海の月『女の子』
水族館って苦手。
厚いガラスの水槽に目が回る。
魚たちの目はぎょろぎょろしてるし、口はポカポカと開いてる。
グロテスク。
あたしには、そう見える。
「この熱帯魚、かわいい〜。」
隣の女の子がそう言ってはしゃいだ。
菱形で、モノトーンのシマシマ。
どこらへんがかわいいんだろう?
あたしは理解できないたいした疑問でもない疑問に頭をひねりながら、先へ進む。
淡水魚、熱帯魚、深海魚・・・
ぐるぐる、廻る、廻る、廻る。
「どうかした?」
海の底へ沈んでいきそうだったあたしを引き上げる声。
「気分でも悪い?」
心配顔でのぞき込まれて、あたしは慌てて顔を振る。
「なら、いいけど。」
呟いて、彼は先のブースへ歩いていく。
口を開いたら、言葉よりも早く、心臓が飛び出してしまいそうだった。
水族館で、よかった。
動物園なら真っ赤な顔をごまかせない。
目で追っていた彼が、ゆっくり振り返って、あたしは飛び跳ねそうになった。
「来ないの?」
その言葉に返事はない。
あたしへの、言葉。
右足、左足、右足・・・。
ゆらゆらと水面を歩いているみたい。
あたしは彼の方へ、返事もしないで、近づいた。
筒状の水槽がぽつぽつと置かれてる空間はひっそりとしていた。
みんなはまだ熱帯魚に夢中なのかな。
心臓の音だけが、うるさくて、止まってしまえ、と思った。
「クラゲって綺麗だな。」
水槽は青く、クラゲは光る。
シルクのドレスに身を包んで、軽やかに、優雅に水中を踊ってる。
うん。キレイ・・・。
彼とあたしは、ずっとひとつの水槽でひとつのクラゲを眺めてた。
漂うクラゲはまるで海に浮かぶ月のよう。
「クラゲって、海の月、なんだって。」
心臓が、跳ねる。
同じものを見て、同じことを思う。
それが嬉しくて、泣きそうになった。
あたしはそっとガラス越しに彼を見れば、僅かに目尻を下げてる彼と目があった。
溺れそうな錯覚に、あたしは素速く視線を逸らす。
ガラスに映る、おかっぱ頭のあたしは幸せそうな顔をしてる。
「クラゲみたい・・・な、頭、だよな。」
クスクスと楽しげな声が落ちてきた。
「・・・ヒドい。」
嘘。全然、ヒドくない。
さっきからあたしは、ふわふわゆるゆる、しているのだから。
ふわふわ、ゆるゆる、ふわふわ、ゆるゆる・・・。
「好きだ。」
ガラスの中のクラゲは、キュッと体を細くして、上昇した。
あたしは隣を、グッと見上げた。
心臓がキュッと縮んで、熱い血液が全身を波打って流れる。
その勢いできっとあたしはいま、浮いている。
彼は真っ直ぐクラゲを眺めてるから、浮いてるあたしに気づいてない。
「クラゲ、が?」
そうだと言われたら、あたしは急降下してそのまま海の藻くずになると思う。
思う、けど。
けど、でも、もし、もしも、違ったら・・・?
ゆっくりと重なった視線に、今度は逸らせられなかった。
ああ、どうしよう。
ついにあたしの心臓は止まるのかな。
でも、どうか、あと少し・・・。
ふわふわとあたしは浮いて、どんどん彼に近づいていく。
「アンタが、好きなんだよ。」
その優しい瞳に、クラゲのように揺らめいてるあたしが映ってた。