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4話 モノは大切に ①


病院のそばに停めたバイク。紫月はその上に置いてあったバッグから、ジャージとスニーカーを取り出し、私に押し付ける。


「え、もしかして、これ乗るの?」


「そう。危ねーからそれ着ろ」


そう言われても、バイクの後ろなんて乗ったことない。

それにお腹の傷も痛みそうで、正直……不安だ。


「……ゆっくり走るから心配すんな。走ってるとき、なんかあったら肩叩け」


私の不安を感じ取ったのか、紫月は私の頭にぽんと手を置いて言った。

……紫月にそう言われると、大丈夫な気がしてくる。


ふいに、水瀬の言葉を思い出した。


『――ねえ、陽奈ちゃん、絆されないでよ?』 


……私は絆されてなんかいない。

けれどもう、水瀬に言われるよりずっと前から、紫月のことを信じてるだけだ。


渡されたヘルメットを被り、後ろのシートに座る。


「ちゃんと掴まっとけよ」


……掴まるって。

もしかしてこれ、すごく恥ずかしいやつじゃない?


でもそんなことを言ってる場合じゃない。

意を決して、ハンドルを握る紫月に抱きついた。


「――ふっ、じゃあ、行くぞ」


……いまなんか笑った?

そう聞くにもエンジン音に邪魔されそうで、心の内にしまっておいた。


夜風を切って走るのは、意外と心地よかった。

怖さをあまり感じないのはきっと、私がしがみついている背中のおかげだろう。


辺りは暗く、見覚えもない道を走る。

家に帰るのか、どこかに行くのか、行き先はわからない。


――でも、紫月がいるから大丈夫。

私を安心させてくれる背中をよりいっそう強く抱きしめる。

……願わくば、この時間が少しでも長く続きますように。



どのくらい経っただろう。

行き先が絶対に家じゃないなと思い始めた頃、バイクは大通りから外れた道へ逸れ始める。


それから少し走って、林を抜けると、ぽつんと建つ一軒家が見えた。

玄関のライトが、かろうじて微かに辺りを照らしている。

紫月は家の前にバイクを停めた。


「ここって……?」


「新居」


新居ってことは、ここが引っ越し先なんだ。

辺りに家どころか人気(ひとけ)もなく、ここなら私は安心して暮らせそうだ。


「こっちに住むのは来月からだけど、今日は泊まる」


紫月は、家の中に私を迎え入れてくれた。


「あー、電気は通ってんだけど、電球がダメだな……」


部屋の電気がうまく点かなくて、今晩は廊下から漏れる明かりを頼りにするしかないらしい。


「そっか、まあ見えるし大丈夫だよ」


「……お前、暗いのダメじゃなかった?」


言われてみれば、たしかにそうだった。

暗いところが苦手なのは、幼い頃から父親に暗い部屋に閉じ込められたことと、ヴァンパイアが襲いに来るイメージがあったせいだ。

それも、紫月と一緒にいれば、忘れるほどに怖くないなんて。

自分が一番びっくりしてる。


「なんか、大丈夫みたい」


「へえ。こっちは?」


ソファに座る私のお腹を、後ろから紫月がさする。

思わず小さく跳ねてしまい、恥ずかしさに襲われた。


「だっ、だだ、大丈夫……そんなに動かなければ……」


「そ。……傷、残るのか?」


「うーん、どうかな……? 特に聞いてないや」


そういえば病院でも、紫月は傷が残るか気にしていた。


「別に残っても私は――」


言いかけたとき、私の言葉は自分のお腹から鳴る音に邪魔された。

嘘でしょ。恥ずかしすぎる。

たしかにお腹は空いたけど、何もこんなしんとしてるときに鳴らなくたっていいのに。


「ち、ちが、これはお腹が減ったとかじゃなくて!」


「……正直になれよ。ほら」


紫月はコンビニの袋を突き出した。

どうせまた栄養補助食品が入ってる……と思って袋を開けた。

けれど意外にも、サラダやおにぎり、カップ味噌汁など、バランスのよい食事を目指したようなラインナップだった。


「……すご。どうしたの?」


「なにが」


「努力の痕跡が見られる……」


「うるせ。食うなら食え」


お礼を言って食べようとしたとき、またお腹の虫が鳴いた。

それから、紫月がこらえきれないように笑う。


「せ、生理現象だから!」


「べつになんも言ってねーだろ」


「笑ってるじゃん! そういえば、バイク乗ったときも笑ってなかった!?」


「あ? あー、あれ。掴むの、そこかよと思って」


私が紫月を抱きしめたから笑ったの?


「なっ、なにが! 普通ああするんじゃないの?」


違うとしたら、恥ずかしすぎる。


「いや、掴むとこがあんの。バイクに」


恥ずかしすぎた。


「しっ、知らないもん!」


「俺はあれでよかったけどな?」


……それ、どういう意味。

聞いてもどうせ、紫月が優勢になるのがわかる。


私は勝負を放棄して、ごはんを食べることにした。


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