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IF 悪魔に恋をすると「ボイコネライブ大賞」

作者: 枇杷アテル

かつて自分が書いていた作品をボイコネライブ大賞用に設定を変えた作品になります。

 天使とは神の使いであり、悪魔とは神に対して謀反を起こした堕天使である。

 故に神を称える我々人間にとって悪魔は相容れぬ存在である。

 これは教会の教えであり、教皇が住まうこの都では誰もが知っている教養であった。

 都の一角にある教会の古い物置に2つの影があった。

 片や突然の雷雨に怯えて物置に避難してきた修道女、もう片方は物置の屋根を突き破り落ちてきた青年。

 空いてしまった天井の穴から差し込んだ雷光によって映しされたのは青年の姿を見て修道女は驚愕した。修道女の蒼い瞳には青年の怪我が重症であり、僅かな呼吸も体温も今にも消えてしまいそうに見えた。

 修道女には青年を見捨てる事はとても出来なかった。

 青年の背中から神父や書物で見聞きしていた悪魔の羽が生えていたとしても。


フェリシー:だ、大丈夫ですか……

ユーリー:近づくな、人間


 修道女フェリシーの声に悪魔の青年ユーリーは弱々しくだがしっかりと拒絶した。

 ユーリーの姿は背中に悪魔の羽が生えている以外は整った顔立ちの黒髪の青年にしか見えなかったが、口にしたフェリシーを人間と称する声は冷たく自分は人間ではないとフェリシーに再度認識させるのには十分だった。


フェリシー:で、でも怪我してるし、手当しないと

ユーリー:無用だ。人間と違ってこれくらいの怪我は直ぐに治る


 治ると言うユーリーの体からは赤い血が絶えず流れ続けていた。

 フェリシーは一度息を呑むと勇気を振り絞って悪魔であるユーリーに近付いていく。フェリシーは指一つすら動かすのが辛そうなユーリーの傍に座る。フェリシーが普段から持ち歩いている肩掛けカバンには自身が怪我した時用にと包帯などの簡易な手当道具が入っていたのでそれらを取り出した。


フェリシー:動かないで下さいね。手当は慣れてますから。自分のがいつもでしたけど

ユーリー:余計な事をするな。人間と俺達は……


 ユーリーは苦しそうに口を動かしていたがついに気を失って瞳を閉じた。フェリシーは青年が亡くなったのではと思ってしまったが僅かに息する音が聞こえていたので手当を始めた。

 手当といってもフェリシーは医者ではなく、ただの修道女でしかないため傷口に包帯を巻き付けて血止めをするのが精一杯だった。それでも手持ちの道具を全て使い切りユーリーの血がこれ以上流れ出る事をどうにか防止する事が出来た。

 本来なら病院へ連れて行くべきだが、ユーリーが悪魔であるためそんなことは出来なかった。

 どうしようと悩んているフェリシーの耳に夕刻を告げる教会の鐘が聞こえてきた。礼拝の時間であり、フェリシーは向かわなくてはいけなかった。

 礼拝に参加しなければ神父に怒られ、同じ修道女の子らに迷惑をかけてしまう。

 フェリシーは気を失っている青年の姿に後ろ髪を引かれながら後で様子を見に来ることを誓って礼拝へと向かった。

礼拝が終わった後、修道女としての仕事と夕食を終えた後、他の修道女達に見つからないようと気を付けながらフェリシーは再び物置小屋を訪れた。

太陽が完全に沈んで真っ暗になった物置の中をフェリシーが持ってきたランタンの明かりが照らす。

ランタンが照らした先では礼拝前と同様にユーリーが動かず死んだように眠っていた。

フェリシーは夕食の際に自分の分として配れたパンの半分と飲水が入った水筒を地面に敷いた布の上に置く。


フェリシー:これしかありませんけど……起きたら食べて下さい。本当はちゃんと怪我の手当したいんですけど、包帯も手に入れるのには限界があって……神父様の巡回があるのであまり時間もなくて……すいません

ユーリー:何故謝る

フェリシー:!? 起きたんですか! 怪我の具合は? 大丈夫ですか!?

ユーリー:怪我は直ぐに治ると言ったはずだ。もう殆ど治っている……

フェリシー:良かったぁ

ユーリー:人間、おまえは修道女だろ。神に仕える者のはずだ。何故、俺を助けた

フェリシー:あ、あなたが目の前で死んでしまいそうだったから……

ユーリー:俺は悪魔だぞ

フェリシー:それは……見れば分かります

ユーリー:お前達人間の敵だ。何故助ける

フェリシー:敵って……そうかもしれませんけど関係ないです。誰であっても死んでしまうのは悲しいから


 フェリシーの怯えながらも硬い意思の言葉を聞いてユーリーは自分の目の前にいる修道女に興味を持ち始めた。

 悪魔であるユーリーが人間に興味を持つのは初めてであった。人間との関わりが無かったわけではない。今まで関わってきた人間は誰もが悪魔であるユーリーの力を自分の欲望のために欲する人間ばかりであり、ユーリーは人間とはそういうものかと思い、ただそこにいるだけのか弱き醜い存在としてしか見ていなかった。


フェリシー:それじゃ私は行きますね。あっ、そうだ。この倉庫は場所が教会敷地の奥にあって滅多に使われないですから滅多に人は来ないと思います。だから怪我が治るまでは居ても平気かと思います

ユーリー:すぐに出て行くから安心しろ


 ユーリーの出ていくという言葉を聞いてフェリシーは少し寂しそうな表情を浮かべて倉庫を後にした。

 明かりが無くなり真っ暗な倉庫の中でユーリーは自らの怪我の状態を確認する。

 背中から胸に向けて無数の槍で貫かれた傷口はなんとか塞がっていたが、体内部の治癒にはまだ時間がかかりそうだった。悪魔であるユーリーの治癒は人間とは比べ物にならないくらいに早い。骨が折れても数秒あれば元通りになり、刺し傷も同様だ。本来なら。

 

ユーリー:天使共め、散々にやってくれたな


 敵対している天使の攻撃は悪魔であるユーリーの治癒を阻害して普段以上に時間をかけさせていた。

 天使達との戦いが発生したのは偶然の遭遇からだった。一対一なら勝てる自身があったユーリーだったが、十体を超える天使と相対しては逃げるという選択を取るしか無かった。

 体に突き刺さった天使達の槍の位置が僅かにでもズレていれば命を間違いなく落としているほどの重症だった。

 フェリシーの前で強がっていたが実際はフェリシーの手当が無ければユーリーはまだ意識を戻すことはなく眠り続けていた可能性が高い。

 傷は塞がるし、流れ出た血も早急に体内で作成されるがどれにしても体力を使う事になる。流れ出た血は戻る事はないので流れた血が多ければ多いほど血を作るための体力が必要だった。

 フェリシーの手当である程度血止め出来たおかげで今こうして意識を覚ます事が出来ていた。


ユーリー:感謝の気持ちを人間に対してする事があるとはな


 直接フェリシー本人に礼を言うのは悪魔としてのプライドが邪魔をしていたが、この場に居ない相手にならとユーリーは感謝を口にした。

 巻きつけられた包帯に手を当てながら少しでも治癒を早めようとユーリーは再び眠りについた。

 ユーリーが再び意識を覚醒させた時には太陽が高く登っており、倉庫の天井に開いた穴から日差しが痛いほど降り注いでいた。

 太陽の眩しさに目を細めながらユーリーは怪我の具合を確認する。動かすと若干の痛みはあったが行動するのに支障がない程度には治癒が完了していた。

 自分を襲った天使達に見つかる前にこの場を去ろうとしたユーリーの目に地面に置かれたパンと水筒が映る。パンは昨日見た物に比べて若干形が変わっていたので別のパンだと分かった。

 ユーリーはフェリシーが今朝も来てパンを置いていったのだと悟るとフェリシーが何故何度も自分へ施しをするのかますます理解出来ずに頭を悩ませた。

 

ユーリー:あの人間に何の得があると言うんだ


 ユーリーは硬いパンを乱暴にかじり切り、水で一気に胃の中へ流し込む。

 体内に入った栄養をしっかりと吸収するように深呼吸をした後、ユーリーは天井に空いた穴から鳥よりも速い速度で飛び出していった。

 夕刻。

 フェリシーが再び倉庫を訪れるがそこには当然ユーリーの姿は無かった。フェリシーは取り出しかけていたパンと水筒を再び仕舞い込み、自分の寝室に戻ろうと振り返る。


神父:フェリシーさん、こんな所でどうしたんですか?


 フェリシーが振り返った視線の先にこの教会の老神父が立っていた。老神父は不安なのか手にした聖書を強く握りしめていた。


フェリシー:神父様?

老神父:他の修道女達からフェリシーさんの様子が昨夜からおかしいとの事だったので失礼ですが、後をつけていました

フェリシー:ご心配をおかけしていたみたいですね、すいません

老神父:いえ、いいのですよ。何か悩み事があったのなら相談してくれればとは思いましたが直ぐに打ち明けられない事などあるでしょうし。


 フェリシーは老神父の事を信頼していたが、敬虔な信徒である老神父に傷ついた悪魔の手当をしていたとは伝える事は出来なかった。


老神父:フェリシーさんはここで何を? その倉庫に何か用が?

フェリシー:実は昨日の嵐でこの倉庫の天井に穴が空いたのでそれが気になって

老神父:天井に穴が……。そうですか、確か中には大した物は置いていなかったはずですし、濡れてしまっていても平気かと。そもそも長い間使っていない倉庫ですからこれを機会に壊して新しい倉庫を建てたいですね。教会の中にも荷物が多くなってきましたし

フェリシー:壊してしまうんですね

老神父:ええ、古いですし。天井に穴空いてのであれば良い機会ですよ


 フェリシーはユーリーと出会ったこの場所を何か特別な場所だと感じて名残惜しさを感じたが老神父の言う事は正しいため反論などを口に出来なかった。


老神父:フェリシーさんの様子がおかしかったのは倉庫が気になっていたからですか?

フェリシー:そうですね。天井の穴に気が付いてしまったので

老神父:……分かりました。空いた穴がきっかけで倉庫が崩れてしまう可能性もありますし、この倉庫には近づかないようにと連絡しておきましょう

フェリシー:お願いします


 老神父が若干の疑問を残しつつも納得をしてフェリシーと共に教会内へ戻ろうとした時、目の前に無数の光の柱が空から降り注いだ。


老神父:!?

フェリシー:!?


 驚いた二人が何も出来ずに硬直していると光の柱の一つから人影が現れた。

 真っ白な布を身に付け、手には光り輝く槍を手にした人影の背中には翼があった。天使の翼だ。

 二人は目の前の存在が天使だと気付き、慌てて膝を付いて頭を下げる。


天使:確認する。貴方達は神を信じ敬う人間か?

老神父:当然にでございます。私達は敬虔な神の信徒です。

天使:改めて確認する。では何故そこの人間から神の敵である悪魔の気配を感じるのだ?


 天使は光の槍の穂先をフェリシーに向けた。

 フェリシーは槍の穂先を向けられた瞬間、実際に刺されたわけではないのに心臓を貫かれたような痛みを感じた。後ろめたさから精神に負荷がかかったために心臓が激しく動いたためであったがフェリシーの表情は素直に痛みに反応して少し歪んでしまう。

 そのフェリシーの歪んだ表情を見てしまった老神父はまさかこの子がと狼狽してしまった。


フェリシー:し、神父様、違います。私は……

老神父:フェリシー、まさかあなたは……

 

 フェリシーはどのように事実を伝えればよいのか言葉を迷っている内に老神父は後ずさりをしていき、フェリシーから離れていってしまった。


天使:あの倉庫からより強い悪魔の気配を感じるな。今はもういないようだが……以前は居たようだ。人間よ、悪魔はどこだ。隠しているのなら魂の罪がさらに重くなるぞ

老神父:フェリシー、あなたがまだ神を信じているのでしたら天使様のお言葉に素直に答えるのです。まだきっと救いはあります

フェリシー:……知りません

天使:真実か

フェリシー:嘘ではありません。知らないのです

天使:では真実かどうか。私の槍で確かめることにしよう。真実ならばその身を突き刺されても生きているだろう。嘘ならばその身は神罰の光に焼かれるだろう

フェリシー:!?


 悪魔がどこへ行ってしまったかをフェリシーは知らない。事実であり嘘は言っていない。しかし、槍でその身を突き刺されると聞いて素直に受け入れられる勇気はフェリシーにはなかった。


フェリシー:い、嫌


 生きたいという本能から声が漏れた。

 フェリシーの声をきっかけにするかのように突風が吹き、天使とフェリシーの間に炎が舞い上がった。

 突然の状況に困惑するフェリシーは突然後ろへと凄い力で引っ張られたかと思うと次の瞬間、足元に地面の感触が無くなっていた。


フェリシー:え、何?

ユーリー:口を開くな。舌を噛むぞ


 フェリシーが声の方を向くとユーリーの姿が視界に入った。ユーリーはフェリシーを背後から抱きしめるようにして教会のはるか上空へを浮遊していた。


フェリシー:わ、私、浮いてっ、きゃああっ!!


 フェリシーは空中にいる事に驚いて暴れてしまう。ユーリーは暴れるフェリシーはさらに強く抱きしめて暴れるのを抑える。


ユーリー:暴れるな。落ちて死ぬぞ

フェリシー:あ、あなた、なんで? どうして?

ユーリー:疑問は後だ。逃げるぞ

天使:逃がすと思うのか


 ユーリーが悪魔の翼を大きく広げて飛翔しようとした時、周囲に光の柱と共に天使達が現れた。


天使:神に仇なす者よ。その身に神罰を与えん

ユーリー:俺自身は別に神と敵対した覚えはないんだが?

天使:悪魔であること自体が罰よ。神を敬うのなら自身を悪魔だと知った時にその生命を神に返すのが唯一の贖罪

ユーリー:一方的すぎるぞ、貴様ら

天使:唯一絶対であるために当然だ

ユーリー:話し合いにもならないか

天使:これ以上の問答は無用


 天使達が光の槍を一斉にユーリーへ向かって構える。戦いについて素人のフェリシーにも分かるほど天使達からユーリーに対して殺意が向けられていた。フェリシーは自分自身にも浴びせられた殺意に恐怖で体を震わせる。


ユーリー:大丈夫だ


 ユーリーの優しい声と改めて優しく抱きしめられた事でフェリシーは体の震えを抑えることが出来た。


天使:神罰を


 天使達は四方からユーリーへ向けて光の槍で突撃をしてきた。ユーリーは悪魔の翼で大きく広げて自分達を包み込む。一瞬で何重にも折り重なり球体のようになった悪魔の翼はユーリー達の姿を天使達の視界から隠してしまう。

 しかし、その重なった翼の中心にユーリー達がいる事は変わりなく天使達は躊躇せずにそのまま光の槍を突き刺した。

 光の槍はユーリーの悪魔の翼を容易く突き破る。

 ハリネズミのようになった悪魔の翼の内部から血が滴ってくる。


天使:?


 天使達は違和感を感じた。

 自分達は間違いなく悪魔を槍で突き刺している。血も出ているし少なくとも致命傷を負わせているはずだ。だが、しかし、刺した時の抵抗が無さすぎた。

 人間よりも遥かに強固な悪魔の体を突いたのだ。いかに光の槍が鋭利だとしても容易く突き刺さりすぎている。

 天使達の疑問は槍を引き抜いた時に判明した。

 球体に折り重なっていた悪魔の翼がキャベツの葉が剥がれるように無くなっていき、中身が露わになる。


天使:何もいない!?


 悪魔の翼の中心にいたはずのユーリー達の姿がどこにも無かった。

 槍が貫いたのは折り重なった悪魔の翼だけでユーリーもフェリシーも貫いてはいなかった。


天使:どこだ!?


 天使達はユーリーの気配を慌てて探るがつい先程まで感じていたユーリーの気配を感じる事は出来なかった。

 

 ユーリー達は天使達がいる場所から遠く離れた山奥にいた。

 ユーリーはフェリシーを抱きしめていた両腕を緩めると倒れるように背後に有った木に倒れかかる。


フェリシー:ここは……

ユーリー:どこかの山奥だ……。天使達とはだいぶ距離があるからしばらくは見つからない。安心しろ

フェリシー:あなたは悪魔の

ユーリー:そういえば名乗っていなかったな。召喚した人間相手以外に名前を名乗るのはどうかと思うが今更いいだろ。俺はユーリーと呼ばれている

フェリシー:私は……

ユーリー:フェリシーだろ。神父にそう呼ばれていたな

フェリシー:はい、そうです。ユーリー、あなたはなんであそこに

ユーリー:嫌がっていただろ。手当の借りを返すために助けた。それだけだ

フェリシー:助けた? 私を……悪魔であるあなたが

ユーリー:悪魔が人助けをするのが意外か。借りを返しただけだから人助けと言って良いのか分からんし、余計な世話だったかもしれんがな

フェリシー:そんなことは……とても怖かったですし


 あのまま槍で刺されていたらどうなっていたかフェリシーは恐怖を思い出して足を震わせる。


ユーリー:余りゆっくりはしてられない。距離は取ったが天使達は悪魔の気配を探るのが上手い。時間が立てばまた見つかる。だから早く逃げろ。お前だけなら天使達も見逃すかもしれん

フェリシー:逃げろって……ユーリー、あなたは


 フェリシーはユーリーが背中を預けている木から滴り落ちる赤い液体に気付いた。つい最近同じような光景を目にしていた。


フェリシー:ユーリー、背中に怪我を……

ユーリー:逃げるために羽を犠牲にした。加えて瞬間移動に魔力もな。俺はまたしばらく動けん。もう一度襲われたら助けてやれないからさっさと一人で逃げろ

フェリシー:どうして私のためにそんな……

ユーリー:借りを返しただけだと言ったろ。悪魔は貸し借りを大事にしててな。貸したモノは返してもらうし、借りたモノは返すのさ、絶対に。ほら、さっさと行け、借りは返したんだ


 ユーリーは首だけを動かしてフェリシーに対して向こうへ行けと指示をする。しかし、フェリシーはユーリーが首を動かした方へは行かず、ユーリーに一歩近づくと修道服の上着を脱いで細長く破り始めた。


フェリシー:古い布だから破りやすくて助かりました

ユーリー:おい、何をする気だ

フェリシー:手当です

ユーリー:たま借りを作らせる気か……今度は返せるか分からないぞ

フェリシー:いいんです。返してもらうために手当をしているわけじゃないです。死んでほしくないから手当してるんです

ユーリー:俺の手当なんてしてたら天使達に見つかって殺されるぞ。悪魔を手助けしているってな

フェリシー:私の行動が罪なのだとしても私はあなたに死んでほしくないんです。私は私の正しいと思う事をしています。誰かに罪だと言われても

ユーリー:最初から思っていたが変わった修道女だ

フェリシー:もう修道女じゃないかもしれませんけどね。無事に生き延びたとしてもきっと教会には戻れませんし

ユーリー:戻れないならしばらく一緒にいるか。おまえがそれなりに暮らせるようになるまで手伝ってやってもいい。お前がなんと思おうとこの手当分の借りは返す

フェリシー:一緒に……ですか。いいかもですね


 わずかに感じた嬉しさと同時にフェリシーの脳裏に教会で過ごしてきた思い出が蘇る。仲の良い修道女達や勉強を教えていた近所の子供達、みんな自分が悪魔を助けたと知ったらどう思うのか、どう思われてしまうのかその事が怖かった。怖かったが今自分がしている事、ユーリーの命を助けた事に後悔だけはなかった。

 ユーリーを初めて見た瞬間からこの人の命を助けなくてはという熱い想いがフェリシーの心の奥に芽生えていたからだ。


ユーリー:ちっ、早すぎるだろ


 ユーリーの舌打ちを聞いてフェリシーが空を見上げると無数の天使が二人を見下ろしていた。


天使:この地には今多数の天使が舞い降りている。逃げられる隙間はない


 ユーリー達の前に降りてきた天使は動けないユーリーに向けて光の槍を構える


天使:今度こそ神罰を

フェリシー:や、やめてください


 ユーリーに向けられた光の槍の前にフェリシーは震える体を出した。


ユーリー:おい、おまえっ!

天使:人間よ、その身を犠牲にしても悪魔を庇うか

フェリシー:天使様、ユーリーはたしかに悪魔です。天使様にとっては敵なのでしょう。でも私は傷ついているこの人が殺されるのをただ見ている事は出来ないのです

天使:見ている事が出来ないならどうするというのだ。神の使いである私達と敵対するか

フェリシー:いいえ、それも出来ません。私は神を信じていますから

天使:矛盾を言う人間よ。いったい何をしたいのだ、何を望むのだ

フェリシー:矛盾を言ってはいません。私はただ命を救いたいだけでです

天使:……それは真実ではない

フェリシー:え?

天使:人間よ。私は嘘を看破する瞳を宿している。先程の言葉、真実ではないと私の瞳が告げている

フェリシー:嘘ではありません!

天使:だが真実でもない。何かを隠しているな。言葉の裏に何を隠している、人間よ。


 フェリシーは天使に問い詰められて混乱した。

 自分の言葉に嘘はない。ユーリーの命を助けたいというのは紛れもない本心だ。たとえ自分の背後にいるのがユーリーでなかったとしても同じ言葉と行動をするだろうという確信がフェリシーにはある。

 しかし、天使は真実ではないと告げている。天使が嘘を付くことはないだろう。

 ならばフェリシー自身も気付いていない何か隠し事がある。

 それは一体なんなのかという自問自答をフェリシーは行う。

 命を救いたい。

 眼の前で誰かが死にそうになっているのだから救うのは当然だ。

 誰であっても。

 誰であってもだ。例え大罪人であっても罪を償うのではなくただ死にそうになっているのであれば救いたい。

 ユーリーだからこそ救いたい。

 出会ったのは昨日の夜だ。時間にしてまだ一日も経っていない。彼については知らない事が多い。だが、あの時、あの雷光に照らされ傷ついた彼を見た時、フェリシーの中に何かが芽生えてしまった。

 きっとこれは一目惚れ。初恋なのだろう。愛には程遠く、恋にしては芽生えたばかりの想い。

 フェリシーの心音は高くうねり、ユーリーに対する想いが強くなる。

 悪魔に恋をしてしまうなんてきっと罪なのだろう。だけれども生まれた想いは彼だけに向けられた想いはもう止めれらなかった。

 好きという感情を。

 フェリシーが自身の想いを自覚した瞬間、フェリシーの体から激しい光が溢れ出した。その光はフェリシー自身を、ユーリーを、天使を、周囲を全て漂白するように広がっていった。

 光が薄まりフェリシーの視界が回復すると周囲には先程と変わらぬ森の風景が広がっていた。ただし、フェリシーへ槍を向けていた天使の表情が驚きの表情へ変わっていた。

 フェリシーが何を驚いているのかと天使の視線の先である自身の背後を見るとそこには変わらずユーリーがいた。


フェリシー:ユーリー?


 フェリシーも天使同様に驚いて表情を固めてしまう。それほどの衝撃があった。


ユーリー:どうした? 何をしたんだ?


 ユーリー自身は気付いていない。自分の背中に羽が生えた事を。天使の羽根が。


天使:これはまさか……この人間がそうなのか。そうなのだろうな


 天使は何かに納得すると上空に待機していた仲間の天使達に合図を送る。合図を受け取った天使達は頷くと一人また一人とその場から去っていった。


ユーリー:!? なんだこの羽根は!?


 ようやく自分の体の変化に気付いたユーリーは驚きの声を上げる。気味悪そうに翼を引きちぎろうとしたが痛みを感じて直ぐに行動を止めた。


フェリシー:ユーリー、いったいあなたに何が

天使:何かをしたのは悪魔ではない。あなただ、聖女よ。

フェリシー:せ、聖女?

天使:ようやく見つけることが出来た。我らがこの地に集まっていた本来の理由はあなたを探すためだった。悪魔の征伐はついでではあったがこれも神の思し召し

フェリシー:私が聖女……

ユーリー:おい、何が起こったのか俺に説明しろ

天使:元悪魔よ、おまえは聖女の力で浄化したのだ。その身に聖女の愛を受けてな

フェリシー:!?


 愛と言われてフェリシーの顔が一気に赤くなる。自覚したばかりの想いをまだフェリシーは制御出来ていない。


ユーリー:愛? 聖女? なんなんだよ

天使:詳細を説明してもよいか、聖女よ

フェリシー:い、嫌です!


 自分の想いを勝手に伝えられてしまいそうでフェリシーは慌てて拒否をする。


天使:聖女の言葉ならば尊重しよう

ユーリー:俺は説明してほしいんだが……なんで天使になってんだ。いや、本当に天使になっているのか俺は

天使:……そうだな。確認もある。元悪魔よ、私と共に天界へ来てもらおうか

ユーリー:断る。何も分からないのに素直に着いていけるか!

天使:ならば無理矢理にでもだ。私は聖女を見つけた事を早く神に伝えなくてはならない。一緒に来てもらうぞ


 天使は光の槍を空に向けてかざすと空から光の柱が降り注ぎ、天使とユーリーを包み込んだ。


ユーリー:お、おい、何をするつもり……


 ユーリーは言葉を最後まで言う前にその姿を光の中へ消してしまった。


フェリシー:ユーリー!?

天使:心配するな、聖女。彼は天界へと行っただけだ。

フェリシー:無事なの?

天使:仲間である天使を傷つける理由はない


 フェリシーは天使からユーリが安全だと聞いて胸を撫で下ろした。


天使:まもなく私の代わりの天使がこの場に現れる。その者が聖女を先程いた教会にまで連れて行くだろう。事情はそこで皆に話すと良い。これからは聖女として人を導き、神の教えを伝えていってくれ


 天使はその言葉を最後にユーリーと同じように光の中へ姿を消した。

 そしてフェリシーの周囲から光の柱も無くなり森の中にフェリシーはただ一人残されてしまった。


 天使から突然自分が聖女であると告げられたフェリシーは過ごしていた教会に戻ってから慌ただしい生活を送っていた。聖女として教皇や貴族らからの謁見する日々が続き、寝る間も無いほどだった。聖女としての振る舞いについても教育係として天使が直々に行うのでフェリシーにとって逃げ場の無い窮屈な日々が続いていた。

 それらも皆の為だと聖女の役割を行うフェリシーだった。

 聖女となって数ヶ月が過ぎ、多少新しい生活に慣れて来た頃、ほんの僅かだが自由になる時間を得た。聖女として常に誰かに警護をされており、一人になる時間がなかったためフェリシーは以前過ごしていた教会へと足を運んだ。

 聖女としても住居を与えられてからしばらく訪れなかった教会はどこも変わりはなく柱の傷一つですら懐かしさを感じさせた。

 フェリシーの足は自然と教会の端にある古びた倉庫の場所へと向けられていた。

 もしかしたら壊されてしまっているかもと思っていた倉庫はまだそこに存在しており、天井の穴もまだ空いたままだった。


フェリシー:神父様、建て直すって言っていたけど忙しくて忘れてしまったのかしら


 老神父についても聖女が現れた教会の神父という事でフェリシーほどではないが各地に呼ばれており、忙しい日々を過ごしていると以前会った際に話をしていた。

 フェリシーが天井に空いた穴とかつてユーリーが倒れていた場所を懐かしく見つめていると強い風が天井から倉庫内に入ってきて倉庫全体を揺らした。風が通り抜けた後も倉庫の揺れはおさまらず揺れ続けて、倉庫の柱の一つが大きな音を立てて折れてしまった。

 一つの柱を失った倉庫は一気に崩れ始めて瓦礫がフェリシーへと降りかかった。


フェリシー:きゃああああああっ


 目を閉じ叫び声を上げて身を固めたフェリシーだったがホコリぽさを感じるだけで体のどこにも痛みは無かった。


ユーリー:何をしているんだ、おまえは


 ずっと聞きたかった声に反応してフェリシーが目を開けると目の前にユーリーの顔があった。ユーリーは瓦礫から守るように天使の羽根でフェリシーを包み込んでいた。その際に軽く抱きしめられている事に気付いたフェリシーは恥ずかしくなり少し力を込めてユーリーから離れる。


ユーリー:今ので借りを返したぞ

フェリシー:借り?

ユーリー:手当分だ

フェリシー:ふふ、天使様になったのにまだ貸し借りなんですか

ユーリー:好きでなったわけじゃない。お前に勝手に浄化させられたんだ。これはお前が俺への借りだ。だから返せ

フェリシー:返せって……悪魔に戻せってこと。そんな事出来ませんよ。天使様にした方法だってよく分からないんですから

ユーリー:その事……天使にした方法についてだ。周囲の天使共が知りたいなら聖女に直接聞いてこいと言っていてな。こうして来てみたわけだ

フェリシー:天使様達って意外に……


 いじわるな所があると言ってしまいそうな言葉をフェリシーは慌てて飲み込む。


ユーリー:しかし、やはり分からないか。まあいい、久しぶりの地上だ。しばらく自由にさせてもらう

フェリシー:ユーリーはしばらくこの辺りにいるの?

ユーリー:聖女の近くにいろと言われている。従うのは癪だが、逆らうと面倒だからな

フェリシー:そ、それは嬉しいかもですね

ユーリー:嬉しい?

フェリシー:ううん、なんでもないです、なんでも

ユーリー:まあいい。お前がちゃんと借りを返すまで近くにいるからな

フェリシー:近くにいるのはいいんですけど、それならそれで直して欲しい所があります

ユーリー:なんだ?

フェリシー:名前。お前呼びは止めて下さい。

ユーリー:……フェリシー


 ユーリーは少し困ったような表情を浮かべて悩んだ後、名前を呼んだ。ユーリーに名前を呼ばれたフェリシーはまた一つ高鳴った胸の鼓動を抑えるように胸に手を当てる。


フェリシー:よろしいです。では、私はこれから聖女としての勤めがありますからしっかりと近くに居てくださいね


 のちに著名な絵師達によって描かれた聖女フェリシーの宗教画には聖女の傍らに立つ黒髪の天使の姿が必ず描かれていた。

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