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それは秘密

 君はさ、どうして泣くのをいつも我慢しているの? どうして無理だとわかりきっている争いに自ら参加できるの? 教えてよ君の痛みを僕に全部……

 これはもはや三ヶ月に一回の僕のルーティンだ。体育館へ入る階段でゆずサイダーを買って君を待つ。僕はいや、君だって結果がどうなるのかわかりきっている。君は傷つくだけなのにこれを毎回続ける。

 そんなことを考えているうちに君は現れた。

 

「たけるー。またダメだったー」

 

 君はいつものように振る舞っているつもりなんだろうけど僕にはわかる。というか、そんなに瞼を腫らして気付かない人はいない。だけど、深くは触れない。

 

「お疲れ様。これ、新商品のゆずサイダー。君が来るの遅かったから時間が経ってしまって温くなっているけど、多分まだ美味しいよ!」

 

 僕が差し出したペットボトルを君は無言で受け取り、ペットボトルのキャップを外し疑問を顔に浮かべながら一口飲んでいた。

 

「う〜ん! やっぱり温いね!」

 

 飲んだ第一声がそれだった。

 

「でもこれすごく美味しいよ! 冷たかったらもっと美味しいのだろうなー」

 

 その目は新しいのを買ってこいと言っているようだった。

 

「はあー。新しいの買ってこようか?」

 

「ううん、大丈夫だよ。あ、健は違う味なんだね。ゆずサイダー一口あげようか?」

 

「大丈夫。飲んだことあるから」


 いくら幼馴染と言えど、高校生にもなってそんなことはできない。

 

「そうなんだ。なんかずるい」

 

「別にずるくはないでしょ?」

 

「新しいやつなら健と一緒に飲みたかった」

 

 僕は言葉を失った。そして胸に誓った。これからは新しい味が出ても一人で先に飲まないと。

 

「で、今日はどうだったの?」

 

 さっきまでの楽しい雰囲気はどこかに消え去り、一気に曇り空に包まれたように俯いた姿勢で小さな声で話し出した。

 

「やっぱり、世の中可愛い子か頭がよくて運動ができる子がモテるんだね。可愛くて頭が良くて運動も得意で、おまけに誰にでも優しいなんてずるいよね。そんなの反則だよね。学級委員で生徒会にも入っているし人望も厚いし本当にずるよ。私にどれか一つでいいから分けてくれないかなー」

 

 虚に空を見上げる君に、優しい言葉の一つでも掛けることができればいいいのだろうけど、今の僕にはそんな言葉は思い浮かばない。

 

「負けていることは自覚しているんだね」

 

「そんなの当たり前じゃん。ああ言うのは小説とか漫画の物語だけの登場人物なの。現実にいていい人じゃないの。あの子に敵う人なんてこの世に存在してないよ。ま、まさか健もあの子のことが好きなの?」


 君は何故か盛大な勘違いをしていた。

 

「ははっ。山河内さんはいい人だし、尊敬はしているよ。だけど、僕じゃ相手にならないことくらい自覚しているよ。僕の隣に山河内さんが似合うわけないだろ?」

 

 自虐を君に笑って欲しかった。だけど、君は笑うことはなかった。

 

「じゃ、じゃあ、健はあの子のこと好きじゃないの?」

 

「人としてはすごいと思うよ。だけど、僕じゃ相手にならなさすぎて好きって感情は湧かないかな」

 

 僕がそう言うと君は安心しきった顔を浮かべていた。

 

「よかったー。健めであの子のこと好きだとか言ったらどうしようかと思ったよ」

 

「へー。じゃあ、もし僕が山河内さんのこと好きって言ってたら青葉はどうしてた?」

 

 君は顎に手を当てて考えているようなポーズをとった。

 

「もし、健があの子のこと好きって言ってたら、私は取り敢えず健と友達辞めているね」

 

 考えていたようなポーズをとっていた割に即答だった。

 

「それは、恐ろしいね」

 

「当たり前じゃん! あの子は私のライバルなんだから!」

 

 ライバル。山河内さん自体は君のことをそんなふうに思っていないだろうから、本当にライバルと呼べるのか。いささか疑問ではあるが君のためにそのことは黙っておく。

 

「と言うか、さっきから、山河内さんのことあの子、あの子って言っているけど、どうして名前で呼ばないの?」

 

 君は両手で耳を塞いで、どこかの神社に飾られている猿のような格好になっていた。

 

「別にあの子のこと嫌いってわけじゃないけど、その名前嫌なくらい聞かされているからあまり聞きたくないし、言いたくもないの」

 

「それはごめん……」

 

 僕は取り敢えず謝罪しといた。

 

「いいよ。別にわざとじゃないし、健はあの子のこと好きじゃないって分かったから」

 

「うん……」

 

「じゃあ、そろそろ帰ろうっか?」

 

「そうだね」

 

 オレンジ色に染まり始めた空と太陽を正面に、僕らは家路についた。昼間より低い位置に降りてきていた太陽は、僕らの帰りを邪魔するかのように眩しく光っていた。

 

「ねえ、健は好きな人とかいないの?」

 

 会話のなかった僕らの空気を裂くように、君は唐突にそんなことを訊いてきた。

 

「唐突だね……」

 

「それが私の取り柄でもあるからねー」

 

「そうだね。好きな人でしょ。いることはいるよ」

 

 君は急に興奮し、普段よりも大きな声でまた僕に質問をぶつける。

 

「え! 誰なの?」

 

「それは秘密」

 

 秘密というか、僕の好きな人は君には言えない。

 

「何で秘密ななの? 私に好きな人知ってるのだから教えてよー。あ! もしかして私の知っている人? だから言えないの?」


 そう、僕の好きな人は君の知っている人。だってそれは“君”なのだから。

 

「うん、そうだよ……」

 

「えー、めっちゃ気になるー。ダメ?」

 

「ダメ。それだけはまだ秘密」

 

「健は私の好きな人知ってるんだから、健だけ秘密なんてずるいよ!」

 

 返す言葉に悩んだが、それっぽいこと言って難を逃れた。

 

「僕なりの覚悟が決まった時、その時は君にちゃんと話すから、それまでは我慢してて」

 

「うーん……分かった……」

 

 君は全く納得できないと顔に浮かべていた。が、信号待ちで突然何かを閃いたように両手を一拍叩いた。

 

「あ! そうだ。もし健が告白して、もし振られたら今度は私が健を慰めてあげるよ」

 

 君はいいことを言ったつもりなんだろうけど、その日は必ずやってこない。だって僕の好きな人は君なんだから、そんな君に告白してもし振られて慰められても嬉しくなんかない。逆に苛立ちしか湧かない。

 だけど、僕は嘘をつく。

 

「うん……約束だよ。もし僕が振られた時はよろしく」

 

「任せてよ! こう見えて私、誰かの失恋話を聞くのは得意だから!」

 

 黄昏色に染まる空は、都合よく僕の顔を隠した。今の顔を君に見られるわけにはいかない。多分すごい顔をしていたから。

 

「健! 私の話聞いているの?」

 

 さっきまでのオレンジ色の空は急に消え去り、気がつけば辺りはもうすっかり暗くなってしまっていた。

 

「ごめん考え事してた……」

 

「もう! じゃあ、もう一回言うけど、健は好きな人に告白したりしないの?」

 

 君のその質問に僕は言葉を詰まらせた。

 だって、僕だってできるなら告白はしたい。君と付き合いたい。でも、それをいつも阻んでいるのは君の方だ。君に好きな人ができて告白しに行っている。そんな中、僕が告白したところで、振られるのはわかりきっている。僕に入る余地なんかない。

 何も言わない僕に痺れを切らしたのか君はこう言った。

 

「告白する時は事前に教えてね。私も色々と準備することがあるから」

 

 多少の時間差はあるけど、僕はさっきの君の質問に答えた。答えたと言うよりかはちょっとした愚痴をこぼした。

 

「僕は告白はできないかな……。僕は今の関係がのままが好きだから壊したくないんだよね」

 

 胸の内を語ったが君は僕の意見に否定的だった。

 

「それは違うよ健! 確かに付き合う前のドキドキ感が一番楽しいって言う人もいるけど、付き合ってからお互いのことをもっと知って、付き合う前より楽しいことや悲しいことをもっと共有できるんだよ! だから、絶対付き合ってからの方が方が楽しい意に決まっているよ! そりゃあ、健が誰かと付き合って一緒に帰ってくれなくなることは寂しいけど、私は応援するよ! 健とその人がうまくいくといいね! そんなわけで、好きな人の名前を教えて?」


 君の目的はそれか。くだらないコメント広告のように言ったところで誰もそんなのには引っかからない。引っかかるわけない。

 

「それは言えない。さっきも言ったけど、僕にちゃんと覚悟できたらその時は言うから」

 

「分かった。健がその気になるまで待ってる。だから、その時は一番に教えてね」

 

「もちろんだよ」

 

 僕だって好きでケチを演じているわけではない。本当は今すぐにでも言いたい。好きな人は君だと言ってしまいたい。だけど、それを言うのは怖い。君の隣に立てなくなるのが怖い。君と話せなくなるのが怖い。君の顔を見れなくなるのが怖い。僕の視界から君と言う存在が消えてなくなってしまうのが怖い。だから、今は何もしない。勇気がないだけだ。と言われてしまえばそうだろうけど、告白という一大イベントをそう簡単に決行することはできない。それに、一歩踏み出す先は崖だと分かっていながら歩みを進めるなんてまね僕にはできない。

 君との帰り道はもうそろそろ終わりを告げる。ここの交差点を左に行けば君の家。右に曲がれば僕の家。

 

「じゃあ、健。また明日ね。明日も一緒に学校行こうね! じゃあね!」

 

「うん、また明日……」

 

 こうして僕らはそれぞれの道へと進んだ。と言っても、数十メートルの距離。それでも、君との別れは寂しいものだ。何ならこれからもずっと一緒にいたいと思っているが、それは僕だけの思考なのだ。

 僕は君が家の中に入るまでを建物の影に隠れて見守った。と言うのは単なる建前。本当は一分一秒でもいいから君の姿を目に焼き付けたかったからだ。まあ、君の姿ははっきりとではなくて街頭の明かりにかろうじて照らされている程度だったけど。

 僕が家に帰ると、君からメッセージが届いていた。

 

(今日はありがとう!)

(おかげでスッキリしたよ)

(健がもし振られた時は本当に私を頼ってね)

(どんな愚痴だって聞くからね!)

 

 本当に何も知らない人はお気楽でいいよ。僕は君が好きなのに愚痴も何にもないだろ。

 そんなことを思いながらも、僕は嘘をつく。君をこれ以上傷つけないためにも。傷を負うのは僕だけでいい。


(ありがとう)

(その時はよろしくね)

 

 君からの返信は早い。

 

(任せて!)

(今度は私がジュースを奢ってあげるからね!)

 

 なんて返信するべきなのか悩んだ僕は結局スタンプに逃げた。犬のイラストにありがとうと文字が書かれたスタンプに。

 朝、僕はいつものようにスマホのアラーム機能ではなくて、母親に起こされた。アラームはかけていたけど、今日は聞こえなかった。

 

(ごめん。寝坊したから遅れる)

 

 取り敢えず君に寝坊の報告をした。相変わらず君の返信は早かった。

 

(大丈夫だよ)

(まだ遅刻しそうな時間じゃないし)

(玄関前で待ってるよ!)


 大慌てで学校のへ行く支度をし、朝食はリビングの机の上にあったあんぱんとクリームパンを鞄に入れて学校に着くまでに食べることにした。

 

「ごめん、寝坊した……」

 

 言葉通り君は玄関前で待ってくれていた。

 

「やっぱり寝ていたんだね。昨日、スタンプ送ったきり何も帰ってこないから、そうじゃないのかなって思っていたんだよね」

 

「本当にごめん。遅刻しないうちに学校行こ!」

 

 今日はいつもより早いペースで自転車を漕いだ。いつもより早いペースで自転車を漕いだ僕らは、靴箱で立ち止まった。

 

「そういえば、健。今日いつもより顔赤くない?」

 

「そんなことはないと思うよ。自転車漕いだ後だし体温が上がっているだけだよ」

 

 原因の一つに君が隣にいるからだとは言えなかった。

 そんな君は、僕の密接距離に軽々と踏み込んで、手を伸ばしぼくの額に優しく手を当てた。

 

「う〜ん……。確かに私の額と大して変わらないかも」

 

 僕は慌てて君から距離を置いた。離れた距離は社会距離くらい。メートルで表すなら一メートル五十センチくらい。

 

「ちょ! ちょっと! 何してんの?」

 

 鏡など見なくても自分の顔が赤くなっているのを感じた。

 

「何って? 健が熱出てないか確かめただけじゃん! 健、本当に熱ない? 昨日も途中で寝てしまうし、朝は寝坊してしまうから心配なの」

 

 君は本当に人前、公衆の面前というものを気にしない。僕にとっては嬉しいサービスだけど、それで困るのは僕じゃなくて君だ。

 

「心配ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。それよりも、人気のないところでそういうことをするのはいいけど、人前ではちょっと……」

 

「何で?」

 

「何で? って。それはほら、その……側から見れば僕らが付き合っているように見えるから、そういうイメージを持たれたら青葉の告白も失敗するかもしれないだろ?」

 

 自分でそう言っておきながら、胸が締め付けられるように痛い。

 

「私は別に気にしないよ。だって、健は幼馴染だから。周りからなんて言われようと幼馴染だから」

 

 君までも僕を攻撃してくるのか。自分で勝手に傷をつけるのは浅く回復も早いけど、君に言われるのは心に深く傷ができそうだ。

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、そのせいで君に彼氏できなかったら申し訳ないから……」

 

「は! ご、ごめんなさい……。健、嫌だったんだよね……。気が付かなくてごめんなさい……」

 

「嫌ではないから大丈夫だよ。嫌だったらとっくに登下校を一緒にしてないよ」

 

 君は蕾が花咲かせた時のように一気に明るくなった。

 

「ありがとう、健」

 

「教室行こっか」

 

 靴箱で長話をしていた僕らは、いつもよりはるか遅くに教室に着いた。

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