印税生活という苦行
「印税生活ですか!? いいですね!」
作曲家なんていう珍妙な仕事をしているとたまに、プライベートで出会う人にこんな風に言われる。ので、
「いやいや、苦行ですよ」
と返す。
謙遜でもなんでもない、真面目にそう思っている。
時折「自分も印税生活したいです!」と鼻息を荒くする人もいて、中には「作詞家になって娘に印税を残したい」なんていう崇高なお志を持つマダムもいた。
おいおい作詞を舐めすg……もとい、色々話を聞いたりしていると、どうやら世間ではまだまだ「印税」に対して、過剰な幻想を抱いている方も多いのかもしれない。
印税生活。
自分自身もアマチュア時代は、「曲作りだけで生きていけたらな~~」なんて、ぼんやりと考えていた。
だが。
実際に印税を10年以上もらい続け、それだけで暮らす日々を実際に送ってみて思ったのは、
いや、しんどいっす。
というのが本音だ。
「いやいやそれはあんたが雑魚作曲家だからでしょ」と言われるかもしれないが……僭越ながら、プロになって一年の間に
・オリコン1位のシングル表題曲採用
・作曲家年間売上TOP10ランクイン
・人気声優さんが歌うキャラソン採用
・CMタイアップ複数件採用
などの経験をした。
で、実際に印税収入を得て、それだけで暮らしてみて思った。
「うーん、これだけで一生食ってくのはきつくね?」と。
その理由を、「自分も印税生活したいです!」という相談者に向けて以下のように、具体的な数字なりを示しながら話すのだが……今回は皆様もご一緒に、いち作曲家の戯言にお耳を傾けてみてほしい。で、
「え、作曲家ってそんなに儲からないの? 悲惨~~」
そう思ってもらって構わない、それが事実だからだ。
まず作詞or作曲の場合、1曲につき何%、印税をもらえるかご存知だろうか。
大抵の場合、1%以下どころか0.5%以下である。
以前投稿した、JASRACに関するエッセイの中で印税を「みじん切りの切りカス」と表現したが、それが本当にぴったりなくらい、取り分が少ない。
例えばCDの場合、著作権使用料は売上の6%で、代表的な例ではこの6%を、
・JASRAC 6%
・音楽出版社 47%
・作詞 23.5%
・作曲 23.5%
と分ける。
23.5%と書くと結構多そうだが「6%のうちの23.5%」なのだ。つまり実質1.4%前後といったところだろうか?
すでに絶望的だ。
このおよそ1.4%をさらに曲数で割る。シングルで2曲入りだとおよそ0.7%、3曲だとおよそ0.47%。曲数の多いアルバムだと……考えたくもない。
そのカスみたいな取り分からさらに、自身が所属する事務所なりレコード会社なりが管理手数料を引く。この手数料は会社によってまちまちで、知りうる範囲では20~~50%くらい。
さらに、音楽出版社によって所得税の源泉徴収も行われている。
ということで、こちらの懐に入る頃には「よく生き残りましたね」と言いたいくらい、見るも無惨な取り分になるわけだが、そこで終わりではない。
翌年、確定申告をして各種税金を払う。
儲ければ儲けるほどに払う税金も増えるので、健康診断以外は一度も病院に行かないのに、国民健康保険を上限額(60万くらい)払う年もあったり。
(そしてこの度さらに、インボイス制度も加わった)
いかがだろうか、まさにカスというか、チリというか。
そりゃチリも積もればなんとやらで、例えばCDが数十万~~数百万枚と売れているアーティストに楽曲提供できれば、まとまった額にはなる。
しかし、そのまとまった額というのもずっと入り続けるわけではない。
CDの売上は発売週が大半を占め、その後は目減りしていく。
ここがひとつ大きなポイントなのだが、印税は3ヶ月に一度入るが、給料のように安定した金額がもらえるわけではない。冗談抜きに、売れなければちっとも入らない。
その代わりライブで使われてDVDやBDに入ったり、カラオケの人気曲になったりすると、そちらの使用料も入ってくる。
特にライブ円盤は単価が高いので、人気アーティストの場合なかなかの額になる。
逆に、コンサートなどでも全く使われないようであれば……その曲での収入はCDの売上だけでほぼ終わりな訳だ。
カラオケでの使用料はよっぽど人気曲にならない限りほとんど入らない。
正直、作編曲どちらもやって、編曲代の方が作曲の印税よりも高い、なんて場合も全然ある。
また作詞の場合で多いが、印税契約ではなく「買取」になる場合もある。採用になっても決まった額をもらってそれで終わりというやつだ。以降は1円も入らない。
有名アーティストのカップリングに作詞で決まった!と思ったら買取処理にされてしまう場合もあるし、作曲でもスマホゲーム用の楽曲などは買取が多い。
このように、印税にしろ買取にしろ、作品における作詞作曲の収入割合というものはとてつもなく取り分が少ない。
そんな収入源でやっていくなら当然、採用を取り続けなければならないし、できることなら売れている人に楽曲提供したい。
だが、同じことを考える人はこの世にごまんといる。自分以上の天才が腐るほどにいる。
ネタ切れ、マンネリ、スランプ、モチベ低下、などは当然あるが、その道でやっていくなら作り続けないといけない。
有名アーティストのリリース曲を決める楽曲コンペで、毎回数百曲と集まる戦いに勝たなければならない。
実績を一つでも多く、積み上げ続けなければならない。
それだけで生きていきたいなら、10年後も、20年後も......。
どうだろう、しんどくないだろうか?
それが、自分が印税生活を「苦行」と称した理由だ。
この辺りで、「自分も印税生活をしたい!」と息巻いていた相談者の荒かった鼻息は、いつしか無風となっているのである。
冒頭で、「印税に対する過剰な幻想」と書いたが、それはそもそも印税をもらっている人自体が少なく、実態を知る機会がほとんどないがゆえ、とも言える。
なので、
「一発当たれば一生暮らせる」
みたいな、ごく一部の大成功例ばかりが広まり、それに憧れてしまうのかもしれない。
何を隠そう、自分もそうだった。
しかし、少なくとも音楽においては、印税の取り分というのはとても少なく、それだけで生活していくのは楽でもなんでもなかった。
もちろん、家を建てられるような「一発」を当てられる可能性もあるし、ずっと印税だけで生活し続けられる人もいる。
その一方で、名曲を書いても実は「え! それしか貰ってないの!?」とびっくりするような収入事情の人もいたりする。
このエッセイをお読みの小説作家様の中に、例えば「書籍化されたら仕事を辞めて専業作家になる!」とお考えの方がいたとして。
出版は音楽よりも印税の取り分は遥かに多いし、人気作になれば様々なメディアミックス展開の可能性もある。
専業でやれている人ももちろんいる。
だが、実際に書籍化なりされ、初回の振込額を見るまで、仕事は絶ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ対に辞めないほうがいいと思う。
自身の作品が世に出るからといって、その先にはなんの保証もないからだ。
ちなみに自分の友人は2年間必死にコンペに出し続けて、やっと取った初採用の初回振込額が5万円に満たなかった。
売れればお金は入る、だが売れなかったら入らない。
どんな契約を交わすかさえわからない、取り分が想定よりむちゃくちゃ少ないかもしれない。買取かもしれない。
だから、仕事は簡単に辞めないほうがいいと、強く思う。
自分へ相談してくる人たちにも、「あなたに印税生活はできません」と断言したり、マウントを取りたいから厳しい数字の話をするわけではないのだ。
印税生活もひとつの生き方にすぎない。それも、楽でもなんでもない生き方と知ってほしい。
「夢がない」と思うかもしれないが、むしろこれだけ生き方、稼ぎ方がある時代に、カスみたいな取り分の収入源に依存して生きていく方がよっぽど縛りプレーをしてるように感じる。
別に、専業にならなくたってクリエイティブはできる、楽しめる。上を目指せる。
「仕事の傍で小説書いてたら、なんかお小遣いもらっちゃいました」
「印税って入らない? いいのいいの、お金は働いて稼いでるんだから」
くらいのノリの方が、むしろ今の時代には合っていると思う。
そして今後は印税以外の、ノベルティなりリワードなり、もしくは投げ銭なりのシステムがもっと充実していってほしい、とも。
そして最後にもうひとつだけ。
これまで、「印税生活したい」と相談してきた人は、自慢をしたいとか、誰かに勝ちたいとか、それこそお金を儲けたいとか、そういった「邪念」が目立つ人が多かった。
そんな思いで作るものに、果たして惹かれるだろうか。
創作において大事なのは、作品が世に出たかどうかとか、それで生活ができるかどうかじゃなく、
「自分の作品を愛せること」じゃないだろうか。
散々偉そうに書いてきたが、自分がやってきたことの本質は結局、曲を作り始めた頃からなんら変わってない。
いいメロが浮かぶと、
「うおー、自分て天才じゃん!」
と勝手に自惚れ、それだけで十二分に幸せな気持ちになれる。
できあがった曲が最高すぎて、何度もリピートしてしまう。
そんなノリをずっと続けてきただけなのだ。
そうやって夢中で作り続けてるうちに段々とお金がついてきて、気づけばそれだけで生活できていた、というだけだ。なので、
「苦行って言うならなんで続けてるの?」
と聞かれたら、答えはひとつしかない。
曲作りが好きだからだ。
本業の合間に、なろうで個人企画をやってボランティアで曲作りをするくらい、好きだからだ。
自分にとって、印税生活は苦行。
しかし、曲作りや作った自分の曲は、いつだって好きでたまらなかった。
これから先、もう印税ではやっていけなくなるかもしれないし、どんな道を進んでいくかはわからないが、「良いメロディと出会った時のときめき」を末永く、大事にしながら歩んでいきたい。