ひつじさんといっしょだもん
ある日、こぐまちゃんはお父さんとお母さんに言いました。
「もう、一人でねむれるよ。今日、一人でねるよ」
お父さんもお母さんもびっくり。
お父さんはこぐまちゃんの顔をのぞきこんで、心配そうに言いました。
「本当に一人でだいじょうぶ?」
「だいじょーぶ!」
こぐまちゃんは元気に答えると、大きなひつじのぬいぐるみをだきしめました。
こぐまちゃんくらいの大きさの、本当に大きなひつじさんです。雲みたいに白くてモコモコしていて、だきしめるとそのモコモコに体がうまってしまうのでした。
こぐまちゃんは、ふわふわ暖かいお日様のにおいをかいで、にこにこしました。
「ひつじさんといっしょだもん! さびしくないよ!」
***
夜、もうそろそろねる時間です。
おふろに入って、パジャマにお着がえ、ハミガキをすませて、ベッドに入る準備が整いました。
こぐまちゃんはリビングにやって来ます。
「おやすみなさい!」
ソファにこしかけているお父さんへ、朝と同じくらい元気に夜のあいさつをすると、自分の部屋へ行きました。
大きなひつじさんも、おしりをずりずり引きずられながら連れて行かれます。
こぐまちゃんの部屋のドアが閉められると、お母さんはお父さんのとなりにすわりました。赤い毛糸で編み物を始めます。
編んでいるのは、こぐまちゃんの手ぶくろです。
こぐまちゃんは去年作った手ぶくろを今も使っているのですが、少しきつくなってしまったので、新しいものを作ることにしたのです。
お父さんは本を読んでいました。少し前から読み進めている、ミステリーです。
今は、主人公であるキツネさんが事件の全てをあばく、一番の盛り上がり。そのはずですが、どうしたことか、キツネさんが語る推理が上手に飲みこめず、お父さんは何度も同じ文章を読み直しました。
やがてため息をつくと、パタンと本を閉じました。しおりは読み始めのページにはさんだまま、動かしません。
お母さんに話しかけます。
「今日はずいぶん寒いね」
「そうねぇ。そろそろ雪でも降るのかしらねぇ」
お母さんはのんびりと応えます。お父さんは続けました。
「何もこんなに寒い日に一人でねることはないんじゃないかな。体が冷えてしまわないかな」
「だいじょうぶよ。おふとんをお日様に当てて、フカフカぬくぬくにしてあるもの」
「でも、もしかしたら、かけぶとんがめくれて、こごえているかもしれない。ちょっと見てこよう」
お父さんは本を横にのけて立ち上がると、リビングを出ました。
お父さんはこぐまちゃんの部屋のドアを開けました。明かりが暗い部屋の中に細く差しこみます。
お父さんは中へ呼びかけます。
「こぐま、こぐま」
「んー……なぁにぃ……?」
むにゃむにゃと夢の中に半分いるような、こぐまちゃんの声が返ってきました。
お父さんは続けて言いました。
「今日はずいぶん寒いだろう。ねむれないんじゃないかい?」
「だいじょーぶ……。ひつじさんといっしょだもん、さむくないよー……」
むにゃむにゃと答えながら、こぐまちゃんはひつじさんをぎゅうっとだきしめました。すぐに、すーすーというおだやかなねいきが聞こえてきました。
お父さんはドアを閉めました。
リビングにもどると、お母さんは毛糸や編み棒を片付けているところでした。やさしく笑います。
「寒かったら、あの子は自分でこっちに来ますよ。さあ、私たちも、もうねましょう」
***
お母さんが大きなベッドに入りました。お父さんも続けて入ります。
しっかりおふとんをかけて天井を見ます。目をつむるとわずかな明かりもなくなって真っ暗になりましたが、お父さんはなかなか、ねむることが出来ません。
何だか、体の横がひんやりとするような気がしました。
つい昨日までは、お父さんとお母さんの間でこぐまちゃんがねていたのでした。
しばらくすると、風が窓をゆするガタガタっという音が聞こえてきました。
早くねむろうと思えば思うほど、その音がどんどん気になってきます。
お父さんはふと、こぐまちゃんはだいじょうぶだろうかと心配になりました。
むくりと体を起こし、部屋を出て行きます。
お父さんはこぐまちゃんの部屋のドアを開けました。中に呼びかけます。
「こぐま、こぐま」
「んー……?」
むにゃむにゃと、こぐまちゃんはまだ夢の中にいます。
「今日はずいぶん風が強いだろう。こわくて、ねむれないんじゃないかい?」
「だいじょーぶ……。ひつじさんといっしょだもん、こわくないよー……」
むにゃむにゃと答えながら、こぐまちゃんはひつじさんのモコモコした体に鼻先をうめました。すぐに、すーすーというおだやかなねいきが聞こえてきました。
お父さんはドアを閉めました。
お父さんがねる部屋にもどると、お母さんがベッドの上で体を起こしていました。やさしく笑います。
「こわかったら、あの子は自分でこっちに来ますよ。さあ、私たちも、もうねましょう」
***
お父さんはベッドに入って、おふとんをしっかりかけていました。目をつむって真っ暗にしますが、それでもなかなか、ねむることが出来ません。
しばらくすると、雨が窓に当たるポツポツっという音が聞こえてきました。
早くねむろうと思えば思うほど、その音がどんどん気になってきます。そして、音もより強く大きくなっていくようでした。
お父さんはふと、こぐまちゃんはだいじょうぶだろうかと心配になりました。
むくりと体を起こし、部屋を出て行きます。
お父さんはこぐまちゃんの部屋のドアを開けました。中に呼びかけます。
「こぐま、こぐま」
「んー……? ……おとうさん?」
こぐまちゃんは目元をごしごしとこすりながら体を起こしました。何だか、その声はおこっているようです。
お父さんはそれに気がつかないで話しかけます。
「今日はずいぶん雨が激しいだろう。ねむれないんじゃないかい?」
こぐまちゃんはむっと鼻先にしわを寄せました。
「だいじょーぶだってば! ねむれないのは、お父さんじゃん!」
こぐまちゃんはベッドから降りると、ひつじさんをだきかかえました。
白いモコモコのおしりを引きずりながら、お父さんの前まで運びます。差し出しました。
「はい。ひつじさん、かしてあげる。そしたら、お父さんもちゃんとねむれるでしょ」
お父さんがひつじさんを受け取ると、こぐまちゃんは自分のベッドにもどっていきました。
お父さんはねる部屋にもどると、お母さんとの間にひつじさんをねかせました。
そのとなりで横になります。おふとんをかけて、天井を見上げました。
「あの子も、大きくなったんだなぁ」
ぽつりとつぶやくと、何だかちょっぴりさびしくなりました。
でも、ひつじさんがポカポカするおかげでしょうか、しだいにねむくなっていきました。
風の音も、雨の音も、もう気になりません。
目をつむるとすぐに、お父さんはすーすーとねいきをたてました。
***
ガチャリとドアの開く音がして、暗い部屋の中に明かりが細く差しこみました。
お母さんはむくりと体を起こして、ドアの方を見ました。
ドアを開けたのは、こぐまちゃんでした。
お母さんはやさしく笑って手招きしました。こぐまちゃんはドアを閉めると、トコトコとお母さんのそばへ近づきました。
「あのね、」
と、小さな声で言いました。
「うん」
お母さんがうなずきます。
「ひつじさんがいないからね、」
「うん」
「ちょっとだけ、さむい」
「そうねぇ。今日は寒いわねぇ」
「いっしょにねてもいい?」
「もちろん、いいよ」
お母さんはおふとんをめくって、こぐまちゃんをひつじさんとの間に入れてあげました。
こぐまちゃんはひつじさんにぎゅうっとだきつきます。
お母さんは自分も横になって、こぐまちゃんにおふとんをかけました。
お母さんが聞きます。
「あったかい?」
「うん。ひつじさんといっしょだもん」
こぐまちゃんはすぐに、すーすーとねいきをたてました。
お母さんもにこにこ笑って、目をつむりました。
おしまい