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少女転生録  作者: しえり
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第7話 チケット

 足跡を辿っていると、獣の臭いがしてくる。雪がそれをうっすらと隠してはいるが、足音や立ち止まったことすらも鮮明にイメージできてしまう


「暗いね」


 ジオはキョロキョロと周囲を見回し、その度に遅れるため小走りで戻ってくる。

 鬱蒼とした緑の濃い空気の中、太陽の光が差し込んでいる場所がある。そこに足跡も続いている。


 唇に指を当て、黙れの合図。狼が数頭、なにかに群がっていた。

 それが彼らが狩りをした成果ならばそれでいい。しかし木々の隙間、狼の体の向こうに見えたのは、紛れもなく人間の足だった。


 それを認識したのは、私たち3人同時だった。


「あんたたちはそこにいなさい」


 と、シーカが走り出す。護身用の木刀を抜いて狼に突進していった。


「まずい! ジオ、お前はここにいろ!」

「ま、円ちゃん!? だめっ……私も行く!」


 狼は一斉にこちらに振り向いた。大型犬くらいの体格で、体毛は黒っぽいがところどころ紫がかっている。


「どきなさい」


 シーカが火球を放つと、狼の一匹に着弾した。胴体にぶちあたり、鳴き喚いて地面に転がると、他の狼たちはやや怯み、獲物から離れた。

 そして倒れている男を背にし、堂々と剣を構える。


「ジオ。あの人を」


 ジオは恐怖を仁愛でねじ伏せ、大きく頷いてその男に駆け寄った。護衛するように、私たちも続く。


「意識がない、それにひどい出血……」

「包帯と薬草はあるぜ」

「それにあんたがいるじゃない」


 狼たちは唸るだけで近寄ってこなかった。火傷を負った仲間に寄り添うあたり、ビビっているのではないだろうか。


「ゲイン」


 その魔法は回法の初歩であり、しかも素人目から見ても窮地を脱することはないだろうという怪我の具合だ。胸が大きく引き裂かれ、手足もズタズタになっている。どうやったらこんなことになるのかと疑うほどだが、ふと気がついた。


(拷問だ。私がやられたアレだ)


 損傷のしかたには大きく違いがあるが、この人は命からがら逃げたのだろう。そう思うと、泣けてきた。


「円……」

「痛いに決まってる。誰かに助けて欲しいに決まってる。だから泣いているんだよ」


 ゲイン発動の淡い緑色の発光に、狼は後退りをした。魔法ならばなんでも同じだと思っているのだろう。しばらくすると森へと姿を消したが、警戒を怠るわけにもいかず、手当はジオに任せっきりになってしまった。


「二人とも」


 ごめんね。と彼女は倒れた。シーカがそれを抱え込む。


「ちょっとジオ!?」


 冗談抜きで死んだと思った。指先が震え、喪失感から足腰に力が入らなくなり、尻もちをついてしまった。男も未だに動かず、シーカの腕の中で横たわる彼女を、ただただ見つめるしかできなかった。


「ジオ!? ジオ!! 起きなさい――……?」


 そっと口元に耳を近づけると、シーカはポロポロと涙をこぼし、


「息、してる」


 とその胸に顔を埋めて泣いた。私も泣いていた。


「ん……」


 うめき声は男のものだった。上体を起こすと、少し驚いたような顔をした。

 号泣するシーカ。あぐらで男泣きをする私。そして安らかに、正しい意味で眠っているジオ。傍目から見ればまさにそういう瞬間だろう。


「俺がやったのか」


 動揺からか、おかしなことを言う。


「あんたじゃねえよ。それにこの子は生きている。でも、あんたのせいかもしれない」


 なにがあったのかを説明するのに、時間がかかった。嗚咽と安堵のどもりが邪魔するのだ。


「そうか。お前たちが治療を……。それに狼も遠ざけてくれたのか」


 彼は深く頭を下げ、謝意を示した。


「俺はヴィトという。ただのヴィトだ」


 藍色の短髪は硬そうで、格闘家のような険しい顔に、私たちへの感謝がこれでもかと浮かんでいる。よく見れば旅装であり、そして怪我がもうなくなっていた。


「ん? ああ、自動治癒だ。だが、あのままではまずかったかもしれないから、本当に感謝しているよ」


 私の視線に気がついたのか、また頭を下げた。


「円! ジオが目を覚ました!」

「むう……シーカちゃん? 円ちゃん……そうだ、あの人は」

「ジオというのか。俺はヴィト。助かったよ、ありがとう。円、シーカ、お前たちもな」


 礼儀を詰め込んだような人だ。何度も頭を下げ、ジオを恐縮させている。


「もうじき日が暮れる。帰るところはあるのか」

「はい。修道院で暮らしています」

「あんたは旅の人でしょ? あてがないならうちに来なさいよ。シスターはみんな優しいし、ご飯も美味しいわよ?」

「いや、迷惑がかかるとよくない。まだ狼がいるかもしれないから、森の出口まで送ろう」


 森を出るまで、彼は狼の習性について細かく教えてくれた。人間のように性格や好みがあったり、縄張りに固執しないものもいるという。

 そして暮れかかる太陽を受け、彼は我らちびっ子たちを少しでも盛り上げようとした。


「実は、俺は狼なんだ。見ろこの牙を」


 と口に指を引っ掛けて犬歯を見せびらかした。尖ってはいたが、犬歯はそういうものだ。

 森を抜けるころ、彼はまた深々と頭を下げた。


「命の恩人たちよ。一生を懸けても返せぬ恩だが、きっと返す。いつか必ず」

「大げさねえ」

「返すならジオにしなよ。私はなんにもしていないからさ」

「二人がいなかったら、私なんかダメダメだよ。ヴィトさんも気にしないで」


 彼は微笑み、この恩は忘れないと告げて森へと戻っていった。

 手を振って見送るも、差し迫る日暮れが私たちを焦らせる。


「やばっ。急いで帰らないとシスターに叱られちゃうわ」

「わっ! 引っ張らないでシーカちゃん!」

「円も急ぎなさい! とにかく走れって教官も言ってたわ!」

「そういう意味じゃねえと思うけど、お説教は嫌だもんな」


 ああ、ドキドキとハラハラ、そんで大円団。事実も小説もこうでなくっちゃ。




「無事でよかったわ。あなたたちもその人も。それで、薬草は?」


 薬草を置いて帰ったことで多少の小言があった。ただのおつかいが大冒険だもの、薬草がお代なら安いもんだよ。

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