第1話 転生葬;今も燃えている。
物語の始まりは、バスでの事柄だ。
それは出来事、事件。
その惨事が始まりだ。
それは10月中旬のこと。
もみじが赤く染まり上がる季節のこと。
昼前、午前11時11分のことである。
俺こと、桐矢 夕はバスに乗っていた。
心を躍らせ、胸を弾ませ、車体も弾む。
そんな伊勢、志摩へと向かうバスに乗っていた。
高校三年、最後の修学旅行。
そのスタートを飾る、輝かしい旅路だ――
「――だと言うのに、君は何してんだ」
女子高校生の声が、車内に響く。
海沿いの高速道路を走るバス車内。
その車窓から、横の車道を眺めている女子。
左隣の座席を占領する、俺のクラスメイト。
そいつは、唯一無二の友人だった。
そんな“友人ちゃん”が、やれやれと首を振る。
彼女特有の呆れた仕草。
短い黒髪が少し乱れて、花の匂いがした。
「可愛い女の子を放って、何してんだ」
そんなセリフを言い放った。
黒髪を整えた後、横を並走するワンボックスカーを流し目に眺めながら――そいつは放つ。
「この馬鹿者め」
暴言。
そいつは、肌の色が見えるくらい薄い、黒タイツの足を組んだ、女子高生だ。
頭一つ分、俺より低い背丈の女子高生だ。
ついでに言うと、パーマの掛かった前髪をまぶたの少し上くらいで整えて、後ろ髪をうなじくらいで切った髪型をしている。
つまり、今時ショートヘアな女子高生であった。
そんな友人ちゃんに、言葉を投げ返す。
変化球。
「可愛い女の子って、お前の事か?」
「ほう……君にとってのボクは女の子か?」
「違う。俺にとってのお前って、イケメンだから。おっぱいの付いたイケメン」
俺の言葉に、友人ちゃんは肩をすくめる。
「そりゃあ、どうも」と取り合えずの礼を言う。
その視線は、ワンボックスカーに向いたままだ。
「なら、分かるだろ。お前の女の事さ」
「はぁ? 誰の話だよ」
「君の“マドンナちゃん”の話だ。放っとくなよ」
「アレは“俺の”じゃないだろう」
最後部の座席のド真ん中。
そこで、4人ほどの男子に囲まれる、1人の女子。
姫が如く愛でられる、ただ1人の女子。
彼女こそが乙女ちゃん。
長く靡かせる、栗色長髪の乙女。
マドンナとは、つまり、手の届かない存在だ。
それをわき目に、俺はくちびるを尖らせる。
「アレは、みんなの“お姫様”だ」
そんな俺を見て、友人ちゃんは少し顎を引く。
身体も引いて、ちょっと距離を取る。
この仕草の後、彼女は決まったセリフを言う。
「このヘタレめ」
「仕方ないだろ。俺なんて万年モブなんだから」
「君の正体は、“常夜の覇者”だと思っていたけど」
友人ちゃんが目を細める。
「ソレにしては情けない」と言いたげだ。
そんな仕草だ。そんな表情だ。
「常夜の覇者、か……何を言うかと思えば」
常夜の覇者。
それは、一種の"渾名"だ。
一昔前、一世を風靡した大作ゲーム。
MMORPG『常夜の国』。
史上最高難易度として知られたRPGを、発売初日に最速攻略したのは、ただ1人のプレイヤーだった。
そのプレイヤーが、いわゆる“常夜の覇者”だ。
ネットのおかしな悪ノリとか色々あったが。
諸々省くと、つまりは俺の事。
俺の輝かしき闇、黒歴史、しかして現在進行形。
「ネットの話を、リアルに出すなよ。ゲーム脳め」
「君にとっては、充分なリアルだろう」
「アレが俺の正体でたまるか」
ふうむ、と腕を組み、考える仕草をする。
それから、友人ちゃんは人差し指を立てる。
「……じゃあ、博士か?」
「何の話だよ」
「君の正体の話。君が博士っぽいなってさ……――ほら、物理とか得意だろう? それにゲームの攻略法も……」
博士っぽい。
恐らく、理学博士の事だろう。
そんな簡単に、俺が博士になんてなれるものか。
高校物理の点数が少し良くても、論外だ。
そんなレベルの話ではない。
「アレは変態的天才だ。俺は、変態にすらなれん」
「じゃあ、君は何になるってんだ?」
「このまま童貞を貫けば、魔法使いになれる」
「ぶははっ!」――と笑い声が響く。
意気地なしに、好きな女の子の隣に座れない。
そんな俺を、友人ちゃんが笑い飛ばした。
何がおかしいのか。
「しかしね、キミ。必要なモノがある」
「何の話だよ」
「人生の話だ」
友人ちゃんは一息吸う。
それから、大事そうに台詞を吐く。
「“白熱”だよ――白熱が必要だ」
俺はそれを聞いて、首を傾げる。頭を捻る。
そして、すぐに理解した。
その台詞は、彼女の戯言だ。
ただの言葉遊びだ。
分かってはいるが、とぼけてやるか。
「……つまり、何の話だって?」
「やりたいようにヤれって話だ。朴念仁め」
「俺はいつでも、やりたい事やってるよ」
なんら変わらない、いつもの会話だった。
なんら変わらない、いつもの日常だった。
その日常の中で、友人ちゃんが俺を見つめた。
一直線に、射抜くような視線だ。
それは、彼女にしては珍しい仕草だった。
そんな表情を、どんな感情でしてるんだか。
「じゃあ何だよ、覇者サンや」
「ん」
「今は、何を攻略ってんだ?」
俺は、スマートフォンをポケットから取り出す。
制服上着の左のポケットから取り出す。
それを右手に握り、軽く振る。
軽率に、アピールする。
「最近は、こいつかな。制作元は、あの常世の国を作った会社と同じで、ジャンルはお馴染みMMORPG」
「ふーん……スマホゲームかよ」
「聞いといて、その興味の薄さは酷い。泣くぞ」
そう言った俺は、不満げに首を突き出す。
スマートフォンを何回も振りながら、不満げに。
あまりに軽率すぎる行動だ。
そうした行動には、報いがある。
「っと……わわ」
その時、ガクンとバスが揺れた。
俺はその衝撃で、手からスマホを落とした。
四列の席の構成の内、隣り合う二列の席の間の、通路の床に落としてしまった。
これがいわゆるカルマか。
「ヤらかしたな、ドジっ娘め」
「うるせ」
俺は落ちたスマホを追う。
席から立ち、通路に屈みこむ。
そして、無事、スマホを手に取る。
捕獲成功。経験値ゼロ。
以上、下らないモノローグ。
それを掻き消すように、足音がした。
「ねえ」
“女の子”の声がした。
俺は顔を上げる。
「何だよ」
次の瞬間、轟音――
俺たちの乗るバスが激突した。
横を走る、ワンボックスカーと衝突した。
「好きだよ」
そこで聞いたのが、“誰の声”だったのか。
分からなかった。
確かめられなかった。
「横転するぞ……――ッ!」
担任教師の野太い声が、次に脳へと響く。
そして、全てが宙に放り出された。
クラスメイトの骸がバラバラに回るのを見た。
それから、バスがガードレールにぶつかった。
その衝撃で、俺はぶっ飛ぶ。
視界がグルグル回る。
グルグル回り、バスの天井が近付いてきて。
「あが――っ」
俺は天井に激突した。
その衝撃が、俺の首をへし折った。
更には、爆発。
バス全体を爆炎が包んだ。
燃え盛るのが見えた。
教師、友人、マドンナちゃん。
学生服の焦げる臭い。
みんなが燃えていた。
「みん……な……――?」
目の前で、みんなが燃え尽きる。
それを俺が見ていた。
何も出来ない万年モブが。
その後、その視界は暗転。
俺は死んだ。
クラスメイトと共に死んだ。
命の灯火ってのが、灰と化したんだ。
【範囲解式。“転生機構”:発動】
そう思っていたのに。