第4話 骸の瞳に宿した代物。
気が動転していた。
分からなくなっていた。
世界の変化が、自身の変身が。
友人の喪失が――現実だと分からない。
「なら、友人ちゃんは、どうなった――?」
俺が転生した。つまり、俺が死んだ。
これは、ほぼ確定事項。
あのバス事故は、俺が死ぬ程度のモノだった。
それくらいに酷かった。
その事故で、友人ちゃんがどうなったか?
それは、容易に想像できる事。
「……みんな、死んだのか?」
そう呟く、俺の足下からだ。
さらなる絶望が現れたのは。
空を覆うような、巨大な瞳だ。
それが、足元から現れた。
トカゲを思わせる瞳孔、金色の虹彩だ。
それが、崖下から舞い昇ってきた。
幻影としか思えないほどの巨体。
鱗で組まれた白銀の鎧。
それに覆われた古城のような巨体。
その中に嵌め込まれた宝石のような瞳。
黒い巨木のような角。
その下で輝く、その荘厳な黄金色。
その黄金の瞳と目を合わせ、俺は言葉を吐く。
「クソが……今は勘弁しろって。こいつは――」
その瞳の主は、コウモリのような骨と皮の醜い翼を生やし、空を掻いていた。
枝を震わせるくらいの風圧で浮遊していた。
それは空想上の怪物《《だった》》。
白けるくらいに有名で、明白なくらいの怪物。
その名は――
「――ドラゴン……?」
カプラが、怪物の名を口にする。
かすれた声を漏らすようにして。
彼女の小さな金色を見開いた。
「魔女の使役獣……何で、こんな所に」
そして、カプラは棒立ちとなった。
唖然として、呆然となる。
さっきまでの勝気な印象は、どこへ去ったのか。
打って変わり、別人だ。
弱々しい、ただの少女だ。
「何で……こんな所で私――」
彼女は、こんな所で死んでしまう。
放っておけば、死んでしまう。
「死にないのに……まだ――見つけていないのにッ」
また、俺は死をただ見ているだけだ。
まだ、俺は同じなのか。
あの時と同じ。
あのバス事故の時と同じままか。
そして、目の前で、あの娘は灰と消えた。
この娘は――
「え……ちょ、ちょっと!」
カプラの手を握った。
気付けば、彼女の右手を握っていた。
なぜかは分からない。
けれど、俺はそうしていた。
この娘は助けようと、そう思っていた。
「クソったれが! これ以上、死なせて溜まるか」
「へ……何、これ以上って?!」
それから、俺は周りを見渡す。
今立っているココは、崖の上だ。
岩の崖の上だ。
その崖の後ろだ。その俺たちの背後だ。
そこに、鬱蒼と茂る木々の群れがある。
その木の間を、岩だらけの細い獣道が曲がりくねって、伸びている。
あの獣道に逃げ込めば、木々が目眩しになる。
なってくれよ、頼むから。
「走れ!」
俺は叫んで、走る。
カプラの手を引いて、走る。
二人で、森の中へと逃げ込んだ。
獣道を逃げ惑った。
大きな岩を避けて、小石につまずきそうになりながらも。
全速力で、死に物狂いで――走った。
俺らの行動に反応して、ドラゴンが少し上に浮き上がる。
それから、翼で宙を大きく一回掻いた。
そのせいで、空気が掻き混ぜられた。
風が吹き荒れた。
「……ッ! この空飛ぶヤモリが」
ドラゴンが起こした風が、木々の細枝を折る。
木の葉をまくり上げる。
「俺達を暴きやがった……――ッ!」
ドラゴンの風は、隠れ場所を無くした。
その風が木々の葉をまくり上げた。
葉影に隠れた俺たち。
その姿を風が暴いたのだ。
違う。ドラゴンが風を《《使って》》、暴いた。
ドラゴンは俺達の姿を確認して、大口を開ける。
涎に塗れた牙の間に、光が見える。
灼熱が見える。
【スキル発動を検知:劫火】
機械音声が脳内でそう告げる。
あの灼熱。
あれは炎のブレスだ。
あれは炎の塊だ。
ドラゴンは、あの炎を噴くつもりだ。
俺たちへと噴き付けるつもりだ。
次の瞬間で、俺たちを焼き殺そうと。
俺の目前で、人がまたも燃え尽きる。
あのバス事故の時と同じ。
「またかよ」
またしても、灰に、屍に。残骸に。
カプラが何も言わず、目蓋を閉じる。
諦めたように、受け入れるように。
「……いや、違うか」
「少年さん……?」
「《《まだ》》だな」
骸は、吠える。
静かに。しかして、吠えた。
「まだ尽きていないんだ」
灯る炎。
瞳の中のそれは、まだ燃えていた。
――今も燃えている。
だから、カプラを連れて走る。
そして、大岩の後ろに逃げ込む。
直後、白い閃光。
それが焼く。