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少女転生録  作者: しえり
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第1話 接触

 卒論をエナジードリンクとともに一週間で書き上げた私は、大学最後の冬をダラダラと過ごしている。


「あはぁ、疲れた疲れた」


 さっきの昼休みに提出したばかりである。教授の驚いた顔が講義中の結露した窓に浮かぶ。


「おい銀城(ぎんじょう)。単位はくれてやるから静かにしろ」


 独り言は思いのほか大きかったようで、お爺ちゃん教授に叱られたが、毎度のことだ。


「はぁい。すんません」


 寝不足が続いている。単位をくれるってんだから、ありがたく寝ちゃいましょ。




「あ、銀城」


 講義で目の下のクマも薄くなっただろう。帰ろうとすると、廊下で待ち伏せしていたのは友人の佐々木だ。


「おす。なんだよ」

「忘れたの? 卒業旅行の打ち合わせ」

「あー、あれね。悪いけど遠出はできないから、お前らだけで行きなよ」


 五年前に両親が失踪した。身寄りのない私はそれから孤児院の世話になっている。

 そこでチビたちの面倒をみなければならない。一番の年長者だし、そのくらいの恩返しはしたい。


「じゃあ近場にしようよ。日帰りでもいいし」

「いいから行って来いよ。ほら、私がいるとナンパされて大変だし」

「あんたの顔がいいのは事実だけど、あんまりそうやって冗談にする人いないよ?」

「いいだろ別に。まあそんなわけだ。お土産はクッキーとかチョコとかにしてくれ、小分けになってて、配りやすいやつがいい」

「……銀城さあ、そういうところあるよね」

「分析するなよ。じゃあな」


 手を振って別れ校門を出ると、銀城、と佐々木が追いかけてきた。


「本当に悪いんだけどさ、私は行かないってば」

「別件だよ。ちょっとこっちに来て」


 適当な空き教室に連れ込まれた。椅子を引き、水筒からお茶を注ぐ。


「別件ってなに?」


 佐々木は微笑み、指を弾いた。するとカーテンが勝手に閉じ、積まれていた椅子が彼女の元にすり寄った。そこに腰を降ろすと、


「……手品?」

「ふふ。俺は佐々木美恵くんではないよ」


 佐々木の口からバリトンボイスが響き、足を組んだ。どれも彼女の特徴や仕草には合致しないものだった。


「きみにしてもらいたいことがあってね。こうして会いにきたのさ」


 質問したいことは多々あるのだが、口がうまく動かない。動揺と、不気味な目の前の存在に萎縮しているのだ。

 そうしている間にも、佐々木の影から女が現れた。手には西洋風の剣が握られている。

 咄嗟に立ち上がろうとするも、不思議な力が全身を束縛して身動きが取れなかった。

 

「大声出すよ」


 絞り出した脅しに、彼は嘲笑した。


「すまない。その気高き勇敢な宣言ではなく、声を出すくらいで私が思いとどまるだろうという思考がおかしくてね」

「ふっざけんな! 教授! 本物の佐々木! お巡りさーん!」


 ひとしきり叫んでも、叫べたことに驚きだが、ともかく部屋に誰かが入ってくることはなく、私の尊厳が粉砕されそうな状況は変わっていない。


「説明するよ。わけも分からず連れて行かれては納得もしづらいだろうからね」

「もう攫われたようなもんだろが」


 彼は喉で笑い、女になにか指示を出した。


「折れ」


 すると女は歩み寄って私の手を握り、中指を手の甲にくっつくくらいまで曲げた。

 一拍置いて、壮絶な痛みが肩まで走り抜ける。しかし声は出なかった。女の細い指が首に絡み、キュウと息が鳴っただけである。


「きみを私の世界に連れて行く。世界を護るためだ。これはそのために必要な儀式なんだ」


 涙が唇に触れた。全身が熱い。睨みつけると、彼はわずかに目を伏せる。


「魔族とか魔生(ましょう)とか呼び方は様々だが、それが人類を脅かそうとする世界だ。馬鹿馬鹿しいことに人類同士でもそうだ、あちこちで戦争になる。逆上がりや二重跳びがやっとのその体力では生きていけないから」

「——ちゃんと、説明しろ」


 言葉を発することができたのは、首にかかる圧力が緩んだからではない。根性と負けん気だけのおかげだ。


「異世界へ行くにはいくつか手段があるが、転生したほうが楽だ。無力な人間を新しく構築できる。その際に特殊な能力が身につく場合があって、それは生前や死ぬ瞬間の苦労や絶望が大きければ大きいほどより上位の能力になり、身につく確率も上がる」

「だからなんだ」


 女が私の手を握り、目の前に持ってきた。ゆっくりと薬指が反っていく。


「だから、()()を徹底的にやる。趣味ではないが、考えてきた精一杯の嫌がらせと絶望を与える。覚悟はいらない、受け入れる必要もない」


 すぐには終わらない。彼がそう言い終わる前に、手首が床に落ちた。女の鋭いナイフのような爪と男の寂し気な瞳を交互にみて、意識が飛んだ。


「あ、駄目だ。起こせエリーゼ、ちゃんと絶望させなくちゃ。覚悟はいらないが、噛み締めてもらわないと」






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