第4話 誕生日
私がこの世界で、とはいえこのトラクラムという田舎町が手の届くすべてなのだが、自分の誕生日を知ったのは、まさに今日、雪積もる12月20日だった。年末年始の忙しさはどこも変わらないようだが、その合間をぬってささやかながらも祝宴が催された。
「あ、誕生日……私か、へえ、いくつになったの?」
「円……あんた、自分のことにムトンチャク過ぎ」
シーカが12歳であることを教えてくれた。彼女やジオと同い年らしい。
「ふーん。ああ、そういえば夏にもやったな。こんな感じのお祭りをさ」
「誕生日のお祝いでしょ。あんた、よくわからないのに私におめでとうを言ったわけ?」
「いや、その時はわかっていたよ」
「こいつ……!」
シスターたちも多少の騒がしさには目をつぶっていてくれるし、なんならニコニコと見守ってくれている。肉親以外の慈愛というものの美しさは例えようがなく、私が詩人なら原稿用紙の山ができただろうが、
「お祝いってのは楽しいもんだ」
と、ジュースのグラスを傾けることしかできない。だって詩人じゃないし、12歳なんだから。
夜9時が就寝時間なのだが、そのギリギリになって来客があった。シスターたち総出で出迎えたのをトイレから戻るときに見つけた。
「やあデイン。遅くに悪いな」
騎士、なのだろう。甲冑に雪を貼り付けた爺さんが、髭を白くしている。渡されたタオルで顔を拭い、
「近くまで来たから寄ったんだ。いやあ寒い。お前たちは平気か。薪が足りなければ用意するぞ。今から割ってこようか」
と剛毅に笑う。
「あなたにそんなことはさせられませんよ。それに子どもたちが手伝ってくれますから」
「ねえシスター。その人誰なの」
「あ、円ちゃん、失礼はだめだよ」
私を抱きかかえたのは最年少のシスター・ロイスだ。二十歳かそこらであり、私の享年に近く、余計に親しみを感じている。
「ごめんなさいねニコ。やんちゃだけど、いい子なのよ」
シスター・デインは抱かれた私の頬を軽く摘んだ。
「わはは。かまうか。娘さんや、名前はなんという」
「銀城円っす」
「いい名前だ。円、大きくなったら何になりたい」
単純でありふれた質問だ。だから単純でありふれた答えしか持っていない。
「考え中。ニコさんみたいな騎士になろうかな」
ロイスの腕に力が入った。止めておけという合図だろう。
「……ここのシスターになるのもいいね。ほら、弱い人を助けようって標語もあるしさ」
小さな私たちにもわかるように、シスター・デインの教えはかなり簡略化されて、5箇条でまとめられてある。そのうちの一つを思いだした。
すると騎士ニコは私の目を覗き込んだ。怖くはないけど、不気味である。
「俺は人を見る目がある。自信があるんだ」
「なれそうっすか? シスターに」
「騎士にもなれる。剣がやりたければ町の警備隊に声をかけなさい。ニコラスの従者だといえばそれでいい」
「やりたいわけじゃないっすけど」
「やってみろ。友達も誘っていけ」
そして自分のポケットから何枚かのメダルを取り出し、私に握らせた。金ではなく、意匠のある高価そうなものだった。
「あなたの部隊のエンブレムじゃありませんか」
シスター・デインは驚きから少しなじるような言い方になっている。それほどに重要なものなのだろう。
「私兵のようなものだ。それにチビたちが勇ましく剣を振っていれば町にも活気が出るだろう。円、友達はいるか」
「シーカとか、ジオとか」
「ここの修道院では15歳で一人前として扱われる。多くは独り立ちするが、それまでは遊ぶついでに剣を振れ。そいつらも一緒にだ。いいな」
命令のようで反抗心が芽生えたが、シスターたちの視線と、あやすようなロイスの小刻みな振動に、つい頷いてしまった。
「よし! それじゃあ寝てきなさい」
「ニコラス……お話することが増えましたよ。円はもう寝なさい。それとシーカたちには説明しますけど、あなたからもお願いね」
「うん。おやすみシスター。おやすみニコさん。ロイスちゃんもおやすみ。部屋に戻るから降ろしてよ」
「あ、うん。……シスター・ロイスって呼びなさい」
後で知るのだが、この騎士ニコラス・バスタードは近隣諸国でも名の知られる男で、勝鬨の瞬間に雨雲が消えたことから「言霊」のニコとして有名だった。