三股されたらなぜか義妹が甘やかしてくるんですが。
「お義兄ちゃん、三股されたって聞きましたが大丈夫ですか?」
ソファに座ってぼんやりとしていた俺ーー早乙女楓に、義妹の音葉が話しかけてくる。最近話していなかったのに珍しい。
……ってなんで三股されたことを知ってるんだ。
俺しか知らないはずのことをなぜか知っている義妹に驚きながらも頷く。
「おう、大丈夫だよ。多分」
「うん、大丈夫じゃない人の反応ですね」
表情を一切変えずにそうバッサリ切る。いや、お義兄ちゃんの話聞こうね、確かに大丈夫じゃないけどさ! 三股されて大丈夫なほど硬いメンタルは生憎持ち合わせていない。
そんなツッコミを心の中でしていると、音葉がわざわざ目の前に来た。
「どうかし……っ!?」
突如目の前が真っ暗になる。えっ、なに!?
慌てていると頭上から声が降って来た。
「大丈夫じゃない時はそう言ってください。家族なのですから」
柔らかい感触に包まれて聞こえる優しい声。俺はようやく、音葉に抱きしめられていることに気付いた。
「音葉……」
「お義兄ちゃんが言ってくれたことではありませんか?」
「いや、でも……」
「いやでもあれでもそれでもあそこでもなんでもダメなのですっ!」
早口言葉かよっ!
ツッコミたくなるが、両手を俺の肩に置いて少し離れた音葉を見上げるとその真剣な瞳に思わず息を呑む。
「私は怒ってます! お義兄ちゃんの見る目のなさに!」
「っ!?」
「だから、これからしばらく側についているのでそのつもりで!」
「は、はいっ!」
ハッとした時には遅かった。そもそもこの一個下の義妹、すごく可愛くて学校のアイドルなのだ。美しいストレートの黒髪に、真っ白な肌、笑うとできるえくぼ、艶々の唇。誰が見ても美少女としか言えない音葉と一緒にいたら俺が誰かに逆恨みされそう……。
だが、音葉の目を見ると黙らざるを得なかった。瞳の奥に心配の色が浮かんでるのに気づいてしまったから。
こうして、なぜか義妹に付きまとわれる生活が幕を開けたのだった。
***
翌日。
「お義兄ちゃん、おはようございます!」
ぼんやりと意識が浮上する。どこか遠くから可愛らしい声が聞こえてくる。
「ん、んっ……」
「寝ぼけてないで起きてください」
「うん……」
音葉の声可愛いなぁ……夢かなぁ……
「起きないのでしたらイタズラしちゃいますよ? えいっ」
んっ? なんか頬をつままれてる……?
「ん〜」
「むにむにむに……はっ、こんなことしてる場合じゃなかった……!」
ん〜、もしかして現実、かな……?
「起きてくださいお義兄ちゃん。早く起きないと遅刻しちゃいますよ!」
「はっ!? 遅刻!?」
遅刻という言葉に飛び起きる。遅刻だけは絶対しないって決めてるんだっ……!
え、ただのエゴですが何か?
「おはようございます、お義兄ちゃん」
「お、おはよう、今何時?」
にっこりと笑う音葉に嫌な予感がする。
果たして……。
「今、七時半です」
「何だぁ……全然問題ないじゃんか」
思わずベッドに倒れこむ。まだ家出るまで30分近くある。遅刻するよ? って言葉は俺を起こすための嘘だったらしい。
「もう少し寝かせて……」
「ダメです、お義兄ちゃんは今からイメチェンするのです」
「い、イメチェン?」
「お義兄ちゃん、せっかくかっこいいのに髪型のせいで台無しになってるのです。だからそれを直しましょう!」
「そんな必要は……」
「しますよね?」
圧が……。可愛い笑顔を浮かべているのにめっちゃ怖い。
「は、はい……」
「はーい、じゃあ下で待ってますね♪」
軽やかな足取りで部屋から出て行く音葉を見送るとため息をつく。
「確かに髪長いけど、このままでいいんだよなぁ……」
俺の呟きは誰に聞かれるともなく部屋の隅に消えていった。
***
「これが……俺?」
「はい! いつも以上にずっとずっとかっこいいです!」
音葉に髪をいじられること十五分。俺は鏡を見て呆けていた。
前髪を少し切ってワックスで髪をあげただけなのに、鏡に映る俺はいつもと全然違くて。
「お義兄ちゃんはかっこいいのですから自覚持ってくださいね!」
「お、おう、でも……」
「くれぐれも、女の子に親切にしちゃダメですからね!」
「え、えっと……」
「今のお義兄ちゃんが女の子に親切にしたら女の子はイチコロですから!」
「んなわけないだろっ!」
思わずつっこむ。この義妹はなぜか俺のことを過大評価しているが、俺は所詮ただの陰キャ。髪型が少し変わったところで周りの目が変わるとも思えない。
「お義兄ちゃんは義妹のこと、信用できないんですか?」
悲しそうに聞いてくる音葉に何も言えなくなる。
可愛いんだよちくしょー!
「わかったわかった。親切にしないよう気をつけるよ」
「はい!」
パァっと笑顔になる音葉。うん、お義兄ちゃんは義妹が笑顔だったらなんだっていいみたいだ。
内心でシスコンを爆発させながら無表情を保つのはなかなか難しいことを学んだ朝だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、危なかったぁ」
「ふぅ……間に合ってよかったです……」
三十分後。俺たちは高校の下駄箱の前でゼェゼェと息を吐いていた。
思ったより髪のセットに時間をかけてしまったらしい。断じて、断じて! 音葉とのおしゃべりが楽しすぎて遅刻しそうになったわけではない。
髪をセットした後、音葉が作ってくれたフレンチトースト(塩味)を頑張って食べ、家から十分の距離にある学校に猛ダッシュして五分で到着した俺らは、授業始まりの三分前ということにホッとしながら息を整えていた。
「じゃー、後でな」
音葉は一年、俺は二年だから教室が違う。手を振って別れようとした時だった。
「お義兄ちゃん!」
「う、うん?」
唐突に呼ばれて振り返る。と、音葉がモゴモゴとしていた。
「ほ、放課後……い、一緒に……」
珍しく緊張している様子の音葉。だが、かすかに聞き取った言葉で何が言いたいか察した俺は思わず笑みを浮かべる。
「帰りも一緒に帰るか?」
「……っ!? はいっ!」
俺の言葉に音葉が花が咲いたような笑みを浮かべた。その笑顔に思わず目を奪われる。
そういえば、音葉が高校に入ってから、気づいたら俺たちはほとんど話さなくなっていた。
昔は、義理の兄妹とは思えないほど仲が良かったのに、目が合うことすら減り、言葉を交わすのも一日一回あるかないか。だから気づかなかったが、髪も伸び、おしゃれに制服を着こなしている彼女は大人の色気を漂わせるようになっていた。
それこそ、兄である俺ですら魅入ってしまうほど。
「はぁ、義妹に対して何考えてるんだ俺は……」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
思わず心の声が漏れてしまってらしい。不思議そうな表情を浮かべる音葉に首を振ってごまかす。
「じゃあ、放課後、正門の前でな」
「うんっ! また後で!」
元気よく頷く音葉に苦笑すると、俺は今度こそ音葉に背を向けた。
***
「セーフ……ってどうしたんだ? なんか教室が変だが……」
急いで教室に入り席に着くと、なぜか教室がざわついていた。しかも心なしかチラチラ見られているような……
隣の席の男子に聞くと、そいつが固まったように見えた。
「うん? 大丈夫か?」
「あ、あぁ、早乙女、だよな……?」
「ん? あぁ、髪型変えたからわかんなくて混乱してたのか」
納得する。確かにこの髪型じゃ俺とわからない。
「いや、そういうことじゃ……」
「おはよう、全員揃ってるなー」
そいつが何か言おうとした直後に担任が入ってくる。何を言おうとしていたのか気になるが結局聞けずじまいになってしまった。
この学校はHRがない。すぐに授業が始まった。
学校指定のバッグから教科書を取り出す。と、一冊の可愛らしいノートが教科書の間から滑り落ちた。
「あぁ、これも持ってきたんだっけ」
思わず遠い目をしながらノートを拾い上げる。これぞ俺が三股された証拠のノート。見た目はただの可愛らしいノートなのに中は闇だぞ、トホホ……。
と、ふざけた妄想ができるくらい俺はすっかり元気になっていた。昨日は確かに落ち込んでいたが、あの後、音葉にデレデレに甘やかされて落ち込む時間がなかったのだ。
「昔はあんなに引っ込み思案で話し下手だったのにな……」
思わず昔の音葉を思い出す。家に来たばかりの頃の音葉は本当に話さない子だった。
そんなことを考えながら拾ったノートをパラパラーっとめくり、適当なところで止める。内容を読みながら思わずため息が出た。
「はぁ……、何度見てもやばいよなこれ……」
そこには……
『八月十二日(土) 今日は彼氏③と映画に行った。わざわざホラー映画を選んで怖がっているフリをして腕に抱きついたら、わかりやすくデレっとした。私が陰キャなんて好きになるわけないのにね♪』
「あれ演技だったのかー、確かに俺は陰キャだけどさ……」
思わず遠い目になる。とても身に覚えがある、ありまくる。しかし、それが問題なのではない、いや、これも問題ではあるがもっとひどい問題があった。
続きに目を通す。
『お昼に③と別れた後、①とフレンチのお店でランチをした。当たり前だけど向こうのおごり。美味しかった♡
①は足が速くて女子にもてはやされてるけど、私の魅力にはイチコロみたい』
「うわー、ないわー。しかも誰かわかるのがなぁ……女子がこれ見たら絶対やばいだろ……」
呆れた声しか出ない。だが、ノートはさらに続く。
『暑苦しいタイプの①とはランチだけで別れて、②に会った。読者モデルをしているだけあっていつも服装はいい。でも、自意識過剰すぎて無理だわー、いくら買ってもらえるからってあいつが選んだ服を着ようとは思わない』
「救いようがないな……しかもこれまた誰かわかるぞ……」
足が速くて女子にモテはやされているやつも、読者モデルをやっていて女子から大人気のやつもこの学校には1人ずつしかいない。必然的に誰かわかるというもの。
こんな風に言っていることがバレれば、あいつ絶対に女子から総バッシング食らうだろ……
「……とめ、……おとめ、早乙女!」
「は、はいっ!」
担任に呼ばれてびっくりする。周りを見るとなぜか笑われていて首をかしげるしかない。
担任がこほん、と咳払いをした。
「可愛いノートに見入ってないで集中しろ。何回当てたと思ってる」
「あ……。すいません」
またクラスに笑いが起こる。なるほど、俺が可愛いノートを持っていることを笑われていたのか。まぁ、確かにこんな可愛い水玉のノートを持っているキャラではないな、うん。
「あー喋ると早乙女だってわかるな」
「髪型変えてきたからびっくりしたけど変わんないね〜」
「でも素顔あんなにかっこよかったんだね」
てか、なんかクラスメイトからよくわからないこと言われてるし。確かに変わったが、かっこよくはないと思う。まあどうでもいいか。
そんなことを考えながら、俺はノートをそそくさと仕舞い、授業に集中したのだった。
え? もちろん寝たけどね。
***
お昼休み。
「お義兄ちゃん! 一緒にお弁当食べませんか?」
『はっ!?』
クラスに音葉が訪ねてきていた。初めてのことに驚かざるを得ない。同時にクラスが朝の比にならないほどざわめく。
可愛すぎる音葉は校内で有名だったし、反対に俺の義妹であることはこれまで内緒にしてきたからだ。
ざわめきの中には、俺がお義兄ちゃんと呼ばれていることに驚く声がかなりたくさん混じっていた。
「音葉!? クラスの方はいいのか?」
「大丈夫ですよ。ちょっとくらい平気です。それより私はお義兄ちゃんとお弁当食べたいです!」
「お、おう、じゃー屋上でも行くか」
「はいっ!」
2人で並んで廊下を歩く。すれ違う人がみんな俺たちを見ているような気がして気疲れする。
「音葉はいつもこんなに見られながら歩いてるんだな」
「うーん、今日はいつもより多いですよ? お義兄ちゃんも一緒にいるから」
「俺は関係ないだろ」
「ふふっ、お義兄ちゃんってそういうところ鈍感ですよね」
よくわからないことを言われる。今日はみんないつもと違くてなんか混乱するなぁ……。
屋上に着くと、澄んだ青空が広がっていた。
「んー、気持ちいいですね!」
「そうだな」
ベンチに並んで座りお弁当を開ける。と、さっと卵焼きを差し出された。
「ん?」
「はい、あーんしてください」
「っ!?」
え、と差し出された卵焼きと音葉の顔を交互に見る。
こ、これが世の中の男子全員が憧れる『あーん』というやつかっ……!?
テンパっていると、音葉が小さく呟く。
「は、早く食べてくれないと私が食べれません……」
「あ、ごめん」
そうだよな、俺が慌ててどうするんだ……これは兄妹のスキンシップ、ただそれだけだ……!
ゴクリ、と唾を呑む。そして意を決して口を開いた。
「はい、あーん」
「むぐっ……」
甘さが口に広がる。甘い卵焼きは俺の大好物だ。
思わず笑みが浮かぶ。
「ありがとう、美味しい」
「良かったです」
音葉が可愛らしい笑みを浮かべる。あー可愛いっ!
と、あることに気づく。
「音葉、顔真っ赤だけど大丈夫?」
「そ、それは……大丈夫です、なんでもないです!」
「お、おう、それならいいけど……」
強く否定されて思わず黙る。
もしかして音葉も緊張していたのか?
じーっと見つめると、ふいっと顔をそらされる。
「べ、別に……」
「音葉は本当に可愛いなぁ」
気がついたら思わず撫でていた。うん、めっちゃサラサラで触り心地がすごくいい。
「むぅ、義妹としてじゃなくて女の子として見てほしいのにな……」
撫でるのに夢中になっていた俺は音葉のその呟きに気がつかなかった。
***
まぁそんなハプニング(?)がありながらも無事お昼が終わり、午後の授業を寝て過ごし、放課後。
「音葉が待っているし、早く終わらせるか」
荷物を持ってパッと教室を出て行こうとした時だった。
「楓、今日の君、いつもと違うね」
呼び止められる。待とうか、今一番聞きたくない奴の声が聞こえた気がするんだが。
ギギギ、と振り返るとそこには……。
爽やかな笑顔を浮かべるスタイルの良い男……あのノートの持ち主的にいうと『彼氏②』がいた。
顔を引きつらせながら答える。
「お、おう、そうか?」
「あぁ、明るい感じがする。そっちの方がいいよ」
思わず髪に手を当ててしまう。こっちの方がやっぱいいのか。音葉すごい。
「彼女でもできた?」
「はっ!?」
意味わからん、むしろ今から振りに行くんだが。
「あははははっ!」
よっぽど怪訝な表情を浮かべていたのだろう、②が声を立てて笑い出す。いや、こえぇよ。
俺が若干引いていると、そいつが笑いながら言う。
「あぁ、ごめんね、顔が面白くてさ。何だ違うのか」
「ああ、全然違う」
「そっか〜、まぁすぐできると思うけどね君なら」
こいつ何で知ったような口聞いてくるんだ? 陽キャのトップと陰キャの俺、接点なんてクラスメートであることくらいなんだが。
「いや、俺顔も性格も良くないし一生独身だと思うが」
「はっ?」
そいつが不思議そうな表情になる。いや、何でそこで不思議に思うんだよ。陰キャの俺に彼女なんてできるわけないだろ。
だが、そんな内心とは裏腹にそいつはやれやれ、といった様子でため息をつく。
……手の動きがうざいと言うのをぐっと堪えた俺、偉いと思う。
「まぁいいや、僕が言うことじゃないしね。そこらへんは人気モデルの妹さんにでも聞きなよ」
「はっ!?」
今、こいつなんて言った? モデル……? 音葉が……?
「すまん、俺の耳がおかしくなったのかもしれん、もう一回言ってくれ」
「え、だから、僕が言うことじゃないから、人気モデルの妹さんにでも聞いたら、って……」
「……おっふ」
知らなかったよ、うん、音葉さん人気モデルなんですか、へー。
思わず遠い目になる。そりゃ歩くたびにあんなに見られるよね、うん。
テレビとかネットとか、そういうものに疎いせいで全然知らなかった。
「君、お兄ちゃんならもうちょっと妹のこと気にしてあげなよ……」
「はい、おっしゃる通りです……」
と、少し落ち込んだところで彼氏②とは別れて、昼と同じく屋上に再度向かった。
え、彼女が三股していることを言わないのかって? 言わないな、俺から言ったところで信じないだろうし。
屋上に着くと、呼び出した相手はすでに待っていた。その相手は俺を見た瞬間、驚いた表情になった。
「っ!? 髪型変えたんだね」
「あぁ」
「似合ってる。で、どうしたの? 急に呼び出したりして」
待ち人ーー早瀬玲奈は驚きの表情から一転、俺に向かって綺麗な笑みを浮かべた。
だが、俺はその笑みが偽物であることを知っている。
「ごめん、渡したいものがあって」
「渡したいもの?」
だから俺はすぐに本題に入った。この女と一緒にいたくなかったから。
かばんからあのノートを取り出す。その瞬間、彼女の瞳が動揺で揺れたのを俺は見逃さなかった。
そう、彼女こそがあのノートの持ち主なのだ。つまり俺の彼女。
ふわふわな茶髪に、おしゃれに着崩した制服、派手すぎないメイク。美人ゆえに高嶺の花と呼ばれる彼女は笑みを消して無表情になっていた。
「これ、玲奈のだよね」
「……」
黙ってしまった彼女に向かってノートをひらひらと振る。やがて彼女は諦めたようにため息をついた。
「それ、なんであんたが持ってんの?」
「廊下に落ちてたぞ」
「はぁ、やらかしたわね……それで中を見ちゃった、と」
「あぁ。お前がこんなやつだなんて思わなかった」
「まぁ、ね。そもそも私みたいな可愛い子が何の打算もなしにあんたなんかと付き合うわけないでしょ」
俺は絶句する。予想はついていたが、それでもまさか一切悪びれもせずにこんなことを言うとは思っていなかった。
言葉を発せない俺を尻目に彼女は言葉を続ける。
「むしろ、あんたは私と付き合えたことを光栄に思うべきで、私が非難されるいわれはないと思うんだけど、違う?」
「……お前って本当に最低だな」
「何とでも言えばいいじゃない。髪型変えたって所詮あんたは陰キャで、私みたいな可愛い子とは一生付き合えないんだからいい経験できたでしょ? むしろ、私の方があんたみたいなつまらないやつに付き合ってあげたんだから謝礼金もらいたいくらいよ」
「はっ、お前みたいなやつを好きになった俺の見る目のなさにほんと呆れるよ」
思わず苦笑する。
告白された時、本当に嬉しかった。俺みたいなやつでも好きになってくれる人がいるんだって。しかもそれが高嶺の花である早瀬で舞い上がった。
でも……
「全部、嘘だったんだな」
「そうね、あんたのことを好きだったことなんて一瞬たりともないわね。私はただ、将来女優になるためにあんたたちを練習台に使っただけ」
キッパリ言われてむしろ清々しい。もう、俺の中に未練はなかった。
早瀬に向かってノートを投げて渡す。
「これは返すよ。今後俺とは一切関わらないでくれ」
「当たり前。誰が好き好んであんたなんかと関わるもんですか」
「はっ、利用するためとはいえ告白してきたのはそっちだろうに」
「バレたら用はないわよ。むしろあんたの方こそ、このことバラしたら学校にいれなくしてやるから」
いじめっ子のセリフにしか思えない言葉に思わず無表情になる。
言い返そうとしたその時だった。
「ん?」
唐突に下、正門の方から騒がしい音が聞こえてきた。
「誰か喚いてる……?」
「あぁ、またアホな男があの子に手を出したみたいね」
早瀬は何が起こっているか察したらしい。呆れた表情を浮かべている。
俺は嫌な予感がした。正門といえば音葉と待ち合わせしている場所。
果たして。
「マジかっ!?」
必死に目をこらすと、音葉が誰か男に絡まれている様子が遠目にもはっきりと見えた。
「くそっ、1人にするんじゃなかった……!」
俺は思わず駆け出していた。一刻も早く音葉のそばに行かなければ。
「ちょっ、どうしたの!?」
早瀬が驚いたように声を上げるが無視する。話している時間はない。
俺は脇目も振らず正門に向かってダッシュした。
「まさか……!?」
早瀬が背後でそう呟いていることも知らずに。
***
「音葉……!」
「お義兄ちゃん……!」
正門に駆けつけた時、音葉は1人の男に腕を掴まれていた。そこに強引に割り込み男の腕を掴む。
「俺の義妹に触らないでもらえます?」
「痛い痛い痛い!!!」
腕を捻ると男はあっけなく音葉の腕を離し、地面にうずくまった。
「音葉大丈夫か!? 怪我してない?」
「大丈夫です、お義兄ちゃんが助けてくれたので……」
怖かっただろうに、笑みを浮かべる音葉に胸が一杯になる。
「ごめんな1人で待たせて。こんなことになるなら1人にしなければよかった……」
「そんな、ちょっとナンパされただけですから。慣れてますし」
「慣れてるって……」
言葉を失う。音葉が人気アイドルであるという事実を突きつけられたようで、知らなかったことを後悔する。
だからだろうか、俺は思わず音葉を抱き寄せていた。
「これからは俺が守ってやるから我慢なんかするな」
「っ……! はいっ!」
華奢な身体は俺を不安にさせる。だが、明るい声音が少しだけ俺をホッとさせた。抱きしめていた腕を解くと、音葉の目を覗き込む。
「とりあえず、帰ろうか?」
「はい!」
元気な返事に自然と笑みが浮かぶ。
俺たちは騒ぎを聞いて駆けつけてきた先生にうずくまっている男を引き渡し、帰途についたのだった。
帰り道、俺と音葉は話していなかった半年を埋めるかのようにたくさんの話をした。
モデルのこと。
学校のこと。
新しくできた友達のこと。
話の中で、中学の時よりも確実に成長している音葉を垣間見て嬉しくなる。
と、そんな時だった。不意に声をかけられる。
「ねぇあなた、早乙女音葉さん、よね?」
ずっと話していたから気づかなかったのだろう。目の前に、さっき別れたばかりの早瀬玲奈が立っていた。まさかのことに驚く。
「早瀬!? お前……」
「あなたは早瀬玲奈さんですよね? 私に何のご用でしょうか?」
出かけた言葉を音葉に遮られる。普段の音葉からは考えられない冷たい声音に俺は思わず身震いした。
しかし音葉の様子に気づいていないのか、早瀬が笑みを浮かべる。
「あなた、楓くんの妹さんなのよね? なら、私をあなたの事務所に紹介してくれないかしら?」
「はっ!?」
「なんででしょうか。あなたを紹介して私になんのメリットがあると?」
「私は楓くん……あなたのお兄さんの彼女なの。あなたにとって将来の義姉なのだから、多少便宜を図ってくれてもいいと思うんだけど」
ありえない言い分に開いた口が塞がらない。そもそもさっき「誰が好き好んであんたなんかと関わるもんですか」って言ってたよな!?
「はぁ!? 何を……!」
「お義兄ちゃんは黙っててください!」
「あ、はい」
思わずキレそうになるが、音葉に制されて黙るしかない。ここは音葉に任せることにした。
「あなた、兄の『元』カノですよね? しかも三股してたって聞きました。そんな人を紹介できるわけないでしょう?」
思わず黙る早瀬。そうか、俺がさっき音葉のところに駆けつけたことで、俺らが兄妹であるということに気がついたのだろう。苗字は一緒のわけだし、もし抱きしめていたところを見ていたのなら確かに気づいてもおかしくない。
女優になりたい早瀬は、俺の彼女という立場を使って音葉に近づき事務所に入ろうとしたのだろう。
まぁ、すでに別れてるんだけど。
「……知っていたのね。三股されたなんてプライドに関わるからてっきり言ってないかと思ったのだけど」
「別にあなたのような人間に三股されたところでプライドに傷一つつきませんよ」
おぉ、音葉がざっくり切り捨てる。早瀬が顔をしかめた。
「まぁ、ただ、私から見てあなたは美人で、三股を隠し通せるだけの演技力もあって女優に向いているように見えます。なので……」
音葉の思わせぶりな言葉に早瀬が目を輝かせる。
音葉が静かに笑みを浮かべた。
「あなたが兄に誠心誠意謝って許してもらえたら紹介しましょう」
「わかったわ!」
「へっ!?」
思わず変な声が出る。え、ど、どういうことですか音葉さん……!?
戸惑っているうちに早瀬が駆け寄ってくる。
「楓! あなたを深く傷つけたこと、反省しています。本当にごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる彼女。綺麗なつむじを眺めながら俺はおろおろするしかない。
これで許してあげるべきなんだろうか……?
思わず音葉の方を見ると、音葉は俺に任せるというふうに頷いていた。
任されたくなかった……。
だが、俺は少し考えると意を決して口を開いた。
「早瀬、俺はお前を許せないよ」
俺の言葉に、顔を上げた早瀬が信じられないというような表情を浮かべる。
「ひどい……こんなに謝ってるのに……」
「お前は本当に悪いとは思ってないだろ。ただ事務所に入りたいだけ。そのために俺に許してもらって音葉にすがろうとしているだけ。それで許すわけないだろ」
「……」
「それに、お前は自己中心的すぎる。周りの人間のことを一切考えていない。そんな奴が音葉と同じ事務所に入るなんて俺は許せないから」
早瀬が顔を歪めて唇を噛む。
「陰キャのくせして……」
「お義兄ちゃんは確かに陰キャかもしれませんが、優しくて、強い人です。人としてとして最低限持っていなければいけない思いやりの心すら持っていないあなたがバカにしていい存在ではありません」
お、音葉……? そ、そんなにはっきり言うタイプだったなんてお義兄ちゃん知らないよ……?
早瀬以上に俺が音葉の様子にびっくりしていると、唐突に早瀬が叫ぶ。
「……わかったわよ! あんたなんかに頼った私がバカだったわ! 私の頼みを断ったこと、絶対後悔させてやるんだから!」
そう吐き捨てると走り去っていった。
「なんだったんだ、あいつは……」
俺は思わず呆然とする。あんなに情緒不安定な奴だなんて思っていなかったから驚くしかない。
と、袖を引っ張られて音葉を見る。
「あの、怖かった、ですか……? 失望、しましたか……?」
目に不安の色を浮かべて音葉が俺を見つめてくる。
その様子に思わず吹き出した。
「まさか! 確かにびっくりしたけど、音葉がああやって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「良かったです」
ホッとしたような表情を浮かべる音葉に向かって俺は笑みを浮かべる
と、その時、ずっと疑問に思ってたことを思い出した。
「そういえばさ、音葉はなんで俺が三股されたって知ってたの?」
「あっ、それは……」
そう、なぜ俺しか知らないはずのことを音葉が知っていたのか。ずっと不思議だったのだ。
俺の質問にモジモジしている音葉を見て首をかしげる。
「の、ノートを見ちゃった、ので……ごめんなさい」
「そういうことだったのか。気にしなくていいよ」
確かに昨日は無防備にノートを俺の机の上に広げたまま置いていたから、それを見たのだろう。
だが……。
「あれ、部屋に来るなんて俺に用でもあったのか?」
「あ、いや、お義兄ちゃんの様子が変だったからなんかあったのかと思って……」
思わぬ返答に目を見張る。
「俺のこと、心配してくれたのか」
「当たり前です! お義兄ちゃんは、お義兄ちゃんは私の……」
「私の?」
「私の……」
どんどん顔が赤くなっていく様子に俺は首をかしげる。
「私の、なに?」
俺の質問に音葉は目をつぶって叫ぶように答えた。
「私の大好きな人だから!」
まさかの言葉に今度は俺が赤くなる。
「え、えっと、義兄として?」
「違います! 男性として! 好きなんです!」
吹っ切れたように告げる音葉に俺はどう言えばいいのかわからなくて、思わず黙ってしまう。
「お義兄ちゃんが私のことを義妹としか思っていないことは知っています。ですが、私はずっと前からお義兄ちゃんのことが好きなんです!」
「な、なんで?」
「そ、それは……」
俺はゴクリと唾を呑む。
「私が家に来たばかりの頃、人見知りでなかなか馴染めなかった私にお義兄ちゃんが『家族なんだから頼って。俺はずっとそばにいるから』って言ってくれたことが嬉しくて……」
「そんな前から!?」
まさかのカミングアウトに驚く。だが、その一言で音葉がさらに真っ赤になってしまった。
そして……
「ん〜〜〜〜! もう、言わせないでくださいっ! お義兄ちゃんのバカ!!」
「ちょ、え、ま、待って!?」
音葉が恥ずかしくなったのか、1人で走り出してしまったのを慌てて追いかける。
「お義兄ちゃんのバカ〜〜〜〜!!!」
「え、し、知らないよ!?」
理不尽すぎない!?
と、俺の言葉に音葉が少し先で立ち止まって振り返る。彼女の真剣な眼差しが俺を射抜いた。
どきん、と心臓が音を立てる。
「ぜっっっっったい振り向かせてみせるんだから!!」
「っ!?」
そう叫ぶと、また走り出してしまう。
「ちょっ、どういうことぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?」
俺の叫びが澄んだ青空に響き渡ったのだった。
読んでくださりありがとうございました!
音葉のような義妹が欲しいなぁ、と思いながら書いた渾身の一作です!
もし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです!
感想もお待ちしております!
また、1月24日から異世界ファンタジーの投稿を始めました。ぜひそちらも読んでいただけると嬉しいです!
「元最強執事の迷宮攻略記〈ダンジョン・ノート〉〜転職したら悠々自適な冒険者ライフを……迎えられなかった!?〜」
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