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4.ゲームでは医者見習いのダニー(ダニー視点)

「なんで俺たちばかりこんな目に遭うんだ」


 昼だというのにうす暗い路地の中、俺は隣でへたり込んでしまっている妹のポーギーを見て、何もできない自分が悔しくて、歯がゆくて、ただ拳を握りしめた。


 俺達の親は一年半前死んでしまった。

 元々貧乏だったが、あの頃は住む家もあったし、両親が育てている畑の野菜だってたくさん食べられた。


 でも、村で流行った病気に家族全員がかかり、そして父ちゃんと母ちゃんは死んでしまった。

 村でもたくさん人が死んで、俺達兄弟はなんとか治ったけれどこれからどうやって生きていくんだと、表の畑を見ていた時に、村長の息子が本当に申し訳ないという顔で声をかけてきた。


 元々俺たちが住んでいた家も畑も村の持ち物で、借りてその代金として畑の作物で支払っていたらしい。

 俺はまだ五歳になるばかりの頃で、妹のポーギーはその二つ下で、こんな俺達では畑の作物で払うどころか、維持もできない。


 俺達が食う分が減れば、その分を他の村人が食べられる。

 俺達は納得した。

 俺達は無力で、そいつの言うことはよくわかったし、問答無用で追い出すことなく、俺達が、家の物をまとめて村を出るまで猶予もくれ、わずかながら村にほとんどない金銭もくれた。

 十分な情けをかけてもらったと今でも思う。

 そうして村を出た俺達は、数日歩いてこのあたりで一番大きな街へ来た。


 それからは毎日が生きるために必死だった。


 住むところも働くところも見つからず、やっと雨風が少しでもしのげる路地を住所に定めると、あとは誰かに食べ物を恵んでもらうか、頭を下げて回って荷降ろしなどの日雇いの仕事の手伝いをさせてもらってはほんの数日食いつなぐ金銭を手に入れて生きてきた。


 ちょうど一年前の今頃だ、そんな日々に希望が訪れた。


 そんな生活を半年ほどしのいでいた俺達へ、街の役人のような人が訪ねてきて、俺たちの生活を確認すると、布団や防寒に使える二人分の大きな温かい布に二人分の夏と冬の服を一式、それらを仕舞える丈夫なカバンと、しばらく食っていけるだけのお金をくれた。


「ジャレット家がされている救済措置です。あなた方のような小さな子どもへ必要な物資を配るようにと出資なさいました。孤児院などの子どもたちにも一人ひとり同じような寄付がされています」


 そう言ってその人は俺達へそういった施設を頼るようにと、この街にある二箇所の施設を教えてくれたが、俺もポーギーも、村でのことを思い出し、俺達が行けばそこにいるやつらの食い扶持が減ると思ってしまい頼ることはなかった。



 そうしてそれからジャレット家へ感謝しながら生活をしてきて一年、俺も日雇いを繰り返したおかげか少しは体力が付いたし、顔見知りになった人が、俺にできる仕事がある日は声をかけてくれるようになったおかげでなんとか暮らしてこれていた。


 ポーギーが高熱を出すまでは。


 ポーギーが咳をし始めたのは二十日は前だったと思う。

 熱が高くなり、これまでも俺達は何度か風邪にかかっていたので、なんとか今回も治ってくれと願いながら数日経ったが、熱も続き、咳は酷くなっていった。

 ポーギーは起きている間は咳で朦朧としていて、俺はそんなポーギーを励ますことしかできず、職員に聞いた施設を訪ねようかとも思ったが、嫌がられることは分かるし、ポーギーもそれだけは嫌だと言った。


 このままではポーギーが死んでしまうのではないか、どうして俺たちだけがこんな目に、ポーギーがいなくなったら俺は一人になってしまうのか、そんな嫌な思いだけが毎日毎日ぐるぐると頭の中を回り続けた。


 ポーギーの咳がひどい。

 さすってやっても全く楽にならない。

 体を起こしていたほうが息がしやすいと言うので、自分の体と壁を背もたれにして、布でぐるぐると包むように巻いてやっていると、路地を通り抜けようとしたのだろう、足早の男がこちらへやってきた。

 危ないと思ったときには、男はポーギーへぶつかっていた。


「きゃっ」


 ポーギーがバランスを崩して小さく悲鳴を上げて地面に倒れ、大きく咳き込む。


「チッ」


 男の舌打ちが聞こえたことで、俺の頭は真っ白になった。

 ポーギーの体をそっと起こすと、男を猛然と追いかける。

 男に追いついたとき、男は俺のことなんてなんとも思わない様子で大通りへ出るところだった。


「ぶつかったんだから謝れ!」


 声の限り叫んだつもりだったが、俺の声は枯れ、大した声量も出なかった。

 悔しい。

 こんなに理不尽な目にあっても、俺達には言い返してやることもできないのか。

 悔しい。

 悔しい。

 男もこたえた様子もなく足早に進みながら顔だけをこちらへ向け、


「うるせぇ! ガキが邪魔な」


 邪魔なんだよと言おうとしたのだろう男が、俺とは反対側の路地から出てきた黒い何かに引っ張られ、路地へと消えた。

 本当に消えてしまったようにしか見えず、何が起きたのか分からず呆然と男が吸い込まれた路地を見ていると、


「誰かケガをしたの?」


 目の前に女の子と男の人が立っていた。


 可愛らしい綺麗なワンピースを着た女の子とその様子から、どう見てもお嬢様とその付き人だ。

 ヒッと俺は驚きで後ずさって、妹がぶつかられただけだと言うが、そのお嬢様は興味を失うどころか目を輝かせ身を乗り出してきた。

 ぐっと決心したように体に力を込めたその子を可愛い子だなと現実逃避するように見ていると、


「私とお友達になろうよ!」

「な!?」


 思ってみないことを言われて俺は驚く。


 なんでも、自分の好きな絵本に出てくるヒーローに俺が似ているらしい。

 妹のために怒るところがカッコ良かったと、こんなに可愛い女の子に言われて顔が熱くなる。


 俺とも妹のポーギーとも仲良くなりたい、友達になりたいと力説してくれたその子だが、ポーギーを放ってもいけないし、なによりポーギーもいつ良くなるかもわからないのだ。

 妹の病状を思い出して俺の目頭がぐっと熱を持ち始めた時、その子は涙声で家の医者に診せればいいと言い出した。

 驚きっぱなしの俺の前で彼女は付き人へ確認を取ると、付き人も俺達はお嬢様の友人なのだからいいのだと言う。


 俺は、夢でも見ているのかと思い始めたが、親切そうなおじさんが話していた俺たちへ何か手伝えるかと声をかけてきてくれて、いよいよこれは都合の良い夢に違いないと思った。

 おじさんが俺達の荷物を持ってポーギーを優しく抱き上げてくれて通りへ運んでくれると、魔法のようにそこには馬車が用意されており、俺達はあれよあれよという間にステラの家へ連れて行かれていた。


 + + +


 信じられない。


 状況もロクに飲み込めないまま、俺はお医者の先生の指示の下、メイドの人たちに全身を拭われると、ポーギーは清潔に、と風呂を浴びさせられ着替えさせられて戻ってきた。

 俺達が一度も横になったことのないような真っ白なベッドにふわりと寝かされたポーギーは、お医者の先生に診察を受け、朦朧としながらもサラサラの粥と薬を飲まされてしばらくして咳がおさまって寝始めた。


 その間ずっと俺と一緒に様子を見ていたステラは、お医者の先生から数日やすめば良くなると聞いてほっと笑顔になったかと思うと、涙を流し始めた。

 余りにきれいにポロポロと泣くから、俺はオロオロとどうしていいか分からず、こんなことが本当に現実なのか、死ぬ前に見る美しい夢なんじゃないかと思いながら、気づけば話しながら大泣きしてしまっていた。


 村を出た日も、寝る場所が見つからなかった日も、初めての労働をした日も、俺はこんなに大泣きすることなんてなかった。

 俺が泣けばポーギーが不安になることが分かっていたし、ポーギーだって俺の心配を増やさないようになるだけ泣くのをこらえていたのを知っている。


 そうやって生きてきた俺達が、こんなに優しい場所で、こんなに優しくされて、ポーギーが無事だったことをこんなに可愛い子が涙を流して喜んでくれる。

 もう俺は我慢ができなくて、ステラが頭を撫でようとしてくれて、泣きながらお礼を言うことしかできなかった。



 やがてステラが泣き疲れて部屋へ戻り、俺はお医者の先生が用意してくれた白湯を飲んで落ち着いた頃、お医者の先生が色々と教えてくれた。

 なんとこの家はあの救済措置への出資をしてくれたジャレット家だった。

 俺が驚いていると、あの出資の提案すら、ステラが自分の誕生日のプレゼントの代わりにと両親に頼んだことらしい。


 いつか友達になるかもしれないのだから、と。


 なんということだろう。


 俺達があの温かい布にどれだけ感謝しただろうか。

 俺達に着る物を、食べる物をくれたのはあのステラと、今まさに俺達がいるこのジャレット家だと言うのだ。

 一年前救われた俺達は、再びあれ以上の幸運を彼女にもたらされたのだ。


 友達になろうと彼女が言ってくれたことを思い出す。

 彼女は本当に“それ”を実現してみせたのだと、そう思ってからはダメだった。


「ああ、あああ……」


 もう一度あたたかい涙を流す俺を見て、お医者の先生は汚いだろう俺の背中を気にすることもなく撫で擦りながら、「私も彼女のそんなところがたまらなく好きなんだ」と笑ってくれた。


「彼女と友達になってくれるかい?」

「はい。大切な、大切な友達です」


 そう泣きながら答えた俺に、ニッコリと笑ったお医者の先生は、「ステラお嬢様のご友人はこの家の大切な客人だ。ポーギー嬢が治るまではゆっくりしておいき」と優しく言ってくれた。

 そうして、俺を泊まる部屋へと案内すると言っておじいさんの執事さんが一人やってきて、俺は大きくて綺麗な部屋へ通されると風呂へ入れられた。


 執事さんが体を洗ってくれてとても恥ずかしかったけどとても気持ちよくて、本当に夢を見ているだけじゃないかと思う気持ちが胸の大半を占めているほど、この幸運とステラを始めジャレット家の人々からの優しさが信じられなかった。


 ステラがすごく美人な女性と現れて、もこもこの上着を羽織ってうさぎのスリッパを履いたステラが可愛くて少し見惚れたあと、なんと呼んでいいか分からず「ステラ様」と言ったらステラに笑われてしまった。

 笑顔がとても可愛くて、俺はステラには泣き顔よりもずっと笑っていてほしいと強く思った。

 すごく美人な女性はステラのお母さんで、ステラも将来こんな風になるのかと思わせる美しくて優しい人だった。



 俺は食事まで一緒に食べさせてもらった。

 たくさんの使用人の人に見守られながらで緊張したけれど、俺のために食べやすいものを用意してくれたと聞いて驚き、そのいい匂いに驚き、口に入れてからはもうその味に夢中だった。


 その美味しさを噛み締めながらまた涙が出てきて、ステラが嬉しそうに料理人さんが作るご飯が美味しいのだと説明してくれても、そちらに顔を上げることもできずに「世界一だ」って返しながら、必死に泣いているのがバレないように、ステラが笑顔でいてくれるようにと願っていた。



 食事を終えても俺はあの広い部屋へ戻されることはなく、ステラと一緒にポーギーの眠るお医者の先生の処置室へ通してもらえた。

 そこには俺のための布団が用意されているだけでなく、ステラの物と思われる可愛らしい白いベッドが置かれていて、ステラは当たり前というように一緒に寝るのだと言った。


 お医者の先生がこっそりと「お優しい方なのです」と教えてくれ、俺はステラの底なしの優しさに脱帽し、ステラと友達になれるという“幸福”が俺達に訪れたことを知った。


 眠たそうにしながらも、仕切りの向こうからクスクスとおかしそうに声をかけてくるステラが愛らしくて、ポーギーの穏やかな寝息と、ステラの優しいその声を聞きながら俺は幸せの微睡みに落ちていった。



【ダニー】

(ゲーム「学園のヒロイン」登場人物紹介より)

主人公と同い年の男の子。十五歳。

幼い頃に両親を病気で亡くし、幼い頃から働いて妹と二人で暮らしていたが、その妹をも風邪を悪化させた末に亡くなってしまった過去がある。

妹を貧しさのせいで医者にもかからせてやれなかった悔しさから、働きながらも医者を目指して猛勉強し、学園へ特待生として入学した。

負けん気が強くて努力家。

成績優秀な主人公をライバル視して成績で争ううちに仲良くなり、その頑張りを認めてくれる主人公に惹かれていく。

真面目な同級生。


【ポーギー】

(ゲーム「学園のヒロイン」登場人物紹介より)

ダニーの過去編に出てくるダニーの妹。

心優しく、兄を慕う女の子だったが、貧しい生活に心身を病み亡くなってしまう。



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