4話 モノは大切に ④
紫月は前に体調を崩してから、昼間に寝るようになった。
きっとあのとき無理していただけで、今が本来の生活リズムなのだろう。
日光を浴びすぎてはいけない。ヴァンパイアは夜に生きるものだ。
私もなるべくそれに合わせてはいるけれど、もともと完全な朝型生活だったのもあって、どうしてもぴったり同じにはならない。
ちょうどお昼頃に目が覚めた。
寝室を出る前にベッドで眠る紫月に目をやると、こっちに背中を向けていた。
……そういえば、樹莉ちゃんから受けた手の傷はどうなったかな。
起きてるときは訊いてもちゃんと見せてくれないから、今がチャンスかもしれない。
そうっと紫月に近づいて、顔を覗き込んでみる。
……寝てる。
相変わらず綺麗な寝顔に添えられた手のひらをゆっくり持ち上げて見ると、あのときの傷はもうほとんど治っているみたいだった。
その代わり――というものでもないけど、紫月の指先には、いくつかの小さな傷が目立つ。
……これ、なんだろう?
考えながら紫月の顔に視線を落とすと、彼と目が合った。
「わっ、なに!?」
いつから起きてたんだろう。
驚かすのはやめてほしい。
「……なに、は俺のセリフだろ」
「えっと、この傷……どうしたのかなって思って」
「あー……あれ、作るときの」
紫月が怠そうに指さした先は、ミニテーブルの上に乱雑に置かれたカプセルだった。
なるほど。指先を切って、カプセルに血液を入れてるってことか。
「そうだったんだ……て、いうか、カプセルもっとちゃんとしまっときなよ!」
「なんで……いーだろ、べつに」
「よくないよ! 紫月がわざわざ痛い思いして作ってるのに、なくなったりしたらもったいないよ」
「もったいないってなんだよ、俺の血がか?」
「そうだよ?」
「そんな数滴どうでもいいって……」
「もー、じゃあ私がしまっとくからね? とりあえずここの引き出しでいい?」
「好きにしろ」
紫月はそう言うと、枕に顔を埋めてしまった。
数滴だからって、どうでもいいってことはないだろう。
指先といえど切るのは痛いだろうし、血だよ?
もっと自分を大切にしてほしい。
カプセルを手に取って、引き出しにしまおうとして――つい、魔が差した。
……カプセルはいっぱいあるし、ちょっとだけ私が持っててもいいかな。
ほら、何かあるかもしれないし?
自分に言い訳しながら、カプセルを3つほどポケットに忍ばせる。
正直なところ、紫月の血液が入ってると思うと、それを肌身離さず持っていたかっただけだ。
自分ながら、ちょっと気持ち悪い願望だとは思うけど。
……自分が紫月に抱く思いが叶わないのはわかってる。
だからせめて、紫月をちょっとだけ自分のものにするくらいは許してほしい。
もし紫月にバレたら、お守り代わり――と言えば聞こえはいいかも。
私はポケットの中のカプセルを指先で確かめながら、寝室を後にした。
◆
――その日の夜、夢をみた。
私の前に、五人の背中が見える。
見えるのは後ろ姿だけど、知らない人だとわかる。
右から背の高い順に並び、男の人、女の人、少女、男の子、男の子、といった感じだ。
なんとなく、彼らは家族のように思えた。
彼らの見据える先には、いつの間にか私の父親が立っていた。
夢なのはわかっているし、私は本当にここにいるわけじゃない。
誰も私のことを認識している様子はない。
だけど、なぜだか怖くて仕方なかった。
顔にかげが差して表情の読めない父親は、懐から銀のピストルを取り出して、男の人に銃口を向ける。
――やめて。
そう思うのに、声が出ない。目をそむけることもできない。
やがて父親は引き金をひいた。
男の人は倒れ、他の四人が悲痛な叫び声をあげる。
私のからだはまるで神経が切れてしまったように少しも動かすことができない。
やめて、やめて、やめて!
そんな願いが届くわけもない。
私の父親は容赦なく、男の人に駆け寄った四人を次々と撃っていった。
やがてそこに立つのが、二番目に小さかった男の子だけとなったとき――そこで私は、現実にかえってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
飛び起きて、辺りを見回す。寝室。知ってる場所。
身体中が汗で濡れている。
心臓はばくばくと大きな音を立てて、呼吸は一向に整わない。
さっきの夢は、一体なんだったんだろう。
どうして今さら、父親なんかが夢に出てきたんだろう。
あの五人は、きっとヴァンパイアだ。
もしかしてあれは、父親の過去なのだろうか。
そんなの考えたところでわかるはずもないけれど、ひとつだけ、悪夢に心当たりがあった。
――銀のピストル。
あんなものを持ってるから、きっと悪夢をみたんだ。
ピストルを受け取った罪悪感、それをどうしようかという焦燥感。
水瀬に会ってからずっと、何をしていても頭のすみっこでピストルのことを考えてしまっていた。
……今すぐあれをどうにかしなきゃダメだ。
そう思って立ち上がると、寝室のドアが開いた。
「紫月……」
どうしたの、と声をかけようとして――私は目を疑った。
「これ、どういうことだ」
紫月の手には、銀のピストル。
隠しておいたのに、見つかっちゃった。
私が必死に答えを考えているうちに、紫月はピストルを放り投げた。
「……なんか言えよ」
「これは、えっと、違うの、これは……」
なんて言えばいいだろう。
どうすれば伝わるだろう。
ぜんぶ話す?
……私がハンター一家の血筋ってことも?
嫌。絶対嫌。紫月に嫌われるかもしれない。
「お前、ハンターだったってこと?」
「違う!」
私はハンターじゃない。
ハンターの家系に生まれてしまったけど、私自身はハンターになったつもりはない。
「……それなら――」
紫月が言い終わる前に、私は床のピストルを拾い上げた。
「違うの、私は紫月の敵じゃない! だから、待ってて!」
私はピストルだけを握りしめて、部屋を飛び出す。
私が悪かったんだ。
ずっとどうしようって考えるだけで、行動しなかったから。
ピストルは、水瀬に返す。
もう帰らないってことも、水瀬に話す。
それで、終わりにしよう。
私はもう暁なんて苗字を捨てる。
――それからちゃんと、紫月に話をするんだ。




