後編
今年も海に来た。
毎年と違うのは、行きも帰りも親がいないということだ。
男という生き物は欲望に正直なようで水着姿の彼女の目のやり場に困るしつい、彼女を襲いたくなってしまう。
だが、ここは公共の場。
それだけが唯一理性のブレーキをかけてくれる。
「君は一体何を考えてるのかな~?」
「何だよ……別に何も考えてないよ」
「本当は?」
沙雪はわざと目を逸らす視界に入り込んできた。
悪戯好きな小悪魔紗雪ちゃんが胸等を強調しながら挑発してくる。
「本当のこと言ったらどうするの?」
「何もないけど……希望には答えてあげよっか?」
「いや……やめとく」
「いつもの隼太らしくないじゃん」
「いつもってなんだよ」
「いつもはいつもだよ。言ってみなよ、甘えたいんでしょ?」
「……うん」
「でも……ここじゃダメだねっ」
はやる気持ちを抑え殺し、海で楽しむことに全力で集中した。
体を全力で動かすことにより不純な考えを消し去ることが出来た。
その日は海の近くにあるホテルで一夜を過ごした。
しっかり休めたかというと……休めていない気はするがお互いの愛を深めることはできたと思う。
地元へ戻る前にもう一度海で遊んでから戻ることにした。
遊ぶと言っても水着に着替えてがっつり遊ぶわけではなく砂浜に♡マークを書いたりスマホで写真を撮ったりしてはしゃいだだけだ。
海の近くにあるお土産屋さんで初めておそろいの物を購入した。
お互いの誕生月の石をネックレスにしてイニシャルプレートのキーホルダーを取り付けてもらった。
沙雪の“S”、隼太の“S”、記念に購入したということも含め付き合い始めた日、4月15日も入れて“4/15.S,S”と刻印してもらった。
「えへへ、やっと恋人っぽくなったね~」
「やっとってなんだよ。もう3年目に突入するんだぞ?」
「だって~お揃いの物付けてると恋人っぽいじゃん」
「ごめんな。いままで」
「いいの! これから沢山思い出作ればいいんだから」
謝る僕に対して慰めてくれる紗雪が天使のような存在に思えた。
紗雪の手を握り毎年のように電車に乗って帰宅した。
その後はSNSなどで話したりしたが夏休みの課題がとてつもなく多く常に課題とにらめっこしていた。
あまり頻繁に紗雪とはやり取りしていなかったが夏休み終盤になると連絡をすることがない日もあった。
「もしもし」
『紗雪そっちに行ってない?』
夏休みも残り1週間という頃紗雪の母親から連絡があった。
3日前から沙雪は一人で海に行ったまま数日連絡が付かず何か知らないかと聞かれた。
もちろん何も知る訳もなく喧嘩をしている訳でもない。
自分からも連絡してみます、と紗雪母に伝え電話を切った。
電話を切り終えると同時に紗雪に電話をかけ始める。
呼び出しはするが電話には出ない。
10分、5分、3分と間を短くして電話をかけるが紗雪は電話に出ない。
居ても立っても居られなくなり紗雪がいるであろう海を目指して電車で向かった。
向かっている最中、SNSでメッセージを送ったりしてみるが既読が付くことは一度もなかった。
いつも行く海近くの駅に着くなり全力疾走で海に向かって走った。
海、海岸付近を全力で走って探し回った。
どんなに走っても沙雪の痕跡すら見つけることはできなかった。
もしかするといつも来ていた海とは違う海に行ったのだろうか?
だが、今から違う海を探しても埒が明かない。
とにかく今は可能性があるこの海を探し続けるしかない。
日が傾き完全に日没して月が頭の上に来るまで探し続けたが紗雪はおろか、紗雪につながる手がかりすら見つけることが出来なかった。
落ち込み海岸沿いで海を眺めていると話しかけてくる人物がいた。
「こんばんは~。お兄さんどうしたの?」
「あ、こんばんは……」
地域を周回しているのだろう、警察官の方だった。
「一人でどうしたの? お家帰らないの?」
「彼女が海に来てから連絡が付かないんです」
「彼女さんの特徴とか分かる?」
「えっと彼女の特徴は——」
僕は紗雪の特徴を事細かく説明した。
流石に服のことはわからなかったが身長やスマホで撮った写真などで顔の特徴を警察官に自分のわかることすべてを伝えた。
また、何かわかったら連絡するからと連絡先だけ警察官に伝え、今日帰る手段がないことを伝えると警察の方が宿を提供してくれた。
明日も朝から探そう、そんなことを考えながら目を閉じると疲れが溜まっていたのかすぐに眠りに就いてしまった。
翌日、警察官に起こされ目が覚めた。
「紗雪は? 紗雪は見つかったんですか?」
「彼女さん紗雪さんって言うんだね……確定じゃないけど一緒に来てもらってもいい?」
警察官の言葉が暗い雰囲気に包まれていた。
紗雪にもしものことが……とついつい考えてしまうがそんなことはないと自分で自分を洗脳する。
警察官に付いて歩き、1つの部屋の前で立ち止まった。
全く分からない僕は質問をした。
「ここってなんですか?」
「霊安室だよ。確認だけしてもらってもいいかな?」
警察官の声が少し重く感じられた。
人の形をしたものが見えないように布を被せられていてその中の一枚を顔が見えるように剥がしてくれた。
「これって彼女さん……かな?」
霊安室に置かれている台の上に仰向けで眠っていたのは僕が知る限り和泉紗雪だった。
今にも目を覚ましそうな感じで安らかに眠っているように見える。
ただ、彼女の手を握ってみると冷たいという点がいつもの紗雪と違う点だ。
体中の力が一気に抜けて膝から崩れ落ちた。
「ちょっと大丈夫!?」
膝から崩れ落ちたのを心配したのか警察官の方が声をかけてくれる。
「すみません、驚いてしまって。紗雪……僕の彼女でした」
「そうだったか。昨日特徴を聞いた時にあまりに一致する箇所が多かったから……なんと声を掛けたらいいか」
「彼女を発見して保管していただきありがとうございました」
「あ、あとこれ」
涙腺が崩壊寸前だったこともあり警察官を振り払おうと礼を言ったらパケ袋に入ったネックレスを渡してきた。
それには見覚えがあった。
空けてもいいかを確認して再度よく確認する。
そのネックレスには誕生石とイニシャルプレートに“4/15.S,S”が刻印してあった。
強く握りしめていると警察官の方が話しかけてきた。
「そのネックレスね、彼女さんが強く握りしめてたんだよ。きっと何か大切なものだったんじゃない?」
「……」
僕は言葉を返すことが出来なかった。
警察官の方は何かを察したのか僕を霊安室に紗雪と二人だけにしてくれた。
二人だけになった瞬間今までこらえていた涙が制御できなくなり滝のように溢れ出てきた。
「紗雪! なんで……なんで死んじゃったんだよ! まだまだ思い出作れてないじゃん、やり残したこといっぱいあるじゃん」
当然紗雪に話しかけても返事が返ってくることはない。
沙雪の冷たくなった手を少し強め握りしめる。
「いつになるかわからないけど免許取って毎年会いに来るから。きっと海で馬鹿みたいにはしゃいでるんだろ? せめて僕が海に行ったときは隣で笑ってくれよ。ネックレスはお母さんに聞いてどうするか決めるから。約束な、絶対会いに行くから!」
紗雪に届いているかはわからない。
けど僕の心の中に紗雪はずっと存在し続ける。
その紗雪と霊安室に眠っている紗雪との大事な毎年行う大事な約束だ。
僕にとってはそれこそが紗雪のお墓参りになるかもしれない。
「すみません。ありがとうございました」
「彼女さんとはお話しできたかい?」
「はい! ちょっとばかり約束をしてしまいましたがこれで僕も前に進むキッカケになると思います」
「よかった。後は大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
とはいっても未成年者だったため家まで警察官の方に送ってもらえることになった。
紗雪の家についてお母さんに警察官の方と一緒に話をした時お母さんは泣き崩れていた。
当然だろう。
最愛の娘がこのような形で急にお別れとなってしまったとなると誰だってこうなるはずだ。
沙雪のお母さんが一旦落ち着いてからネックレスのことを説明してどうしたらいいかと聞いたら、それは隼太君が大事に持ってて。きっと紗雪も同じこと思ってるから、と強く言われてしまった。
紗雪はきっとお母さんに僕の事を沢山話していたんだろう。
だからこそネックレスを渡してくれたんだと思う。
その後のことは詳しく覚えてない。
紗雪がいなくなってしまったという現実を心が……僕自身が受け入れたくなかったんだと思う。
紗雪のお通夜、火葬、骨上げ、お葬式に参加させてもらった。
お葬式だけ参加することになるだろうなと思っていたが紗雪のお母さんにどうしても最後まで隣にいてあげて、と言われて断ることはできなかった。
僕と同じくらいか少し小さいくらいの元気な少女がこの骨壺に収まっているそう考えると不思議で仕方がなかった。
全ての式を無事に終え次は四十九日法要で集まることになった。
紗雪がいなくなってからしばらくは学校に行けなかった。
いや、行けなかったが正解かもしれない。
四十九日が終わってから久しぶりに登校したらみんなから心配する声がかかったがとても対応できるほど心が回復していなかったので塩対応になってしまっていたと思う。
友人から聞くと常に放心状態だったらしい。
学校を卒業してからゆっくりと自動車学校に通い無事に免許を取得することが出来た。
紗雪との約束。
紗雪のネックレスを僕のネックレスと一緒に付けて免許を取得した。
きっと紗雪も喜んでくれていると思う……喜んでいてほしいな。
△△△△△△△△△△
「紗雪」
海に向かってボソッと呟く。
当然返答が返ってくるはずもない、だけど僕は続けて喋った。
「そっちではどうだい? 僕は変わらず一応元気にやってるよ。バイトで何とか繋いでたけどやっと内定がもらえて来月から正社員として頑張るんだ。あ、お母さんから手紙貰ったよ。“20になったら読んで”っていう手紙。私のことお嫁さんにして幸せにしてね、って書いてあったけど叶えられなくてごめん。でも紗雪のことは忘れられないし、僕の心の中にいるよ。これからもずっとずっと一緒にいようね」
傍から見たら海に向かってぼそぼそ言っている完全にヤバい奴だろう。
だけど、紗雪と唯一会えるのがこの場所しかない気がするんだ。
一瞬強い潮風が僕を襲った。
その時、隣で彼女がほほ笑んだ気がした。
「また、来年来るよ。この後はお墓参りに行くから」
車に乗り込み紗雪が眠るお墓に向かって車を走らせた。
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