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13.大天使ステラちゃん、お客様をおもてなしする

「ステラ! チャーリー! 久しぶり!」

「マルクス! いらっしゃい〜」

「マルクス・ミラー様、前回の訪問から一週間も経っておりませんよ」

 今日もまた、マルクスは私のおうちに遊びに来てくれた。

 マルクスはこの間、おうちでやった私のお誕生日会にゲストとして来てくれたから、六日ぶりかな。

 マルクスがせっかくプレゼントを用意してくれたのに、パパが「素敵な模擬剣だね、飾っておこう」って言って、お部屋の高いところに飾っちゃったから、私は一度もプレゼントの剣を振れていないの。

 一緒にお祝いに来てくれていたマルクスのパパとママは、マルクスがくれたプレゼントを見て、なぜかパパにぺこぺこ謝っていたけど、なんだったのかな。

 そう、私は、誕生日が来て五歳になったのよ。

 誕生日プレゼントは、今年もパパとママに”同い年くらいの子たちにプレゼントをあげて”ってお願いしたの。

 そしたら、「ステラも五歳になったから」って、今度、パパと一緒に孤児院を併設している教会に行くことになったの。

 パパが、「全員には無理でも、この街の子には直接会って渡してあげたらどうかな」って提案してくれて、すごくドキドキするけど、パパと一緒なら行ってみたいって言ったの。

「お、リリー。邪魔するぞ」

 私達と一緒のお部屋、隅っこのほうにいたリリーは、マルクスが来たらさっさと出て行っちゃった。

 お医者の先生のところに行ったのかな。

 リリーはおうちの中が好きみたいで、色んなところを自由に歩いているけど、私の部屋とお医者の先生のお部屋の窓辺がお気に入りみたいで、そこにいることが多い。

「マルクス。今日は、最近描いている絵を完成させようと思っているんだけど、一緒にどうかな」

「ああ。いつも約束もせず訪ねてきているんだ。もちろんステラの予定に合わせる」

 そう言ってマルクスは、「せっかくの機会だが、チャーリーとの手合わせは持ち越しだな」って笑った。

 それに対して、チャーリーが笑顔のまま冷ややかに返す。

「お言葉ですが、手合わせするなどと、私は一度も言ったことはありませんよ」

 チャーリーの笑顔はいつも通りだけど、マルクスがおうちに来るたびに手合わせを強請るからか、チャーリーのマルクスへの態度はちょっと厳しめな気がする。


 いつもマルクスが話してくれる訓練の話は面白くて、一度だけ「私も見てみたいなあ」ってお願いして、マルクスとチャーリーで手合わせをして見せてもらったことがあるの。

 門番さんが、審判役で一人付いてくれて、お庭でやることになった。

 私は二人から離れたところで、おじいちゃん執事のヘイデンに付き添われて見ていたの。

 模擬剣を使って始まった手合わせは、何度か激しく打ち合ったあと、チャーリーが勝った。

 なんだかチャーリーは、マルクスよりも、門番さんやヘイデンの反応が気になるみたいで、すごく緊張してたみたい。

 マルクスが八歳で、チャーリーが十五歳だから、身長も体格も全然違うのに、しばらく打ち合えちゃうマルクスは、やっぱり騎士隊長のフリューゲル・ミラーさんの息子さんなんだって、すごいなって思ったよ。

 その後、門番さんとヘイデンの笑顔を確認したチャーリーが、打ち合いの時には出てなかった汗をダラダラ流し始めて「私は徒手格闘のほうが得意です」って言って、マルクスも嬉しそうに応じて二戦目をした。

 剣は置いて、素手で二人が向き合って、今度はどうなるかなって思ってドキドキした。

 集中して見てたつもりだったのに、開始の合図と同時にチャーリーが消えちゃって、気づいたときには、マルクスはチャーリーに地面に押さえ込まれてたの。

「すっっ! すっごおい! チャーリーすごいね! 強いんだ! 私のひつじさんはとっても強いんだねぇ!」って、私はすごく興奮しちゃった。

 それまで、たまに遊びに来ていたマルクスは、それからというもの、私のお勉強の先生が来ない日には必ず遊びに来るようになって、来るたびにチャーリーに「手合わせしないか」って誘ってる。

 チャーリーが「仕事中ですので」って断ると、また私が見たいって言わないかなって、マルクスがこちらをチラチラ見るんだけど、チャーリーがそんなに乗り気じゃない気もするし、もう見るのはいいかなって思ってる。

 強いチャーリーはすごくて格好いいと思うけど、速すぎて見えなかったんだもん。


 + + +


「なるほど、一枚一枚の絵がそれぞれのシーンになっていて、順番に見ていくと物語になっているのか」

「そうなの。盛り上がるところは特に豪華に描いているのよ」

「面白いな。完成させるってことは、今日は、ラストシーンを描くのか?」

 マルクスが、私とチャーリーが描いた絵を一枚ずつめくって、興味深そうにしてくれてる。

 頑張って描いたから、おうちの人以外にも見てくれる人がいるのは嬉しいなぁ。

 私はラストシーン用の画用紙を取り出して、どういう絵にしようか、どんな色を使おうかって、いつもみたいにチャーリーと話しながら決めていく。

 でも、せっかく最後だから、他のどのシーンよりも豪華にしたいねって、悩んでいたの。

 そうしたらマルクスが、「色のついた紙を貼ったら、質感が出ていいんじゃないか」って言ってくれたのよ。

 思わず、チャーリーと顔を見合わせて、二人で「マルクス様、天才!」「マルクスは天才ね!」って叫んじゃった。


「色紙を用意させましょう」

 チャーリーがそう言って、お部屋の外にいる使用人さんに声をかけようとドアを開けたとき、少し慌てたような女性の使用人さんがやってきて、チャーリーに何かを伝えた。

「ステラお嬢様、お客様がいらしたそうです」

 チャーリーは、さっきまでの一緒に遊んでるときの顔じゃなくて、フットマンさんの顔になって教えてくれた。

「私に?」

「はい。旦那様も、お客様と共にご帰宅されたそうです。準備をしてから来るように、とのことです」

 パパがおうちでお客様をおもてなしすることはたまにあるけど、私も呼ばれるのは初めて。

 パパとお客様には、マルクスもいるってことは伝わってるらしくて、一緒で構わないんだって。

 私は一度、女性の使用人さんと私の部屋に戻って、お着替えと身だしなみを整えてから、チャーリーに先導されて、マルクスと一緒にお客様が待っているお部屋に向かったの。


 お客様をおもてなしするお部屋は、客間っていうんだって。

 初めて入るなあって、ちょっと緊張する。

 チャーリーにドアを開けてもらって中に入ると、パパと向かい合う位置のソファーに、三十歳くらいに見える男性と、マルクスと同い年くらいに見える八歳くらいの男の子が座っていた。

 二人ともお揃いなのか、黒いズボンに白いシャツで、形が同じサイズ違いの眼鏡をかけていてとっても似てる。

 親子なのかな?

 私は、スカートをつまんで礼をして、「ステラ・ジャレットです。お目にかかれて光栄です」って挨拶した。

 なかなか上手にご挨拶できた。

 お作法の先生に習ったことを実践する機会はそんなに多くないから、今回は自分でも満足の出来だなって、ちょっと嬉しい。

「ステラ嬢、久しぶりだ。覚えているだろうか」

 男性が、座ったまま私に声をかけてくれた。

 こっちを見た男性の眼鏡が、キュピーンって光を反射していて、目元はあんまり見えない。

 言ったあと、「ふむ」って結ばれた口元は、どこかで見たような気がする。

「……あ! バード様とサラ様の!」

「正解だ。半年ぶりだが、よく分かったな。さすがというべきか」

 眼鏡の男性は、ママのピアノの発表会で、バード様とサラ様と一緒にいた人だった。

「お久しぶりです。たしか、えーっと」

 お名前も聞いた気がするのに、思い出せなくて悩む私に、チャーリーがそっと耳打ちしてくれる。

「ニール様、と呼ばれておいででした」

「そう! ニール様! サラ様に呼ばれてらしたもんねぇ、チャーリーはやっぱりすごいねぇ」

 覚えてくれていたチャーリーに、私は素直にびっくりしちゃった。

 男性が「ふっ」と、思わずという風に吹き出した。

 ひとしきり肩を震わせてから、男性は少しだけ笑い皺の残る目元で、こちらを見つめてきた。

 眼鏡の奥は、知性を感じさせる涼やかな目元だった。

 話し方とかも、計算やお金のことを教えに来てくれる、お勉強に厳しいおじいちゃん先生にちょっと似てる雰囲気の人だなって思った。

「優秀な執事を控えさせているようだ。そう、私はサラ様にニールと呼ばれていた男だ」

 そう言って、その場に立ち上がった男性はパパよりも背が高そう。

 運動はあんまりしないのか筋肉がついていない細身で、男の人にしては長めの黒髪が、立ち上がるのに合わせてサラリと揺れた。

 軽く腰を折ってきっちりと礼をしてくれた男性は、自己紹介をしてくれる。

「ニール・レッグウィークという。一応、この国の宰相だ。先日は、自己紹介もしないままだったから、名前は覚えていなくても減点対象ではない。安心しなさい」

 それから男の子を指して、「息子のルイだ」と言った。

 ニール様に促されて、ルイ様が立ち上がる。

 そのお顔はニール様そっくりだけど、怒ってるみたいな仏頂面だ。

「ルイ・レッグウィークだ」

 とっても無愛想で、眼鏡をしていて顔も伏せがちだから、ニール様と同じ長めの黒髪がかかっていて、どんな表情をして名乗ったのかはよく分からない。

「ルイ、ニール様、お久しぶりです」

 隣りにいたマルクスが、彼らへ話しかけた。

 知り合いだったんだ。

 ルイ様はお返事がなくて、ニール様は「ああ。訪問中に邪魔をして悪いな」と言った。

 マルクスは私に視線を向けると、「家族で招待を受けるパーティーで、一緒になったことが何度かあるんだ」と小声で教えてくれた。

 マルクスのパパのフリューゲル・ミラーさんは騎士隊長さんだから、国の宰相のニール様や、その息子のルイ様とは、同じような集まりに呼ばれることが多いんだねって納得した。


「今日お邪魔させてもらったのは他でもない。ステラ嬢に」

 そこまでニール様が話し始めたとき、その声に被せるようにして、ルイ様が勢いよく立ち上がった。

 ぶつかったのか、ガタッと机が音を立てる。

 挨拶をしたあと、マルクスと一緒にパパと同じソファーに並んで座っていた私は、正面で立ち上がったルイ様にびっくりしちゃった。

 彼は、すごく怒ってるみたいで、私を見ている。

「お前がベルニクス先生の研究を盗んだのか!」

 ルイ様が私に大声を上げた。

 びっくりした様子のニール様が、慌ててルイ様をソファーに引き戻して、ルイ様は尻もちをつくみたいにしてソファーに座ったけど、ルイ様は私を睨んだままだ。

 パパは前を向いたまま、私の側の手を挙手するみたいに上げた。

 パパは、私の後ろに立って控えていたチャーリーに、手をかざして何か合図したみたいで、チャーリーが居ずまいを正した気配がした。

 何を言われているのか分からないけど、ドキドキするけど、なんだか少し怖いけど、ルイ様は私に怒ってるって分かるから、お話を聞かなきゃって思った。

「も、もう少し詳しく聞かせてください」

 ちょっと声が震えちゃう。

「な! 言い訳でもするつもりか!」

 ルイ様が叫ぶみたいに声を張り上げる。

 ルイ様のパパのニール様はとってもびっくりしたお顔のままで、抱きつくみたいにしてルイ様を押さえて「何を言っている!? どうした! 落ち着け!」と声をかけている。

 それでもルイ様は私をじっと睨み、押さえられてなお、体中にぐっと力が込められているのが分かる。

 今度は隣でマルクスが立ち上がりかけたけど、後ろのチャーリーがマルクスの肩を押さえて座らせた。

 私は、どうか涙が出てきませんようにって、目にきゅっと力を込めて、お勉強で習ったことを思い出しながら口を開く。

 パパが止めないってことは、私がなんとかできるってことだと思う。

 心臓がうるさいけど、私がちゃんと勉強してること、パパに見てもらうの。

 ちゃんとできたら、きっとパパはたくさん褒めてくれるはずだもん。

「突然で、お話についていけませんでした。『ベルニクス先生の研究を盗んだ』かどうか、ですね」

「そうだ! お前が、先生の発表前の宇宙構造論を盗んだんだろう!」

「『先生の発表前の宇宙構造論を盗んだ』かどうかを問われているんですね」

「そうだ! 父上や、陛下の前で太陽と星の構造関係を語ったと聞いている! 盗んだに決まってる!」

「『ニール様やへいか? の前で、太陽と星の構造関係を私が語った』ことですね。『盗んだ』と、ルイ様は思われたのですね」

「そうだ!」

 会話を続けながらも、間違えていないか、頭の中で、習ったことをなぞるように思い出す。

 お店のサービスに不満のあるお客様への対応の仕方。

 興奮しているお客様は、まず座っていただくこと。

 時間をかけてお話を聞くこと。

 否定する言葉は使わず、お客様のお話を復唱して確認すること。

 お客様の訴えを細分化していって、お客様の不満な点を明確にすること。

 ちゃんとできているかな。

 不安だったけど、教えられた通りにやるぞって思いながらやれば、ちょっとずつ気持ちも落ち着いてきた。

 ルイ様が私に言葉を向けるたびに、何度も復唱して、ルイ様の言葉を確認することを繰り返す。

 ルイ様も、時間をかけたからか、少しずつ声の勢いも弱まってきて、ニール様の手が離れても立ち上がるような激しい怒りは収まってきたみたい。

「ルイ様は、『ニール様から、私の話を聞かれて、それがベルニクス様という恩師の研究内容と似ていたために、盗用を危惧されて確認したい』ということですね」

「そ、そうだ。お前が、ステラ嬢が語ったという内容は、ベルニクス様の宇宙構造論に酷似している」

「興味深いです。……実は、私は、太陽や月の話を夢物語のつもりでお話したんです」

 ルイ様が私を名前で呼んでくれたことで、落ち着いてもらえたんじゃないかなって思って、ここで初めて笑顔を作った。

 ルイ様はたじろぐようにして、ちょっと目線を泳がせた。

 レディらしく見えるように、控えめにニコっと笑ってみせて、話を続ける。

「ルイ様のお話では、私が夢見た宇宙のお話は、実際の事象としてベルニクス様という方が研究されている、ということですか」

「そうだ! 夢のような話だが、事実かもしれんのだ! これまでの天文学の定説を揺るがすほどの革新的な研究だ!」

「それはすごい! では、本当に私達のいるこの場所はお星さまのひとつなのですか?」

「ああ! ああ、そうだ! 先生の唱える宇宙構造論は、私達の国や星のひとつに留まらない。宇宙を広い視点で見て、宇宙全体を構造体として捉えた画期的な説だ!」

「では、例えば、星同士が引き合って集団のような構造を作ったりだとか……?」

「ステラ嬢! 素晴らしい! なるほど君は発想が素晴らしいようだね! まさに! まさにそうだよ! 先生が今仮説として立てているのは、我々に重力が働き地面に引き寄せられるように、巨大な星に他の星々が引きつけられているのではないかというものだ!」

「お褒めに預かり光栄です。……いけない、私ったら。お話に夢中になってしまって、ニール様達を歓待する場だというのに私の話ばかり。失礼いたしました」

 ルイ様のお話は本当に面白そうだったけど、仲良くなれたらもっと聞かせてもらおう。

 お客様をおもてなしするときは、二人きりで盛り上がらずに、その場にいるみんなが参加できる話をしなさいって、ちゃんと勉強したもん。

 ニール様は、頭が痛くなっちゃったのか、少し前から両手で頭を抱え込んでる。

 パパは、よくできたねって言うときみたいに、ニコニコ笑顔で私を撫でてくれた。

 私も、ちゃんとできたよって、パパに笑顔を返す。

 パパのなでなでは、とっても気持ちいいのよ。

 ルイ様は、この場がどういう場だったか思い出したようにハッとなって、私やマルクス、チャーリーやパパへ視線をキョロキョロとさせた。

 そうして、目線を泳がせて、ギギっと音が鳴りそうな様子で、ニール様に顔を向ける。

 それに合わせてゆっくりと顔を上げたニール様は、ずれた眼鏡も、頭を抱えたことで乱れた髪も気にせず、ルイ様を睨みつけている。

「ルイ、するべきことは、分かるね」

 そう言ったニール様の声は、悪寒が走るほどに冷えきっていた。


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