第三話 暁人、さよりんとサヨナラする
「暁人くん、ユルキャラたちに事情を話すわね。大丈夫よ。暁人くんはわたしが守るからね。」
さよりんは彰人に小声でそう言って、自分の頭に手をかけた。
「待つでござるよ。」
そう声をかけたのはしゅりにゃんだった。
隣の試合場でしゅりにゃんも準決勝を戦っており、対戦相手のく○もんがそこに倒れていた。どうやら一足先に決勝進出を果たしていたらしい。
「しゅりにゃん?」
さよりんが訝しげにそうつぶやいた。
「しゅりにゃん、どうかしたのかい?」
審判がしゅりにゃんに問いかけた。
「実は、子どもを中に隠していたのは拙者なのでござるよ。」
「ええ!?」
驚いたユルキャラたちは、みなしゅりにゃんに注目した。
集会中の注目を一身に浴びたしゅりにゃんは、自分の頭部をカポリと外した。
するとしゅりにゃんの胴体の中に、女の子が入っていたのだ。
ユルキャラたちはみな、驚いた様子でその女の子を見つめていた。
しゅりにゃんの首のところから、なんとか目元までしか見ることができないが、明らかに小学生くらいの女の子だった。
長い黒髪を真っ白なリボンで後ろにくくり、黒目がちの大きな瞳は、真っ直ぐに暁人を見つめているのである。
しゅりにゃんの身体の中に隠れているはずの暁人を…。
その子の射るような視線に、暁人は思わず目を逸らした。
「しゅりにゃん…。ここに人間を連れてきてはいけないのは知ってるだろ…。ましてや子どもを中に入れるなんて。」
審判のせ○とくんは困惑顔で言った。
「あいすまぬ。拙者もそれは重々承知の上だが、今回は事情があるのでござる。どうかこのまま、武士の情けで決勝を戦わせて欲しいでござる。」
「そう言われてもね…。」
せ○とくんは困った様子で、近くにある大会本部の役員たちのところへ行き、相談を始めた。
「まさか、しゅりにゃんも人間の子供を中に隠していたなんてね。全く気が付かなかったわ…。」
「さよりん、なんであの子がここに?おかしいよ。だってあの子は…。」
「暁人くん、あの子のこと、知っているの?」
「あの子はね…。」
暁人がそう言いかけた時、せ○とくんがさよりんのところにやって来た。
「さよりん、しゅりにゃんは中にこどもを入れた状態のまま決勝戦を戦いたいと言っている。無茶苦茶だよ…。でも、もう決勝戦だし、私たち大会の主催者から失格とも言いにくいんだ。大したルールも決めていなかったからね…。だから、さよりんからしゅりにゃんは反則負けだと言ってくれたらありがたいんだけど。」
「それはできないわ。」
「え?なぜなんだい?だって君は子供が中に入った状態の相手に攻撃なんて出来ないだろ?一体どうして…。」
「どうしてもよ。とにかく、今の状態のまま、しゅりにゃんと戦わせて。」
「わ、わかったよ…。」
「さよりん…。」
「暁人くん、わかってるわ。中に子供を隠しているのはわたしも同じ。そんなわたしが同じ理由でしゅりにゃんを失格にできるわけがない…。しゅりにゃんもそれがわかっているような気がするわ。しゅりにゃん…。どういうつもりなの?」
「さよりん、ぼく、何か嫌な予感がするよ…。」
「大丈夫よ暁人くん。わたしの竜の鱗はしゅりにゃんの刀だって通さないからね。」
こうして決勝戦は、さよりんとしゅりにゃん、お互い子供を中に入れた者同士が対決する事になったのだった。
「それでは決勝戦、始め!」
剥き出しの地面に白い線を描いただけの試合場の中で、さよりんとしゅりにゃんは互いに距離をとってしばらく睨み合っていた。
下手に攻撃すると中の子供まで傷つけてしまうため、審判の言うとおりさよりんはしゅりにゃんに対して攻撃できないでいたのだ。
先に動いたのはしゅりにゃんだった。しゅりにゃんは中段に構えた刀を振り上げると、迷わずさよりんに切りつけてきたのだ。
「まさか…。」
素早くかわしたさよりんに焦りの色が浮かぶ。
「わたしの中に子供がいることに気づいていないの!?」
しゅりにゃんは巧みに刀を操り、さよりんを追い詰めていく。
「チェスト!」
しゅりにゃんの袈裟斬りが、さよりんの白いお腹をかすめた。
さよりんのお腹にうっすらと刀の切り跡が刻まれた。
「うわ!」
「暁人くん!大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ。少し怖かったけど。」
「わたしのドラゴンスケイルを傷つけるなんて…。」
さよりんは驚いた様子でしゅりにゃんの刀を凝視した。
「さよりん、お腹だからじゃないのかな?鱗はお腹にはないから。」
「…。ハッ!本当だわ…。」
「さよりん、もしかして気づいてなかったの…。」
その時、しゅりにゃんのつぶやきのような声がさよりんの耳に届いてきた。
「…。わかっておる。次は必ず…。」
え?
そして、再び刀を構えたしゅりにゃんの殺気は、さよりんに向けてではないように感じた。
まさか…。
しゅりにゃんは暁人くんを狙っている!?
なんで?
中の女の子がしゅりにゃんに指示しているの?
どちらにしても、暁人が狙われている理由がどうしてもさよりんにはわからなかった。
暁人の安全のために、今からでも棄権してしまおうか?
さよりんは一瞬そう考えたが、棄権したからと言って、しゅりにゃんは攻撃をやめてくれるのかどうか自信がなかった。
戦って、しゅりにゃんを倒すしかない。
でも、中には人間の子供が入っている…。
どうする?
しゅりにゃんの猛攻をかろうじてかわしながら、さよりんは防戦一方だった。
「イヤァー!」
しゅりにゃんの逆袈裟斬りをかわし切れなかったさよりんは、再び横腹を切られてしまった。
審判がさよりんのお腹を見て、勝負あったかどうか見極めていた。
「…。」
審判の旗は上がらない。
どうやら傷は浅いと判断してもらえたようである。
だが、このままでは…。
さよりんがそんな事を考えていた時、暁人が何かブツブツと呟いているのが聞こえてきた。
「暁人くん、どうかしたの!?」
「うう…。さよりん、僕怖い。僕、何も悪いことなんかしていないのに。悪いことなんて、していないのに…。お、お母さんが悪いんだ。だから僕はあの日、家から飛び出して…。」
「暁人くん!?」
暁人がパニックに陥っている。このままじゃ、本当に危ない。そう考えたさよりんは、覚悟を決めた。
「どうやら奥の手を出すしかなさそうね。すぐに助け出せば、多分大丈夫なはず。」
暁人は、何か頭の上の方が急激に熱くなっていくのを感じた。
「さよりん、何をする気!?」
さよりんが返事をする間もなく、しゅりにゃんが再び刀で切りつけてきた。
その時である。
「さよりんブレス!!」
突然さよりんが口を開き、そこからメラメラと燃える火炎が一気に吐き出されたのである。
全く予想外の攻撃にしゅりにゃんは全く対応できず、まるで火炎放射器から発射されたかのような猛烈な炎を顔面にまともに浴びた。
しゅりにゃんの顔は火だるまとなり、カブトをかぶっているため、まるで火の玉がカブトを被っているかのようである。
「拙者も…。首里城みたいになったでござる…。」
しゅりにゃんはそう呟くと、顔から火を放ったままガクリと倒れ、動かなくなった。
観客たちは決勝戦の衝撃的な幕切れに一瞬シンとなったが、少しの間をおいて大きな歓声をあげた。
「すごい、すごいよさよりん!炎を吐けるんだ…。○ザードンみたい!」
暁人もさっきまでの動揺がウソのようにはしゃいでいる。
「中の女の子を早く出さないと!」
さよりんは動きを止めたしゅりにゃんに急いで近づくと、燃えていない背中のファスナーを一気に下ろした。
さよりんは中に入っていた女の子の腕をつかみ、しゅりにゃんの身体からぐいと引きずり出した。
「怪我はない?」
さよりんは少女を立たせそう問いかけた。
「…。」
少女からの返事はなかったが、幸い少女から火傷のようなものは見当たらず、無傷のように見える。
「計画は、失敗したのだ。」
その少女はそんな口調で、首を横に振りながら短くそう言った。
◆◆◆◆◆◆◆
大会の優勝者として表彰を受けたさよりんと暁人は、中途半端な気持ちをぬぐいきれないまま、試合会場だった旧キャンプ場を後にした。
山を降りてすぐの公園に、約束通りしゅりにゃんとその少女が待っていた。
しゅりにゃんはあの後すぐに消化器によって炎を消火されたが、顔は焦げ跡や煤の汚れなどで真っ黒になっていた。
「あなたたちの目的についてちゃんと説明してもらえるかしら。なぜ暁人くんを狙っていたの?」
2人を警戒して、未だ暁人を体の中に入れたままのさよりんは鋭い口調で2人に向かってそう言った。
「まあそんなにあせらなくてもいいのだ。」
白装束の少女は試合の時とは一転して、のんびりした雰囲気を醸し出している。
「まずは自己紹介をさせてもらう。ボクは安倍陽菜。陰陽師なのだ。」
「お、陰陽師!?そして、一人称、ボクなの?そして喋り方も特徴的…。あなた、終盤に登場しておいてフックが多いわね?」
「ボクは今日この地に、暁人を祓うためにやって来たのだ。」
陽菜はさよりんの中の暁人を指差しながら言った。
「あ、暁人くんを祓う!?祓うって、幽霊を成仏させるって事よね?あなた、何を言っているの?」
陽菜の突拍子もない話に、さよりんは困惑した様子だ。
「今から約2ヶ月前の7月1日に、暁人は交通事故ですでに亡くなっているのだ。」
「そ、そんな…。」
さよりんは確認するかのように中にいる暁人に目をやった。
暁人はみじろぎもせず、食い入るように陽菜を見つめている。
「暁人くんが幽霊だったなんて…。あ、暁人くん、本当なの?」
さよりんは驚いた様子で彰人に問いかけた。
「僕、わからないんだ…。僕は夜、お母さんとケンカして、家から飛び出して…。」
「あまりに突然の事故だったので暁人も自分が死んだ事に実感が持てず、何かこの世に未練もあったため、浮遊霊になってしまったのだ。」
「ふ、浮遊霊…。」
「そして、夜になると事故現場付近をさまよい、それを見た運転手が避けようとして何件か軽い交通事故も起きていた。このままだと深刻な交通事故も起きかねない状況なのだ。暁人は、祓われなければならない悪霊になりつつあるのだ。」
「そ、そんな事って…。」
さよりんは何と言っていいのかわからず、ただただ暁人を見つめているだけだった。
「それで除霊の依頼を受けたボクは、浄化の力が最も高まる日でもあるスーパームーンに合わせて暁人をもう一度殺す事にしたのだ。暁人に自分が死んだと言う事を実感させ、成仏させるために。」
「そこからは拙者が話そう。」
しゅりにゃんは顔のコゲを気にしながら言った。
「ところが、陽菜殿が暁人殿を見つける前に、さよりん殿が暁人殿を匿ってしまったのでござる。それで拙者が陽菜殿に、試合中に暁人殿を成仏させてしまう計画を持ちかけたのでごさるよ。」
「高額な報酬と引き換えにね。」
陽菜はボソリと付け加えた。
さよりんは2人の話をを聞きながら、ある疑問を口にした。
「暁人くんは、陽菜ちゃん、あなたを知っていたみたいだけど?」
「ああ、ボクは有名人なのだ。悪霊を祓う美少女陰陽師として、テレビにも出てるのだ。」
「美少女って自分で言ってる…。それで暁人くんは、あんなにびっくりしていたのね…。」
さよりんの問いに、陽菜はこくりとうなづいた。
「あの、それで暁人くんをどうするの?」
さよりんは恐る恐るそう尋ねた。
「どうもしない。今回のところは見逃してあげるのだ。」
陽菜はあっけんらかんとした口調でそう言った。
「え?本当に?えらくあっさりしてるのね。そこまで計画を練っていたのに…。」
さよりんが疑わしげな眼差しで陽菜たちを見つめる。
「ボクはあまり仕事熱心じゃないのだ。今日は疲れたから帰る。」
「そ、そうなんだ…。」
「でも暁人、次は覚悟しておくのだ。」
はるなは最後に鋭くそう言って、くるりと背を向けた。
「さよりんどの。機会があればもう一度、勝負いたそう。」
しゅりにゃんもそう言い残し、2人とも、公園を去ろうとした、その時である。
「あ、暁人くん、その身体…。」
さよりんは思わずそう呟き、陽菜としゅりにゃんも暁人の姿を見て息を呑んだ。
暁人の身体は半分透明になり、さよりんの身体をすり抜けて空へ向かってゆっくりと上昇しているのである。
「ほほう。どうやら成仏しつつあるようでござるな。理由ははてさて…。」
「これは…。もしかしたら、暁人くんが自分の死に気づいたからなの?」
さよりんがそう尋ねる。
「いや、そう簡単な話じゃござらんよ。なあ、陽菜どの。」
「一度浮遊霊となってしまった霊を成仏させる方法は2つしかないのだ。もう一度殺すか、この世の未練をなくしてしまうか…。」
「じゃあ…。」
「僕、ゲームをもっとやりたかったんだ…。」
徐々に薄くなりつつある暁人がさよりんに語りかけた。
「ゲームをもっともっとやりたかった。でも、今日さよりんと一緒にバトルしてね、ちょっと怖かったけど、スリルがあって、とても楽しかった。本当に、楽しかったんだ。ゲームの事、忘れるくらいに。」
「暁人くん…。」
さよりんが暁人に手を伸ばすが、その手は暁人の身体をすり抜けてしまう。
暁人はゆっくりと上昇を続け、まるで朝方の空に溶ける月のように、その姿はほとんど見えないくらいに薄くなっていた。
「さよりん、最後に楽しい思い出が作れて良かった。最後まで僕を守ってくれてありがとう、さようなら…。」
「暁人くん、さようなら…。私も暁人くんと一緒に戦えて、楽しかったわ。」
暁人はさよりんに微笑みながら、ゆっくりと消えていった。
「暁人、成仏出来て良かったのだ。安らかに逝くと良いのだ。」
「暁人殿、拙者も暁人殿と戦えて、楽しかったでござるよ。」
陽菜としゅりにゃんも手を合わせて、暁人を見送った。
さよりんは、もう何も見えない空に向かって、ずっと手を振り続けた。
「暁人くん、聞こえてるかしら?あなたが次にどこに旅立っていくのか私にはわからないけど、世の中には、ゲームの他にも楽しい事はいっぱいあるわ。どうか、その事をよく覚えていてね…。」
空もすっかり白くなり、朝が近づいていた。
すでにかなり遠く、薄く小さくなった満月は、太陽に取って代わられるまでの時を、おだやかに楽しんでいるように見えた。
完
読んでくださりありがとうございました!
ユルキャラタチの夜は、こちらが最終話です。
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