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今の関係が崩れるくらいなら今のままでいい

 君と僕は幼馴染で家も近く、家族ぐるみでの付き合いもあった。そのためか、幼稚園も小学校も必ず一緒に通っていた。そんな僕らが離れ離れになったのは、中学生になってからだ。初めの頃は違うクラスになっても教科書の貸し借りはもちろんのこと、廊下ですれ違ったら会話したり、たまに時間が合えば一緒に帰ったりしていた。だけど、お互いの部活や友人との付き合いで、いつの間にか話す機会も減ってしまい、入学してから三ヶ月で一切の会話がなくなった。すれ違っても挨拶の一つもせずお互いが無視し合う関係が続いた。この時の僕は、はっきり言って君の存在なんてどうでもよかった。

 そんな僕が君を久しぶりに見たのは、これまた久しぶりの大型台風が接近していた時のことだ。間抜けな僕は、こんな日に限って雨具を一切持ってこないなんて失態をしてしまった。この嵐はいつになれば去るのか、分からなかったけど僕は少しでも止むのを学校で待った。

 いつしか暇になった僕は、小学生以来だけど、一人で学校を探検した。外の空は灰色の分厚い雲に覆われていて、切かけの階段の蛍光灯が妙な雰囲気を醸し出していた。特に回るコースは決めていなかったけど、この雰囲気の中学校を探検するなら、学校の七不思議を調べないわけにはいかないと、まずは理科室に向かった。が、当然のように鍵がされていた。続いて音楽室に向かったがここも予想通り鍵がかかって中には入れなかった。音楽室に寄ったついでにトイレの前をゆっくり歩いて通った。女子トイレ言えば花子さんが有名だけど、僕は男子だ。中にはいって扉をノックするなんてことはできない。諦めて階段を降りるが、この学校の階段の踊り場には鏡はない。代わりによく分からない小さな扉がついている。使い方は知らない。そしてこの学校にはかの有名な二宮金次郎の石像もない。念の為、何度も階段を登り降りしてみるが階数が増えることもなかった。最後に絶対に無理だと諦めている校長室に向かった。が、予想通り中に入ることはできなかった。というか電気がついてっ誰かの話し声がしていた。これにて僕の学校七不思議探検は終わりを告げた。探検も終わって待つのに飽きた僕は諦めてびしょ濡れになって帰ろうと決意した。靴箱に向かうために歩いていた廊下で、雨の音に紛れて微かに女の人の声が聞こえたのだ。怖いと分かっていたけど、何故かその声を確認しないではおけない僕の好奇心に敗れて雨音が響き渡る廊下で耳を澄ませた。すると、その声はどうやら靴箱の方でしていることが分かった。元々の目的も靴箱だったからと、恐る恐るではあるけど声のする方に行くと、そこには、泣きながら蹲っている女子がいた。何か面倒ごとに巻き込まれまいと、気付かないふりいや、無視して帰ろうとすると、その子に呼び止められたのだ。しかも下の名前で。

 

「健……健なの?」


 流石の僕も泣いている知人を、こんな雨の中置いて一人で帰ることはできなかった。

 

「榎本こそ何しているの?」

 

 両手で慌てて涙を拭って君は立ち上がった。

 

「いや〜、恥ずかしいところを見られちゃったな〜でも、見られたのが健でよかった。あ! そうだ、健今絶対暇しているでしょ? 久しぶりだし、一緒に帰らない?」

 

 僕は今までの経緯を君に話した。特に雨具がないと言うことを重点的に。

 

「そうなんだ。大丈夫、私も持ってないから。それに多少雨に濡れても服さえ乾けば何とかなるよ!」

 

 服だけが問題じゃない気がするけど、元々諦めていた僕は君の言葉に頷いた。

 

「じゃあ、行こっか。まずは自転車!」

 

 靴箱から自転車置き場の三十メートルくらいを全力で駆け抜けた僕らは、もうすでにびしょ濡れだった。

 

「次はあそこのスーパーまでね。地下に駐車場あるからそこまでダッシュ!」

 

 こうし僕らは大雨の中、必死で自転車を漕いだ。並走して自転車を漕いでいたから君は横目でちらちらと僕の方を見て何かを言っているようだったけど、いくら耳をすましても雨の音しか聞こえなかった。スーパーに着くと休憩と雨宿りがてら、軽くサンドウィッチを食べた。

 

「健! さっき私の話無視してたでしょ!」

 

「無視なんかしていない。雨の音で何も聞こえなかった。榎本だって僕が、何? って言ったの聞こえた?」

 

「も、もも、もちろん聞こえたよ……」

 

「嘘。何も言ってない。やっぱり何も聞こえていなかったじゃん」

 

「だ、騙したな! 健のバカ! 何でさっきから私のこと苗字で呼んでるの!」

 

 何だそんなことを気にしていたのか。と言うか声が大きい。

 

「それは……そうしようと言ったのは榎本だから……」

 

 君はまたしても大粒の涙を流していた。

 君が泣き止むまでに経緯をお話ししよう。あれは確か夏が来る少し前、と言うか僕らの最後の会話。君が人気なない階段に呼び出したと思えば、「恥ずかしいからこれからは苗字で読んでいい? あ、君も私のこと苗字でいいから」そう言って君は教室に帰った。まあ、中学生になったしそれくらい当然かと、理解して実践したのに何で君は泣いているんだ?

 

「た、健……ご、ごめんなさい……あ、あの時は、私も揶揄われて恥ずかしくて……その……た、健を傷つけるつもりなんてなかったの……」

 

 側から見れば僕が泣かしたような、と言うか僕が泣かしたのか。こんな時、どんな言葉をかけるのが正解なのか、今の僕には見つけられなかった。

 

「えの……いや違うか。あ……あ、青葉。ごめん僕も言いすぎた。で、でも、僕だって恥ずかしいから、みんなの前では苗字でもいい? 二人きりの時はちゃんと下の名前で呼ぶから……」

 

 君は涙を拭いながら笑った。


「えへへ、昔の健に戻った。でも今回は私が悪いから好きにしていいよ」

 

 小学生時代の君ならそんなことは言わなかった。

 

「僕と違って青葉は変わったんだね」

 

「健だって変わったよ。話さないうちに大きくなったね!」

 

 この時からだった僕が君を意識し始めたのは。

 

「青葉が小さくなったんじゃない?」

 

「そんなことない! あの頃からずっと身長変わってないもん!」

 

 こんなくだらないことを話し合える女子は僕にとっては君一人だった。

 

「健はさ、訊かないの?」

 

「何を?」

 

「何で私があんな所にいたのか」

 

 聞きたくないわけない。だけど、あれだけ泣いていた姿を見て、ずけずけと土足で踏み込むことなんてできない。でも、君が語りたいなら遠慮はしない。

 

「じゃあ、遠慮しないから何があったか教えて?」

 

 君は不機嫌そうな顔を浮かべていた。

 

「何か言い方が嫌!」

 

「分かった。聞かせてよ、青葉があんな所にいた理由」

 

「これと言って何にも変わってないじゃん」

 

「ごめん。言い方なんてわからない」

 

 君は呆れた顔を浮かべていた。

 

「もう、まあいいや。あ、あのね、今日じ、実は同じクラスの岩佐くんに告白したの。まあ、結果は想像できると思うけど、そう言うことなの……」

 

「そうなんだ……と言うか、岩佐って誰?」

 

「あ、そっか。クラス遠いから知らないのか。同じクラスの男子で、空手部に入っている子。いつか紹介できる日が来るといいけどね」

 

 こう言う話に慣れてない僕は、なんてフォローするべきなのか分からなかった。できることは茶化すことくらいだった。

 

「もしも付き合えたらの話だけどね」

 

 君は少し怒っていた。

 

「大丈夫だもん! 健の助力なしでちゃんと付き合って、ちゃんと紹介するもん!」

 

「紹介はいいよ。紹介されても気まずいだけだし。それに、その子に変な目で見られたくもないし」

 

「それもそうだね」


 何故か、妙に気まずい空気になっていたから、この空気を変えるべく僕は合う提案を君にした。それは……

 

「そろそろ帰ろっか」

 

「うん、休憩終わり。ラストスパートだね」

 

 そんなわけで僕らはまた大雨の中自転車を漕いだ。学校を出た時よりかは雨はましになっているけど、まだまだ大雨と表現するのが正しいくらいに雨は降り続けていた。

 

 「健ー! 今日はありがとねー!」

 

 分かれ道を少し進んだところで君はそう叫んだ。

 

「まあ、また振られた時は任せてよ!」

 

 僕も同じように叫んだ。風が木々を揺らし、叫ばなければ声が伝わることはなかった。


「次は絶対に振られないから大丈夫ー! じゃあねー!」

 

 そう言って君は手を振りながら家の中へと入っていった。

 後日談だけど、僕は次の日熱を出して学校を休んだ。あれだけの雨の中、自転車を二十分も漕いだら当然か。それでも君は熱を出すことなく学校に行っていたらしい。すごいなーと思っていたけど、僕が次の日学校へ行くと君は学校を休んでいた。僕と君のメッセージのやり取りもここから再開された。


 あれから三ヶ月経って、君はまた無謀な戦いを挑んでいた。振られるのは分かりきっているから、僕は自動販売機で今度は君の好きなリンゴジュースを買った。君はリンゴジュースにうるさく、果汁が十パーセントのジュースは嫌がる。幸いにもここの自動販売機は、果汁が百パーセントのジュースだ。そのためかここのジュースは君のお気に入り。今回は僕も同じのを買った。

 君を待つこと十分少々。また瞼を腫らした君は笑顔を無理やり作りながら僕の元にやって来た。

 

「また振られちゃったよ……」

 

 君も進展がないようだ。僕も同じように三ヶ月前から何も変わっていない。

 

「お疲れ様。はい、これ、君のお気に入りのリンゴジュース」

 

「毎度毎度ありがとう」

 

「青葉に頼られるのは僕も嬉しいし、そんなこと気にしないでよ。幼馴染じゃん」

 

「ありがと〜」

 

「君が遅かったからまた温くなってしまったけど、リンゴジュースは温くても美味しんだよね」

 

 君は大きく頷いた。

 

「うん! もちろんだよ! 温めても美味しんだよ。健も今度やってみて!」

 

「もう少し寒くなったら試してみる」

 

 こうやって茶化すように違う話をすることしかできない。

 

「今日こそは大丈夫な気がしたのに、何でだろうかダメだったよ。」

  

 訊き出せない僕に、君は一人でに語り出した。

 

「相手が悪いから仕方ないよ。僕は青葉はそこまで悪くないと思っているけど、分からない人には分からないよ……」

 

 攻めたことを言ってみるも、君の反応はいつも通りの普通な様子だった。

 

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。健は本当に優しいね!」

 

 求めていた言葉と違っても、僕は君からの言葉なら何だって嬉しい。あ、ちなみにもちろんだけど、否定的な言葉を除くだぞ。

 

「ねえ、青葉?」

 

「どうしたの?」

 

「岩佐に何回も振られているけど、まだまだ岩佐に告白するの?」

 

 唐突な僕の質問に君は困惑していた。

 

「えっと、だから……い、岩佐は諦めて次の恋を探すとかしないのかなって思って……」

 

 訊き直すと君は即答した。

 

「うん。それはないかな。たとえ、岩佐君に何度振られても、何回も告白していればいつか付き合えるかもしれないでしょ? その可能性に賭けているんだ」

 

 どうにかして諦めるように話を進めたい僕だったけど、言い返す言葉も掛ける言葉も何一つ思い浮かばなかった。

 

「ねえ、健?」

 

「どうしたの?」

 

 今度は君が僕に質問を仕掛けた。

 

「私の話はもういいからさ、健の話聞かせてよ。健は好きな人には告白しないの?」

 

 唐突に質問をした僕に君は得意の唐突で返す。


「機会があれば……違うかタイミングがあれば、しようかなとは思っているよ……」

 

 僕はおかしなことも変なことも言っていない。だけそ、何故か君には火がついた。

 

「えー! いついつ、いつするの? 告白する日教えて! 私ちゃんと応援するから!」

 

 一度火のついてしまった君の好奇心は、油に火をつけた時くらい厄介で、水のように簡単に言い表せるものでは、対処ができないのであった。

 

「まだ何も決めてないよ。青葉のように簡単に告白できないし、僕には告白する勇気もないんだ」

 

 僕は励ましの言葉を求めていたけど、君は何故か怒っていた様子だった。

 

「健! それはダメだよ! 青春は今この時しかないんだよ! 私たちの夏はもう片手で数えられるだけしかないんだよ! 今告白しなくてどうするの! 今告白しないと、一生後悔するよ!」

 

 君の言葉は何も間違っていない。現に僕はとっくに後悔している。もっと早く君に告白していればって。だけど、前にも語ったけど、君との日々が失われるのが怖いんだ。振られることが分かっているのに僕は告白はできない。

 

「心配してくれてありがと。でも、僕のことは大丈夫だよ。メッセージのやり取りができる日々が僕には楽しいから。それに僕には無理なんだ……」

 

 君はさらに怒ったのか、頬をふぐのように膨らませていた。

 

「絶対に違うもん! 付き合ってからの方が絶対に楽しいに決まっているもん! 何で分からないの!」

 

 前にも似たような会話をしたような気がするけど、僕の気持ちはあの時からずっと、何も変わらない。もちろん君の言っている意味もちゃんと理解している。僕だって付き合ってからの方が楽しいと思うよ。もし君と付き合うことができたらって。それは僕にとってどれだけ楽しい日々になるか。多分、世界が今以上にもっと輝いて見えて、いつもの帰り道がいつも以上に楽しくて、一緒に勉強する機会も今以上に増えて、くだらない会話を今以上に共有して、休日は今よりもっとお出かけをする。そんな未来が訪れたらと、何回も何回も妄想したよ。だけど、そんな未来は絶対に訪れない。君にとっての僕は、所詮ただの幼馴染だから。だから、僕は悪いことだとわかっていても願ってしまう。いつか君が、今好きな人のことを諦めるように、君が僕という存在に気づきますようにと。

 

「青葉。乾杯しよっか」

 

「え? 何で?」

 

「だって今日は、青葉の十回目の振られた記念日だよ」

 

「何でそんなの数えているの!」

 

 僕は笑って誤魔化した。

 

 君の想いにはいつも完敗だ。そんな僕の君への想いに乾杯!

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