4話 モノは大切に ①
病院のそばに停めたバイク。紫月はその上に置いてあったバッグから、ジャージとスニーカーを取り出し、私に押し付ける。
「え、もしかして、これ乗るの?」
「そう。危ねーからそれ着ろ」
そう言われても、バイクの後ろなんて乗ったことない。
それにお腹の傷も痛みそうで、正直……不安だ。
「……ゆっくり走るから心配すんな。走ってるとき、なんかあったら肩叩け」
私の不安を感じ取ったのか、紫月は私の頭にぽんと手を置いて言った。
……紫月にそう言われると、大丈夫な気がしてくる。
ふいに、水瀬の言葉を思い出した。
『――ねえ、陽奈ちゃん、絆されないでよ?』
……私は絆されてなんかいない。
けれどもう、水瀬に言われるよりずっと前から、紫月のことを信じてるだけだ。
渡されたヘルメットを被り、後ろのシートに座る。
「ちゃんと掴まっとけよ」
……掴まるって。
もしかしてこれ、すごく恥ずかしいやつじゃない?
でもそんなことを言ってる場合じゃない。
意を決して、ハンドルを握る紫月に抱きついた。
「――ふっ、じゃあ、行くぞ」
……いまなんか笑った?
そう聞くにもエンジン音に邪魔されそうで、心の内にしまっておいた。
夜風を切って走るのは、意外と心地よかった。
怖さをあまり感じないのはきっと、私がしがみついている背中のおかげだろう。
辺りは暗く、見覚えもない道を走る。
家に帰るのか、どこかに行くのか、行き先はわからない。
――でも、紫月がいるから大丈夫。
私を安心させてくれる背中をよりいっそう強く抱きしめる。
……願わくば、この時間が少しでも長く続きますように。
◆
どのくらい経っただろう。
行き先が絶対に家じゃないなと思い始めた頃、バイクは大通りから外れた道へ逸れ始める。
それから少し走って、林を抜けると、ぽつんと建つ一軒家が見えた。
玄関のライトが、かろうじて微かに辺りを照らしている。
紫月は家の前にバイクを停めた。
「ここって……?」
「新居」
新居ってことは、ここが引っ越し先なんだ。
辺りに家どころか人気もなく、ここなら私は安心して暮らせそうだ。
「こっちに住むのは来月からだけど、今日は泊まる」
紫月は、家の中に私を迎え入れてくれた。
「あー、電気は通ってんだけど、電球がダメだな……」
部屋の電気がうまく点かなくて、今晩は廊下から漏れる明かりを頼りにするしかないらしい。
「そっか、まあ見えるし大丈夫だよ」
「……お前、暗いのダメじゃなかった?」
言われてみれば、たしかにそうだった。
暗いところが苦手なのは、幼い頃から父親に暗い部屋に閉じ込められたことと、ヴァンパイアが襲いに来るイメージがあったせいだ。
それも、紫月と一緒にいれば、忘れるほどに怖くないなんて。
自分が一番びっくりしてる。
「なんか、大丈夫みたい」
「へえ。こっちは?」
ソファに座る私のお腹を、後ろから紫月がさする。
思わず小さく跳ねてしまい、恥ずかしさに襲われた。
「だっ、だだ、大丈夫……そんなに動かなければ……」
「そ。……傷、残るのか?」
「うーん、どうかな……? 特に聞いてないや」
そういえば病院でも、紫月は傷が残るか気にしていた。
「別に残っても私は――」
言いかけたとき、私の言葉は自分のお腹から鳴る音に邪魔された。
嘘でしょ。恥ずかしすぎる。
たしかにお腹は空いたけど、何もこんなしんとしてるときに鳴らなくたっていいのに。
「ち、ちが、これはお腹が減ったとかじゃなくて!」
「……正直になれよ。ほら」
紫月はコンビニの袋を突き出した。
どうせまた栄養補助食品が入ってる……と思って袋を開けた。
けれど意外にも、サラダやおにぎり、カップ味噌汁など、バランスのよい食事を目指したようなラインナップだった。
「……すご。どうしたの?」
「なにが」
「努力の痕跡が見られる……」
「うるせ。食うなら食え」
お礼を言って食べようとしたとき、またお腹の虫が鳴いた。
それから、紫月がこらえきれないように笑う。
「せ、生理現象だから!」
「べつになんも言ってねーだろ」
「笑ってるじゃん! そういえば、バイク乗ったときも笑ってなかった!?」
「あ? あー、あれ。掴むの、そこかよと思って」
私が紫月を抱きしめたから笑ったの?
「なっ、なにが! 普通ああするんじゃないの?」
違うとしたら、恥ずかしすぎる。
「いや、掴むとこがあんの。バイクに」
恥ずかしすぎた。
「しっ、知らないもん!」
「俺はあれでよかったけどな?」
……それ、どういう意味。
聞いてもどうせ、紫月が優勢になるのがわかる。
私は勝負を放棄して、ごはんを食べることにした。




