妄想の帝国 その56 人間じゃなくてもいいでしょう宣言
ニホン国では、とある象徴一家の娘の結婚の際、無関係な国民からの暴言が多々あり、ひどくショックを受けていた。それをみた祖父はある決意を…
昼はまだ暑さも厳しいが、朝夕涼しくなってきたニホン国某邸。侍従長が主に祝いの言葉を述べていた。
「陛下、お孫様のご結婚おめでとうございます。しかし、なんですな、その、世間の評判が」
「そのことですが、ひどい中傷に私も心を痛めました。確かに義理の母になる人に問題があるのかもしれません。しかし、あの子は公の場を離れ、一般の人になるのです。しかも結婚の際にもらえるはずのお金まで辞退しているというのに、あれはどうかと」
「宮様はかなりのショックを受けられたとか。無責任に批判する者たちが多いのは事実ですが、やはりお立場を考えますと」
「あの子はそのような立場を降り、外国に行くのですけれど。それでもあのように言われなければならないのでしょうか。想う相手と静かに暮らす、それすら許されないということなのでしょうか。そもそも女性で結婚となれば自動的に、そのような立場でなくなるというのが今の制度ではありませんか」
「それはそうなっておりますが
「思えば、私の伴侶も息子たちの伴侶も、結婚の際にそのような中傷を受け、その後も何かにつけて様々なことを言い立てられています」
「マスコミ各社にはその、重々注意」
「注意したとしても、無駄なのでしょう。国民が私たちの生活を知りたがるのは当然とのことですから。ですので、私もよくよく考えました。要は私たちが象徴そのものになればよいのでしょう」
「あのう、陛下、それはどういう…」
「むろん、今のままではそのようなことは無理でしょう。私が位を降りたのは年齢によるものですし、このままでは確実に老いて何もできなくなります。しかし、現在の科学技術よって、最盛期の私たちの姿を模した体をつくり、精神を移植するのは可能ではないかと思いまして」
「は?」
「つまりは、国民が理想とした象徴夫妻とその一族のままの姿になるのです。皮膚まで人間そっくりにつくられたロボットがあると聞きます。また意識をコンピューターに移す技術も。それらによって、私たち一族の姿を模した体で国民の望む理想のふるまいをするようにプログラムすればよいのではと」
「な、何をおっしゃっているのです、それでは、伝統が、歴史が」
「そうはいいますが、一族の歴史は何度か途切れています。ほとんどの伝統が首都をこちらに移してから生まれたもの。それに国民と同じ人間であり、そうであると言っているのに、それを許さないのは国民の方ではありませんか?」
「そ、そのような輩はごく一部かと」
「それに後継者問題も解決します。何しろ半永久的に同じ姿を保てるのですから、次の象徴は必要なくなる。孫や息子たちが悩むこともなくなります」
「そ、その、まさかご一家全員がそのような」
「そうですねえ。そこまではする必要ないかもしれませんね。息子が位を降りるとき、私が適切な処置を施した体で交代すればよいのですから。息子や孫たちは一般人として、しばりにとらわれずに生き、私や残った老齢の一族が新たな身体で勤めを果たせば、問題はありませんね」
「お、大有りではありませんか!ご一家がロボットなどと、その、ニホン国では」
「しかし、人間としてふるまえば、誹謗中傷を受ける。神やそのような存在でも、もちろんありませんし。となると、そのようなモノにでもなるしかありますまい」
「そ、そんな」
「ほかの国々では、位を降りてまでこのような目にあいませんし、庶民的といわれる振る舞いにここまでひどく言われません。英国などでは会社を経営する方もいらっしゃるではありませんか。私どもは好きなテレビ番組を公言することもできない。国民の理想とするありかたしか振舞うことは許されないのなら人形のようなロボットのような存在でよいではありませんか。感情などなく、決められたとおりに行動しなければ許されない、のですから」
主の言うことがあまりにその通り過ぎて反論が思いつかず、悩みぬいた侍従長は
「うーん、うーん、…」
考えすぎて倒れてしまった。
「おやおや、大丈夫でしょうか。誰か呼ばなければなりませんね。…やはり、この考えはわかりにくいのかもしれませんね、いっそ宣言でもした方がよろしいのでしょうか。ああそうだ、今度は“人間じゃなくてもいいでしょう宣言”などはどうでしょうかね。子供たちにも実にわかりやすい」
他の使用人に倒れた侍従長を運ばせるため、主はつぶやきながら部屋を出ていった。
世界には王室だのの類が多々あるようですが、身一つで位をおりるというのにここまでケチをつけられる国というのはそんなにあるんでしょうかねえ。存続してほしいなら、もう少し配慮したほうがいいのではないのでしょうか。