幻の花
上半身を起こして女の方を見る。
風が勢いよく吹き、白い花びらが舞い上がる。甘い風が辺りを包む。
シゲールの白い髪がきらめき、女の黒い髪が髪が艶やかに光る。
まるで、光と闇のように。
舞い散る花弁の中、二人は見つめあった。
月明かりが優しく二人を照らす。
「この花は、危険な花なの」
「何故?こんなに綺麗なのに」
シゲールは近くにあった花を一輪摘み、ジッと見つめる。
白い5枚の花びらは絹の様になめらかで、香りはなんと例えていいかわからないくらい甘やかな香。
一度嗅いだら忘れられない。
女はシゲールの横に腰を下ろした。
「この花を煎じてお茶にして飲むと、飲んだ後に見た人物に恋をしてしまうの。惚れ薬ってやつよ」
「そう……なんだ」
「この花はここにしか咲かない。綺麗な土と水があるところじゃないとこの子達は生きていけないし、強すぎる日光にも耐えられない。月光で育つ花で、人工的に栽培するのは不可能。幻の花よ」
「あなたは、何故それを知っているの?」
「私は魔女だから」
「魔女?」
魔女?と言いながらシゲールは首を傾げる。
「魔女って何をする人?」
「薬を作って病気の人を治したり、おまじないをしてこまっている人を助ける仕事よ。そうね、あなたの家の場合なら山羊の乳が出やすくなるおまじないもあるわ」
「なんで僕の家が山羊の牧場だってわかったの?」
「それは、秘密」
「ちぇっ。教えてくれたらいいのに」
白い花が急に色褪せて枯れていく。
シゲールが持っている花も萎れて枯れて茶色くなってしまった。
「ああ……」
「花の命は短いから」
「僕と、一緒だ」
「どういうこと?」
「僕は、14歳になった後の最初の満月までしか生きられない」
「どうして?病気なの?」
「僕は捧げ物なんだ。14歳になったら殺されて、みんなに食べられる。そうすればみんなが長生きできて幸せになる」
魔女はわなわなと口を震わせている。
「ヒトの肉を食べるなんてどうかしている。ありえないわ」
魔女は立ち上がり、シゲールに背中を向けた。
「もう朝日が登るわ。みんな心配するから、帰りなさい」