3話 ヴァンパイア ③
……身体中に、気だるさを感じる。
ひどく重いまぶたを持ち上げる気が起きない。
まぶたの裏側の闇の中、ぼうっとしてる頭を整理する。
私、どうして寝てたんだろ。
……あ、たしか樹莉ちゃんにやられちゃったんだっけ。
――そうだ、紫月は大丈夫かな。
紫月の様子を見に行かなきゃ。
……でも、ここ、どこだろう。
枕も布団も、知らない感触、知らない匂い。
それを考えたとき、辺りを漂っている消毒液の匂いに気づく。
あ、もしかして病院かも……?
決心して、目を開ける。
すると、すぐそこに、紫月の顔が見えた。
「陽奈――」
紫月は少し驚いたように目を丸くした後、私を抱きしめた。
「し、紫月……?」
「……悪い」
「えっ……なんで紫月が謝るの」
あんなことになったのは、そもそも警戒もせずドアを開けた私のせいだ。
それに結局、紫月に助けに来てもらっちゃったし。
謝るのは、私の方だ。
「……紫月、本当に、ごめんね。いつも紫月に助けてもらって……守られてばっかりだよね、私。守られるだけは嫌だって、思ってはいるんだけど……」
「だけ、じゃねぇって。いいんだよ、お前は。いるだけで」
前にも、似たような話をしたっけ。
「だから、勝手にいなくなるなよ」
「……いなくならないよ」
……紫月はそうやって、私がいてもいいって言ってくれる。
だから私はどこにも行かない。行きたくない。
……ところで、ここはどこだろう。
紫月の腕に包まれたまま辺りを見回すと、白い天井、白い壁、白いベッド。
やっぱり、病院みたいだ。
「紫月、私のこと病院に連れてきてくれたの? 紫月は大丈夫なの?」
あの日、紫月はかなりしんどそうにしていた。
そもそもあれだって、私のために日光を浴びすぎたせいだった。
「ああ……寝てれば治るって言っただろ」
そう言いながら紫月は私から離れる。
久しぶりに見た気がする紫月の顔。
確かに、顔色はよくなっているみたいだ。
けど、左手には雑に包帯が巻かれている。
自分でやったのが丸わかりだ。
「……ごめんね。倒れたの、私のこと気にしてくれて、昼間に外に出てたからなんでしょ? 手の怪我だって、私のこと守ってくれたから……」
「お前が気にすることじゃない。それ以上謝ったら許さねぇ」
そう言って紫月は、デコピンをするように手を構える。
体調の治った紫月のデコピンなんて絶対お断りだ。
おでこに穴が開くかもしれない。
「……ありがと」
「……俺が悪いんだよ。樹莉のことだって、もっと警戒しておくべきだった」
「樹莉ちゃんは、紫月のことが好きなんだね?」
「……俺に聞くな」
「たしかに……ふふっ――いったたた……」
ちょっと笑ったら、お腹がめちゃくちゃ痛かった。
「縫ったらしい。もし傷が残ったら……そのときは――」
紫月の言葉は、ノックの音で遮られた。
私が返事をする前に、ドアが開かれる。
「はいはい、点滴交換しま……あらっ!? 起きたの!?」
病室に入ってきたのは、看護士さんだった。
「あ……さっき、起きました。お世話になってます……」
「……俺、席外す」
紫月は看護士さんにお願いしますと言って、病室を出て行ってしまった。
「元気そうでよかったわぁ。ちょっと、傷を確認しますね~」
看護士さんに服をめくられながら、紫月が気を遣ってくれたんだと気づく。
「うん、化膿も大丈夫そうですね」
「ありがとうございます……あの、さっきの、彼、ずっとここにいたんですか?」
「あーそうねぇ、ずっといましたよ。優しいフィアンセさんね!」
ん? ……フィアンセ?
フィアンセって、婚約者だよね?
「フィアンセって……」
「彼から聞いちゃったわよ。若いのに素敵ねぇ」
……紫月、また嘘ついたんだ……。
彼女、イトコ、それから婚約者。
ごまかすためなら言いたい放題だ。
看護士さんに点滴を換えてもらっていると、また病室のドアがノックされた。
「はーい?」
私に代わり看護士さんが返事をすると、ドアから覗いたのはまた別の若い看護士さん。
「なんか婚約者って方がお見舞いに来ましたけど……」
「ああ、入って大丈夫ですよ。ね?」
「はい……」
紫月、どうしてわざわざ別の看護士さんと来たんだろう。
疑問を抱いたまま、彼が入ってくるのを待つ。
「やぁ、久しぶり」
――その爽やかな声に、耳を疑った。
「なっ……なんで、あなたが……」
若い看護士さんの陰から現れたのは、紫月じゃなかった。
――今、世界で一番、会いたくない人だ。
「ひどい顔だなぁ、陽奈ちゃん。もっと歓迎してくれてもいいんだよ? 許嫁でしょ、僕たち」




