6.大天使ステラちゃん、同志を見つける
「どんなことをするか……?」
本当にびっくりしたみたいにマルクスが言うから、私はもしかしてマルクスも私と同じで将来の夢を見つけていないのかもって思ったの。
「あのね、わたしのパパってとっても素敵なの。私や家族や使用人さんのことも大切に思ってくれていて、パパのお店はパパの宝物なのよ」
私はパパの話を始めたら楽しくなってきて、マルクスに聞いてもらおうっていっぱい話してしまう。
マルクスもフリューゲルさんのこと大好きみたいだから、きっとこの気持ちを分かってくれると思うの!
「私もパパが大切にしているお店をもっともっと立派にしたいなって思ってるの。マルクスもパパが大切にしているのと同じお仕事をしたい気持ちは分かってくれるでしょう?」
マルクスは強く頷いてくれた。
やっぱり!
「それでね、それでね、パパは店長さんとして頑張って働いて、そして私やママ達を幸せにしたいんだっていつも言ってくれるの。そのためにお店をもっと大きくして、私達の周りの街の人みんなが笑っていられるようにするのが夢なんだって言ってたの」
私が「素敵な夢でしょう?」とマルクスに言うと、マルクスは「だから孤児院に……」って、真剣な顔をして聞いてくれている。
「私もね、どんな夢を叶えるために頑張ろうかなって、夢を探しているところなのよ」
「そうか……。そうだな……」
マルクスはそう言ってまた黙っちゃった。
私ばっかりたくさんお話ししちゃったかなって少し心配。
ダニーもポーギーも私がお話しするととっても嬉しそうに聞いてくれるから、二人にするみたいに思っちゃって話しすぎちゃったかもって反省する。
モグモグってまたお弁当を食べて、マルクスもお弁当を食べてくれて、「美味しいな」って少し笑ってくれたの。
さっきまでは難しいお顔で食べていたから、今食べた卵焼きはマルクスの好きな物だったのかな?
私は卵焼きも唐揚げもサラダも、料理人さんの作ってくれるお弁当はぜーんぶ大好き!
「なあ、オレもなりたいもの、まだ決まってなかったみたいだ」
「! マルクスもそうだったんだね! 一緒だねぇ」
「ああ。お前、いや、ステラは、どうやって夢を見つけるんだ?」
「チャーリーがね、教えてくれたんだけどねぇ──」
そうして私は、私と同じくなりたいものを探している最中だったマルクスと仲良くなった。
お話ししているうちに、マルクスは、騎士さまが強くって格好いいことは分かるけど、どんなお仕事なのか知らないって言うのでびっくりしてしまった。
「私は勉強するときいつもパパが『この勉強はこんな仕事をするときに使うんだよ』って教えてくれるよ」
「そうなのか。オレ、父さんがどんな仕事をしてるのか、偉い人を護衛しているのをお祭りの時に見るくらいで……。知らないんだ……。強くなれって、騎士になれって言われているのに」
少し悲しげになってしまったマルクスに、夢を探す同志として放っておけなくなっちゃった。
「マルクスは、とっても頑張ったんだね! 私きっと“このお勉強はなんの役に立つのか”が分かんなかったら、毎日するお勉強が嫌になっていたと思うよ。分からないけど頑張ってたマルクスはえらいねえ」
そうして私は「騎士さまのお仕事がどんな風か分かったらきっと訓練も楽しくなるよ」と笑った。
マルクスも「そうかもしれないな」ってちょっとすっきりした顔をしてくれていて、最初の落ち込んでいた雰囲気は無くなっていたから、「お腹がいっぱいになったら元気が出るよ!」って最後の一個だった唐揚げを食べさせてあげたの。
+ + +
私は、今日、パパやママと一緒にマルクスとマルクスのパパとママをおうちにお招きして会うことになっているの。
マルクスに会った日、マルクスとまた会おうねって約束をして家に帰った私は、マルクスと会った話をパパとママにしたの。
そうしたら、パパとママがじゃあご家族も呼んで一緒にお茶でもしたいねって言ってくれたの。
私の大好きなパパとママをマルクスに会わせられるのも、マルクスがあんなに自慢していたマルクスのパパのフリューゲルさんと会えるのも嬉しくって、私はすっごく嬉しくなっちゃった。
今日はママとお揃いの青と白のシンプルなドレスを着せてもらった。
ドレスは一人じゃ着れないから、女性の使用人さんがやってくれるんだけど、その中にポーギーがいて、お仕事中だからおしゃべりはできなかったけど私が笑いかけたらポーギーもニコって嬉しそうに返してくれたの。
ドレスを着れたときポーギーが「お似合いです、ステラ様」って言ってくれて、我慢できなくって抱きついちゃった。
女性の使用人さんたちに「ポーギーのことよろしくねえ」って言ったら、「もちろんです。我々は大切な同志ですので」って言ってくれて、ポーギーにも仲間ができたんだなぁって嬉しかったの。
パパも今日は私達のドレスと同じ生地の白と青のハンカチーフを胸にさしていて、「お揃いね! うれしいぃ」ってパパとママにも抱きついちゃった。
パパがママをエスコートして、私はチャーリーにエスコートしてもらってお庭に行くと、そこにはご本の中みたいなとっても素敵なテーブルセットが用意されていたの。
「素敵〜〜ッ!」
私は控えてくれているおめかしした庭師のおじいちゃん達や使用人さんやヘイデンに「ありがとう! とっても素敵ねぇ!」ってお礼をたくさん言ってまわっちゃった。
でもそれくらい可愛くて素敵だったのよ。
今日はきっと素敵なお茶会になるねってパパとママとお話ししていたら、マルクス達が到着したってチャーリーに教えてもらった。
本当は若い執事さんがご案内してきてくれるまで、お庭で待ってなきゃいけなかったんだけど、待ちきれなくってチャーリーと一緒に馬車が到着した門の近くまでお迎えに行ったの。
「おや、これはレディ」
若い執事さんに案内されてマルクスと一緒に現れたのは、パパより少し年上のハットを被った大きな男の人と、ドレスを着たとても儚げで少し寂しそうな女性だった。
「こんにちは! 私はステラ・ジャレットです」
元気よくご挨拶して、作法の先生に習ったドレスの時の礼をする。
チャーリーもシャンと伸びた背で腰を曲げて礼をしているのが様になっていて格好いい。
「これは素敵なご挨拶をありがとう。フリューゲル・ミラーだ。それに息子のマルクスと妻のピアーニ」
その場で立ち止まり、帽子を脱いで胸に当て、フリューゲルさんは挨拶とそれぞれ紹介をしてくれる。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、ここからは我々がご案内いたします。本日は形式ばったお茶会ではなく、庭で花を見ながらお茶とお話を楽しんでいただければと思っております」
「これはどうも。お手紙をいただいた時から楽しいお茶会になりそうだと、楽しみにしていたんですよ」
チャーリーが若い執事さんへ合図して案内役を交代したのを見て、私は「チャーリーは案内役だから、じゃあマルクスにエスコートしてもらいたいなぁ!」とマルクスへ駆け寄った。
「あらあら」
マルクスのママのピアーニさんは少しびっくりしたようだったけど、マルクスが慌ててエスコートの腕の形を取ろうとして「こうか? いやこうだったか?」とやっているのを見て、少しだけ笑ってエスコートの形を作るのを手伝ってくれた。
+ + +
「私達はね、素敵なお父様のお仕事のお話がたくさん聞きたい同志なの!」
お茶会が始まってお互いの紹介を終えたあと、みんなが一口ずつお茶を飲んだのを確認した私は、さっそく本題を切り出したの。
今日は作法の先生に教えてもらったとおり、パパのことは「お父様」って呼ぶのよ。
私の発言に私のパパとママはにへらっと笑ってくれ、フリューゲルさんとピアーニさんはびっくりした顔をしている。
私の言葉に続いたのは決意をしたって顔をしたマルクスだった。
「父さ……んん、父上。私はこれまで父上のような騎士になるべく、毎日鍛錬し、友人と切磋琢磨してきました。しかし、それだけでは駄目なのだと、彼女、ステラさんに教えられたのです」
私、そんなことを言ったかなあ、と思ったけど、確かに夢があったほうが頑張れるもんねって話をしたねって納得した。
パパとママが嬉しそうに私を見ていて、フリューゲルさんとピアーニさんはマルクスと私を交互に見ている。
私は「ステラは私ですよ」って分かるようにニコニコ笑って胸元で手を振ってみた。
ピアーニさんがそれを見て少し笑顔になってくれた。
笑ったピアーニさんは可愛くって、もっと笑顔でいたらいいのにと思っちゃった。
「オレ、いや、私は、実は騎士がなんたるかを全く……、知らないのです」
続けたマルクスの言葉に、フリューゲルさんとピアーニさんの目が徐々に見開かれていく。
「全くとは……、いや、そうか、そうだな。お前は、私が仕事をしているところを見ることはない……。しかし、いやまさか……。ではこれまでオレは……」
フリューゲルさんはぽつり、ぽつりと言葉を漏らしたかと思うと、愕然と言う顔で動きを止めてしまった。
ピアーニさんはオロオロとそんなフリューゲルさんに手を添え覗き込んでいる。
「……お前が止めるはずだな、ピアーニ。オレは何を……」
フリューゲルさんがすごく困ったって顔でピアーニさんを見ると、ピアーニさんはフルフルと首を振り、突然目を潤ませ始めてしまった。
私はなんだか勘違いされちゃって、フリューゲルさんやピアーニさんを悲しませているんじゃないかって心配になって慌てて続きを話したの。
「あの! だから! 今日はパパ達のお仕事あっ間違えちゃった、お父様達のお仕事を聞きたいなあって……。ね、マルクス!」
「そう! そうなんだ! オレ父さんと同じ騎士になりたいよ! 教えてくれよ、騎士って、騎士隊長ってどんな仕事をするんだ?」
今にもうなだれてしまいそうだったフリューゲルさんと、泣いてしまいそうだったピアーニさんは、ふたりとも目をパチクリとすると、私達二人のほうを見た。
私とマルクスがドキドキと返事を待っていると、すっと話し始めてくれたのは私の大好きなパパだった。
「まずは私の仕事の話を聞いていただけますか? 私も多くの従業員を抱える取締役として、誇りを持って仕事をしている。マルクス君がお父上のように騎士隊長になって隊員達をまとめる時に、なりたいと思い描く姿に少しは重なる部分があるかもしれない」
そして、「もちろん可愛い私の娘の将来こうなりたいという夢の参考になったら嬉しいよ」と、とびきりの笑顔を向けてくれた。
そう! そうなの! さすがパパ! パパ大好き!
私のパパへの大好きメーターがはち切れそうになっちゃう。
フリューゲルさんは少し呆然としていたが、「……なるほど、そうか。なりたい姿、か」と納得したようにこぼしてからは落ち着いたようで、ピアーニさんの肩をぐっと抱き寄せるとパパが始めたお話を興味深そうに聞いてくれた。
+ + +
「──ですので、私はこうした事業へ利益の一部を投資することで、いずれは商会規模の拡大に繋がり、地元産業の活性化と雇用を同時に促進することができると考えています。私は商会だけでなく街全体を豊かにすることで、私の大切な家族の幸せを増やしていきたいんですよ」
「素晴らしい! ゲイリーさんのされている出資にそのような意図が……。いやはや、自分の浅慮を恥じてしまうばかりです。ジャレット家の成功は、成るべくして成ったのだと思い知らされましたよ」
パパは、今日のお茶会に用意したお茶や茶菓子を手配した街のお茶屋さんやお菓子屋さんとの取引のことから話し始め、そこから普段やっている具体的な仕事やその目的を私やマルクスにも分かりやすく説明してくれた。
その後はフリューゲルさんが興味津々で色んな質問をし始めたのをきっかけに、パパの夢の話になって、途中で難しくて私には分からなくなってしまったけれど、パパがキラキラとお話ししてくれていてとても楽しそうだなって思っていたの。
「お前の父親もすごい人なんだなっ!」
マルクスが輝いた目でこちらを見てくれる。
「そうなの! とっても素敵なパパなのよ! マルクスが分かってくれて嬉しいなぁ。ねえ、フリューゲルさんのお話も聞かせてほしいなあって思うんだけど」
「お、オレも聞きたい……っ!」
「フフ、子ども達も次は隊長殿のお話が聞きたいそうですよ」
「あなた……」
パパがすかさずフリューゲルさんにバトンタッチしてくれ、来たときは儚い雰囲気だったピアーニさんも元気が出てきたみたいで、キラキラのお目々でフリューゲルさんのお話を促してくれる。
きっと素敵なお庭とお茶に、パパのお話を楽しんでくれて、元気を出してくれたのかな? 良かったなあ。
「オレ、いや、私ですか……。お恥ずかしながら、あまり普段から自分の仕事を難しく考えたことがなく、上手く話せるか分かりませんが……」
そう言ってから、「いや、こんなことを言って避けてきたせいで、マルクスには手段ばかりを押し付けてしまっていたのだから。今日は、拙いかもしれませんが、お聞きくだされ」と言って話始めてくれた。
騎士隊長さんって、王様や偉い人を守ってくれている人の中でも、一番強くて偉い人なんだってパパ達に教えてもらったから、どんな話が聞けるのかとっても楽しみにしていたの。
マルクスも絶対聞き逃すもんかって感じで、フンフンって鼻息荒く目をランランとさせてる。
私もパパのお話聞いてた時きっとそんなお顔になってたのねっておかしくなっちゃった。
「──そうやって、王や上層部の安全を守ることは、市井の治安と安全を守ることでもある。彼らが集中して政治を行うことで、家族が暮らすこの国の暮らしは安全であり続けられるのだから。だから、オレの夢もゲイリーさんのお話に似てるかもしれませんな」
「ウォオオ! 父さんカッケーッ!!」
マルクスは大興奮で、そんなマルクスを見てフリューゲルさんは目元を緩めて少し照れくさそうにしてる。
パパよりも固い話し方で、途中まで辿々しかったけれど、フリューゲルさんのしてくれたお話はとっても面白かった。
話し終わったフリューゲルさんはすごくすっきりした表情で、ピアーニさんも感動しちゃったみたいにフリューゲルさんをポーッて見つめてた。
ほっぺが赤くなったピアーニさんは、門にお迎えに行ったとき見たよりもずっと美人さんに見えるなあって思ったの。
騎士さんの仕事は悪い人を倒すことかなって思ってたけど、騎士さまのお仕事の本分は“守ること”なんだって!
まずは、危ないことが起きないように予防すること。それから、悪い人がどうして事件を起こしたのか調べること。守るために作戦を考えたり、お祭りの流れや偉い人が通る道もたくさん調べて勉強して、やっと決められるんだって。
マルクスは「剣が強いだけじゃダメじゃん!」と途中かなり取り乱してから、「母ちゃんの言ったとおりだった! ごめんなさい!」とピアーニさんにすごく申し訳なさそうにしていた。
作戦を立てたり、その通りにたくさんの部下を動かすっていう話のところは、パパの話とも重なっているところがたくさんあって、私も「とっても参考になるなあ!」ってマジマジと聞いちゃった。
フリューゲルさんが「部下の心を掴むためにも、ひとりひとりの話を聞いて寄り添う時間を持つのも騎士隊長としての仕事だ」って話してる時は、マルクスは何か心当たりがあるみたいに、ぐって両手の拳を握っていた。
それが痛そうだったから、私がテーブルの下でそっとその拳を撫でてほどいていたら、マルクスが「ありがとう」って眉毛を下げて笑ったの。
元気がなさそうだったから、「これ好きでしょ! 笑顔になるよ」って料理人さんに頼んでお茶菓子と一緒に出してもらっていた『お弁当の卵焼き』を取って食べさせてあげたら、元気が出たみたいで涙が出るほど笑ってくれた。
今回のお茶会は大成功!
みんな口々に楽しくお話しして、気付いたら夕暮れになっていて、「こんなに有意義な時間を持てたのは久しぶりです」って、フリューゲルさんはマルクスとピアーニさんを両腕に抱っこする時みたいにぎゅって抱き寄せながら三人仲良く馬車に乗って帰っていった。
私達も家族三人で門までお見送りに行って、馬車に乗るときにマルクスが「オレはこの国と、ステラを守れる立派な騎士になるから! 訓練も勉強もあいつらとのことも、頑張るから!」って言ってくれてとっても嬉しかったなあ。
その日、寝る前の挨拶をしに来てくれたパパとママは「ステラはゆっくり大きくなればいいんだよ」って私が眠るまで頭を撫でてそばにいてくれて、とっても安心して眠れたんだ。