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3話 ヴァンパイア ⑤


悩んでいると、ノックと共にドアが開いた。


「入りますよ?」


さっきの看護士さんだ。

私は慌ててベッドの傍の棚にピストルを放り込む。


「……えー、フィア……いいなず……ええと、彼とのお話はもう大丈夫かしらね。先生から説明がありますから、今呼びますね」


看護士さん、めちゃくちゃ動揺しちゃってる。

あからさまに、目を合わせてくれないし。

私、もしかしなくても許嫁いるのに婚約もしてるヤバい奴だと思われてるよね。別にいいけど。


すごく気まずい空気の中で少し待つと、お医者さんが来た。

私の受けた治療と、これからのことを教えてくれた。

私は輸血を受けて、お腹を縫ったらしい。

今のところ心配なこともなく、経過観察するそうだ。

癒着を防ぐため、無理のない程度に歩いた方がいいみたい。


とりあえず、一安心。


一人になった病室で、また水瀬のことを考えてしまう。

……うがいしたい。

ここが洗面台付きの個室でよかった。

動くとお腹の傷が痛むけど、動いた方がいいらしいし、意を決してなんとか立ち上がる。


「いっ……」


痛い、それもかなり。これで歩くとか、怖すぎる。

かたつむりくらいの速度で洗面台に向かう。


うがいを済ませて鏡を見ると、樹莉ちゃんにやられた傷が頬に残っていた。


……なんか、なにやってんだろうなぁ、私。

ちょっとだけ嫌になる。

起こったことも、自分のことも。


勝手に涙がにじんできて、それをこすったとき。


「おい」


頭に誰かの手のひらが置かれた。


顔をあげると、鏡越しに紫月と目が合った。

いつの間に部屋に来ていたのだろう。


冷静な頭とは裏腹に、私の涙腺は不思議と勝手にゆるむ。


「し、紫月ぃ……」


「っ、どうした?」


紫月は私の様子に驚いたのか、言葉を詰まらせる。

私はそんな紫月の方に振り向いて、彼の胸に顔をうずめた。

なりふりなんて構えない。

自分がなんで泣いているのか、私はもうわかってる。


……でも、言わない。

ファーストキスはあなたがよかった、なんて。

そんなの、口が裂けても言えない。


「……なんでもない。……っ、なんでもないけど……ちょっとだけ、貸してよ」


「……いーけど」


私に胸を貸してくれた紫月の左手は、私の頭をやさしく撫でる。

まるで子どもにするみたいなその仕草が、よけいに私の涙腺をおかしくさせた。



ひとしきり泣いて、いいかげん涙も落ち着いた頃。

ずっと無言で私に付き合ってくれていた紫月が、おもむろに口を開いた。


「……お前さ、なんか――」


「ん?」


見上げると、紫月は迷うように目を伏せる。


「……いや、なんでもねぇ」


「えっ、なに?」


もしかして、水瀬とかピストルに気がついた?

だとしたら――……だとしたら、なんだろ?


私は、紫月に何を隠したくて、紫月に何を望んでるんだろう。

自分で自分のことがわからなくなってきた。


「べつに……泣き止んだなら、寝とけよ」


紫月に促されて、ベッドに戻る。

椅子に腰かけた紫月は、ふいにこぼした。


「……そういや、引っ越すことにした」


「――えっ……」


紫月が、引っ越し?

それはつまり、私の居場所がなくなるってことだ。


……けど、ちょうどよかったのかも。

いろんなことがあった。

それらはすべて、私が紫月と決別するために必要なことだったのかもしれない。


……でも、それでも。


「私、は……」


言いかけたとき、部屋にノック音が響く。

ドアを見ると、看護士さんが顔を出した。


「間宵さん、そろそろ面会時間終わりですよ」


……こんなタイミングで?

こういうのさえ、後押しされてる気がしてしまう。


私は紫月と離れるべきだ、と。


「じゃ、帰る。……あ、そういや、今晩――」


「……なにか、あるの?」


「満月がよく見えるってよ」


……意外な言葉。

紫月、そんなの気にするタイプだったっけ。


「……ロマンチックだね?」


「うっせぇ。窓、開けといてやるよ」


紫月は、病室を後にした。

広い背中からは、名残惜しさは感じられない。


彼が少し開けていった窓から、夏の生ぬるい風が吹き抜ける。


――紫月にとって私は、なんだった?


もし別れのときが来ても、そんなの怖くて訊けない。

私は心に隙間があいたみたいな気持ちで、もうこの先のことなんて考えたくなかった。



心にあいた穴の埋めかたなんてわからなくて、ぼうっとしてたらあっという間に一日が終わりそうだ。


紫月の言葉を私は忘れなかった。

夜になって、窓から空を眺める。

すると、彼の言うとおりに満月がよく見えた。


まんまるの月はいつもより大きく、星の姿はかすむ。暗い空で唯一の光とさえ思えた。


……紫月、また私に会いに来てくれるのかな。


何にだって絶対、最後というものはある。

それって、いつだろう。

私が紫月と一緒にいられる日々の、最後。

そんなの、まだ来ないでほしい。

私はもっと紫月と一緒にいたい。


……だから、引っ越すだなんて。


「置いてかないで……」


思わずこぼす。

ひとりごと。そのはずだった。


返事があるまでは。


「連れてくけど?」


突然聞こえた紫月の声に驚きながらも、辺りを見回す。

下だった。


ひとつ下の階、(から)のフラワーボックスから、私の覗く窓のそれへと紫月が飛び移ってきた。


「こっ、ここ、5階だよね?」


「だからどうした? ちょっとどけ」


紫月は部屋に飛び込んで、私に紙袋を突き出す。


「持ってくものあるなら入れろ。ここ、出てくから」


「えっ……えぇ!?」


「お前はもう退院。俺が決めた」


「そ、そんな勝手な……怒られるよ!」


「は、誰に? 関係ねぇよ。早くしろ」


めちゃくちゃだ……。


でも、私は。

紫月が迎えに来てくれたことが、とんでもなくうれしかった。


荷物といっても特にないが、唯一、持ち出さなくてはいけないものがある。

――水瀬のピストル。

私には必要ないけど、置いていくわけにもいかない。


紫月に見られないようにタオルでくるみ、紙袋に入れた。


「荷物、もういいけど……なんで急に、ここ出ていくの?」


「お前、家出してたんじゃねぇの? 長居してバレたいってんなら別にいーけど」


……もう、バレてる。水瀬に。

でもそれを紫月に言うわけにもいかず、確かにそうだとうなずいておいた。


「じゃ、行くぞ」


「あ!」


「なんだよ」


「お、お金は!? 治療費とか入院費!」


「適当に置いてきた」


「置いてきたって……」


「絶対足りる額。お前がそういうこと言い出すと思ってたんだよ。もういいだろ、行くぞ」


紫月に手を引かれて、そのまま抱き止められる。

抱えあげられて、いわゆるお姫さまだっこのかたちになった。


それから紫月は――跳んだ。


――まるで空を翔んでいるみたいだ。

絶対怖くないわけない状況なのに、不思議と安心できるのは、私を包む腕と手のひらのおかげだろうか。


紫月の銀の髪と金の瞳が、月光を浴びてきらめいている。

……彼はヴァンパイアの王様。

それをどうしようもないくらい理解するほどに、満月を背負う紫月が綺麗だった。


――私は、紫月が好き。

本当は、とっくに自分の気持ちに気づいてた。


でもそれはきっと、誰一人として許してくれない。

私が暁家の娘で、紫月がヴァンパイアの王である限り。


……それでも。

それでもきっと、紫月と一緒なら何があっても大丈夫――なんて、夢みたいなことを思ってしまったんだ。


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