ。


ーー怖い。逃げなきゃ。

頭の中で警鐘が鳴る。

けれど恐怖で支配された頭の動きは鈍く、とっさに解決策なんて思いつかない。


力で敵うわけがない。

私の肩を掴む陸君の手を振り払うこともできない。


私はどうしようもなく無力で、今までもこういうことが何度かあって、その度にいつも、同じことを願ってしまうんだ。

どうしようもない私は、たったひとつの救いの手を求めてしまう。


「ーー紫月っ……」


「ふふっ、来るといいねぇ! 俺も来てほしーよ」


「……でも、もし紫月が来たら……」


「俺がやられちゃうよーって? そりゃそうだよねぇ、王様だもん。でもね、今、陽奈ちゃんがここにいるじゃん」


まるで私が人質みたいな言い方だ。

そう思ったとき、はっと気づく。


陸君は、私を連れてきた理由が私の血を飲むためか訊いたとき、半分当たりだと言った。

それなら、もう半分はーー私の勘通りなんじゃないか。


「……もしかして、はじめから人質のつもりで私を連れてきたの?」


「ぴんぽーん、正解」


「なんでそんなーー紫月に何するつもり?」


「聞いてどうすんの? どーせなーんもできないでしょ」


「……それはっーー」


図星だった。

現に、会話に乗じて抵抗を試みるも、私の力では陸君は微動だにしない。


「……それにしても、遅いね。陽奈ちゃん、見捨てられちゃったのかなぁ?」


「そんな、紫月は……」


紫月は、きっと私を見捨てたりしない。

それがわかるのは、今までの紫月がそうだったから。


ーーけれど、稀血の話が陸君の言う通りだとしたら、今の私の血は紫月にとってもおいしいわけじゃないのだろう。

それに、私はもう、私を守って紫月が傷つくのは嫌なんだ。


それなのに、助けに来てほしいなんて願わずにいられない。

そんな自分に嫌気がさして、思わず涙が溢れてしまう。


「泣くなってーーあー、いや、もういっか。血、いらねーし。泣きなよ、好きなだけ。見捨てられて悲しいんでしょ、よしよし」


そういうわけじゃない。

陸君に私の気持ちなんかわからないし、わからなくていい。


紫月が来ないとしても、来るとしても、私はじっとしているわけにはいかない。

それなのにどうして私は、陸君ひとりから逃げることすらできないんだろう。


「……ま、仕方ないよね。だって陽奈ちゃん、もう稀血じゃないんでしょ。せっかく極上のごちそうだったのに……混ざった血なんて残飯以下だよ。そりゃあ、あいつにとっても、陽奈ちゃんは用済みだよねぇ?」


ーーガシャン!


突如、大きな音が聞こえて、それと共に遠くで扉が吹き飛んだのが見えた。


そこに現れた人影に、あのときを思い出す。

私が、ヴァンパイアの王様と出会った、あのとき。


あのときも今と同じように、鉄製の扉をものともせず蹴飛ばして、私の危機に駆けつけてくれた。


「ーー誰に、誰が用済みだって?」


「紫月……っ!」


「……悪い、遅くなった」


紫月は全身ボロボロだった。

誰のものかはわからないが、ところどころに血液も付着している。


「ふっ、ははっ、来たよ! マジか、これのために? 最高!」


陸君に腕を強く引かれて、痛みに思わず顔をしかめる。


「用済みだの、これだの、そいつは物じゃねーんだよ。離せ」


「用済みにしたの、あんたじゃん。稀血をよくも台無しにしやがったな」


「台無しも何も、陽奈はてめーらのエサでもない。俺は稀血なんかどうでもいいんだよ」


そんな場合じゃない。そんな場合じゃないのはわかってるけど、紫月が私をエサじゃないと言ってくれたことが、うれしかった。

私は紫月にとって、デザートってだけじゃなかったんだ。


「へー、そんな感じ? ヴァンパイアの王様ともあろうものが、人間風情に絆されてんの……本当に邪魔だよ、間宵紫月。あんたはヴァンパイアの敵ってことだ」


陸君、ともりで初めて会ったときは、紫月に会えてうれしいなんて言ってたのに。

本当は、紫月のことをそんな風に思っていたなんて。


「邪魔なのはてめーだ、陽奈を返せよ」


「いーよ? あんたが消えてくれたらね!」


「陸君……っ、なんでそんなに紫月のことーー」


「だからさ、邪魔なんだよ」


陸君が言いはなったその言葉は、今までのどんなセリフより冷たい声色に感じた。


「……王様とかさぁ、いらねーの。知ってるでしょ? あいつ、俺らヴァンパイアを言いなりにできるって。ムカつくじゃん、そんなの。チートかよ。ーー俺はね、自由に好きなもん食べて生きていきたいだけ。それを邪魔するような王様、消えてほしくて当然だろ」


……陸君の言いたいことは、よくわかった。

つまり陸君は、紫月がヴァンパイアハンターよりも嫌いと言った、『わざと吸血依存症にさせたり、みっともなく人間を襲う同族、そういうバカ共』ってことだ。


「俺は、てめーらみたいに好き勝手して人間を襲う奴が気に入らねぇんだよ」


「だからさ、ヴァンパイアの敵なんでしょ? 王様のくせに。ここに来るまで、俺の仲間がいたはずだけど。何人やったわけ?」


仲間を率いているあたり、陸君はもしかしたら、紫月の言う『バカ共』のちょっとしたリーダー格なのかもしれない。


「ゴミの数なんていちいち数えてねぇな」


「ほらね。じゃ、もういーよ」


陸君はそう言うと、吹き抜けの二階に向かって手を上げた。


次の瞬間、吹き抜けの二階に見えた人影が、大きな窓のカーテンを少しだけ開けた。


紫月のいる辺りをまばゆい日光が照らす。

目が眩んだのか、ヴァンパイア特有の日光からのダメージを受けたのか、あるいはその両方なのかーー紫月は苦しそうに顔をゆがめて、よろめいた。


それを待っていたかのように、物陰から三人の男が飛び出す。

全員が、陸君と同じマスクをしている。

きっと、陸君の仲間なのだろう。つまり、紫月の敵だ。

そのうちの一人が蹴飛ばしたことで、紫月は床に倒れ込んだ。


「紫月っ!」


私が叫んだところで何の助けにもならない。


いつもの紫月なら、あんな人たちに負けたりしない。

けれど、きっと紫月はここに来るまでにも、陸君の仲間からの攻撃を受けてきているはずだ。

そうしたらいくらヴァンパイアの王様といえど、いつもみたいな強さを発揮できないだろう。

それに、王様であるが故、紫月は日光にはすごく弱いんだ。


すぐに起き上がれない紫月の背に一人の男が跨がって、押さえつけた。

その間にもう一人が紫月の手首をロープで縛る。


ーーこのままじゃ紫月が危ない。


「ーー離して!」


もがいても、陸君が私を拘束する手がよりいっそう強く締まるだけだ。


「ダメに決まってるでしょー? おとなしくしてなよ、いいもの見せてやるからさ!」


陸君が懐から取り出したのは、銀のピストルだった。


「ーーなんで、そんなもの……っ」


それは、ヴァンパイアハンターしか持ちえない武器のはず。


「ね、いいでしょ。これね、俺の切り札」


陸君に気を取られていると、急に男のくぐもった声が聞こえた。

声のした方を見ると、後ろ手に縛られた紫月が、自由なままの脚で男を蹴飛ばして抵抗している。


「……おい、こっち見なよ」


陸君の不機嫌そうな低い声に、紫月が私たちを見た。

その一瞬で、紫月の周りの男たちが紫月を拘束する。

しかしそれにも動じず、紫月は陸君を睨めつけた。


「陽奈ちゃんがここにいるのにさぁ、そんなに暴れてだいじょーぶ?」


「……陽奈に手ぇ出すなよ。てめーらの目的は俺なんだろ」


「そーだね。陽奈ちゃんの血、まずいし。用が済んだら逃がしてあげる。それに俺だって同胞殺しは嫌だからさ、ほら、これで許してやろうかなって」


紫月はピストルを見てから、目線を一瞬、下に向けた。

そこには男の一人が落としたであろうスマホがある。

ディスプレイには時刻表示。

何故だかわからないが、紫月はそれを見て舌打ちをした。


「まー、安心して。あんたの記憶がなくなったって、面倒見たがる奴を知ってるから」


陸君は、紫月にピストルの銃口を向ける。


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