29.大天使ステラちゃん、転生ってなに?
そこにいたのは、二人の男の子と、一人の女の子。
私よりも先に、チックが思い至ったように対応してくれた。
「五歳の子たちかな?」
「うん」
しゃがんで聞いたチックに、一人だけ前に出ていた黒髪の男の子が頷いた。
私は、三人の顔を見回す。
黒髪の男の子と、その後ろには、黒髪の子より少し背の小さい金髪の男の子。
それから、金髪の子と手をつないでいる黒髪の女の子は、私の隣にいるチャーリーを、驚いた顔をして見上げていた。
それから、チックに許可をもらって、私は三人に混ぜて遊ばせてもらえることになった。
「私ね、ステラっていうの。よろしくね!」
私は、チックたちとは少し離れたところに移動してから、ご挨拶をした。
だけど、三人にはあんまり歓迎されてないみたいだった。
睨むみたいに見てくる黒髪の男の子と、不安そうにその後ろにいる金髪の子。
女の子は相変わらずチャーリーを見ていた。
お返事がなくて困っていると、チャーリーがフォローしてくれた。
「私はステラお嬢様の付き人です。お気になさらず。そちらのお嬢さんは、お名前はなんておっしゃるんでしょうか」
「あ、はい、レミ、です」
女の子はハッとして、チャーリーと、それから私を交互に見て挨拶をしてくれた。
それから、女の子は真剣な顔になった。
女の子は、金髪の男の子と繋いでいた手を離すと、一歩前に出て、その手を私に伸ばしてきた。
「こっち来て!」
「え!」
突然、私の手を取ろうと、手を伸ばしてきたレミに、チャーリーが慌てて腕を差し出して止めた。
「あ、ごめんなさい」
止められてびっくりしたレミは、チャーリーにケガをさせていないか気になったみたいで、小さく謝った。
「どうしたの?」
私が聞くけど、レミはチャーリーや男の子たちを見て、「ここでは、ちょっと」と言う。
何か、私にだけ言いたいことがあるみたい。
私は二人きりでお話しすればいいかなって思ったんだけど、チャーリーを見たら絶対離れないって、首を振られちゃった。
「じゃあね、こしょこしょ話にしよう」
私は、「小さい声で言えばいいんだよ」って、レミに向って耳を差し出す。
ちょっと戸惑ったみたいなレミだったけど、一度頷くと、手を添えて私の耳元で話してくれた。
「あなた、転生者?」
言われたことが分かんなくて、私の耳から顔を離したレミを、キョトンと見返してしまう。
私の反応が意外だったみたいで、レミもキョトンとした。
もう一度、レミは何か言いたいみたいに耳に近づいてきたので、私はまた同じ、耳を出す体勢を取る。
「チャー、いえ、付き人さんとは、どういう関係?」
私も、レミのお耳に向ってこしょこしょお話しし返す。
「小さい時からね、おうちでフットマンさんなんだよ。将来は私のひつじさんになるの」
「ひつじ? ああ、執事さん?」
「ひつじさんだよ~」
それから、私とレミは何度もお耳を貸し合ってこしょこしょした。
途中、「温泉って知ってる?」って聞かれて、「入ったことあるよ!」って大きな声を出しちゃってレミに怒られちゃった。
だって、東国の温泉のことを知ってる子がいて嬉しかったんだもん。
温泉に入った村のお話をしたら、レミはすごく興味を持ってくれたみたいで、後で教えてあげるねって約束した。
内緒話では、「日本って知ってる?」とか「乙女ゲームは?」ってたくさん聞かれた。
どこかで聞いたことがある気がするけど、思い出せなくて、私は正直に「分かんない」って答えた。
レミは、私の知らないことをたくさん知ってる、物知りさんなのかもしれないなって思った。
ふぅと息をついたレミは、「こしょこしょ話はおしまい」って言って、それから少し残念そうに言った。
「じゃあ、ステラはデイヴィス王子も、ダニーもマルクスも知らないんだ」
「デイヴィス王子はお会いしたことないなあ。でも、ダニーとマルクスは友達だよー」
「なんで!?」
レミは、私に興味を持ってくれたみたいで嬉しい。
「レミも二人の知り合いだったんだねえ、嬉しいなあ」
「いや、ちょ、詳しく、あーもう! 話が進まないから、あんたたちも早く自己紹介しなさいよ!」
レミは、男の子二人とチャーリーに見られている今の状態が嫌みたいで、男の子二人を促してくれた。
黒髪の男の子は、ぶすっとしたお顔で「シドだ」って言ってくれたから、「ステラだよ!」ってご挨拶した。
金髪の男の子は、シドの後ろから「……ソラ」って、お名前だけ教えてくれた。
この孤児院にいる、私と同い年の五歳の子は、レミと、シドとソラの三人だけらしい。
私は孤児院のことも、どんな遊びをしてるのかも聞いてみたかったんだけど、レミ以外の二人は私と遊んでくれそうな雰囲気じゃなかった。
私は、シドに話しかけてみた。
「シドは、私と遊ぶのいやかなあ」
「金持ちのお嬢様が、ここで遊んで楽しいことなんかないぜ」
シドのお返事は冷たかった。
それからシドは、我慢してたのがはじけちゃったみたいに、言葉を続けた。
「俺らは、お前みたいなのとは違って、寒い思いもしんどい思いもいっぱいしてるんだ。俺らはお前みたいに恵まれてるやつとは違う。お前と、俺らは違う」
いっぱい言われて、私も、そうかもなあって思った。
「そうかも。私はパパがいて、ママがいて、使用人さんたちがいるし……」
私がそう言ったのを聞いて、シドの視線が一段と厳しいものになった。
でも、私は自分の生活が当たり前すぎて、ちゃんと考えたことがなかったから、言葉にして一人、考え始めていた。
「起きてから寝るまで、隣にはチャーリーや女性の使用人さんがいてくれて、寝てる間も見回りに来てくれるし。おうちから出るのもパパから許可をもらって、誰かと一緒に行くし、門番さんがいるから間違って外に出ちゃうことはないし」
私が話し続けるうちに、シドは少し目を見開き始めた。
後ろにいたソラも、少し興味を持ってくれたみたいに、顔を覗かせてくれている。
「ご飯は料理人さんが作ってくれたものか、必ずチャーリーと分けっこして食べるし、お勉強も、お散歩するのも、本を読むのも、お風呂に入るのも、着替えるのも使用人さんに言って手伝ってもらうし」
シドの顔が少しずつ引きつり始めた気がする。
「週に四日か五日はお勉強の日で、お勉強の先生が何人か来て一日中お勉強やお作法を教えてもらえるし、そのためのご本も、ノートも、たくさん用意してもらえてたくさんお勉強できるし。ママにピアノや絵も教えてもらえるし、私はとっても恵まれてるよねえ」
ずっと独り言になって、自慢みたいになっちゃったって、私がハッとして顔を上げる。
すると、ソラが思ったよりも近くまで来て私のことを見ていた。
ソラがぽつりと言った。
「ぼくらより、たいへんそう」
ソラと入れ替わるように後ろに行っていたシドと、それからレミは、なんだか心配そうなお顔で私を見ていた。
私はよくわかんなくて、三人のことを見回したんだけど、シドが心配そうな顔のまま首を傾げた。
「お前、それ、しんどくねえの?」
「え、どうして?」
「お前、なんか、自由がなくてかわいそうだな」
「そうかな?」
「……お前がいいなら、いいけどさあ」
よくわかんないままだったけど、シドはもう私を嫌がってはいないみたいだった。
それからシドは建物の奥を指差して、「ピアノもあるぜ。ここにいる間は、自由に好きなことしたらいいんじゃないか」って言ってくれた。
「うん! 弾いてみていいかなあ」
私は嬉しくて、大きな声でお返事して、三人と一緒に遊べることになったの。
三人がこっちって案内してくれるのに付いて行く。
途中、私に振り返ったシドがチャーリーを見て、なんだかうんざりしたみたいなお顔をしたのが不思議だった。





