廃墟の女
石英の子はシゲールという名前を授かり、13歳になった。
「シゲール、川へ水を汲みに行っといで」
大きな桶を二つ渡され、母さんは妹たちの昼寝に付き添っていた。
川までは少し歩くので身重の母にはつらい。父親は今山羊や鶏の世話で忙しい。
桶を二つ持ち、川へ向かった。
***
川は浅く、膝が浸かる程度だが、川幅が大きく、水切り遊びにはちょうどいい。
二、三個石を拾い、投げた。
石が水面を小気味良く跳ねていく。
パシャンパシャンパシャンパシャン。
シゲールは水切りがうまい。
ひとしきり遊んだ後、桶に水をいっぱいにして、家に帰った。
「シゲール!何してんだよ」
「何って水汲みだよ」
「遊ぼうぜ。最近、変な女が住み着いてる屋敷があるんだよ。肝試しに行ってみようぜ!」
「やめとけよ」
「その女、髪が黒くて目も黒い。悪魔みたいなやつなんだって長が言ってた。だから、その屋敷に行っちゃいけないんだって!」
「じゃあ、行かないほうがいいんじゃないか?」
「シゲールはまじめなんだから」
「よせよ。俺は帰る」
「あー?逃げるんだ?今度からお前をよわむシゲールって呼んじゃうぞ」
「こいつ……っ!行くぞ」
「そうこなくっちゃ」
一旦水が入った桶を適当な場所に置いて行く。
***
森の端に大きな屋敷が見えてきた。
見たこともないくらい立派な家。
貴族って奴が住んでそうな。
「お、俺さ、ちょっとションベンしてくる。そこで待ってろ」
シゲールはひとり取り残された。
キイ……と二階の窓が開き、女の姿が見えた。
黒く、長い髪。黒い服を纏っている。その代わりに肌は白い。瞳は黒曜石のように艶やかな色をしている
シゲールと目が合い、女はうっすらと微笑んだ。
風がふわり、と二人の間を横切った。
女は家の中に引っ込んだ。
「ごめんシゲール、やっぱ帰ろうぜ」
少年はシゲールの背中を押して帰る。
その二人の姿を窓越しに女は見ていた。