5.大天使ステラちゃん、夢を探す
今日の私はいつもと少しだけ違うので。
私の将来の夢、これからなりたい何かを探しに出かけてみようと思ってる。
今日の私は少しキリリって気合いが入っているのよ。
きっかけはダニーとポーギーがお勉強を始めたから。
私も、二人のように何かなりたいものを見つけて、そうすれば毎日しているお勉強ももっともっと頑張れるんじゃないかって思ったの。
+ + +
ダニーとポーギーがおうちに来てから数日は、ポーギーはお医者の先生のところでお薬を飲んで寝ていて、私はダニーにおうちの中を案内してあげたりしていたの。
ポーギーはちょっとずつ良くなっていったから本当に良かったなあと思ったよ。
私はお昼はお勉強の先生が来る日が多いから、その間はダニーはどうしてるのって聞いたら、ダニーはお医者の先生にお勉強を教えてもらってるんだって。
ダニーは、ポーギーを元気にしちゃうお医者の先生に憧れちゃったんだね。
お医者の先生はすごいもんね!
ダニーは「俺も立派なお医者になって、ステラとジャレット家のみなさんへ恩返しするから!」って言ってくれたの。
将来はお医者の先生みたいになるためにお勉強を頑張るんだって。
ダニーとポーギーが来た日から、夜は毎日お医者の先生のところで三人で一緒に寝ていたの。
ダニーが「今日はこんな勉強をしたんだ」って楽しそうに教えてくれて、私もいつもお勉強はしているけど、ダニーはそれよりもすごいことをしているんだなあと思って「すごいね!」ってポーギーと二人で褒めたりしたんだ。
「お医者の先生すごいもんねぇ、みんなを元気にしちゃう魔法のお手てなんだよ。私も優しいお医者の先生だぁい好き! 憧れちゃうダニーの気持ち分かるなぁ」
私も興奮してそんな風に言っていたら、明かりを消しに来たお医者の先生に聞かれていて、笑われてしまった。
私はちょっとだけ恥ずかしくてお顔が熱くなってしまったんだけど、「私もステラお嬢様がだぁい好きですよ。夜ふかしは体に良くないのでそろそろ寝ましょうね」って。
やっぱりお医者の先生は優しいなあ。
それから何日かしたら、お医者の先生が「家の中で座ってする遊びなら、もう大丈夫ですよ」って言ってくれて、次の日からはポーギーも朝ごはんを一緒に食べて、私がお勉強がない日は一緒にご本を読んだりできるようになったの。
初めて朝ごはんを一緒に食べた日は、ポーギーは「嬉しい」って泣いちゃって、私とダニーでいっぱい抱きしめたんだけど、ポーギーが「ありがとう、ありがとう」って泣くから、つられて三人でたくさん泣いちゃった。
「私もステラさまのためにできることがしたい。勉強でもなんでも、たくさん頑張るから」
字の読み方が分からないっていうポーギーに私がご本を読みながら教えてあげたりしていると、ポーギーが私をまっすぐ見てそう言ったの。
私も「ポーギーがしたいことは応援するね!」って答えたら、またポーギーはウルウルと泣きそうになっちゃったの。
どんなことをしたらいいか、アドバイスが欲しかったのかなと思って、
「ポーギーが私のために何かしたいなら、えっと、ずっと一緒にいてくれたら嬉しいなぁ。学園に入っても一緒に通えたらいいねぇ」
そう言ったの。
私は十二歳になって学園に行ったとき、お友達ができるかずっと心配だったの。
ポーギーは初めての同い年のお友達で、可愛くって優しいから、ずっと一緒にいれたら嬉しいなって思ってたんだ。
「わかった! ずっと一緒よ」
ポーギーは私のことをぎゅーっと抱きしめてすごく笑顔になってくれて、良かったなあって思ったの。
そうしていたらある日、朝ごはんの時に、パパが教えてくれたの。
「僕の天使、ステラ。君の友達のダニーとポーギーはこの家にいてくれることになったよ」
「本当!? パパ! 嬉しいぃ」
ポーギーが元気になって、とっても嬉しかったけど、もうすぐダニーとポーギーとはお別れなのかもしれないって少し悲しかったの。
でも、パパが言うには、二人もこのおうちに住んで、使用人さんの一員になるんだって!
すっごく嬉しい!
私が二人のほうを見ると、ダニーとポーギーがしっかり見つめ返して頷いてくれた。
ダニーが「これからはステラお嬢様って呼ぶけど、俺達はずっとステラの友達で、ずっと一緒にいるからな」って言ってくれたの。
「ダニーとポーギーは“彼”の養子になる。ダニーは医者になるため、ポーギーはステラ付きの使用人になるためにこれからたくさん勉強するんだよ」
パパが指す方を見ると、お医者の先生がひらひらと大きな優しい手を振りながら、私へ笑いかけてくれていた。
私はお行儀が悪いとは思ったけど、居ても立っても居られなくなっちゃったの。
フォークもナイフも置いて椅子から降りると、お医者の先生のところに駆けていって彼の脚にぎゅーって抱きついちゃった。
「お医者の先生は二人のパパになってくれるの? お医者の先生ありがとう!」
二人がまたあの路地に戻っちゃうんだと思っていたから、私は優しいお医者の先生が二人の家族になってくれるって知ってすごくすごく嬉しかった。
お医者の先生は私をひょいって抱えてくれて、ダニーとポーギーのところに歩いていくと、二人を順番に撫でて言ってくれた。
「彼らとは、同じ人のことを大好きになりました。気が合うんです。きっといい家族になれると思いましてね」
教えてくれるお医者の先生はとっても優しいお顔で、ダニーもポーギーもとっても幸せそうに笑っているから、私はなんだか嬉しくて涙が出ちゃった。
「ステラお嬢様、笑ってくれよ」
「あなたの笑顔が好きよ」
お医者の先生に抱っこされたまま、ダニーとポーギーにそう言われて、私は「幸せだねえ」って言って、嬉しくて、ちゃんと笑顔になれたの。
+ + +
二人はやりたいことを見つけて頑張ってる。
今日は久しぶりにお勉強がない日だから、私のやりたいことを見つけるのにいい日かもしれないと思った。
「ねぇ、チャーリー。私は、パパが連れてきてくれた先生にいつもお勉強なんかを教えてもらっているけど、お勉強をしたことを使ってどんな風になるかを考えたことがなかったなぁって思うの」
「さすがお嬢様、ご自分でそう気付かれたのですね。皆がそれに気付けるわけではないんですよ」
朝起きて、いつもみたいにチャーリーとお洋服を一緒に選びながら相談してみたら、チャーリーは「まだ考えなくてもいいとも思いますが、少し意識してみるだけでも何かと出会えるかもしれませんね」と言ってくれた。
これまではどこにお出かけしていても、“将来こんなことがしたいのかも”なんて考えてもいなかったから、意識するだけでもやりたいことが見つかるかも知れないんだって。
「チャーリーありがとう。さすがチャーリーは私だけの“ひつじ”さんね」
「はい、ステラお嬢様。私は貴方様だけの立派な“ひつじ”になりますから」
チャーリーは私が物心がついた頃にはそばで働いてくれていて、その頃からずっと私の“ひつじ”さんになるために頑張るって言ってくれているの。
ひつじの意味は分からないけど、ひつじさんのことを話す時のチャーリーはとても誇らしそうに言ってくれるので、私もチャーリーが立派な私のひつじさんになってくれたら嬉しいなって思うの。
「チャーリーもやりたいことがあるのねぇ。いいなあ」
「ステラお嬢様のおかげですよ」
チャーリーがにこにこ笑ってくれて、私もにこにこ笑顔になった。
今日チャーリーが「こちらはどうですか?」と選んでくれたのは優しい白い色のブラウスと、ピンクのスカートで、なかなか可愛くていいかもなあと思っていたら、
「フリルの白い靴下とリボンの靴はこれにも合うかと思いまして」
と、お気に入りの緑のワンピースといつも組み合わせている靴下とお靴を持ってきてくれた。
「とっても可愛いぃ! さすがチャーリーね!」
ピッタリな組み合わせを見て私は嬉しくなって、早くご飯を食べてチャーリーとお出かけがしたくなったの。
+ + +
みんなと朝ごはんを食べて、今日はご飯を食べるお店や、可愛い小物のお店がたくさん集まっている中央の広場へお出かけすることにしたの。
お見送りしてくれるヘイデンや使用人さん達、その中には使用人のお仕着せに着替えたダニーとポーギーもいて、みんなに「行ってきます!」ってご挨拶して手を振って出かける。
今日は門番さんのところに庭師のおじいちゃんもいて、「将来の夢を探してくるの!」って教えてあげた。
みんなとっても笑顔になってくれて、「いい夢が見つかりますように」「お気をつけて」「わしらはみんなステラ様の夢を応援しますよ」と声をかけてくれた。
私は嬉しくなって「行ってきます!」って大きく手を振って出かけたの。
チャーリーと手を繋いで広場まで歩く。
「いつものお靴なのに、全然違うお靴みたいね!」
私は今日も歩きたくって、チャーリーとここまで馬車は使わずに歩いてきた。
「旦那様がプレゼントされた靴は素敵ですから。もしかしたら他のお洋服ともぴったり合うかもしれませんね」
「そうね! さすがチャーリー! そうなの、パパがプレゼントしてくれたこのお靴がとっても素敵なの!」
パパとプレゼントの靴を褒めてもらえたのが嬉しくって、私はチャーリーにはしゃいで答えてしまう。
はしゃぎすぎたかな、と思ったけれど、チャーリーが笑ってくれたから良かった。
小物屋さんで「こんなに可愛い物を作る人はすごい」、食べ物屋さんで「おうちの料理人さんも、お店の料理人さんも美味しいものを作れてすごい」、お花屋さんで「お花をこんなにたくさん咲かせてしまえるなんてすごい」と、私がお仕事をする人たちみんなに尊敬の気持ちを持ってしまって、私は何ならできるだろうかと悩んでいたとき、その声は聞こえた。
「そんなの弱い者いじめだぞ!」
「そうだそうだ」
「なぜだ!? みんなで強くなって騎士になりたいって、みんなでなろうって言ったじゃないか!?」
数人の男の子の声だ。
私は「弱い者いじめ」って言葉にびっくりしたけど、「みんなで騎士になる」って言葉が気になって、チャーリーにそっちに行こうって言ったの。
私達が見える場所まで着いたとき、広場の噴水の向こう側にいたのは、小さい子が持つ模擬剣を手に下げて俯いた一人の男の子だけだった。
ダニーと同じくらいか少しお兄さんかな、七歳くらいかなと思う。
短く刈った髪で短いズボンを履いていて活発そうな子なのに、今は元気がなくてションボリして見える。
「みんな騎士になりたいって、強くなるって言ったじゃないか……」
少し離れた場所でも彼がそう独り言を言ったのが聞こえてきたの。
先ほど騎士になると言っていたのはこの子かな。
「チャーリー、あの子とお話ししてみたいのだけど」
私は、彼の持つ模擬剣を見て、運動や訓練をしている人のそばには危ないから近寄ってはいけないと言われていたことを思い出して、チャーリーに確認してみた。
「では、お呼びしてみましょう」
チャーリーは頷いてくれ、その子のほうをじっと見始める。
すると、不思議なことにその子が顔を上げて勢いよくこちらを振り向いたの。
しかもさっきまでは下げるように垂らされてた模擬剣も、こっちに構えられてる。
私はびっくりしてしまった。
「そちらの少年、君は随分筋が良さそうですね。強くなるための標が欲しくはありませんか? ……どうぞこちらへ来てください。お嬢様がお呼びです」
なんだか思っていたのとは違う声の掛け方だなぁと思う。
変なチャーリー、と思ってチャーリーを見ていると、男の子がそばまで来てくれていた。
「な、なんだ」
「お嬢様があなたとお話がしたいそうです」
「こんにちは! 私はステラ。ステラ・ジャレットっていうのよ。あなたのお名前は?」
私はすかさず元気にご挨拶する。
はじめましてのご挨拶は大切なのだ。
元気にご挨拶すると、明るい気持ちになってもっと元気が出るような気がするの。
「オレ……オレはマルクス・ミラーだ」
ちょっとびっくりしたみたいだったけど、男の子はマルクスってお名前を教えてくれた。
「マルクスは騎士さまになるの?」
「そ! そうだ! オレは騎士になりたいんだ!」
騎士になるって言うマルクスはすっごく元気で、誇らしげだった。
「いいなあ! とってもいいね! あのね、あのね、私、将来なりたいものを探しているところなの。マルクスはどうして騎士さまになりたいなあって思ったの」
「どうして? どうしてって……」
そう言ったっきりマルクスは黙ってしまった。
どうしたんだろう。
+ + +
「それで、父さんがお前も騎士になるんだって言って、父さんは立派で格好いいんだ」
「そうなんだねえ」
それからマルクスは少しずつお話をして教えてくれたの。
チャーリーが「そろそろお昼時ですので、座ってお弁当を食べながらお話しされるのはいかがですか?」と言って、木陰のベンチに連れて行ってくれた。
今はおうちの料理人さんが作ってくれたお弁当をみんなで食べながらお話をしているところ。
ベンチの周りは人が少なくて、気持ちのいい風が吹いていて、葉っぱがかさかさって言うのも素敵で、チャーリーはベンチを選ぶのも上手だなぁって思って「素敵な場所を用意してくれてありがとう!」ってお礼を言ったのよ。
マルクスのパパは国の騎士隊長のフリューゲル・ミラーさんなんだって。
マルクスもフリューゲルさんみたいになりたくて、私より小さい頃からずっと訓練をしているんだけど、一緒に騎士になるって約束していたお友達がみんな訓練をしなくなってしまって悔しいんだって。
「マルクスの将来の夢はなぁに?」
「だ! だから騎士になるんだ!」
「騎士になってどんなことをするの?」
「!?」
私が聞いたら、マルクスはまた黙っちゃった。
マルクスは時々こうやってびっくりして考え込むクセがあるみたいなの。
私の夢探しのために、参考になるお話が聞けたら嬉しいなあ。
今日はとってもポカポカでいいお天気だから、こうやってお外でお弁当を食べるのは美味しいねぇってチャーリーとお話しする。
こんなに美味しいお弁当を朝から準備してくれた料理人さんたちに、帰ったらお礼を言おうとお話ししていると、マルクスが話し始めてくれた。
「お前はジャレット商会のお嬢様じゃないのか? お前はジャレット商会を継ぐんだろう……?」
マルクスはなぜだか少し嫌そうに、そしてなぜか恐る恐る聞いてきたの。
「そうだよ。私か、私の旦那さんがジャレット商会の新しい店長さんになるんだよ。毎日そのためのお勉強をしているの。でも、ジャレット商会の新しい店長さんになってから何をしたいかが決まらないの」
「どういう意味だ?」
マルクスが本当に不思議そうに聞くから、私は「変なの」って笑って、教えてあげたの。
「店長さんになったって、なんでもできるでしょう。私はどんなことをする店長さんになるか考え中なのよぅ」
私がクスクス笑っていると、マルクスが目を見開いてこちらを見て、なんだかすっごくびっくりしたお顔をしたの。