28.大天使ステラちゃん、孤児院へ行く
こんにちは! 私の名前はステラ。ステラ・ジャレット。
パパはゲイリー・ジャレット。ママはディジョネッタ・ジャレット。
パパはジャレット商会っていうおっきな商会の店長さんで、今日の私は、パパのお仕事に付いていくことになったの。
行き先は、街で一番大きな救護院。
救護院は、お医者の先生みたいにご病気に詳しい人が働いていて、ケガやご病気を治すための場所。
今日のパパは、救護院の中にある、シスターさんがいる孤児院に行くんだって。
パパは、そこにいる子たちにプレゼントをするお仕事に行くんだけど、今回は私も一緒に行かせてもらえることになった。
私が三歳のお誕生日にプレゼントを聞かれて、でも欲しいものが思いつかなかったからパパたちにお願いしたの。
将来お友達になるかもしれない、同い年くらいの子たちになにかあげてって。
去年も同じにしてもらって、今年もってお願いしたら、私も一緒に配るお手伝いをさせてもらえることになったのよ。
+ + +
「ドキドキするなあ。うう、ドキドキだ」
「緊張されていますね、ステラお嬢様」
今日も、フットマンさんのチャーリーが、私の付き人として一緒に来てくれている。
救護院に向かうのは、ジャレット商会の馬車を使ってだ。
プレゼントも運ばなきゃいけないから三台に分かれてて、パパは商会の従業員さんたちと別の馬車に乗ってる。
チャーリーはフフッてちょっと楽しそうだけど、私はドキドキして、ついつい怖いお顔になっちゃう。
今日は、パパのお仕事の付き添いだし、たくさん体を動かすかもしれないからって、ジャケットとズボンを着せてもらった。
朝、チャーリーに今日の服を見せてもらったときは、チャーリーとお揃いみたいだなってちょっと思っちゃった。
チャーリーのお仕事の服に似てるんだけど、私が今日ジャケットの中に着ているシャツは、リボンやフリルがたくさん付いててとっても可愛い。
靴下にもフリルが付いてて、お靴は、ちょっと固めの茶色いブーツ。
パパは、着替えて、髪をポニーテールにしてもらった私を見て、「お仕事ができそうな、おねえさんな恰好だね」って褒めてくれたの。
馬車がゆっくり止まって、御者をしてくれていた従業員さんが救護院に着いたことを教えてくれた。
「ステラお嬢様、孤児院のシスターが出迎えに来てくださっていますよ」
チャーリーに手伝ってもらって馬車を降りると、そこにはシスター服を着たママくらいの歳の女性が出迎えに来てくれていた。
孤児院で、そこにいる子たちのお世話をしているシスターさんだ。
早速、従業員さんやパパにご挨拶してるみたいだった。
馬車から降りてその様子を見ていると、ご挨拶しているパパは、少し困り顔になっていた。
「シスター・ファウスティナ。またご自身の食事を減らされているのですか?」
「そんなそんな。ミスター・ジャレット、以前よりもずっと食べております。やんちゃ盛りたちは、お腹いっぱいになると元気いっぱいになりまして。嬉しい悲鳴ですよ」
シスターさんは、笑顔がとっても明るい人だなって思ったけど、すごく痩せているから、パパはそれが心配みたいだった。
「ふむ、人手の問題か。おひとりであの人数だ、無理があるでしょう」
「ジャレット商会様をきっかけに、貴い方々からもご支援が増えております。直に解決しますよ。本当に有難いことです。いつも感謝の念に堪えません。今やっている建物の改修が済めば、手伝いを数人雇えることになっていますのでご心配いりませんよ」
そうして近況を話していた二人だったけど、シスターさんが中へって促してくれて室内に案内された。
街の少し外れのほうにある大きな救護院は、広い敷地の中にいくつも建物がある。
私にはお医者の先生がいるから、ケガをしたりしても救護院を使うことはない。
だから、前に見学に来たことのある建物しか分からなかったけど、救護院は広くて、たくさんの建物でできているみたいだった。
私が知ってる受付や診察をしてくれる建物の他に、同じ形をした建物が並んでいて、そこは救護院で寝泊まりしてケガやご病気を治す場所なんだって。
シスターさんに付いて、受付のある建物を抜けると中庭に出た。
私は、パパや従業員さんの一番うしろで、チャーリーに手を引いてもらって歩いていく。
中庭は広くて、木や緑の植物がたくさん植えられていた。
歩道は歩きやすいように石畳で舗装されていて、ところどころにベンチが置いてある。
姿は見えないけど鳥さんがピチチって鳴いていて、街の中なのに、街の外の林の中みたいですごく気持ちいい場所だった。
そうして中庭をみんなで進んでいくと、中庭の先に教会みたいな見た目の建物があって、彫り物がされた木の大きな扉が付いている。
教会みたいな建物に近づくと、中からたくさんの子どもの声がした。
シスターさんがその扉を開ける。
私も中が気になって、パパや従業員さんのすき間から中を覗くと、たくさんの視線がこっちを見ていた。
パンッパンッ
シスターさんが手を打ち合わせた。
パパたちや私に向いていた視線がシスターさんに集まる。
「ジャレット商会様が支援に来てくださいました。みなさん、お礼を言いましょう」
「「あ り が と う ご ざ い ま す!」」
子どもの高い声が、一度にたくさん。
たくさん練習したみたいに揃えて言われたお礼の言葉に、「どういたしまして」とパパが笑顔で応えた。
その様子を見ていたシスターさんが、パパに向き直った。
「それでは例年通り、事務室で処理をいたしましょうか」
「いえ、その前に」
パパは、孤児院の奥へ案内しようとするシスターさんを引き留めると、私のところに来た。
パパは私の背中に手を添えると、私をシスターさんのところに連れて行ってくれた。
「娘のステラです。ステラ、こちらの孤児院の切り盛りをされているシスター・ファウスティナさんだよ」
パパに、シスターさんに紹介してもらって、私は気合を入れた。
ご挨拶はとっても大事なのだ。
「初めまして、ステラ・ジャレットです! 本日は父の付き添いでおじゃましました。よろしくお願いします!」
今日はズボンだから、背筋を伸ばして少し膝を折るだけの礼だ。
「まあ! 私ったら、お嬢様にご挨拶もせずごめんなさい。この孤児院を任されております、シスターのファウスティナですわ、レディステラ。おいくつでらっしゃるのかしら、しっかりされているわ」
ファウスティナさんは私に今はじめて気づいたようで、慌てたように中腰になってご挨拶を返してくれた。
挨拶を褒めてもらえた私は嬉しくなっちゃう。
「五歳です! ここには、私と同い年の子もいるって聞きました」
「そうですか、まあ、うちにいる五歳児とは大違いだわ」
ファウスティナさんのお話のし方は、「あらまあ」と、年重のいったおばあさんのような話し方だ。
私はそれがなんだか安心する感じがして、初めての場所で初めての人なのに、少し緊張して強張っていた体の力が抜けたの。
私の背中に手を添えていたパパが、私に目線を合わせるみたいにしゃがんだ。
「僕たちの話はステラには少し早いからね、ここで商会の従業員とプレゼントの準備をしていてくれるかい?」
そう言ってから、パパはファウスティナさんを見上げると、「もし仲良くなれそうな子がいたら、この子と会わせてやりたいんですが」と続けた。
ファウスティナさんが少し困ったお顔になって「うちの子は、本当にやんちゃで」と言葉に詰まっているのを見て、私はお願いをしてみた。
「パパ、同い年の子とお話ししてみたいんだけど、ダメかなあ」
まだファウスティナさんにお願いするのは難しかったから、しゃがんだままだったパパにお願いしてみた。
そしたら、ニヘって笑顔になったパパが、私のお願いをファウスティナさんに伝えてくれる。
「娘がこう言ってるんですが、ダメでしょうか。娘にはこちらのチャーリーが付きますので、娘についてはご心配いただく必要はないかと」
「本当にやんちゃなんですが……。それに、本日はご訪問の方が他に……」
「それも、存じております。商会に援助してくださっている家の方ですし、娘も知らない相手ではありませんので、お気になさらず」
「あら、事前に話が。では今日の日程もそれで──」
ファウスティナさんは少し戸惑ったようだったけど、パパの話に納得してくれたみたいで了承してくれた。
+ + +
ファウスティナさんが近くにいた年長の子に、私と同じ五歳の子を呼ぶように言ってくれて、私はパパにプレゼントのことを聞いてからパパたちと別れた。
パパに言われたとおり、プレゼントのご準備を手伝う。
従業員さんの中、よく知っている人に向かって、私はチャーリーと一緒に近づいた。
「チック、チック、私は何をしたらいいかなあ」
そこにいたのは、チクチクおひげのチックだ。
久しぶりに会ったチックのところに行って、私もいるよってぴょんぴょんアピールした。
「ステラお嬢さんがいたら百人力だなあ。そうさな、おうたを歌ってもらいましょうか」
「もう! チック、違うでしょ!」
チックが冗談を言って、無精ひげの生えたお口でニヤって笑ったから、私はちょっと楽しくなってチックの太い腕に飛びついた。
チックはパパと同い年で、ジャレット商会の中でも一番大きな店舗を任されている人。
パパとチックは学生時代からの友達なんだって。
パパは「経済の研究ばかりして困窮してたから、店継ぐときに誘ったんだ」って軽口を言ってたけど、チックは誰に聞いてもすごく優秀だって言われる責任者さん。
チックは私が捕まったままの腕を持ち上げて、「じゃ、中身の確認のお仕事にしましょ」と言って、私を従業員さんたちが作業している真ん中に着地させてくれた。
「キャー、うふふ」
私がもっと小さかった時に、同じようにして振り回して遊んでくれたのを思い出して、ちょっと物足りなくなっちゃった。
真ん中に着地した私に、作業していた従業員さんたちは手を止めて挨拶してくれる。
「ステラお嬢さん、大きくなられましたね!」
「今日はご一緒できて嬉しいです!」
口々に話しかけてくれる従業員さんたちに、私もみんなに「久しぶり!」って挨拶した。
従業員さんたちは気さくな人が多くて、お店に遊びに行ったときにも会ったことがある人ばっかりだった。
私は、今している作業を説明してもらいながら、プレゼントの中身を見せてもらった。
一人分ずつセットになっているのを、従業員さんたちが改めて内容を確認して数えている。
女の子でも男の子でも着やすそうな夏服、冬服。
お布団になりそうなくらい大きな布が二枚。
黒と赤のえんぴつが合わせて十本。
お店で刷ったチラシの束。
どれもジャレット商会のマークが入ってる。
なんでチラシ? って思ったけど、表面にはもう終わったセールなんかの絵や文字があるけど、裏が白いから、字の練習や絵を描けるノートの代わりかな。
「プレゼントは、いつも同じ内容なの?」
「あー、そうですね、基本的には同じです。あ、赤えんぴつとチラシは今年からです」
チックに聞くと、色々教えてくれた。
こういう施設に入っている子たちばかりではないから、布はやっぱり寒さをしのいだりお布団代わりにできるように大きくて分厚いものを用意してるんだって。
去年から、服はより安い古着を使う代わりに枚数を増やして、布は汚れにくいように加工したものに変えたんだって。
チックがチクチクのおひげのあるアゴをさすりながら説明してくれる。
「この服は、街の針子のいる各店に、針子見習いにやってもらうよう依頼して直してるんです。古着の繕いと、裏地をつけるのもそうですね。普通に用意するよりずっと格安ですよ。練習になるって、裁縫店からは喜ばれますし、仕事の丁寧な者には以降も仕事が頼みやすいですしね」
「そうなんだ。見習いさんにもお仕事が増えるし、いいことだね」
私はふむふむ頷いて聞く。
「そうです。布の加工技術も、なかなかいい収穫になりました。あれは去年、ユーザーからのフィードバックを受けて、ジャレット商会の開発部がロウを使った加工法を開発しましたが、画期的な発明になりました。雨の日用の外套“レインコート”では随分儲けさせてもらってますよ」
チックはニッシッシって悪く笑った。
それから、「お嬢様の思い付きは金を呼びますからね。何か思いついたらいつでも教えてください」って、ゴツゴツの手で頭を撫でてくれた。
「あの」
そのとき、後ろから小さい男の子が、少し遠慮したように声をかけてきた。
「ここに来いって、言われたんだけど」
私が振り返ると、そこには二人の男の子と、一人の女の子がいた。





