14.ゲームでもルイ・レッグウィークはルイ・レッグウィーク(ルイ視点)
「「申し訳、ありませんでした!」」
父上と共に私は、初めての体験をしていた。
平民相手に、頭を下げての謝罪だ。
しかし、これは、仕方ない。
私が間違っていたのだ。
父上は、私の過ちに巻き込み頭を下げさせることになってしまって、申し訳なく思う。
私は先入観と間違った正義感から、情報の精査もせずに、目の前の彼女、ステラ・ジャレットを貶めるような発言をしてしまった。
+ + +
父上から聞いた話から、私はステラ・ジャレットを鼻持ちならないずるい子どもだと思った。
私の父上はこの国で宰相をしているニール・レッグウィークだ。
父上は知識人として知られ、学問について語り合う時以外はさほど家での口数は多くない。
そんな父上は、半年ほど前の晩餐の席で、彼女ステラ・ジャレットのことを「見込みのある子どもだ」と持て囃すように語って聞かせてきた。
私はそんな、五歳にもならないような平民の女児に、大した知識があるとは思えなかった。
どうせ親などを通して知り得た他者の知識を、己が考えたかのように語ったのだろうと。
ジャレット家といえば、その名を冠した商会で有名な、平民の金持ち一家だ。
当主の子煩悩でも有名だったが、どうせその実はただの親馬鹿だろうと思っていた。
大方、その娘は、裕福な家庭で不自由なく甘やかされて、その全能感に酔っているのだろう、と。
知識は、その者の努力だ。
研究は、その者の心血だ。
人がその身を賭してやっと得られたものを、その結果だけを攫って我が物にしようとするなど、知を探求する者の一人として、許しがたい蛮行だと思った。
父上の話によれば、なんでも、月と太陽、それに我々の住むこの場所を星に例えて、国王陛下と王妃陛下と父上に語って聞かせたのだという。
それを聞きながら、私は怒りに体が震える感覚すらした。
それは、その説は、私の敬愛する天文学のベルニクス先生が研究している内容を、語っているようにしか思えなかった。
先生が長年研究している分野で、宇宙構造論の提唱からしばらく、やっと研究者の中でも支持する声が増えてきた革新的な研究だ。
それを、よく知りもしない子どもが、父上達の前で自分の発案のように語るなど、盗っ人猛々しい。
父上もベルニクス先生の研究と酷似していることが分かっているらしいが、他人のことをここまで饒舌に語る父上は珍しく、先生の知識を語って聞かせて父上の気を引いたこともまた、私を苛立たせた。
それから、しばらく。
雪解けの季節を待って、私は父上に連れられてジャレット家の邸宅へ足を運んでいた。
父上は私とステラ・ジャレットに交流を持たせようと目論んだようだが、大人しく付いて来た私は、その実、父上の目の前で、気に入らないその子どもの真の姿を証してやろうとしか考えていなかった。
しかし、今まさに私は彼女へ謝罪の気持ちを込めて、頭を下げている。
私が糾弾のつもりで始めた会話だったが、話してみれば、なるほど彼女は、父上の言うとおり、なかなか見込みのある人物に思えた。
話の理解も良いし、女児であれば臆してしまいそうな話にも一歩踏み込んでくる。
着眼点も良く、知識があるというよりもむしろ、発想に才能があるように思えた。
私の懸念であった研究についての話が、どうやらただの偶然であったようだと気付いたときには、私は己のした取り返しがつかないほどの愚行を後悔するばかりだった。
父上との謝罪の後、愛娘への無礼に怒り狂うかと思われたジャレット家の当主、ゲイリー・ジャレットは、寛容な態度を崩さなかった。
娘に、冷静に対応ができたことを褒めてやり、それから私と父上には、「娘に対して強く言う者はあまりおりませんので、良い経験をさせてやれました」と、熱くも冷たくもない声音で言った。
嫌味かとも思い顔を見たが、その顔はそうではないと分かる顔だった。
次期商会長となる彼女にとって、ひとつの経験に過ぎないと、当然のような言い方だ。
それは、私を責めるわけでも許すわけでもなく、少しの緊張感だけを孕んでいて、私は親馬鹿な平民の男だと侮っていた彼への認識を改め、「そう捉えてくれたこと、感謝する」と心からの謝意を伝えた。
父上は私を連れて帰ろうとしたが、ゲイリー殿は「予定通り、子どもたちは交流すればいいでしょう」と言う。
「娘は年の近い友人を欲しているんです」と言って、私に片目をつむって見せた彼に、なるほど、子煩悩で有名になるはずだと納得させられた。
ステラ・ジャレットもまた、先ほどの出来事など水に流したとばかりに顔に喜色を浮かべると、ずっと子どもらしい表情で「ルイ様、一緒に遊びましょう」とはしゃぐ。
彼らのおおらかさは、私にも父上にも無い部分だと思えて、平民だと見下すようだった気持ちはもう無くなっていた。
+ + +
「悪かったな」
彼女の部屋で、私は改めて謝罪の言葉を口にした。
先ほどの自分の態度が、五歳の子どもで女性である彼女に、決してしてはいけないものだったと、考え至ったからだ。
父上とゲイリー殿は、先ほどの部屋で話をするらしく、今この部屋には、私とステラ嬢と騎士隊長子息のマルクス、それとステラ嬢の付き人のような少年、それと、部屋の片隅で白い飼い猫が寝転んでいるだけだ。
「お気になさらず。びっくりしてしまいましたが、こうしてルイ様に面白い話を聞かせてもらえていますから」
手にたくさんの色のついた用紙を持つ彼女は、機嫌が良く笑顔だ。
改めて見れば、知的な顔立ちをしている気がする。
「ルイでいい。敬語もいい。普段マルクスと話すのと同じで構わない」
父上は、宰相職に付随した侯爵位に並ぶ爵位を持つが、私はその息子であるというだけだし、宰相の職を継ぐ気はない。
宰相は世襲ではないし、私は研究の道に進むつもりだ。
騎士爵の最高峰である騎士隊長の子息であるマルクスに敬語を使わない彼女であれば、私も同じで構わないと思った。
「本当? じゃあルイって呼ぶねぇ! 私はステラ!」
彼女は、子どもらしい無邪気な笑顔を向けてくれた。
先ほども一度呼んだはずだが、私が名前を覚えていないと思ったのか、元気に名乗ってくれる。
父上達の前で見せていたすました笑顔の時には思わなかったが、こちらの笑顔の彼女は、愛らしい子だなと思った。
「分かった、ステラ」
「よろしく!」
思えば、母上がそうであるように、女は学問への興味が薄いものだと思って敬遠していた私は、女の友人など持たなかった。
女性の名を呼び捨てにするなど初めてのことだ。
ステラの名を呼び、彼女が嬉しそうに返したとき、自らの鼓動が少し速まった気がした。
不思議に思って胸を押さえたが、その理由は分からなかった。
ステラはマルクスと、フットマンの少年と共に、絵を描いて遊んでいたのだという。
遊びは女児らしいな、と私は先ほどの大人びた彼女を思い出して少しおかしくなった。
フットマンの少年は、私に気遣って使用人としての態度で佇んでいたが、マルクスが「チャーリー」「なあ、チャーリー」と何度も呼びかけるので、名も覚えてしまった。
ステラも彼をしきりに気にしていたから、私も「チャーリー、よろしく。私は遊びに混ぜてもらう身だ、普段どおりにしてくれ」と言った。
笑顔で丁寧な態度の彼は、私に少しの警戒の色を残していた。
きっと彼女の護衛を兼ねているのだろう、先ほどの私の態度のせいであるし、警戒は当然だと甘んじて受け止める。
「それで、何の絵を描くんだ?」
女児が描くなら動物か、花か、家族あたりだろうか。
そう思って聞いたのだが、なぜかマルクスが誇らしげに画用紙の束を持ってきた。
「見てみろよ! 面白いんだ」
「はあ」
子守りのようでもあると思っていた私は、気のない返事をして、さてどこをどう褒めてやろうかと絵の描かれた画用紙を一枚ずつめくる。
三枚目あたりで「もしかして」と声が出た。
どうやら、二十枚以上はありそうなこれらの絵は、連作になっているようだった。
連作は宗教画などに用いられる手法で、物語の場面場面を絵で表現するものだ。
本来であれば、元となる物語があり、その特徴的な場面を順に描いていくものだが、この絵の束は、絵だけでストーリーを伝えようとしているのか、ところどころ線で囲うようにして登場するキャラクターのセリフが書き込まれている。
その手法もなかなか興味深いが、私はそのストーリーが気になった。
赤と白の謎の球体に顔が描かれている。
それらは物資を運んで街と街を駆け回ったり、外敵と戦ったり、指示を出し合ったり協力しあったりして、暮らしを守る。
物語というよりも、我々の住むような街や国を、赤と白の球体の視点で描いているような、不思議な絵だった。
そうして、赤と白の球体やその他大勢が今日も頑張っているという絵で締めくくられていた。
私が、「なかなか面白かった」と言って顔を上げると、部屋の隅にいたはずの白猫が、すぐそばまで来ていた。
主であるはずのステラではなく、私のすぐ横で、私と同じように絵を覗き込むように見ていたようである。
「わ! あっちへ行け! 動物は嫌いだ!」
私は驚いて身を仰け反らすと、手で払うように白猫を追いやった。
「ルイ、ひどい! リリーだいじょうぶ?」
途端、ステラが普段も大きな目をさらに見開くと、リリーというらしい白猫に駆け寄った。
白猫は平然としているのに、ステラは「痛くなかった? びっくりした?」とオロオロとして話しかけている。
白猫は、私の手が当たる前にするりと避け離れたのだから、痛いはずがない。
私は距離を取ろうとしただけで、ぶとうなんてつもりもなかった。
驚いたのは私のほうだ。
だいたい、猫に話しかけたところで、言葉の意味がわかるはずもないじゃないか。
私は、無礼な初対面のことすら許してくれたステラに「ひどい」と責められたことに、自分でも驚くほどショックを受けていた。
やがて、リリーと呼ばれた白猫は、主人の少女の甲斐甲斐しさに満足したようにフイと翻ると、部屋の隅へ寝に戻る。
それを見送って戻ってきたステラは、まだ私に怒っているようだ。
戻っては来ても座ってうつむき、眉間にぐっと力を込めていて、取り付く島もない。
「動物は苦手だ。身の回りにもいなかったし、人と違って意思も知性も持たないあいつらは、何をしてくるか分からない」
怒らせたまま放っておけば、そのうち飽きるだろうに、私はなぜだか、言い訳のような言葉を吐いてしまった。
「意思がないってなんで分かるの……」
ステラが即、低めた声で返してきて、私は言葉に詰まる。
無いものを証明するのは難しい。
それに、動物は思考しないと思い込んでいたがたしかに、先ほどの白猫は、幾ばくかの感情のある動作をしているようにも見えた。
「人の”知性”って何よぅ……」
「はあ?」
彼女が続けた言葉に、私は思わず下品な声を出してしまった。
なかなか頭がキレると思った彼女の突拍子もない発言に、何を言っているのかと呆れる。
「こうして語り合っているだろう。学問を学び、知識を蓄えるのは人だからだ」
私は、知性こそが人を作るとすら思っている。
学ばず、思考しないような知性に欠ける者は、人になりきれない動物のようだ、とも。
「語り合うなんて、偉そうなこと言って……、全部、全部カガクハンノウとデンキシンゴウじゃない!」
白猫を雑に扱われたことが、よほど彼女の感情を揺らしたらしい。
ついに彼女の瞳からは、耐えていただろう涙が溢れた。
彼女は泣きながら、「リリーにぃ、謝りなさいよぅ」とさらに顔をうつむかせて、弱々しく言う。
チャーリーは彼女を支えるように肩を抱いたが、彼もまた顔をうつむかせており、表情が窺えない。
もはや支離滅裂で意味不明な彼女の物言いに、やはり女は厄介なだけかと呆れた顔をしてしまった。
「ルイ」
マルクスの声に呼ばれてそちらを見れば、奴は怒りの形相をしていた。
喧嘩早いことで有名だったこいつなら、友人が泣いている今、飛びかかってきてもおかしくないことに気づき、思わず身をすくめた。
しかし、マルクスは耐えるように握ったこぶしで、「きちんと話をしろ、ステラの話を聞け」と怒りに声を震わせながらも言って、彼女を指差した。
私が彼女を泣かせたことに憤りながらも、こらえるようにしている。
何度かパーティーの席で会った時の粗雑さは鳴りを潜め、強い視線を送ってくる。
ひとつ下で八歳のはずのマルクスの、急に大人びたような様子にたじろぐ。
少し会わない間に彼は変わったようだった。
「わ、わかった。ステラ、話せ」
「う、うぅ、ぐす。泣いちゃって、ごめんなさい」
まずはステラが、自らを落ち着かせようと努力しているのが伝わってきた。
彼女は五歳になったばかりだそうだし、小さな子を泣かせた罪悪感が胸を占める。
「猫に、いや、リリーに乱暴な対応をしてしまって、悪かったな」
「んん、リリーも、絵を見るのに夢中になっちゃって、距離を間違えちゃったから……」
ひとまず、怒りはおさめてもらえたらしい。
「えっと、人の思考の話、だったか……。ステラは、人の知性は大したことがないと思うのか?」
話を聞けとマルクスに言われたことを思い出し、話を戻したが、知性を軽んじるようなステラの意見とは相容れなさそうだと嘆息した。
「……そもそも、ルイは、思考って、人って、何だと思う?」
思わぬことを聞かれ、瞠目する。
「人は、人だ」
哲学を知った気になった若者のような回答になってしまった。
自分でも中身の無いことを言ったと思う。
「その絵、どう思った?」
「は?……国か街の構造のようだと思ったが」
突然の話題の転換についていけない。
やはり支離滅裂だ、と思ったときだった。
「それ、人だよ」
「はあ?」
再び、間の抜けた声を出してしまった。
「どこが、人だって?」
ペラペラと一番上の絵からめくる。
そうして、ある可能性に気付く。
「まさか、血液」
医学と衛生について習う時の思考に、頭が切り替わる。
赤い球体の色と働きが、人体をめぐる血液のそれを連想させた。
ステラがうなずき、仕上げる予定だと言っていた、最後の一枚を見せてくる。
絵が描かれ、色とりどり塗られたそれは、ステラが持っていた色紙で飾り付ける予定だったのだろう。
そこには、大きく人が描かれ、その体の中を透かして描くように、臓器だろう部分がそれぞれカラフルに色分けされ塗られていた。
手元の絵の束を慌ててめくる。
初めに赤い球体が荷物を受け取った街の色と同じ、人体の絵でピンクに塗られた部分は、肺の位置だ。
体内に取り込んだ空気を荷物に例えていたのか。
そうしていくつかの街、つまり臓器を赤い球体が荷物を配って回っている。
「では! 白い球体は!?」
私は夢中になって何度も行ったり来たり、二十枚以上の画用紙と、彼女が差し出してくれた最後の一枚の絵を照らし合わせて読み解いていく。
「人体の防御機構か!? この仕組みは事実かステラ! では、白い球体に指示を出しているこいつは何だ!」
もう私は混乱と興奮のさなかだ。
「……人って」
うつむいたままのステラがつぶやき、私はハッとする。
そうだ、彼女は「人とはなにか」を問うて絵を指した。
では、人とは、構造体の一種なのか?
宇宙のように?
空に瞬く星々のように、ステラの体も、私の体も、構造体としての集まりが、機能しているに過ぎないと言うのか?
私は自分の至った結論にゾッとする。
今まで信じていた人の尊厳が、知性の尊さが揺らぐ。
「人って、生き物って、奇跡なんだって思うの」
そう言って顔を上げたステラの瞳は緩められ、笑んでいるというのに、その言葉は強く、刺し貫くように私を射抜いた。
「き、せき……?」
「そう、人は宇宙みたいって思うの。色んな要素が寄り集まって、体を動かしてる。心が体に信号を送って、泣いたり、笑ったり。そうしてこうやって温かいな、とか、嬉しいなとか考えてる私は、今この瞬間も奇跡みたいだと思うよ」
ステラの言葉が、洪水のように押し寄せる。
驚き、言葉もなく黙り込んだままの私を、ステラも、その肩を抱くチャーリーも、マルクスも、待ってくれている。
再び、白猫のリリーが、気まぐれにそばまで近づいてくるのが目に入った。
今こうしている間も、私や、ステラや、白猫のリリーの体の中では空気が運ばれ、外敵を排除し、こうしてしている思考のひとかけらすら、心が放つ信号の集まりかもしれない。
しかし、私は、間違いなく思考していて、驚きの感情に支配されていて……。
「では、では、私とリリーはどう違う? 人と動物の差はなんだ」
リリーは話を聞いているのか、いないのか。
座って毛づくろいを始めている。
ステラから回答を得られるなんて思っていなかったのに、ステラは優しげにリリーを見ながら、笑みを浮かべて言った。
「そんなに変わらないと思うなあ」
そうだろうとも。
彼女のような視点で見れば、人も動物も、そこにある奇跡の体現であり、きっとその奇跡とは、いのちだ。
それから白猫のリリーを撫でようとして避けられ、「また振られちゃったあ」と全然残念そうではなく言った彼女は、ようやく私へ視線を戻すと、少し思案げに「んー」と言ってから、口を開く。
去っていく白猫のリリーが彼女越しに見える。
一度だけこちらを振り返った白猫のリリーは、「ふふん」と勝ち誇ったように見えた。
たしかに、彼女も人間と大差ない。
「人が何かなんて考えを”思いつく”ところは、人らしいなって、私は思うかなぁ」
にへらと笑った彼女の瞳は、先ほど泣いたせいで少し赤くて、私にはとてもとても痛々しく見えて、今度こそ自分が悲しませてしまったことを強く、強く後悔した。
「思いつく、か」
何を言っていいか分からず、彼女の言葉を繰り返しただけだったが、不思議とその部分が核心であるように感じた。
「何もないところから何かをひらめいて、作っちゃうのはリリーにはできないかなって」
「……たしかに。そこは我々に分があるな」
「可愛さはリリーの圧勝だけどねえ」
そう言って、白猫のリリーが去っていった方向を見ている彼女の笑顔は柔らかい。
日が暮れる頃になり、父上のいる客間へと戻った私は、再びステラやゲイリー殿たちへ向かって、腰を折って謝罪をした。
父上に促されたわけじゃない。
己の未熟を思い知ったからだ。
「私の至らなさゆえに、ステラさんを傷つけ、悲しい思いをさせてしまいました。申し訳ございませんでした。私は学び、成長しなければいけないと痛感しました」
ステラはすっかり慌てて「もういいよう〜」と手をぶんぶんと振ったが、私は折った腰も下げた頭も上げなかった。
「ルイ君、またステラと遊んでやってくれ。この子も得るものがあるだろう」
ゲイリー殿は優しい声でそう言って、先ほど彼女にしてやっていたように、大きな手で頭を一度二度と撫でてくれた。
「……はい。彼女に何か与えられるよう、精進致します」
かつてない殊勝な態度の私を、父上は驚き、不思議そうに見ていた。
帰りの馬車の中、今日の会話を思い出す。
父上は、考え込んだ様子の私に気遣わしげではあったが、放っておいてくれた。
彼女と仲直りをした後、絵を完成させた私達は、使用人が淹れてくれた茶を飲み休憩した。
その時、彼女は言ったのだ。
「ルイは、目が金色なんだねぇ。リリーみたい」と。
ふふっと笑った彼女の笑顔が、頭から離れない。
彼女のことばかり考えてしまう。
今日彼女と交わした言葉に、たくさんの気付きと新たな知識へのヒントがあったはずなのに、思い出されるのは彼女の笑顔や声ばかりだ。
「……もしかしたら……」
そうして、たくさんの彼女の笑顔や、私の金の目を愛おしげに見つめてきたことを思い出して、ある可能性に思い至ってしまった。
「もしかしたら、ステラは……、私のこと、好きになっちゃったんじゃ……」
ポヤ〜っと、頭がふわふわしてきた。
「はああああ」
父上の大きな大きなため息で、慌てて我に返る。
父上は疲れたのか、両手で頭を抱え込んでうずくまった。
私の思考が声に出てしまっていたらしいことに気づいて、慌てて自分の口を閉じたが、顔も随分緩んでいたようで、だらしない顔になってしまっていたかもしれない。
ふと頭の片隅で、いつか、白猫のリリーとも私は仲良くなれるだろうか、と思った。
勝ち誇ったように鼻を鳴らしていた、白百合のような彼女の姿が思考をかすめた。
【ルイ・レッグウィーク】
(ゲーム「学園のヒロイン」登場人物紹介より)
主人公の二つ上の先輩で、第二王子の補佐だが、二人の仲はさほど良くない。
宰相の息子で、天才と言われるほど頭が良いが、変人としても有名。
天文学にも通じる彼は、「頭の悪い人間は動物と同じだ」と周囲を見下している。
特別教師として学園で教鞭をとるベルニクス先生のことだけは慕っているようだが──
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(ゲーム「学園のヒロイン」攻略ファンサイトにて)
匿名のヒロイン:
攻略対象全員クリアしたあとの、隠しルート発見!
入学式のあと、職員準備室に行ってベルニクス先生の手伝いをしたら、あのバイオテロ起こした悪役のルートが解放された!
匿名のヒロイン:
そのルート誰が得するのwww
やるけどもwww
あの子俺のこと好きなんじゃ? は十中八九、俺があの子のこと気になるから思うやつ