第6話 おつかい
「ねえ円」
剣の稽古から帰った午後、いつもならば昼寝や読書、それに素振りをしたりするのだが、シスター・デインにお使いを頼まれた。
「また薬草を摘んできてほしいの」
「いいよ。いつものやつっしょ?」
止血効果があるそれは町から近い森に多く自生している。子どもの足でも気楽な散歩程度の距離しかないために、私たちもよく遊びに行っている場所だ。
「疲れているでしょうけど、もう一頑張り頼みますよ」
「シーカたちも誘っていい?」
「もちろん。最近は薬草とか包帯がよくなくなるから、たくさん必要なの」
「もしかして私たちのせい?」
稽古ではお互いに打ち合うこともある。木刀だが、肌は切れるし内出血もざらである。それで修道院の物品に不足が出ているのならばこのお使いは私たちが率先してすべきだろう。
「そうじゃないのよ。騎士や傭兵たち、それにトレジャーハンターなんかが買っていくの」
「……ふーん。じゃあ、いってきます」
医療品を買うタイミング、それは怪我を前提にした場合だ。これからそれが必要となる者が増えているということは、
(喧嘩、じゃないだろうな。もっとでかいやつだ)
組織か個人かしらないがこんな田舎にまで買い付けに来るくらいだ。嫌でも戦争を暗示させ、頭をよぎるのは私をここに転生させた男の言葉だ。
(世界を守れだと? こんなガキになにができるってんだ)
むしゃくしゃしながらもシーカを探すと、ちょうどジオと昼寝をするところだった。共有のロビーは日当たりがよく、毛布をかけるまさにその瞬間に声をかけた。
「ちょい待ち。シスター・デインが薬草摘んできてくれってさ」
「……ヘトヘトなんだけど」
「私もね。まさかジオは断らないよな」
「……でも、手のマメが潰れて」
「森まででしょ? あんた一人でも行けるじゃない」
「わずかな運動でも怠るなかれ。教官はそう言ってたぞ」
毛布を引っ剥がすと恨みのこもった視線をぶつけられたが、今だけのことだ。こいつらはマイナスの感情を引きずらない。
「わかったわよ。行けばいいんでしょ」
「そうだよ。当たり前だろ」
「こいつ……!」
「ジオもおでかけできて嬉しいよなあ? わかってるから返事はしなくていいぞ。靴を履かせてやろう、靴紐も結んであげる」
「も、もう自分でできるもん」
森までは雪が足首くらいまで積もっている。真っ白くて冷たいそれをかき分けるようにして薬草を摘み始めると、二人は上機嫌にどれだけ多く採れるかを競い始めた。やっぱりぐずったのは最初だけだった。
「あれ? 足跡がたくさん」
ジオが見つけたのは私の手の平ほどの大きさのもので、それが連綿と森の奥へと向かっている。
「狼かな。さっさと帰ろうぜ」
「平気よ。怪我をしてもジオが治してくれるもの」
RPGでいう回復魔法、ここでは回法とか回術とかいうのだが、ジオはそれを用いた医者を目指している。
「まだ勉強中だよ。それに怪我をしないことが一番大切なんだから」
「大人よりも上手よ。だからちょっと行ってみましょうよ。これって冒険ね」
「お前は魔法が使えるからいいけどさ。なにかあったら守ってくれよ」
シーカが自慢気に手から炎を生み出したときは驚いたが、慣れてしまえばなんてことはなく、稽古の帰り道にそれで暖をとったりもしている。
「もちろん! そもそも私たちは見習いとはいえ騎士なんだから、狼くらいでビビってちゃ駄目よ。強気でいくのよ、強気で」
あのとき引き返していれば、なんてのはよくある話だ。でも本当に引き返したら面白くない。こちとら元文学部でその当事者に憧れたこともある。
「まあ……行ってみるか。よし、ジオは私が守る。私をシーカが守る。それでいいな」
「やめた方がいいよぉ」
やや震える声、視線は森の奥に釘付けで、なんとなく私のコートを引くその様たるや、庇護欲を掻き立てられることこの上ない。
「だーいじょうぶ! いざ出発!」