19.ゲームヒロインのデフォルト名はミシェル・ペトルチア(ミシェル視点)
トラブルに巻き込まれるのには、慣れていた。
私の名前はミシェル・ペトルチア。
今年七歳になる。
ピンクの髪はママ譲り、碧い瞳はパパ譲りなんだって。
私のパパは小さい時に死んじゃって、私はパパのことは全然覚えてない。
私とママは二人暮らしで、王都に近いこの街で暮らしてる。
私も大きくなってくるにつれて、色々世の中のことが分かってくると、働いてないママと私が普通に暮らしていけているのは、なんだか不思議なことだっていうのは薄々感じ始めていた。
ママは天然というか、能天気というか、結構抜けているところがある。
お砂糖とお塩を間違えて入れちゃうのはよくあるし、お店で隣の席の人の飲み物を飲んじゃったり、大事な書類を間違って捨てちゃったり、ママには私がいないとダメなの。
そんなママだけど、一人っ子の私にとっていつも一緒にいてくれるママは、とっても大好きで他に代わりのいない大切な存在。
だから、ママのせいでトラブルに巻き込まれることはよくあったけど、それをママのせいにして責めることはなかった。
いつも私は笑って許しちゃうの。
もう、ママは仕方ないなーって。
ママがお祭りに行きたいって言ったけど、私は人ごみが苦手だからあんまり乗り気がしなかった。
それでもママが、お祭りを楽しみにしているのは見ていてよく分かったし、私にお祭りの髪飾りも買ってくれてとってもニコニコしてたから、私はいつものように「仕方ないなー」って言って一緒に出掛けたの。
私が人ごみが苦手なのは、トラブルが起きやすいから。
トラブルを起こすのは、もちろんママ。
神殿にお参りしてお供えしたら帰ろうねって言って、わざわざ人の少ない朝早くに出たのに、結局私は昼の一番混む大通りのど真ん中にいた。
朝の馬車は座れるくらい空いていて、私たちの他には、綺麗な顔をして祭り衣装を着たお金持ちそうな兄妹と、上品なご夫婦だけだった。
ママがいつものように一緒になったお客さんたちに話しかけ始めたから、私はママを引っ張ってすぐやめさせる。
こういうとき、初対面の人と喋ると、必ずと言っていいほど何か起きるから。
お祭り衣装を着た兄妹の妹さんは、私とお話ししたそうにしてくれていてとっても可愛かったけど、私はだからこそこんな子をトラブルに巻き込んではいけないと心を鬼にしてママを抑えていた。
馬車から降りる際、妹さんが寝てしまったのをお兄さんがおぶって降りていて、運転手さんが「人が少ないから、ベンチまで運ぶくらいなら手伝えるぞ」とお兄さんに声をかけてあげていた。
お兄さんが、すごく大人っぽく笑って「慣れていますから」って言った顔を直視しちゃって、なんだかすごくドキドキした。
運転手さんもドキドキしたのか、ちょっと顔が赤くなっていて、私だけじゃなかったんだなってちょっとほっとした。
ママ? ママはもちろん早く行きましょう!って、いつものように私とつないだ手をぐいぐい引いていたわ。
だめよ、転ぶから、ママが。
ほら、ゆっくり、落ち着いて。
無事、お供えも終わった私たちだったけど(なぜかママが薬草を明かりの火にくべようとしていて慌てて止めた)、まっすぐ帰ろうねって言ったのも忘れて、ママはお祭りのお店を見に行こうって張り切っている。
こうなったママを止めるのは、私にだって難しい。
私が「だめだよ」って強く言えばママもわかってくれるけど、起こってもいないトラブルを気にしすぎてママの楽しみを奪っちゃうのも気が引けた。
それに、きっとママはすごく我慢して悲しい顔になっちゃうから、私はそれが見たくなかった。
「じゃあ、少しだけ。行きたいお店を決めて、そこだけ行こう。ね?」
「ありがとうミシェル! 本当に優しい子ね、愛してるわ!」
ママの笑顔は本当に素敵で、私はなんだか良いことをした気になって、いつもこうやってママのしたいことに付き合ってしまうの。
ママと相談して、卵をふんわり甘く焼いた“赤ちゃん焼き”のお店に行くって決めたけど、大通りに入ったママはそんなことすぐに忘れちゃった。
ううん、きっと覚えてはいるんだけど、「あのお店だけ」「ミシェルお願い」「見て、すごく面白そうだわ」って、興味のほうに負けちゃうみたいなの。
私も私で、そんなママに負けちゃうから、私たちは両手に抱えるほどの荷物になって、たどり着いた“赤ちゃん焼き”の飲食スペースにやっと腰を落ち着けて買ったものを食べ始めた。
「ねぇミシェル、ママお手洗い行ってくるから待ってて」
「だめよママ! 離れられないわ」
ママがとんでもないことを言い出すので、私は慌てて呼び止める。
「お手洗いすっごく混むから。それに、すぐそこよ。ね、店主さん、うちの子をよろしく」
「は、はいよ」
ママは機嫌よくそう言って「荷物よろしくね~」と手を振って行ってしまった。
私は、実は誘拐されかけたことがある。
記憶にあるだけで何度か。
全部未遂だけど。
私は、トラブルに巻き込まれやすくて、そして、とてもラッキーだ。
危ない目に合うけど、決定的に悪いようにはならなくて、いつも何かしら助けが入る。
私は私自身を、そういう星の下に生まれてきたんだなあって、納得させるしかなかった。
私のピンクの髪は珍しくて、碧い瞳は高貴な人に多いから、人さらいのような悪い人に目をつけられやすい。
ママはわかっているのか、ううん、きっとわかっていないんだろうな。
こうやって、人ごみで私を一人置いていくことがたまにあった。
お店の人だって安請け合いしなければいいのに、ママの笑顔は思わず頷いてしまう不思議な魅力があるの。
その気持ちはよく分かるから、私はお店の人も責められない。
私は、苦労して荷物を動かして、お店の人の目に入る席に座りなおしたの。
だというのに。
しばらくしてお店の人は、店番が一人きりだったらしく、「悪い嬢ちゃん、五分、いや三分で戻る」と言ってどこかへ行ってしまった。
売り物の在庫が切れたらしい。
あちらもお祭りがある今日限りの商売だから、悠長にしていられなかったんだろう。
そしてやっぱり、トラブルが、呼び寄せられたようにやってきた。
私いるじゃん。
ここに、私いるじゃん。
私は、心の中でやるせなさのままに嘆いていた。
目の前で白昼堂々行われる犯行。
泥棒だ。
赤ちゃん焼きのお店同様、店番のいなくなった小物屋の店先に並べられた商品を、手ですくいかき集めるように袋に入れている男二人。
ガシャ、ジャラと、立て続けに音が鳴っている。
私の体は子どもらしく小さい。
ママと買ったたくさんの荷物も、私を隠すのに一役買っている。
私の体は、机から出ている部分も少なく、泥棒は私には気づかなかったようだ。
今見つかっていないなら、動かずじっとやりすごせば、もしかしたらなんて、そんな願い虚しく、私は見つかってしまった。
驚いたようにこちらを見る泥棒の片割れと目が合ってしまう。
ギクリとしたのも束の間、泥棒は、逃げればいいのに、嫌な笑みを浮かべて相方の肩を叩き何か囁いた。
ゾワッ
私は、そのやり取りが、その笑みが何を意味するのかを知っている。
私は声も出せないままに、飲食スペースのすぐ後ろ、細い路地に飛び込み隣の通りを目指して駆けた。
怖い、怖い。
けど、この手のやつらからの逃げ方は、嫌になってしまうが身についてしまっていた。
隣の大通りに抜けたら、すぐに別の路地に入るか人の多い店に入ろう。
知り合いがいれば助けを求める。
少し離れるが、私の家の近所まで行けば、見知った店主のいる店も多いし友達の家もある。
幸い、この路地は狭く、あの二人が追ってくるのは、建物を迂回してになるだろう。
その間に、目につかない場所に。
私は逃げながらも、やたら戻ってくるのが遅かったママのことを心配する程度には、変に余裕があった。
「……ッ!」
「うひゃい」
路地から通りに出た瞬間。
目の前に、小さな女の子がいた。
びっくりしてなんとか避けるも、思い切り転んでしまい、手の平と額を固い石畳にこすってしまった。
痛い。
「だ、大丈夫?」
「ごめん、なさいっ、行かなきゃ!」
急いで立ち上がる。
痛みと、息が切れて荒い呼吸になる。
「どうしたの? 逃げてる?」
何を言われたのか分からず、そして女の子の姿を見て、はっとする。
この子は朝の妹さんだ。
服装は違うけど、朝見たばかりの可愛らしい顔と声には覚えがあるから、たぶん間違いないと思う。
あどけなく可愛らしい姿に、周囲を見回すが、お兄さんの姿が見当たらない。
このまま泥棒がここへ来たら、この子も危険なんじゃないかという考えが過る。
私の気持ちを知ってか知らずか、女の子が私の腕を掴んだ。
「こっち!」
「キャッ」
手を引かれ、驚く。
何か決意したような女の子の様子に、強く引かれる力の強さに、私はされるがままだ。
そして、連れていかれたのは、出店の荷車が置かれた整理区画だった。
なるほど。
この子は、ちゃんと私の状況を理解した上で、安全な場所に連れてきてくれたみたい。
彼女の名前は、ステラというらしい。
ステラは私よりも二つも年下で、なのにとてもしっかりしていた。
お兄さんはどうしたのか聞こうと思い聞くと、なんだかしどろもどろになったけど。
迷子だったのだろうか。
ステラは怖いだろうに、私が現在追われているという話を聞いてもそばにいてくれた。
私はステラのことも心配になってきていたから、そばにいてくれたのは、どちらの意味でも安心できた。
「おでこ、痛いね。血が出てる」
そう言われて、痛みを思い出した。
けど、私よりもステラのほうが痛そうな顔をしてる。
こんなに可愛い子を悲しませたくなくて、なんでもないように答えたけど、顔に傷が残ったらどうしようって、私は少し暗い気持ちだった。
たくさんのトラブルに巻き込まれてきた私は、小さな傷が体のあちこちにある。
目の前の、きっと大切に育てられたこの子よりも、女の子らしくない体をしている。
少しだけ心に影が差した。
そんなとき、ステラが薬草を出してきた。
それは、お祭りのお供えに使うような乾燥させた薬草だったけど、可愛らしく包装されていて、何より中の薬草は見たことがないほど高価そうに見えた。
薬の買い出しは、ママに任せるとなぜかラベルと薬の中身が入れ替わっていたりするから、私が担当している。
ステラの出した薬草は、薬屋のおばあちゃんのお店でも、効果が高かったり希少な薬草が並べられている鍵付きの棚の物に似ている気がした。
何種類もの、それぞれ別々に処理され乾燥されたことがわかる薬草を、ステラはなんの躊躇もなくまとめてすりつぶした。
可愛らしい薬包紙ごと、私のために、ぐしゃぐしゃと。
ステラのやわく小さな手が、丹念に、逃さないように薬草の入った薬包紙を擦り合わせている。
私は、驚きに動きを止めてしまった。
朝、同じく神殿前で馬車を降りたのだから、お供え用の物ではないだろう。
きっと、お守りか、部屋に飾るために大切に取っておいて持ち運んでいただろうに、初対面の私のためにそれを使ったステラに驚き、なんて優しい子なんだろうと思った。
そして、ステラは、それを震える手で傷口に塗り込もうとまでしてくれた。
血が苦手なのか、それもそうだ、私と違いトラブル慣れしていないステラにとって傷や血なんて恐ろしいもののはずだ。
ステラの顔は青ざめている。
それなのに、この子は。
私は、小さなこの子をぎゅっと抱きしめてあげたい衝動にかられながら、ステラの塗るために差し出された手を受け止め、握りこんだ。
彼女の手は震えている。
泥棒のことだって怖いだろう。
こんな暗く狭い荷台の奥で、知らない私と二人で心細いだろう。
巻き込んでごめんね。
そう思い、気持ちがありがたくて傷に塗った薬草粉だったが、その効果にまた驚いてしまった。
私は自分の額の傷口に触れて、その範囲の広さと、傷の深さに一瞬、怖気づいた。
額の表面を剥ぐように皮がめくれてしまっているようだった。
それなのに、粉を塗った途端に痛みがすっと引いたかと思えば、流れるままだった血が粉のようになり、傷口のデコボコごと消えていく。
魔法のようだった。
ほんの数度塗っただけで、そこには血の跡があるだけで、つるりとした綺麗な肌の質感が返って来ていた。
塗るために粉がついた手や指先の傷まで消えているのに気づいて、私は何も言えなくなった。
ステラは、「また痛くなったり、気づいてない傷があるかもしれないから。粉にした薬は長持ちしないけど、持ってて」と言って、薬草粉の残りを私にくれた。
私は、目の前で小さく震える少女の手をもう一度ぐっと握る。
ステラは、一体何者なんだろうか。
私は、いつの間にか眠ってしまっていた。
朝が早かったのもいけなかったし、気を張り続けていたのもいけなかった。
起きた瞬間に、私は取り返しのつかない事態になってしまったことに気づいた。
乗っていた荷車は、馬に繋がれ走り出していた。
ガタゴトと、街中ではなく、砂地の道を馬車が進む音がしている。
外から入ってきている日の光は赤らんで、日暮れ前であることがわかる。
そして、起きた私の隣にはステラ。
私は、私に起こったトラブルに、ステラを巻き込んでしまっていた。
「ス、ステラ」
「しっ」
私より先に目を覚ましていたらしいステラは、なんだか大人びて見える。
けれど、私は知ってる。
傷や血を見て怖がるステラ。
恐ろしさに震えるステラ。
この子は泣かないけれど、我慢しているだけで、とても怖いはずだ。
私は二年前、今のステラと同じ五歳のとき、眠らされて誘拐されかけた。
そのとき目を覚ました私は、泣きじゃくり喚き散らしてとにかく怖くて無茶苦茶だった。
この子は、あの時の私と同じ年なのに、なんで平気なの。
なんで平気みたいに振舞えるの。
私たちは、息をひそめ、体を小さくして、ずっと揺れる馬車の中で身を寄せ合っていた。
二人いるらしい運転手は、会話をしているのか、いないのか、たまの掛け合いのような調子で交わされる話し声以外は、独り言のようなトーンでずっと何か言っていた。
荷台の中では運転席の彼らの言葉は判然としなくて、この馬車の持ち主は頭のおかしいやつらではないかという不安だけが募っていく。
明かりのある場所で馬車が止まり、人のざわめきが聞こえたことで私は少し落ち着いたが、ステラが私を守るように前に出たことで、はっとした。
私は、自分の体質がこうなのだと思い込んで、楽観的になりすぎる。
そう思って気を引き締めなおした時だった。
「あー、そういえば、ご飯が二人分余ってるな〜」
なんだか棒読みの声が聞こえてきた。
この声は、運転手の片割れだ。
すごく呑気で、そして演技がかっている。
「そうだなー、布団も二人分余ってるなあ、だ、誰か、泊まりにくればいいのになあ〜」
「誰かをもてなしたい気分だな〜」
「森で採れた果物、誰か食べないと腐っちゃうな〜」
次々、別の男の声が聞こえる。
一体なんなんだろうか。
私はここで、この荷車による移動が何者かが作為的に起こしたことだと確信した。
に、しても演技下手すぎない? そこまで作戦?
私は、力の抜ける思いだった。
油断してはいけないけど、私のいつものパターンなら、これは大丈夫なやつだ。
今すぐへたり込んで、怖がらせやがってと文句を言いたい。
でも、ステラはそんなこと知らない。
手は震え、彼女の恐怖に鳴る心臓の音すら聞こえそうなほど気を張り詰めている。
そして、彼女は私を守るように前へ出て、私に安心させるように必死に作った笑顔を向けてくれた。
ああもう! こんなに可愛くて小さな騎士を私は知らない。
なんて可愛いの。
なんて素敵なの。
今すぐ抱きしめて無茶苦茶に頬ずりしてやりたい。
ごめんね、ステラ。こんなトラブルに巻き込んで。
ありがとう、ステラ。はじめましての私のことを守ってくれて。
村の人たちは予想どおり、誰かの指示で私たちを運び、迎え入れたようだった。
そして驚くことに、このトラブルは私にではなく、ステラに起きたものだったらしい。
ステラがジャレット商会のお嬢様だと聞いたときはびっくりしたけど、それなら納得だ。
ステラは勝手にお屋敷を抜け出したと言っていたから、これがジャレット商会流の“おしおき”なのだろう。
ステラはとっても愛されているみたいで、村人(?)の歓待ぶりはすさまじかった。
友達のアンが、「遠くに住んでるおじいちゃんおばあちゃんは、たまに会いに行くとすごくもてなしてくれるのよ」って言っていたけど、それでもこれほどまでに可愛がられるかは疑問だ。
それほどだった。
みんな、デレッデレ。
私もちゃんと歓待してもらった。
ごはんをいただいている最中、そういえばと思い、隣に、荷馬車の運転手だったナベテルさんがやってきたとき、私はこっそり聞いてみた。
「荷馬車を運転してるとき、ずっと何をお話しされてたんですか?」
「え、聞こえてなかったのか。なんだ。少しでも安心させようと、あれこれ趣向を凝らしてたんだが」
気まずそうに頭を掻く姿が、大人の男の人なのになんだか可愛く見えた。
ステラは、とてもいい人たちに愛されているのね。
美味しいごはん、楽しいお話、大きなお風呂に着心地のいい着替え。
私はなんだか得した気分だ。
それに、私が巻き込んだんじゃなかったんだって思ったら、ずっと気が楽になった。
私がトラブル体質だから、どうしても友達にも気を使ってしまう。
私やママのトラブルに巻き込まれて怖い思いをした友達はたくさんいる。
トラブルを嫌って私から離れていった友達も、たくさん。
でも、ステラは私の巻き込まれかけたトラブルから私を守ってくれて、それどころかステラのトラブルに私を巻き込んじゃったんだ。
ステラは大物ね。
私は、一緒に大きなお風呂に入ってはしゃぐステラを見て、なんだかとても嬉しかったの。
「ふふ」
「ミシェルどうしたの? くすぐったかった?」
「ううん、なんでもないの、ステラ」
お風呂上り、ステラは私の体の傷という傷に残っていた薬草粉を塗ってくれた。
「ここにもあるねえ」
ステラは、血が出ていなければ平気なのか、あちこち見つけてはちょいちょいって、小さい手で上手に塗ってくれる。
小さな傷も、古傷も、魔法みたいな薬草の力で何もなかったみたいに治っていく。
コンプレックスだった傷が治っていくのを見ながら、一瞬泣きそうにもなったけど、それより健気に私の傷を心配してくれるステラへのあったかい気持ちのほうがずっと勝っていた。
古傷を、今日転んでついた傷だと思い込んでいるみたいで、「痛かったねえ、ミシェルは我慢できてえらいねえ」って、眉を下げた顔をして、一生懸命塗ってくれている。
もう! なんて可愛い子なの!
私はたまらない。
私は一人っ子だけど、本当はステラみたいな妹が欲しかったんだって気づいちゃった。
私にとって、ママと離れたまま過ごす夜は初めてのことだったけど、ステラと手を繋いでいればなんだって平気だって思えた。
帰りの馬車の中。
「ねぇ、ステラ。私とお友達になってくれる?」
「ふふ、ミシェル。私たち、もう友達よ」
ねえママ。私は、なんだかすごいお友達ができちゃったみたい。
可愛くって、かっこよくって、そしてやっぱりすっごく可愛いのよ。
帰ったら、ママに、私を置いていったことをたくさんお説教して、それから勝手にいなくなったことを謝って、それからステラのお話をたくさんしよう。
残り少なくなった、二人っきりの小さな冒険。
ステラと手を握り合ったまま惜しむように、私たちはお互いの話をしながら笑い合っていた。
外はガタゴトと、馬車が進む音。
こんなに、目的地に着かないでほしいともったいなく思ってしまう時間を、私はこれまで知らなかったの。
【ミシェル・ペトルチア(デフォルト名)】
(ゲーム「学園のヒロイン」登場人物紹介より)
学園に入学した十五歳の少女。
しっかり者で心優しい、どこにでもいる普通の女の子。
学園でヒーローたちと出会い、様々な恋のトラブルに巻き込まれていく。
(ゲームパッケージには、ピンクの髪を長く伸ばした、前髪で隠れた額に星印のアザのある女の子が描かれている)





