第5話 剣の道へ
明けて翌日からシーカとジオを連れて警備隊の詰所に向かった。快晴であり、雪が溶けてぐずぐずになっているのにもかまわず先導するのはシーカだ。
「朝っぱらから元気だねえ」
「シーカちゃん、待って――わっ!」
転んだジオに手を取り引き起こす。シーカも振り向いて一緒にコートの雪と泥を払ってやった。
「急いでごめん。でも剣を習うには騎士になるか道場に通うかしかないもの、これは貴重な体験よ。熱があるうちに頑張らないと」
べそをかくジオの横に並ぶと、シーカも歩みの速度を落とした。寂しがりやでもあるし、友人思いでもあるのが良い所なのだが、情熱のままに突っ走る癖がある。
「とにかく、急がないとって気分なだけよ。ジオ、ごめんね。でも急ごう」
「引っ張らないでぇ……うぇええん!」
そんなこんなで2キロほどの雪道を進み、警備隊の連中はジオを見て緊急事態だと思ったらしく、
「誰にやられた」
と息巻いた。事情を説明すると早とちりで人を集めたのが恥ずかしいのか頭をかき、本題に入った。
「剣を教えてよ。基本的なことでいいからさ。これ、ニコさんが見せろって」
手渡すとどよめきつつも、この大騎士のエンブレムを持つ子どもに誰が教えるのだと押し付けあいになり、まずは雪を片付けてくれとごまかされた。
「シーカ落ち着け。最初はこんなもんだよ」
「がるる……! 話と違うじゃないのさ」
「私はお手伝いで十分だよ……」
シーカには悪いが、これでいいとも思う。剣なんて振ったこともないし、はっきり言えば騎士を目指してもいない。荒事なんて避けて通った方がいいに決まっている。
しかし、思ったら通りには進まないのが世の中だ。数日ほど晴天が続くと雪はあっさり溶けてしまった。
私たちは剣を振るしかなくなり、警備隊は剣を教えるしかなくなってしまったのだ。
「……じゃあ、素振りから。教本があるからよく読みなさい。それと、あとで教官が来るから、わからなければその人に」
と、訓練場の片隅で刃引きされた騎士剣とそのマニュアルを渡された。
「辞書じゃねえんだからさ、どう考えたってこれは室内で読むやつサイズだ」
「ジオ、まずはコレってやつを探してちょうだい」
「なんで一番乗り気じゃない私が……あ、まずは『構え』の項があるよ」
図説はない。箇条書きに近いその文章の羅列ではイメージもできない。悪戦苦闘していると、老人が杖をつきながらこちらにやってきた。
「お前らか。剣をやりたいチビスケどもは」
右目が閉じている。足を引きずり、さらには右手の人差し指がなかった。
「修道院のチビスケがなんで剣をやる」
白髪の髪はぼさぼさで適当に刈られ、なんとなく世捨て人の印象を受ける。だからか、我が頼もしい友人たちは私の後ろに隠れ、返答を拒んだ。
「なんでっすかね。やれって言われたから?」
「理由がなければ教えるわけにはいかない」
ややのけぞったのは、シーカがコートを強く握ったせいだろう。引っ張られて肩越しに振り返ると、彼女はブンブンと首を振っている。それは剣術への執着であり、なんとかしてくれという懇願だ。
「えーと、白状すると自衛のためっす。それと、弱い人を守ろうって教えを受けてますんで」
「取ってつけたようなことを。小賢しい」
「本は好きなんでそのせいっすね。少しだけでもいいんでご教授頂けないっすか?」
お願いしますと援護の声。ジオも小さく頭を下げた。
「……少しだけか。それが一番危ない。中途半端は無駄と同義だ」
これはしばらくマニュアルとにらめっこをしなければならない。げんなりしていると、老人は口端を持ち上げた。
「だから、真髄まで教える。厳しくするからそのつもりでいろ」
わお。そんなことってあるか? かえってありがた迷惑だが、シーカの喜びようとジオの安心した顔を見ると付き合わないわけにもいかない。
「やったやった! ありがと円、ありがとうございます……あの、お名前は」
「俺か? 教官と呼べ」
そうして名も知らない老人から教えを受けることになった。走ったり素振りをしたり、口伝を授けられたり、年が明けて春になってもそれは続いた。